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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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四十三章

クイーンとの交渉の末に麻痺毒をプスリされたところから始まります

 あの後は動けないまま玉座に座らされて、五分くらいが経った。刺された毒が解毒されてきたのか、徐々に体が軽くなってくる。


 クイーンは俺が動けることを知らぬまま、上機嫌に鼻歌を歌いながら奥の方にいって何かを探しているようだ。余程自分の毒に自信があったのか、俺に監視も付けぬまま何かを探している。金属がぶつかり合うような音から察するに、可愛いぬいぐるみとかは出てこないだろう。


 クイーンとの交渉は失敗、大失敗だ。だがそれに安堵している自分がいることに、無性に腹がたった。千回死ぬとあの場では平然と言ってしまったが、いざ交渉が成立したら怖くて逃げ出してたかもしれない。



(シュウト弱虫だもんね)

(投げ飛ばすぞ。ったくお前は……)



 腰にある剣を睨みながらも音をたてないようにゆっくりと玉座から立ち退いて、空いている扉を抜けて荒瀬さんの元に急ぐ。一先ず交渉が失敗したことを伝えよう。荒瀬さんなら何とか出来るかもしれないし。


 それにクイーンの態度が前触れもなく豹変したのにも少し引っかかる。また神の不幸補正か?



(……女心が分からないの?)

(人を監禁する女心とかわかりたくねぇ!)

(そういえばシュウトって女の子に殺されるの二回目だね。むむ、女難の相が……)

(止めてくれ。ありそうで困る)



 空いている扉を抜けて少し走ると、地面に倒れているキングと胡座をかいている荒瀬さんを発見した。もう倒したのか。早いな。


 倒れているキングの姿はさっき見た時より悲惨な物になっていた。頑丈そうな青い甲殻はボロ雑巾のようにズタボロで、背中にある尻尾らしきものは複雑に折れ曲がっている。これはもう立ち上がれないだろう。



「修斗か。クイーンの方はどうだった?」

「交渉が成功しそうになったんですが、いきなり尻尾に刺されて麻痺毒入れられました」

「そいつはご苦労さん。交渉したってことはクイーンと話したんだよな? クイーンはどんな奴だった?」



 俯せに倒れているキングを気にしながらも、俺はクイーンとのやり取りを大雑把に荒瀬さんへ伝えた。荒瀬さんは最初こそ真剣に聞いていたが、俺が話しを終える頃には随分とダレた雰囲気を出していた。



「何か随分とダルそうにしてますけど、どうかしました?」

「いや、くっだらねぇなぁと思っただけだよ。戦闘狂の夫に、孤独を紛らわすために玩具を欲しがる妻。もう自ずと答えは出るだろ」

「……キングとクイーンを仲良くさせるとか」

「That's right!」



 やけに発音の良い英語を言いながら荒瀬さんはキングの頭を軽く蹴飛ばした。まぁそんなんじゃ起きないくらいのダメージを負ってるし大丈夫だろうけど。



「気に食わないがそれが最善策だろうよ。勿論修斗がクイーンの玩具になるのもいいけどな」

「絶対嫌ですよ。……何かキングの体動いてません?」



 何か全身の筋肉を動かしてるみたいにボコボコとしてるんだが。え? まだ動けるの?



「脱皮して全てのダメージを無かったことにし、更に頑強になるのがキングの特徴だからな。何処の戦闘民族だよ」

「それを早く言え! ってか何でトドメを刺さないんだよ!?」

「いや、こいつにトドメさせるのシロエアくらいだから。圧倒的な魔法耐性に並みの戦士じゃ傷一つ付けられない甲殻を持つスコーピオン、っていうよりは亜人か」

「何ですかそのチート地味た甲殻は。じゃあどうするんですか?」

「取り敢えずこいつをいなしながらクイーンの場所に向かう。そっからは……プランBで」

「何ですかそれ……ってちょっと待てぃ! 絶対ノープランじゃないですか!」

「HAHAHA。君、まさか俺がそんなミスを起こすわけけけけけ」

「めっちゃ挙動不審じゃねーか!」



 いきなり身を振り乱して走り出した荒瀬さんを追いかけながらも言葉を返す。そんなふざけた会話を遮るように後ろから轟音が響く。後ろを見るとキングが地面に両手をつけ、鎧兜のような顔を俺に向けていた。


 何だあの構えは……? 土下座? いや、クラウチングスタートっぽいな。ってことはまさか……。


 荒瀬さんのへんてこなステップも相まって嫌な予感がしたので、少し助走をつけながら左に一歩ステップ、と見せかけて右に方向転換。すると自分の左方面から背筋をくすぐるような風が吹き抜けた。


 ガリガリと地面を削るような音を出しながらキングは足を地に付けてブレーキをかけ、俺と荒瀬さんの目の前に立ちはだかった。……多分クラウチングスタートでそのまま俺に突撃するつもりだったんだろう。速度が明らかにおかしかったけどな! ロケットランチャーかあいつは!  



「修斗。あれ食らったら多分四枝が綺麗に別れてたぞ」

「洒落にならねぇ! ……んで、どうするんですかアレ」

「修斗は闇の津波出してくれ。俺は光の津波を出す。名付けて混沌の津波――」



 荒瀬さんの言葉を遮るようにいきなり前に現れたキングは、その拳を荒瀬さんの腹部に叩き込んだ。悲鳴も上げないまま吹っ飛んでいく荒瀬さん。


 砂で固められた壁を突き破って荒瀬さん何処かへ消えてしまった。死んでは……ないよな。荒瀬さんだし、多分。それよりも今はキングだ。バックステップで一先ず距離を離す。


 キングは焦っている俺とは正反対にゆったりとした動きで突き出した拳を元に戻し、何故かボクサーのように両腕を構えた。瞬間、キングの姿が掻き消える。


 懐に飛び込んでくる。辛うじて見えた時には俺の鳩尾にキングのアッパーが決まっていた。鈍い音と共に口から血と嘔吐物が混じった物が溢れかえる。


 キングの猛攻はそれでも終わらない。顔面にジャブの嵐。腕で顔をガードすれば鋭い膝蹴りが腹部に食い込み、離れようとしても離れられない。


 それに荒瀬さんのように吹っ飛ばないことから、どうやら手加減されてるらしい。そのことに半ばラッキーと思いつつも俺は拳を握りながらもキングの猛攻を耐え凌ぐ。


 キングが大振りの捻るようなフックを繰り出した時、俺は相打ち覚悟で拳をキングの顔面に打ち出した。



「く、そがっ!」



 苦し紛れに放ったパンチをキングは片手で外側に弾き、がら空きの俺の顎へ綺麗にアッパーカットを決めてきた。一瞬視界が白に染まった後、受身も取れないまま背中から地面に叩きつけられた。視界が定まらず、立ち上がれない。


 だがそれも数秒で回復し、アッパーカットのポーズのままでいるキングから離れてようやく剣が抜けた。まるでサンドバックにでもなった気分だが、俺の心はまだ折れていない。荒瀬さんに四枝をバラバラにされた時に比べれば幾分かマシだ。あのことは今でも根深く恨んでるけどな!


 キングは決定打でも決めたつもりだったのか少し首を傾げながらも拳を構え直した。さぁ、ここからが本番だ!



(とまぁ、意気込んでるにしては剣が弾かれてるんだけど?)

(お前確か切れ味上げれるんだよな?)

(これが最大だよ。というかこの剣もうお古だから折れないだけでも感謝してよねっ!)



 剣の言葉を聞きながらキングの拳を胴体にわざと受けて吐き気に耐え、その際に剣で斬りつける。俗に言う肉を切らせて骨を絶つ戦法。だがこれじゃあキリがない。そもそも骨を断ち切るどころか甲殻に傷一つ付かないなんて、勝ち目ねーよ!


 キングの胸を一突きして後退した隙に巨大な風の刃を片手に創造して、思いっきり投げ飛ばす。これは流石に傷一つくらいは……と期待したが、キングに触れた瞬間に風が四散して消えてしまった。荒瀬さんの言うとおり魔法も駄目か。



(シュウト、軽く前に飛んで)

(ん? おう)



 剣の言葉に従って少し前に飛ぶと、後ろから変な音が聞こえた。砂山にダーツでも投げ入れたような音だ。



「余の毒に何の反応も示さずに、闇討ちをも避けるか。貴様は絶対に逃がさぬぞ」



 後ろを見るとクイーンが一匹の馬鹿デカいマジックスコーピオンを従えて、腕を組みながら立っていた。長い尻尾をゆらゆらさせているところを見るに、不意打ちでまた毒でも入れようとしたのか。


 挟まれる形での三体一。これは不味い。逃げるにしたってキングに追いつかれるのは明らかだし、クイーンに刺されたら一分は完全に動けなくなってしまう。



「あーっと、旦那さんとは上手くいってないんですか?」

「……フン。余の夫は命を賭けた戦闘しか興味がない。余が……私が話しかけても変わらんよ。そもそもあいつは私に興味がないんだ。子供を産むだけの道具としか見てくれない。だがあいつは……」



 苦し紛れに放った一言にクイーンは挙動不審に反応して最後にはフン、と強がるように鼻を鳴らして顔を逸らした。……どうやら心の底からキングを嫌いというわけではないらしい。荒瀬さんの言う通り、くっだらない感じがするぞ。オイ。夫婦の溝が原因で殺されるとか冗談じゃねぇ!


 間にクイーンが割り込んできたにも関わらず、キングは何も反応を示さずに俺の懐に近づいてくる。キングの表情は甲殻が兜のように顔を覆っているのでわからない。が、クイーンの様子を見て何だか真剣に戦ってることが馬鹿らしくなってきた。


 そもそもこの無表情のキングがクイーンを放ったらかしにしたから俺はこんな目にあっているわけだ。そう思うと何だかムカムカしてきた。



「妻の世話くらい夫がしやがれ! とばっちりはゴメンなんだよ!」



 とばっちりの恨みを込めた剣の連撃を叩きつけると、驚くことにキングはジリジリと後退し始めた。そのまま攻め込もうとしたが横から俺の身長を越す牛みたいなマジックスコーピオンが割り込んできたので攻撃を中断し、腕を挟もうとする鋏をかわしてその背中に飛び乗る。


 俺を降り下ろそうと闘牛みたいにジタバタとしているマジックスコーピオン。ゴツゴツした甲殻を左手で掴みながらも、俺は右手に風の刃を創造して尻尾を切り飛ばして背中から飛び降りた。尻尾の切れたマジックスコーピオンは酒癖の悪いおっさんみたいに奇声を上げて暴れている。


 尻尾が切れたことでバランス感覚が無くなっているのか、と思っている間にキングがマジックスコーピオンの顔面を蹴り潰していた。こちらに背を向けて亡骸に手を当てているところを見るに介錯かいしゃくのつもりらしい。


 そのがら空きの背中を剣で斬り付けようとしたが、クイーンに何故か赤い顔で思いっきり睨まれたので剣を下ろしてそのまま待つ。この間に早く荒瀬さん来ないかな。 


 ――ん? そういやキングにも尻尾ついてたよな。スコーピオンは大体尻尾が弱点だし狙ってみるのもいいかもしれない。確か腰の付け根あたりについてたよな……。


 キングの腰辺りを見るとまだ再生出来てないのか、少し折れ曲がった尻尾が見える。……もしかしてあそこ弱点なんじゃね? 今魔法でもぶち当てればいけるんじゃないか?


 手を顔の前に持ってきて大きい火の玉を想像しようと目論んでいたら、キングがこちらに振り向いてぶっきらぼうにお辞儀をしてきた。顔の前の手をそのまま上げて気にするな、と手を振る。この誤魔化し方はバレたと思ったが案外バレなかったようだ。剣は小言を言ってきたが。


 キングが構えたのを見て俺は踵から風が吹き出るように想像し、そのスピードでキングの背後へ裏回ることにした。制御できたことは一度もないんだけどな!


 顔面に向かってくる拳を片手で防ぎながらも剣で牽制する。キングは俺の剣を邪魔に思ったのか、武器を折ろうと白刃どりみたいなことをしている。



(そういや剣が折れたらどうなるんだ?)

(シュウトに呪恨を残しながら消えるんじゃない?)



 そりゃ折られるわけにはいかないな、と返しながらも俺はビー玉サイズの光玉を右手に創造してキングの眼前へ投げつけた。キングの拳を肩に受けながら俺は目を瞑る。


 目を瞑っていてもわかる眩しさに目くらましが成功したことを悟り、光が収まった頃に目を開けて踵から吹き出す風を創造したが、目くらましであまり意味はなかったのでそれを使うことなくキングの背後に裏回る。


 しかしクイーンには目くらましが効かなかったようで、こっちを思いっきりガン見してきている。止めないのかと思いつつ剣を横に振り払おうとしたが、少し思いとどまる。


 キングとクイーンを仲良くさせるのが、皆が仲良く終われる最後の手段だ。ならここでクイーンが割って入ってくれば……とクイーンの方をチラ見するが動く様子はない。おいぃぃ!! 夫がやられそうなんだから少しは動けよ!


 あまり待っているとキングが復活してしまうのでクイーンに手招きするが、何やら困惑しているような反応を返される。……ここは俺が一肌脱ぐしかないってことか。



「ぐわっ! くそっ、クイーンめっ! あと少しでキングにトドメをさせた所を邪魔しやがって! ま、不味い体が動かない! 麻痺毒かっ!?」

「…………」

「フンッ! だが俺には生憎、毒は効かんぞ! クイーンのおかげで命拾いしたなキング! 流石は夫婦といったところか! そんな仲の良い夫婦を相手にするのは厄介だから引かせてもらうぞっ!」



 そう言い残して走り去ろうとしたら誰かに腕を掴まれた。キングかと思い剣を抜いたがその腕は青では無く黒かった。荒瀬さんだ。



「あんなに飛ぶとは思わなかったわ。くっ! 流石は夫婦といったところか! 愛の力とはげに恐ろしきものだな、修斗!」

「全くだ!」

(ねぇねぇ。何この茶番?)



 クイーンが何か変な物でも食べたみたいな顔をしている。キングは相変わらず表情は伺えないが、少し呆れているような雰囲気が伺える。



「何か良い雰囲気になってるじゃん。何をしたんだ?」

「……茶番です」



 小声で聞いてきた荒瀬さんに俺はそう返した。

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