四十二章
亜人達と共闘し、塔の天辺が爆発したところから始まります
爆発した塔の天辺から何かが飛び出してきた。ここからじゃただの黒点にしか見えないが、隣の亜人がシロエアさん、と叫んでいたのですぐに受け止める方法を模索する。
すぐに思いついたのは闇のクッション。だがあれは……使った後の言い訳が苦しいからな。いや、考えてる時間はあまりないか。落石からも逃げなきゃいけないしな。
一先ず頭の中で衝撃を吸収する闇のクッションを想像していたら、隣の亜人がいきなり服を脱ぎ始めた。突然のことに声も出ないままタンクトップ一枚になった彼女を見て、俺は魔法の想像を止めて落石の範囲から逃れることに切り替えた。
彼女の体には黒と白の羽が生え揃っていて、両手は鉤爪で、腕は翼のように広がっている。彼女は軽くジャンプして俺の肩に飛び乗り、俺を飛台にして勢い良く空へ飛び出していった。彼女が飛び上がる衝撃を受けた俺の末路は当然、地面に叩き伏せられることだった。
そのまま落石に潰されるわけにはいかないので急いで立ち上がって落石の範囲から逃れる。くそ、あの野郎マジで何してくれてんだ。
「……あいつ思いっきり俺の肩を握りやがった。超痛い」
「傷があったら見ましょうか? ある程度なら手当出来ますよ?」
「あー、大丈夫です。大したことはないと思うので」
そうですか、と猫さんは随分と落ち着いた様子で手に唾液を付けて顔を掻いていた。流石にその手で傷を触られたくねーよ! もう傷は治ってるけどな。
しばらくしてシロさんが鳥らしき亜人にお姫様抱っこされながら帰ってきた。随分と不釣合いな光景に笑いそうになったが、シロさんの姿を見たら笑うに笑えなかった。
純白だった服と髪はペンキをぶっかけられたように緑と赤色で染まっていて、いつもの笑顔も今は苦渋の表情になっていた。そして彼女の腕から降りるとすぐに俺へ視線を向けてきた。
「シュウトさん、突然で申し訳ないですがアラセの加勢に行ってもらってよろしいですか? 私は急いで街に戻らなければならない」
「……えぇ。いいですよ」
Dランクの旅人に何を、とでも言いたげな兎耳を目線で制し、さっさと塔へ向かうために軽く準備する。シロさんも二つ返事で同意した俺に訝しげな視線を向けていた。
「何かあったか知りませんが、緊急なんでしょう? だったら早く行動しないと」
「……申し訳ない。どうやらリザードマンが動き出したらしいんです。私はこの子達を連れて至急街へ戻ります」
「了解しました。荒瀬さんとスコーピオンは任せて下さいよ」
そういうと何故かシロさんに涙目で手を握られ、頑張って下さいと言い残して街の方へ走っていった。亜人達は戸惑っていたが背中を軽く押すとすぐにシロさんを追いかけていった。
さて、俺も塔へ向かうとしますかね。それにしてもリザードマン……ねぇ。荒瀬さんの嘘か? 本当だったらリザードマンから盗ったナイフ返しにでも行こうかね。
――▽▽――
明らかに荒瀬さんが付けたであろう松明を辿りながら塔の最上部を目指す。砂と岩で作られた塔の中には当然光源は松明しか無く、かなり薄暗くて足元が不安だ。
それに何処か空洞があるのか不気味な空洞音が聞こえるし、更に肉でも貪るかのような生々しい音が聞こえてきてかなり気が滅入ってくる。どうやら死骸を貪ってるスコーピオンがいるらしい。
無言で螺旋状の階段を登る。階段ってことはキング達はやはり亜人に似た特異の魔物のようだ。階段の隣にはなだらかな斜面があってスコーピオンでも登れる無駄な親切設計。
階段に積み重なっているスコーピオンを横に蹴飛ばしながら、松明を頼りに進むこと二十分。砂で作られた門のような場所にたどり着いた。
金属のぶつかり合うような音が聞こえるから、ここに荒瀬さんがいるに違いない。門に手をついた時に粘つく何かを触って気分はダダ下がりだが、そうも言ってられないので無心に門を押して開く。
「よぉ、バリッ。修斗。バリリッ。早かったなぁ」
穴を抜けると荒瀬さんが何故か地面に胡座をしながら、バリバリと煎餅を食べていた。荒瀬さんの前には全身青い鎧で武装しているナニカが薄いクリーム色の障壁を殴っている。……何だこの状況は。
しかも荒瀬さんが座っている場所はちゃっかりシートが敷いてある。それも可愛い小熊が描かれた変なシート。一体何やってんだこの人は。
「何をやってんだアンタは」
「いや、ふざけてるように見えるだろうけどマジ真剣っす。今張ってるの最上級の障壁だからな。近接のシロエアが街に帰っちゃったからやることなかったんだって。マジで、バリッ」
「……はぁ。交渉はどうなったんですか?」
新しい煎餅を異次元袋から出して口にくわえながらも、荒瀬さんは首を振った。まぁ目の前の青い奴を見て結果はわかってたけども。
「キングは聞く耳持たずに今も壁殴ってる。こんな時に壁殴り代行がいたらいいのにな。あ、でもクイーンはまだ交渉出来そうだったな。一言も話してないからわからんけど」
「本当ですか? それじゃあ俺が――」
「いや、修斗は奥にいるクイーンを頼むわ。修斗じゃ多分キング抑えるの厳しいだろうし。バリッ」
「取り敢えず煎餅食うのを止めろ!」
「あ、修斗も欲しいの? ほう、三枚も欲しいのか。いやしんぼめぇ」
メシッ、俺の怒りを代弁するように青い奴――キングは障壁を殴りつけた。クリーム色の障壁に僅かだがヒビが入る。
「おっと。それじゃ修斗。障壁割れたら奥に部屋があるからそこに向かって走れ。まぁ、交渉してもいいけどほぼ無理だと考えとけ。クイーンの考えてることなんて俺でもわかんないし」
「……オッケーです」
「あ、それとクイーンは人間っぽい見かけしてっけど中身は化け物だからな。戦闘になっても戸惑うな、躊躇するな。動物を殺すくらいの気負いでいい」
荒瀬さんが立ち上がって小熊のシートをしまって首を抑えながら立ち上がった時、光の障壁は甲高い音を立てて崩れさった。
瞬間キングが荒瀬さんに襲いかかった。青い甲殻の拳を荒瀬さんは受け止めながらも、行けっと叫んだ。その声を後ろに聞きながらも俺は走り出す。
少し走って後ろを見たがキングが追ってくる様子はない。そのまましばらく走ると周りの景色が段々と暗くなってきた。それにさっきからヘドロを掻き混ぜるような音が聞こえる。
前が見えにくくなるほど暗くなったので頭の上に光球を出して辺りを照らす。炎球だと熱いんだよね。流石に髪が再生することはないだろうから、頭皮は大事にしたい。
(頭の皮剥がせば再生するんじゃない?)
(絶対やりたくねぇ)
地面や壁を這う拳サイズの小さいスコーピオン、最初はチラホラ見るくらいだったから気にならなかったが、今では一歩踏み出す度にグチャっと卵を踏んだような感触が足の裏に走る。流石に子供の死体を付けてクイーンの元に向かいたくないので、対抗策を講じる。
「風の障壁」
一言詠唱しながらも頭の中で想像し、自分を中心に強い風吹かせる障壁を創造する。すると小さいスコーピオン達は紙のように自分の周りから散り始める。
前方を警戒しながらしばらく進むとまた同じような門があった。さっきと違うのは小さいスコーピオンが門にびっしり張り付いているところだろうか。
ゾワゾワするものを感じながら風でスコーピオンを飛ばして門を開く。すると前には玉座のような物が見え、そこに人の姿をしたナニカが座っていた。剣に手をかけて警戒しながらもう少し近くへ移動する。
「人間、一日に三匹も見るとはな。心が踊る」
近よるごとに人間のような姿が所々変わっていることに気づく。その体の関節部分と……重要な部分は赤い甲殻で囲まれていて、その他は肌を露出している。その姿は浜辺にいる女性とほぼ変わらず、かなりセクシーだ。一部を除けば、だけども。
その一部――背中には小さいスコーピオンが蛆虫のようにうじゃうじゃと沸いていて、まるでイソギンチャクのようだ。セクシーなんて思ったこと自体におぞましさを感じる。
クイーンが少し身じろぐと背中のスコーピオンが地面に落ち、そのままこちらへ向かってくる光景を見て思わず顔が引き攣る。そのことを不快に思ったのかクイーンは顔をしかめながらも玉座から立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
「攻撃の意思は感じられず、か。となると先程の亜人を憎まず、夫を前に笑ってみせた人間の手先か。よい。実に良いぞ。心が踊るではないか」
そう言ってクイーンは沈黙し、立ち止まってこちらの言葉を待っていた。口調が女王っぽいしここは出来る限り敬語の方がいいよな……。
「そうでいらった……そうでいらっしゃいましたか」
頭を下げながら敬語で話そうとしたら、噛んだ。これはもう駄目だ、とクイーンの様子を伺うが気にしている様子はない。ただ依然と美しい姿勢を保ったままこちらを見ている。
「き、今日ここに来ました理由は、こちら側からの塔への攻撃の件についてです。それについては――」
「いや、言わなくともわかるぞ。大方不慮の事故だったのだろう。意図的な攻撃であれば追撃せず放置するのは愚策。ならば事故と思うのが妥当であろう? 余の申したことは違うか?」
「……仰る通りでございます」
「そうであろう? ここでも子供を孕むだけで長きを過ごしたが、まだ余の知能は鈍っていなかったようだ」
クイーンは嬉しそうにはにかんでこちらに近づいてきたが、風の障壁によって若干動きを鈍らせた。そしてこちらに猫のように細めた目を向けてきた。
風の障壁を解け、とクイーンはご所望のようだ。だがそれはかなり危険な賭けだ。解いた瞬間に子供が一斉に飛びかかってくるかもしれない。
しかしだ。クイーンは……何だろう。勘、になってしまうけどクイーンは俺に危害を加えないような気がする。塔を攻撃されたのもあまり怒ってはいなさそうだし、こちらが交渉を持ち出せば応じてくれそうな雰囲気を感じる。
攻撃される可能性も考慮してクイーンから距離を少し離した後に、自分の周りにある風の障壁を解いた。するとクイーンはフン、と拗ねたような声を上げながら玉座に戻って肘掛けに腕を乗せた。
「余を嫌うか。それで交渉の座席に座れると思うのか貴様は?」
「……いえ、とんでもございません。女王様の前ですと、何かと緊張してしまうもので」
「ふむ、そうか。ならそこに座るがよい」
クイーンが右手を上げて楽器を引くように指を動かすと、小さいスコーピオンが一斉に一箇所へと集まって椅子の形に姿を変えた。ご丁寧に肘掛けまで付いている。切実にいらねぇ!
ざわざわと蠢いてるその椅子の座り心地は想像がついたので、一つ息を吐きながらその椅子に座る。ゴキブリでパンパンになった袋に座ってるような感触だった。
「座り心地はどうだ?」
「……今まで座った椅子の中でも、群を抜いています」
「ククッ、面白い。それで、貴様は余に何を差し出し、何を求めるのだ?」
「……差し出す物は食料で、求める物はスコーピオンの撤退です」
クイーンはその言葉を聞いて明らかに不機嫌そうな顔を覗かせ、肘掛けに肘をついてこちらを覗き込むように見ている。
「事故とはいえ、あれは私の大切な子供を千匹は殺している。それと同程度の価値がある物か?」
その大切な子供を椅子にしたのは何処のどいつだ、という言葉を飲み込んで肯定のうなずきを返した。その返事には驚いたのかクイーンは眉を釣り上げた。
「千の命と同程度の食料と申すか。それは何だ?」
「目には目を、命には命を、ということです」
「……ふむ、命には命を、か。成程のぉ! 確かにそれは同程度であるかもしれぬなぁ! して、千の人間はどう集めるのだ?」
「千の人間など必要ありません。私一人で充分支払えます」
クイーンの表情がピタリと固まった。その表情が怒りとなる前に俺は懐に入っているナイフを取り出し、自分の手の平へ思いっきり突き刺した。ボタボタと赤い血が地面に飛び散る。
腹を空かせていたのか地面に垂れた血に一部のスコーピオンが群がった。そして怪訝な顔をしながらこっちを見ているクイーン。
「私は不死身です。証拠は、これです」
座りながら穴の空いた手の平をクイーンへ向ける。その穴はすぐに再構築されて元の綺麗な手の平に戻った。それを見てクイーンは驚いたような顔を見せた後に、新しい玩具でも見つけた子供のような笑顔を浮かべた。
「ほう、不死身か……」
「これなら千の命を払えるでしょう?」
「――そうか、そうかそうか……。フフフッ。フフッ、フフフフフッ」
乾いた笑い声を上げながらクイーンはこっちに座ったまま手を伸ばしてきた。すると自分の座っていたスコーピオン椅子がクイーンの元に吸い寄せられていくように近づいていく。
「玩具はいずれ壊れてしまう。余の玩具は、壊れやすくてなぁ。だが、壊れない玩具となれば話は別。貴様が手に入るのであれば、スコーピオンを撤退させようぞ」
「……失礼ですが、私は千回死んでスコーピオンの食料になったら解放――」
「するものかっ!! ……もう一人は飽き飽きなのだよ、人間。夫はただ戦いを望み、最近は玩具も手に入っていない。貴様は絶対に逃がさぬぞ。何、安心しろ。痛いことはせぬ。ゆっくりと調教してやるからな……」
クイーンとの言葉のキャッチボールが一転し、ドッジボールになってしまった。身の危険を感じたので急いでスコーピオンの椅子から抜け出そうとするが、足首を覆うようにスコーピオンが張り付いているので抜け出せなかった。
クイーンの後ろから細長い尻尾がシュルシュルと伸びてきて、俺の胸に突き刺ささった。しかし意外と痛みは感じなかったので拍子抜けしたが、状況はかなり不味いだろう。早く抜け出さないと不味いっ。
「これで貴様は、私のモノだ」
尻尾が胸から抜かれた瞬間にクイーンが壊れたように笑った。……多分刺されたのは麻痺毒だ。体が金縛りでもあったみたいに動かない。これからどうするか。
神補正がなかったら交渉は成立します。手の平刺した修斗ェ