四十一章
「そもそもな話、兎耳っていいよな。まずあのフワッとした白い――」
「ドン引きされてるんで止めた方がいいですよ。荒瀬さん」
門の前でシロさんと合流し、その他愉快な仲間達の中にいる兎耳を見た途端に荒瀬さんが気持ち悪いことを熱く語りだした。つーか亜人の特徴丸出しで大丈夫なのか? さっき周りにいた冒険者がスルーしてるところを見るに察してはいるけれども。
「一応聞いときますけど、あれって他の人には見えないですよね?」
「目に俺の魔力が仕込まれてない奴には見えない特別使用の結界だ」
「いつ俺に魔力仕込んだんですかっ。止めて下さい!」
すると荒瀬さんはおいおいと呆れたように首を振りながら近づいてきて、ドカッと腕を肩に乗っけてきた。
「またまたぁ。修斗もあいつら耳とか尻尾をしゃぶりたいんだろ?」
「いやいや!? 触りたいとかならともかく、そんなマニアックな趣味持ってませんから!」
「おま、全国のケモナー達に謝れ! シュウトのバカァ!」
「サラの物真似は止めて下さい! 気持ち悪い!」
俺らの様子を見てシロさんが和かに笑い、亜人達は苦笑いしていたが気にしないことにする。そう、それよりも塔に行くまでの作戦を教えて欲しい。
「では障壁を張り終えましたので行きましょうか」
「随分とせっかちだな。つーかそいつら、そんな装備で大丈夫か? 全員弓だけかよ」
「大丈夫ですよ。装備はこれが最善ですし、魔力も温存させてあります」
……ということはこの人数であの塔に向かうのか。魔法が使えて弓を背中に携えている亜人が四人に、荒瀬さんとシロさん。随分と少人数だ。これで塔を制覇出来るんなら最初から行けと思うけどな。
いや、スコーピオンの数を少しでも減らすために攻めさせることが必要だったのか? それにあっちの親玉は頭が良いらしいから余計なことを考えさせて惑わせるってこともあるな。
「あぁーマジかったるいわー。もうシロエアと修斗が最上級魔法でも使って塔ごと潰せば良いんじゃね?」
「もしスコーピオンを滅ぼしてしまったら冒険者の収入源は減り、反対側のガユラが行動を活発化する。そう言ったのは貴方でしょう? アラセ」
「ござるよねー。でも絶対キングとクイーンは『よくも我らが子らを……幼弱な人間風情がぁ!』とか言って交渉なんか応じないぜ?」
「そうですね。キングスコーピオンはこちらが先に攻めてきた、と勘違いしているでしょう。どうするのです、アラセ?」
……確かに、どうすればいいんだろうか。交渉するにもこっちから仕掛けたようなもんだから簡単には応じないだろうし、倒したら冒険者が苦しくなってガユラ――俺が特訓してた時に遭遇したアイツが暴れだすらしい。
だが今回は荒瀬さんに任せっぱなしにするわけにはいかない。この問題はぶっちゃけ俺のせいだからな。俺が頑張って何とかしないと罪悪感で押しつぶされそうだ。人が、死んでるんだ。俺のせいで。
何か無いか? スコーピオンの怒りを沈めるような交渉材料は。人だったら色々と思い浮かぶんだが、相手はスコーピオンだ。金、地位、女。そんなありきたりな物じゃ交渉にならないだろう。
「荒瀬さん。スコーピオンが好きな物って何かあります?」
「一番に考えつくのは食料だな。あいつらは睡眠欲と食欲が強いからな」
「…………」
「それがどうかしたのか?」
「いや、何でもないです」
とりあえず一つは考えついた。他に方法があればそれに切り替えるが……俺に出来るのはこれが精一杯だろう。覚悟はしておくか。
やけに冷たい風が砂を運び、自分の顔に刺さってくる。軽い砂塵で隠れて見えない荒瀬さん達が、何だか少し遠く感じた。
――▽▽――
あの後は結局何も案が出ることはなく、荒瀬さんの何とかなるという発言でそのまま塔へ向かうことになった。
もっと話し合った方が良いと思ったが、何分時間が無い。シロさんがこの防衛戦はあと三日も持たないと明言していた。スコーピオンだけならまだしも、これを好機とみたリザードマンやガユラの軍勢が攻めてくる可能性が高いからだそうだ。
だから早めにスコーピオンの親玉――キングとクイーンを説得、または残滅しないと漁夫の利を狙った奴らが攻めてくる。だから時間が無いわけだが……。
どうやらこっちの作戦はあっちに筒抜けだったようで、塔の前へ着いた途端に周りの地面からスコーピオンが飛び出してきてドーナツ状に囲まれてしまった。
迫り来るスコーピオンと対面する中、荒瀬さんの指示で俺と亜人達が周りのスコーピオンを引きつけ、荒瀬さんとシロさんが塔へ突入する形となった。まぁ、妥当な判断だろう。亜人達は今もへっぴり腰だから塔に入るのは厳しそうだし、塔に行くまでの間にシロさんの身体能力が化け物地味てることも見えたからな。あの二人なら大丈夫だろう。
「猫さん。右に酸液が集中してるから障壁を厚くして貰える?」
「は、はいっ! 厚くしますっ」
しかし現状はあまり良くない。ドーム状に張ってある障壁の周りには様々なスコーピオンがびっちりと張り付いていて、鎌状の爪で障壁を叩いたり酸液や紫色の液体を吐き出したりしている。
今のところは一時間くらい耐えられている。荒瀬さん達が帰ってくるまでに持つといいが……キツそうだよなぁ。周りに張り付くスコーピオン、何かが溶けるような怪しい音を立てながら磨り減っていく障壁、そして俺に不安を抱いて怖がってるから、亜人達は精神的に消耗していている。
亜人と人間は今も尚、戦争中だ。人間の亜人に対する憎悪は凄まじいし、逆もまた然りだ。彼女達もシロさんに出会うまでは悲惨な目にあってたらしいから、初対面の人間と仲良くしろと言われても無理だろう。やっぱりシロさんが残ってた方が良かったんじゃないかと思う。
つーかそれでよくギルドの業務が出来るよな。そこらへんはやっぱり、男より女性は強かだな、と思う。
あ、それと亜人は俺から見ると動物みたいなものだから虫に嫌悪感なんて抱かないと思ってたんだが、そうでもないらしい。なんでやねんっ、と思わずツッコんでしまってビクッとされた記憶は封印した。
「兎さん。あとどのくらい持つと思う?」
「魔力だけなら半日は持ちますが……この光景のまま半日は持ちそうにないですね」
「あーっと、わかりました。それじゃあ障壁にくっついてるスコーピオンを弾き飛ばすことは出来ます?」
兎耳は周りを見渡し、顎に手を当てて少し思案した後すぐに言葉を返してきた。
「可能ですが……」
「それじゃあ俺の合図を聞いたらお願いしていいですか? 準備が出来たら教えて下さい」
「待って下さい。その後に何をするつもりです?」
兎耳は俺の袖を掴んで目を細めながら聞いてきた。いくら少し前に話したといっても、随分馴れ馴れしいな。他の亜人は肩と肩が当たっただけで猛烈に謝ってくるし、兎耳は人間に少し慣れてるのかな?
「ちょっとお掃除してくるだけですよ」
「何を言ってるんですか! 貴方はDランクの旅人でしょう!」
……こんなに面倒な奴だったっけ? 受付娘との一件から随分と俺に冷たいからこんな突っかかれるとは思ってなかったので、少し困ってしまった。
説明するのも面倒くさいので兎耳を振り払って目の前のスコーピオンを障壁ごと剣で貫き、くり抜くようにして障壁をとっぱらって外へ出る。上から落ちてきたスコーピオンを左手に創造した石の盾で防ぎ、右手の剣で左右のスコーピオンを素早く切り飛ばす。
後ろのスコーピオンを蹴飛ばしながら自分が出てきた穴を土の障壁で埋め、再度剣を構えて飛びかかってくるスコーピオンを切り飛ばす。
後ろを見ると兎耳が何か言いたげな顔をしていたが無視してドーム状の障壁に飛び乗る。兎耳はお人好しなのか? 自分の敵だった人間に何であんなことが言えるのか、不思議でならない。しかも俺は一人の受付娘を追い詰めて吐かせたし。
まぁ、今はそんなことどうでもいい。それよりも目の前に広がるスコーピオンを何とかしないとな。ドームの上に乗っていた黒いスコーピオンを蹴り飛ばし、辺りを見回す。
……多いな、オイ。取り敢えず魔法で粗方残滅した後に剣で後始末ってのが現実的か。爆発する炎球を手に創造して前に投げつけ、石で作った出来の悪いナイフを投擲する。ここら辺はもう作業だな。
上から魔法を打って周辺を片ずけてドームから飛び降り、少し遠くにいるスコーピオン達に魔法を浴びせながらも創造した石盾を持ちながら走り込んで列を乱す。緑色のスコーピオンが吐き出した溶解液を石の盾で防ぎ、右手の剣で突き刺す。
少し遠くにある後ろのドームを気にかけながらもスコーピオンを残滅していたら、苦い記憶のあるマジックスコーピオンの群れが地面の巣から出てきた。不機嫌そうに変な鳴き声を上げているところを見るに怒ってるんだろう。うげぇ。
体長は他のスコーピオンよりの三倍近くあって、魔法そのものを無効にする特殊な青い甲殻を持つ。更にその甲殻は鋼のように固いっていう、かなり厄介なスコーピオンだ。ただし尻尾には毒が無く、甲殻の代わりに口と尻尾が柔らかいが……俺は近づいて腕を喰いちぎられたからな。地味にキツい。
数は十匹。取り敢えずナイフを投擲するも、魔法で作った物なので甲殻に当たった瞬間に崩れてしまう。魔法で固めてあるから当然だ。やっぱ近づくしかないか、嫌だなぁ。
魔法を想像するのを止めて力を抜いて剣をぶらぶら動かしながら、マジックスコーピオンがこっちに来るのを待つ。俺は魔法以外の遠距離攻撃がないしな。一応尻尾には魔法が通るが……狙うのは難しい。今度弓でも練習すっかなぁ、と場違いなことを考えていたら妙な風切り音が聞こえた。
すると俺の顔の真横を何かが通り抜け、それはマジックスコーピオンの顔に突き刺さった。荒瀬さんかと後ろを見ると、遠くにいる亜人達がこちらに弓を構えていた。……結構距離離れてるんだが。五十メートルはあるぞ。
「貴方は馬鹿ですか! マジックスコーピオンに近接で挑むなんて愚の骨頂です!」
遠くにいる兎耳の声がはっきりと聞こえてくる。風の魔法で声を運んでるんだろう。しかも兎耳の怒りを代弁してるのか、やけに風が鋭くて目が細まる。
「マジックスコーピオンはこちらに任せて退いて下さい。こちらには弓の名手が二人いますから、この距離からも迎撃できます」
俺の背中を強い追い風がグイグイと押してきたので、指示通り戻ることにした。後ろにいるマジックスコーピオンは弱点を正確に射抜かれて亡者のような声を上げている。弓の名手ってレベルじゃねーぞ、オイ。
途中で突っかかってくるスコーピオンを斬り飛ばしながらも亜人達の元に着き、弓を構えているアーモンドような形をした猫目の奴と犬耳……だろうか。助かったと頭を下げると、わふんっ! と元気な返事が返ってきた。恥ずかしかったのか返事をした犬耳は項垂れていた。
うーん。その撫でたくなる光景はまさにワンダフルと言ったところか。これは上手い。
(0点)
(何でやねんっ! 最高に上手いだろ今のはっ)
(言葉の意味がわからないもん、0点だよ)
「……そういやスコーピオンの数が減ったな。退いたのか?」
「えぇ。マジックスコーピオンに剣で挑もうとした旅人さんが活躍してくれましたからね」
「お前も案内娘と同じかよ……これも不幸が――いやいやそれよりもだ。荒瀬さん達はまだか?」
「えぇ。今は待つしかないと思います」
そう兎耳は白い鼻をヒクヒクと動かしながらもフワフワしてそうな尻尾を逆立てていた。魔法を使ったから兎の特徴が耳だけじゃなくなったのか。その内モサモサになんのかね。
そんなどうでも良いこと考えを中断するように爆音が鳴り響き、塔の上部分が爆発した。いきなりの爆音に固まった頭を働かせ、剣を構えながらも塔へ注意を向けた。
亜人の描写をもう少し丁寧に書きたいなぁ