四十章
薄暗い中ピョンピョンと兎みたいに飛びながら走っている荒瀬さんを全速力で追いかけたら、俺とマッチョマン達が作った防壁が近くに見えてきた。防壁には松明や魔法で作られた明かりが刺さっていて、クリスマスツリーみたいだった。
その防壁には装飾品のように数十人の人達が引っ付いていた。周りが何故そんなに防壁へくっついているのかは荒瀬さんを追っている時の光景で想像は出来た。
ここからでも黒い津波のようなスコーピオンの軍隊がこちらに向かってくるのが見える。薄暗くて詳しくはわからないが、その数は自分が相手にしたスコーピオンとは桁が違う。一億? いや一兆はいるんじゃないか?
この場所は塔の真正面でもっともスコーピオンが攻めてくる最前線。だからそれなりの数が来るのは覚悟していたが、いくら何でも多すぎないか? 多く見積もって一人百匹殺したとしても、倒し切れるとは思えない。この防壁にいる冒険者の数は七十人くらいだろう。圧倒的に数が足りない。
そんな考察をしながらも防壁に着くと、冒険者の視線が荒瀬さんへと集まった。恐怖と言う感情が目線で分かるほど冒険者達は遠くにいる大群に不安を抱いているいるようだ。かく言う俺もそれなりに怖い。今すぐあの軍団に魔法を撃ちまくる、という選択肢が出るほどには恐怖が芽生えていた。
「勝てるのか……?」
男であろう誰かがそう呟き、その呟きは静まっていた薄暗い空間に響き渡った。確かにこれじゃあ勝てる気がしない。数が違いすぎる。荒瀬さんだから無策ということは無いと思うが……。
荒瀬さんの様子を伺ったら眠そうに欠伸をしていた。……心配した俺が馬鹿だった。
欠伸している荒瀬さんを見て不安になったのか、冒険者は急にざわつき始めた。何か荒瀬さんが、ざわ……ざわ……と独り言を言っているが一体何をやってるのだろうか。
すると荒瀬さんが視線に気付いたのかこちらを見て、俺に任せろと言わんばかりに片手で胸を叩いていた。あの大群の前で随分呑気だな荒瀬さんは。何か秘策でもあるんだろうか。
俺の反応に満足でもしたのか荒瀬さんは前を向いて何かブツブツ言った後に、片手で耳を抑えもう片方の手を銃の形にして前の軍団へ向けた。
「ででーん」
そんな気の抜けた声が聞こえた途端に空が急に明るくなり、前のスコーピオン軍団が吹っ飛んだ。前だけじゃない。目の見える範囲で爆弾でも落としてるみたいに爆発が立て続けに起こる。
耳を塞ぎながら空を見上げると火の玉が隕石のようにスコーピオン軍団へと落下していた。周りの人達はその爆音に耳を塞ぎながらも、空を見上げてポカーンとしている様子だった。勿論俺も完全に置いてけぼり状態だ。
そんな俺達の反応にまた満足したのか荒瀬さんは口角を歪めながらも、指を鳴らして何かの魔法を発動させた。すると空から爆音が聞こえなくなった。
「ククッ、てめぇら何で負け戦的な雰囲気出してんだよ。俺は黒の旅人だぞ? それに魔術師二百二十五人、冒険者二百五十七人に、光帝のシロエアまでいるんだ。たかがスコーピオンに遅れを取るとでも思ってんのか!」
荒瀬さんが爆音に負けず劣らずの声で不機嫌そうに言い放ち、演説でもするように腕を組みながら周りを歩き出す。
「しかしスコーピオンの大群は厄介だ。それにキングとクイーンは人間のように頭も働くし、苦しい戦いになることだろう。ほら、前を見てみろ。もう対策を練ってきやがったぞ?」
その言葉を聞いて数人が防壁に近づき、俺も防壁から前の様子を伺った。すると多くのスコーピオンが後ろに退避していて、甲殻の赤いスコーピオンだけがこちらに向かってきていた。空から飛来する大きい火玉がスコーピオンに直撃するが、体を震わせながら何事も無かったかのように進んでくる。
「あいつらには優秀なリーダーがいる。奴らが俺達を殺し尽くした後には抵抗出来ない女子供、商人達はみんなあの塔に連れ込まれて拘束され、体中を幼虫に貪られるんだ。女はスコーピオンを孕まされるかもなぁ?」
荒瀬さんがそう言うと周りの冒険者の半数は顔色を変え始めた。特に結婚してる人には辛い話だろう。負けたら死ぬだけじゃなく家族が幼虫に貪り食われるなんて地獄のようだ。まぁ、避難させとけよとは思うけど
「ククッ。これでも勝てないなんて弱気を吐けるか? 勝てる勝てないの問題じゃねぇだろ! 男だったら自分の好きな物、場所、女子供くらい守ってみやがれ!」
そう言って荒瀬さんは何処からか馬鹿デカいハンマーを取り出して、スコーピオンに向けて掲げた。空を見るともう火の玉は降っていなかった。
「近接武器の奴は防壁の前に出ろ! 遠距離武器の奴は防壁の隙間や高台から射抜いてやれ! 誤射なんてつまらねぇ真似したらぶっ飛ばすからな! わかったか!」
「おぉぉおおぉぉおぉ!!」
そう言い放って荒瀬さんはハンマーを肩に背負いながら防壁の前に躍り出た。追いかけるように俺も前へ出ると、周りの冒険者も雄叫びを上げながら次々と防壁の前へ上がっていく。
レッドスコーピオンの甲殻が擦れ合うキチキチとした音が聞こえてくる。いつ飛び出そうか迷っていたら荒瀬さんがレッドスコーピオンの群れへ飛び出していたので、俺も急いで後に続く。
「シロさんと愉快な仲間達がいるんじゃないんですかっ!」
「いつからシロエアがここへ来ると錯覚していた?」
「この詐欺師!」
威嚇しながら近づいてくるレッドスコーピオンを切り飛ばし、自分の横からすり抜けようとしたスコーピオンを蹴り飛ばす。荒瀬さんは俺の身長を越す程の大きな銀色のハンマーを振りかざしてスコーピオンを叩き潰していた。
二人で突進してきた馬鹿な人間、とでも思ってるのかレッドスコーピオンの群れは進軍せずに俺達を取り囲んでいた。見せしめのつもりだろうがその判断は間違っているぞ、スコーピオン達。荒瀬さんだからな。
そして何故かススッと俺の背中に寄りかかってくる荒瀬さん。何かするつもりなのかと黙っていたら。
「背中は任せたぞ、修斗」
「……絶対それを言いたいがためにわざと囲まれただろ! 何か声が弾んでるもんな!」
背中を合わせながら作ったような声音で決め台詞を吐いた荒瀬さんにがっかりしながらも、囲んできたスコーピオンに向かって突撃。剣を振るってスコーピオンを斬り飛ばし、蹴散らし、吹き飛ばす。
「おい、横ががら空きだぞ修斗」
「え? ……ヤバッ!」
前にばかり気を取られていたせいか不意に横から飛びついてきたスコーピオンの三匹の対処が遅れ、背中にドライアイスでも突っ込まれたかのように動転した。
一匹は荒瀬さんが、もう一匹は剣で切り飛ばせたが、頭へと飛びかかってきた赤いスコーピオンは防げない。昆虫独特の関節が目の前に迫り、思わず目を瞑ってしまった。
しかしそのスコーピオンは俺の顔に飛びかかることはなく、いきなり断末魔を上げながら地面に落ちた。荒瀬さんが何かやったのかと思っていたが、そのスコーピオンは矢が頭に突き刺さって絶命していた。
「ビューティホー……」
危ね、凄い助かったわ。荒瀬さんの呟きを無視して高台で弓を構えている人へ手を上げて感謝しながら、続けてスコーピオンの残滅にかかる。
百匹はスコーピオンを殺したくらいで赤いスコーピオンは少なくなってきた。それでもまだ結構いるけどな。しかも後ろに退避していたスコーピオン達がこちらに着々と近づいてきている。
「おいおい、お手伝い! 後ろがお留守だぜ!」
「あんたは斜め後ろがスッカスカだよ!」
「セコム、してますか?」
緑色の体液がべっとりと付いた剣を振り向きざまに薙ぎ払いながらも、大剣を担いだ冒険者へ乱暴に返す。視界の端では荒瀬さんが両手を突き出して何かをしていた。右手には白い靄、左手には黒い靄が集まっている。
……光と闇の魔法か? じゃあ俺はそうだな、馬鹿デカい風のブーメランでも創造して冒険者の居ない方向にぶん投げておくか。
両手に土壁を纏わせて大きい風の刃を想像し、それを掴んで思いっきり前へぶん投げる。どうやらこっちの魔法と合わせたのか、荒瀬さんも黒と白の馬鹿デカいブーメランを前へ投げていた。
スコーピオンを真っ二つに両断しながらも尚、勢いを崩さないブーメラン。途中で荒瀬さんのブーメランは爆発を引き起こし、そこからブラックホールっぽい物が出現して周辺にいたスコーピオン達を吸い込んでいた。
「吸引力の変わらない、ただ一つの掃除機。流石だな。近接部隊! 周りのスコーピオンを倒したら一旦防壁に退避だ! 遠距離部隊はキリキリ働け! 矢はいくらでもあるんだ!」
何やらわけがわからない台詞の後に荒瀬さんがそう叫んだので、俺も周りのスコーピオンを残滅して防壁へと撤退する。
周りの冒険者達も次々に防壁へ撤退していく。しかし後ろからは赤色だけではなく、色とりどりのスコーピオン達が攻めてくる。一体どうするつもりだ?
「魔術師共! 出番が回ってきたぞ! 焼き尽くせ!」
荒瀬さんがそう叫んだ直後、後ろから綺麗に揃った魔法の詠唱が聞こえてきた。
「燃え盛る炎よ、我が手に集い、敵を貫く矢と成り射出せよ、炎矢」
後ろを見ると数え切れない程の燃え盛る矢が空を舞い、スコーピオンに向かって落ちていった。いくつかはこちらにも降ってきたが、荒瀬さんがわざわざ声に出して障壁を張っていたから心配は無い。
「近距離部隊は少し休憩。遠距離部隊は休憩しながら適当に打っとけ。あんまり上に向かって打つと障壁に当たるから気をつけろよ。あ、矢の心配はしなくていいからな」
緑色の体液まみれな荒瀬さんがダルそうに叫ぶと、冒険者達は各自座り込んで息を吐いていた。俺も休憩しますかね。
――▽▽――
今は深夜二時くらいだろうか。現在の戦況は中々良い感じだった。スコーピオンは一点突破を狙ってきたり、広く展開して防壁を突破しようと必死になっていたが、今は撤退を始めていた。
一点突破なら魔術師部隊が狙いやすいし、薄く展開しても遠距離部隊や魔法で容易く残滅できる。漏れがあっても防壁にはシロさんが光の障壁を張っているおかげで侵入は何とか防げている。
その障壁でしばらくスコーピオンの進行は防げるし、障壁の効力が半分を切ると花火が上がる仕組みになっていて、その花火が上がれば部隊を半分ほど向かわせれば何とかなった。シロさんの魔力が唯一の気掛かりだが……荒瀬さんが言うには心配ないらしい。
しかしあっちも色々と奇襲をぶつけてくる。花火が三つ同時に打ち上がった時はかなりキツかったし、魔法その物に耐性のあり、甲殻も頑丈なマジックスコーピオンなんて奴らが集団で攻めてきた時は死傷者が二人、重傷者が十五人出た。俺も魔法を打って仕留めたと勘違いして腕を喰いちぎられたしな。荒瀬さんのおかげで何とかなったけど。
今は魔術師部隊が戦場に竜巻を発生させて残党を狩っているから、近接部隊は暫しの休憩タイムだ。周りの冒険者は各々武器を手入れしたりテントの中で仮眠を取っている。中には街に戻って家族と会っている人もいるらしい。もう朝まで襲撃は無いにしろ、少ない時間の中でよくやるもんだなと感心する。
まぁ死んだ人がいるわけだから当たり前なのかなぁ。死体はスコーピオンに持ち帰られたらしいし、遺族も浮かばれないな。少なくとも自分は死なないからあまり恐怖は感じないけど。
「スコーピオンの数、減ってきましたね」
「スコーピオンはこっちに光源があるとはいえ夜目は効かない方だし、魔術の種類もわかりにくいだろうから撤退したんだろ」
自分の異常な思考に思わず苦笑いしながらそう言うと、荒瀬さんが興味なさげに呟いて振り絞った矢を防壁の間から放つ。すると矢は炎を纏い始めて最後には龍の顔ような形になり、スコーピオンに着弾。少し遠いところで爆発音が聞こえた。
「それじゃあこっちも朝までは休憩ですかね」
「あぁ。俺のPT以外はな」
ニヤリと口角を曲げながら荒瀬さんが弓を空中へ投げ捨てると、空間が裂けて弓がそこに吸い込まれていった。……異次元袋を使えばいいだろうが。
「シロエアが全ての防壁に方陣を張り直したら俺達は予定通りスコーピオンの塔に向かう。話し合いで解決は……まぁ無理だろ。修斗も戦闘の準備はしておけよ」
「そんな予定は聞いてないんですけどねー! ……その前に、スコーピオンの親玉って人間と会話できる程知能が高いんですか?」
すると荒瀬さんが冒険者をチラリと見ながらもこちらに近づき、ボソッとした小声で話し始めた。
「人間と亜人の死体と残留魂が混じって生まれたのが魔物だからな。稀に亜人っぽい奴が生まれるんだよ。ここらの魔物で言うとリザードマン。あいつらも人間とコミュニケーションを取れる魔物だ。修斗は多分、魔物=動物って考えてると思うが、魔物の中にも意思を持った奴は結構いるからな。無駄に反感買わない程度には気をつけろよ」
「……あー、そうですか」
リザードマンの母親を人質に取って挙句の果てに子供を蹴り上げる……。ヤバイな俺。指名手配とかされてなけりゃいいけど。
「まぁいくら知能が高いとはいえ、最初に脅しで言った女が孕まされるとかは嘘だけどな。そんなエロゲあったら是非とも欲しいけど」
「……あ、そうですか」
「ドン引きしないでっ! 冗談だからっ!」
「シロエアさんとは門の前で集合でしたっけ。さ、急ぎましょう」
砂漠に吹き荒れる竜巻に目を細めながらも防壁を離れると、ちょ待てよ!と言いながら荒瀬さんが着いてきた。門の前はここから……十分くらいか。砂塵が舞ってるから少し方向が分かりにくいな。
(体液に砂が付いて気持ち悪いよぉ……。早く拭いてぇ!)
(門に着いたら手入れしてやるから変な声出さないでくれ。気持ち悪い)
震える声で訴えてくる剣を軽く叩きながら荒瀬さんと共に門へ走る。それとさっきから地味に俺を抜かしては、ハッハーと叫んでる荒瀬さんはテンションどんだけ高いんだ。傍から見たら気違いだろあれ。
更新遅くてすみません