三十九章
前回のあらすじ:修斗は案内娘からサラについてあーだこーだ言われながらも防衛地点に集合し、冒険者の人数確認が終わるまでキースとラーヌと駄弁った。そして研いでいた剣が研ぎ終わった所から始まります
磨き終わった剣を軽くひと振りして砥石の粉を落とし、白い布で軽く拭き取る。動かす度に光を反射して一層妖しい輝きを増した黒い刀身に感心しながらも、砥石をしまって腕を上に伸ばした。武具の手入れはこれで終わりか。防具は手入れのしようがないからな。布だし。
「お手伝いさ~ん。キースの面倒をお手伝いしてくれてありがとです~」
後ろから聞こえたのんびりとした声の方へ顔を向けると、ミーサがこちらに手を振りながらとてとてと走ってきていた。その服装はすっかり戦闘モードで、頭以外鉄の鎧っぽい物を装備しているけれども。……何で魔術師が鎧着てんだ? 他の魔術師はローブみたいなの着てた気がするが。
キースとラーヌは入れ替わって受付にでも行ったのか姿は見えない。ミーサの後ろでジンはいそいそと袋から鎧と大剣を取り出して巻かれている布を解いていた。武器の手入れでもするんだろうか。
あと俺がやることは色々買った道具の点検だけだから暇になってしまった。荒瀬さんは側転したりバク転しながらそこら中を動き回ってるから正直話しかけたくはないし、シロエアさんも受付忙しそうだし。
「お手伝いさ~ん。お暇でしたらミーアの準備運動をお手伝いしてくださ~い」
空中を三回転している荒瀬さんをボーッと眺めていたら、ミーアが身に纏ってる青色の鎧をガシャガシャと鳴らしてこちらに手招きをしていた。ジンに目線を向けると目を細めて首を振った。諦めろ、と言いたいようだ。
ミーアの傍に近寄ると彼女はその場に座って長座帯前屈をし始めた。踵まで手が届いている所を見るに、彼女は体が柔らかいらしい。ゴツゴツの背中を押しながらそう思った。
しばらくミーアの様々なストレッチを手伝った後、彼女は何やら手に装着した後にこちらへ向き直ってにへらっと笑顔を見せた。クリーム色の長い髪が風に揺られて横へなびく。
「じゃあ軽く模擬戦でもしましょうか~」
「……模擬戦? というか君って魔法使いじゃ……」
「魔法使いでもあって拳闘士でもあるのですっ!」
ジンに目線を向ける。彼は口を一文字に縛って目線を下に向けた。諦めろ、と言いたいらしい。……ただ俺に面倒ごとを押し付けているだけじゃないかと頭によぎったが、そんなことないだろう。ジンだし、多分。
ジンとのアイコンタクトを終了すると、後ろからカンカンと石を打ち付けるような音が聞こえてきた。振り向くとミーサが随分とゴツい黒い手袋……メリケンサックのような物を両手に嵌めて、互いを強くぶつけて火花を散らせていた。手の甲の部分には赤い金属のような物が付いていて殴られたら痛そうだ。
(火花を散らせるなんて凄い力だね)
(……いや、多分火打石で出来てるんだろあの手袋)
流石に火花は魔道具か何かの力で出てるのだろうと思いながらこっちも身構える。すると俺が身構えるのを待っていたかのように彼女は身を低くし、砂埃を散らしながらこちらに突進してきた。
予想してたより遥かに早いミーサの突進。素直に驚いた。リザードマンより遥かに早いその動きに思わず引け腰になるが、俺はしっかりとその動きを捉えることが出来ていた。顎に向かってのアッパー。それを両手でしっかりと受けきる。
瞬きする一秒にも満たない間に背後を取ってくる化け物地味た人と特訓したんだ。流石にこのくらいは見失わないぞ!
……と強がってみたはいいものの、ミーサの拳を受けた手の平は血管破裂したんじゃないかと疑うくらいに壮絶な痛みが走った。痛ぇぇっ! この人女性だよな!? つーか男でもこんな力強くないだろ普通!?
しかしそれで痛がるのも男として何なので無理矢理作った笑顔をミーサに向けたら、彼女は少し不思議そうに口を開けながらこっちを見ていた。取り敢えず後ろに押し返して様子を見ることにする。いや、そういや俺に攻撃手段がないんだよね。
硬そうな青い鎧を殴るのはご遠慮願いたいし、模擬戦で顔面殴るのはもっと遠慮する。そういうわけで俺は攻撃を受けるしか選択肢がない。まぁいい練習にはなるからいいけれども。最近魔物としか戦ってなかったし。
「……シュウトさん、中々やりますね~」
「そうでもないっ!?」
そう言った直後にミーサはこっちに駆けてきて足払いを繰り出してきた。それを軽くジャンプして避け、続けてくるアッパー気味の拳を交差した腕で受ける。骨が軋むような痛みが腕に走る。……力を上げる魔法でもかけてるのか、ミーサの拳は一発が重い。力比べをしたら多分負けるなこりゃ。
ただミーサの拳を振るう時の挙動は大きくてわかりやすく、油断さえしなければ避けることも難しくは無さそうだ。最悪受ければいい話だし。
ラリアットのような一撃をしゃがんで避けて、続けてくる顔面を狙った膝蹴りを両手で受ける。鎧を着てるのによくもまぁスムーズに動けるもんだ。こっちは金属の塊を受けてるから痛くてしょうがない。
「……む~」
攻撃を凌ぐ度に眉間へシワを寄せて唸ってるミーサを目に据えながら、俺は痛みが引いた手の平を軽く振りながらも後退した。それにしても力を上げる魔法か。いや、詠唱してないから魔道具なのかな?
そんなこんなで十分くらいミーサの攻撃を必死にいなしていたら急に彼女は足を止めた。どうやら冒険者の受付が終了したらしい。証拠に赤い花火が派手な音を立てながら夜空に上がってるし。それも一本では無く、推定三十本。夏の花火大会にでも来てるみたいだ。
周りからも驚きの声が上がっている。おいやめろ。そういう反応すると荒瀬さんはもっと規模大きくしそうだから。嬉々としてやるぞあの人。
「シュウトさん~。この防衛戦が終わったら今度は何でもありの模擬戦をしましょうね~?」
「勘弁してくれ。魔法使われたら勝てないっての」
「……シュウトは武器を使ってなかっただろう?」
「頼むから余計なこと言わないでくれ、ジン」
仏頂面でとんでもないことを口にするジンにそう返しながらも、夜空に上がっている花火を見渡す。友人達と行った夏の花火大会を思い出して少し泣きそうになったが、頭を振ってそれを忘れる。
「あ、あーマイクテスト中……おしオッケー。おいっーす。黒の旅人から業務連絡だ。魔術師達は黄色い花火へ、冒険者達は赤い花火の元へ向かってくれ。あー、旅人も黄色い花火に来い。以上だ」
荒瀬さんっぽい声が流れた後にまた派手な音と共に花火が打ち上がった。周りの人間は花火にまだ慣れていないのかPTと花火について楽しそうに話しながらも歩いていった。何か寂しいなオイ。
――▽▽――
取り敢えず今も派手に閃光を散らしている黄色い花火の元へ到着した、もとい誘導された。うん、何でだろう。今でもわからない。
俺はのんびりフードを被って花火の元へ歩いていた。そしたらいきなり女性に手を引かれてズラッとした列に並ばされた。何の拷問だこれ?
このくらいで拷問とか甘えんな、なんて剣が言わないのは二つ理由がある。一つは周りの魔術師達が自衛隊のようにビッチリと姿勢を正して規則正しく並んでいること。そんな中で最後に手を引かれて来たのは俺だ。何だコイツ、みたいな視線が痛すぎる。
もう一つは誰も喋らないことだ。服が擦れる音や足音なんかも聞こえない。ただ花火が打ち上がる音しか聞こえない不気味な場所。そして前には学校の朝礼台のような物の上でメガホンを持ちながら立っている荒瀬さん。オイ、何かの宗教かこれ?
「よう魔術師共。取り敢えず楽にしろ」
荒瀬さんが頭を掻きながらそう言うも、誰も姿勢を崩さない。オイ、勘弁してくれ。今すぐシロさんの所へ逃げたい。何この微妙な空気。気まずすぎるわ!
前では何やらやりずらそうに荒瀬さんが頬を掻いている。そして一回の舌打ちと共に言葉が発せられた。
「陣形は昨日説明した通りだ。お前らの働きには期待している。それからお前と――お前。あとそこの灰色のフード被ってる奴。お前らは残ってろ。じゃあ解散」
荒瀬さんがそう言うと周りがいきなり一礼をして運動会の退場式みたいにゾロゾロと歩いていった。……怖いわ!何このイかれた宗教団体みたいな動き! 自衛隊でも育成してんのか荒瀬さんは!?
周りの魔術師が退散し残ったのは白い服をきた女性二人に俺だけだった。荒瀬さんがあの光景を戸惑っていた様子を見るに、この人達がみんなに指示を出したのか? だとしたら結構怖いんだけど。軽く見てさっきの魔術師達は百名いたぞ?
荒瀬さんは高台から降りて女性二人と話している。少し遠目だから会話は聞こえないが女性二人が頭をペコペコと下げている所を見るに、俺の推測は多分合ってるんじゃないか。確か魔術師のほとんどが孤児とか路頭をさまよってる人達だったらしいし、荒瀬さんに凄い感謝でもしてるんだろ。
神にお願い事でもするように深く礼をして去っていった女性達を横目で見ながらも、荒瀬さんがいる高台付近に向かう。荒瀬さんはこちらに向かって手を降っているが、生憎そんな元気は無かった。
「しばらく見ない内にあんなことになってるとは、予想外デス」
「携帯の古いCMのモノマネは止めて下さい。つーか何で俺を呼び出したんですか。俺も冒険者と一緒で良かったんじゃないですか?」
チッチッチッ、と煽るような声音で一本指を左右に振る荒瀬さん。キースと肩を張れるくらいうざいな、オイ。
荒瀬さんがその場で地面を勢い良く踏みしめると青い光線が地面から飛び出してきた。これは……あれだ。中の情報を遮断する魔法だな。勘だけど。
「修斗はPTが居ないだろう? 不死身とはいえ数が多いスコーピオン達相手に使える魔法も限られてちゃ一騎当千にはなれない。だから修斗にはPTを組んでもらう」
「PT? 荒瀬さんとですか?」
「俺、修斗、シロエア、その他愉快な仲間達PTだよ」
「……えーっと、色々問題があると思うんですけど」
ちょっと荒瀬さんが何を言ってるのかわからなかった。つーか俺がほぼ無詠唱で魔法使ってるの知られたら不味いだろうし、怪我が再生するのを見られたらもっと不味い。
「魔法については心配ない。つーか俺が魔法使ってる所見たことあるよな? 傷が再生するのも俺が治療魔法使えるから誤魔化せる。ノープロブレムだな」
「荒瀬さんの魔法って……あぁ。そういえば荒瀬さんも口頭だけで魔法使ってますよね。普通は魔法陣が書かれた媒体が無いと魔法は発動しないんですよね?」
「あぁ。で、俺は頭の中に魔方陣浮かべて詠唱してるから口だけで魔法が発動するわけ。修斗もそれを言い訳にすりゃ問題ないっしょ。師匠の黒い旅人たんに教わりましたってな」
「あ、そうすか」
「止めてくれ。素っ気ない反応されると死んじゃう!」
何か悶えている荒瀬さんを放置して考えを巡らす。魔方陣を頭の中に浮かべるか……あれ? 今さっき足を踏み鳴らしただけで魔法が発動したんですけど?
「足を鳴らすだけで魔法発動するの格好いいだろ? この技能は教えねーからな。……おっと、そろそろシロエアの演説も終わる頃だ。俺らも防壁に向かうぞ。付いてこい!」
そう言って荒瀬さんは忍者のようにジャンプしながら先に行ってしまった。本当に無茶苦茶な人だなあの人は!
頑張れ!出来る!もっとやれるって!気持ちの問題だ!頑張れ!頑張れ!そこだ!そこで諦めるな!絶対に頑張れ!って言われてやっと産めました。難産です




