三十四章
彼女の所に向かうと何故か怪訝な顔をされた。てめぇが呼んだんだろクズ、という言葉を飲み込んで何か用があるのかを聞く。
「今から私が奇跡を見せてあげるわ。その貧相な目で見れることを光栄に思いなさい」
「はぁ……そうですか」
リザードマンの死体見て吐いてた姿は何処にいったのやら。というか普通はもっと従順になるよな? 吐くほど気持ち悪い物を見たんだから臆病になると思うんだが。
平民に弱みを見せない所は腐っても貴族ということか? それに奇跡って……ねぇ? 貴族だし絶対魔法ですよね。見た目と餓鬼っぽい性格から推察するに歳は十五くらい。その歳ならある程度魔法を使えるんだろうが、初級魔法並みの魔法だったら笑っちゃいそうで怖いぞ。
「鋭利な雷よ! 一筋の光と成りて目の前の敵を貫け! 雷線!」
こちらに小さな紙を向けながら敵を貫けと言う詠唱、それから判断するに雷の攻撃魔法。本気でコイツ馬鹿なんじゃないかなと呆れながらも、惚けていた頭を動かして上半身に薄い土壁を纏わせようとしたが敢えてそれを止めた。
一筋の光が俺の肩を突き抜ける。焼けるような痛みを我慢しながらも少し後ずさりをして、本当に攻撃したことに呆れながらも痛みが抜けた肩を回す。これで一応正当防衛にはなるだろ。兄と執事も見ていただろうし。
それにリザードマンに捕らえられてたのを助けてやったのにこの態度は流石に無いわ。風や水の初級魔法だったらまぁ冗談としても受け取れるが、雷は初級レベルでもガチで危ないからな。一回俺も取り扱い間違えて気絶したし。
「……オーケー。貴族っぽいし多少は我慢しようと思ってたがな、これは流石に無いわ」
腰に引っかかってる剣を手に構える。安心の真剣。別に殺しはしないけどね。少し脅すくらいならいいよな? 勢いで腕の一本くらい切り飛ばしちゃいそうだけど。
「何よ。愚民如きが私に剣なんて向けていいと思ってるの?」
「そんな愚民にお前は今勝てる状況なのか? あんなちゃっちい魔法しか打てないなら早々に諦めた方が良いと思うけどな」
「ハッ。あんなのは小手調べよ。それにこっちにはCランクの執事にシンがいるんだからね」
チラッと後ろの執事を見ると凄い複雑そうな表情だった。隣にいる栄養失調で動けなさそうなシンとやらも同様だ。あいつらは常識人だな。執事は俺があの糞餓鬼に呼ばれた時点で警戒しとけとは思ったけどさ。お嬢様に仕える執事にならそれくらいやってくれてもねぇ。
「罪悪感は無いのか? 助けて貰った人に、しかも危険性の高い雷魔法まで打ってよ」
「手加減はしたでしょう? ならいいじゃない。何が悪いの?」
「あぁ、お前の言い分はわかった。もういいわ」
刀身に手を伝わせて人が気絶する程度の雷を纏わせる。神に操られているならこの衝撃で治るだろうし、違うんだったら俺が満足する。執事の表情を見るに操られてる可能性は皆無だろうけど。
視界の端で執事が何かしていたが敵意は感じなかったので、そのまま奴との距離を詰める。しかし意外なことに奴の動きはそこらの冒険者に劣らずといった所だった。奴はバックステップで距離を取りつつも魔法陣の書かれた紙を取り出し、素早く詠唱を唱えた。
「天の雷よ! 金色の槌と成りて敵をねじ伏せて! 雷極鉄槌!」
魔方陣から自分を丸ごと潰してしまいそうな金色の槌が召喚され、俺に向かって降り下ろされていく。右に飛んで避けたがその槌は轟音を上げながら地面を叩きつけ、その衝撃で勢いのついた細かい砂が飛び散って俺の顔や服を傷つけた。
完璧に殺す気で来てるなアイツ。何あの魔法、当たった所の地面がへこんで砂が焦げてるんですけど。威力高すぎだろ!?
貴族って安全な場所でふんぞり返って戦場では何も出来ずに死ぬってイメージが強いんだが……。まぁ良い、それよりもあの我儘女だ。中級魔法辺りが使えるならこっちも魔法使わなきゃ勝てる気しないぞ。もっと簡単に勝てると思っていたが……現実は甘くは無かったようだ。
「雷よ! 収束し、彼の者に降り注がれん! 雷束!」
距離を詰めている間に女の魔方陣から数え切れない程の光の線が空に向かって勢い良く飛んで行き、上から矢のように襲いかかってきた。隙間無く矢が迫ってるような光景に生身で避けるのは無理と判断し、地面に手を当てて自分を岩が囲むようにイメージして盾を創造する。しかし想定外の出来事が発生した。
「ぐエッ!?」
雷の矢はその土壁を安々と突き破ってきて、自分の体に幾多もの雷が襲いかかってきた。相性が良いのに何でだ?という疑問と痺れるような痛みを抑えながらも、魔力をありったけ込めて土壁を強化する。
体に刺さっている雷の矢を数本引き抜くとすぐに再生が始まり、痛みが収まる。何故かはわからないがこっちの魔法があっちにあっさり負けた。魔力はこっちの方が絶対に上のはずだし、相性もバッチリな筈なんだが……。
土壁を崩して外に出るとそこには肩で息をしている女を支えている兄と、こちらを向いて何やら驚いている表情をしている執事がいた。まぁ貫通したから死んだと思うよな、普通は。
「離してシン! まだあいつは生きてるわ!」
「もう止めようリン……。そもそもあの人は悪い人じゃない……。何で殺してまで物品を奪おうとする必要があるんだよ」
「あんな人は信用出来ませんわ! あんな煽りに乗って来た野蛮な愚民です! 今ここで殺して私達だけで帰るべきです!」
栄養失調で弱々しい兄を奴は振り払い、こちらに紙を構えて詠唱しようとしている彼女。それに……煽り? それじゃあ今までのはわざとやってたってことでいいのかアイツは?
……へー。じゃああの執事も一枚噛んでたってことか。あの兄は知らなかったみたいだが、あいつらは俺を怒らせるような真似をして攻撃されたら正当防衛とでも言って殺し、物品を盗って街へ帰るつもりだったのか。
何故かは知らないが笑ってしまった。面白いな、ホント。なぁ。オイ。
……うん。リザードマンに捕まる時点であまり偉い貴族では無いだろうし――ちょっと半殺しにしようか。そっから先は……うーん。まぁ良いや。
剣の刀身に保護してある手を這わせて人が触れたら感電死する程の雷を付属し、爆発する炎球を創造して奴らに投げつける。更に氷の矢を奴らの上に出来るだけ創造して降り注がせる。
人を攻撃することに嫌悪感を感じないと言えば嘘になるが、もう人型で多少意識のある魔物を殺しているから大して変わらない。魔法で殺そうとしているのと、怒りを感じていることもあるだろうけど。
「雷を司る精霊よ! 盾と成りて私を守り、敵を散らせ! 雷光防壁!」
炎球が着弾したと思ったら彼らを覆うくらいの黄色い盾が出現して、氷の矢は弾かれて炎球の爆発にもビクともしなかった。どうやら魔法の質はあっちの方が上のようだな。なら物量でカバーする形で戦うか。
剣を地面に置いて目を瞑り、奴らの上に軽自動車くらいの大きさの岩が何個も落ちるようにイメージ。更に巨大な風の刃を両手で創造し、土壁で保護している手でブーメランのように投げ飛ばす。
イメージが反映されたのか巨大な岩は軽自動車の形をしていた。それを五個ほど落とした所で盾にヒビが入り、風の刃が着弾した瞬間に盾は弾け飛んだ。まぁこのくらいの魔法なら大丈夫だろ。ここは街からだいぶ離れてるし、最悪見られたとしても言い訳は効く。
結界が割れたので黄色く輝く剣を拾って距離を詰める。執事の方はCランク、多分Cランクの冒険者の実力者らしいから最大限警戒する。兄の方は戦えるとは思わないが、一応警戒するに越したことはない。
「あんたは時間稼ぎを…お願い」
「しかしリン様……」
「五月蝿いっ! 早く行きなさい!」
随分と大声で女は作戦(笑)を執事に話している。どうやらあのダンディーなおっさんが時間稼ぎに専念するらしい。勿論魔法でサクッと殺してやりますけどね。
「素手か? それで時間稼ぎなんて笑わせてくれるなオイ」
「……私達が悪いことは認めます」
「だから許してくれってか? 俺は随分優しくしたつもりだっただけどな? そのお返しに愚民は信用出来ないから殺すってか。笑っちまうよな? なぁ、オイ」
剣を振りかぶって執事に右から切り掛かる。見た目にしては素早いステップで避けられたが、瞬時に剣を切り返して隙を消す。どうやら執事は近接タイプの人間らしい。
「――私は願う。私は雷の巫女。雷神よ、私は願う」
透き通るような声で女の詠唱が始まった。雷神ってワードからして嫌な予感しかしない。さっさとおっさん倒して止めるべきだなありゃ。
手加減する余裕は無い。知らぬ間に解いていた雷を剣にかけ直そうとしたが、おっさんの右フックが俺の顎に直撃して視界がブレた。殺す。
ボクサーのようなステップを足で刻んでいるおっさんを睨みつけながら手を振り、火炎放射器をイメージして燃え盛る炎を目の前に振りまく。おっさんは避ける間もなく炎に当たって悲痛な悲鳴を上げた。
「私の願いは雷神の力。目の前の敵を穿ち、貫き、消し飛ばす、雷神の力」
おっさんは火達磨になりながらも俺を通さまいと進路を阻んできた。そんな根性に称賛を入れることも無く、こちらに伸ばしてきた腕を剣で切り飛ばす。リザードマンを斬る時と変わらない感触に、ボトリと落ちる人の腕。
しかしおっさんは渋い声を上げながらそのままこっちに突っ込んできた。しつこすぎて反吐が出るわ。
「私の供物は全ての魔力。雷神よ、私の願いに受け答え、目の前の敵に金色の裁きを与えたまえ!」
おっさんの胸を剣で突き刺し、右足でおっさんの胴体を蹴り飛ばして体から剣を抜く。そして女の詠唱が終盤のことを察して、咄嗟に半径五メートルのドーム状の闇を作成する。
「雷神の裁き!」
更に外壁にありったけの魔法を込めて岩壁を作り、衝撃に備える。瞬間、轟音。
外に張っていた岩壁は無残にも砕け散り、闇の膜の中でサングラスでもかけているような視界の中で見たものは、白い人間の形をしたナニカだった。奴が口をガバッと開けると轟音が響き、地面を抉り取りながら白い何かが俺の胸を貫いた。いや、貫いたというよりは消し飛ばしたと言った方が正しいか?
息が詰まって呼吸が出来なくなったがそれも三秒で収まる。そのたった三秒が永遠のように感じるんだけどな。まぁそれは良い。
計二発破壊光線らしき物を吐き出したであろうその白い何かは、靄になって静かに消え去った。穴の開いた闇を消して前を見据えると、そこには倒れている女に男。横を見ると酷い火傷と右腕が無いナニカ。僅かに胸が上下している。
「ふぅ」
一息つく。アドレナリンやらが出ていたであろう脳が冷え始め、周りをゆっくりと観察し始める。魔力の使いすぎで動けないであろう女に栄養失調の男。それに――もうそろそろ死ぬであろう執事のおっさん。
醜い姿に変わったおっさんを見て罪悪感が襲ってきたが、思っていたよりではなかった。割と呆気ない、虫を殺した時のような淡泊とした感情だった。
しかし半殺しの予定だったし、おっさんは出来る限り死なせたくはない。いや、途中殺す気満々だったけども。
致命傷を負ったおっさんを救う方法はすぐに見つかった。治療魔法。極僅かの人間しか使えないと聞いているが、そんな魔法がこの世界には存在する。試したことは無いが俺もイメージで使えるかもしれない。助ける、か?
そんなに上手くいかないだろうと思いながら、おっさんに手を当てて赤く醜い肌を治そうと試みる。まぁ出来なかったら殺してスコーピオンの巣にでも放り込んでやるか。うん。出来なかったらしょうがないよなー。
おっさんの頬に手を当てて目を閉じ、正常な色の肌を思い浮かべる。そして目を開けるとおっさんの赤く醜かった頬は綺麗な肌色に変わっていた。
だが良く見るとただ肌色の皮が怪我の上に貼っついてるだけで、怪我そのものが治っているとは言い難い気がした。それじゃあ先に腕をくっつけようと落ちている腕を切断面に押しつけ、肉は肉と、骨は骨とくっつけようと試みる。
荒瀬さんに斬られた腕が再生する様を思い浮かべた後におっさんの腕を見たら、怪我の後も無く綺麗にくっついていた。引っ張っても取れないし、これは大成功だな。……神経が大丈夫か気になる所だが、そこは今分からないしどうでも良い。
自分が剣で貫いた胸も、荒瀬さんに胸を貫かれた時の再生の様を思い浮かべたらすぐに治った。ただ臓器とかが治っているかは分からない。そこはおっさんの様子を見なきゃどうしようもなさそうだ。血も結構流してたしそこも問題だ。
肌は何ども挑戦してみたがどうしても上手くいかなかったので、赤い薬を縫って包帯を巻いておいた。あの時の俺はなんで炎なんて使ったんだよ、と一分前の自分を攻める。勢いで行動するのは良くないね。最近抑えてたつもりだったんだけどなぁ。
おっさんを処置した後に女と男の方に歩いていく。倒れていた女は意識があるらしく、小刻みに体を揺らしている。あれだけ轟々と燃えていた怒りの炎はおっさんを治していたら燻ってしまった。
何もかもどうでも良く感じてしまってこのままコイツらを置いて街に帰りたい気持ちもあるが、流石にそれは後味が悪かった。何よりもおっさん治しちゃったし。
「なん…で…?」
「さようなら」
――まぁ燻った怒りはおっさんに対する物だったんだけどね?
剣を思いっきり女の顔の真横に突き立てる。小鳥みたいな悲鳴を上げて、悲痛に歪む女の顔は最高に愉快だった。思わずくぐもった笑いが漏れてしまうくらい愉快だった。
「い…や…。死にたく……ないぃいぃィィァアぁ!!」
剣を振りかぶり、女の右腕を叩ききった。何かの精密な機械で斬ったかのような綺麗な切断面に満足しながらも痛みで気絶したらしい女を見下ろす。
腕を拾って切断面にくっつけて治るようにイメージすると、すぐに腕はくっついた。まるで斬っていないように綺麗に治った。
(魔物を見逃して人間にここまでするなんて、シュウトはもしかして魔物なんじゃない?)
(そうかもな)
剣に適当な返事をしながら飛び散った血を布で拭い、血に濡れた剣は布で拭いて異次元袋に放り込んでおく。流石に門番に見られたら不味いしな。おっさんはアクアに酸をぶっかけられたってことにしておこう。
「おい、そこの男。起きてるのはわかってるぞ」
「は…い」
「殺しはしないさ。お前は知らなかったみたいだしな。二人担いだら魔物が処理出来ないから、女の方を持ってくれないか?」
「え、でもリンは……その…殺したんじゃ?」
「確かめてみろ。”傷一つ付いてないから”」
俺を見て何故か青ざめている男にそう返して、俺はおっさんを担いで街の方向へ歩く。男は栄養失調? 知ったことか。
――▽▽――
「体に異常は無いか?」
「……はい。体中痛いですがそれ以外は特に」
「そりゃ良かった。今度からアクアスコーピオンを相手にする時は気を付けて下さいね。弱ったら酸液吐いてくるんで遠距離を心掛けるようにして下さい」
背に担いでるおっさんに無理な嘘を貫き通しながら、夕方ごろにようやく街の門の前に到着した。疲れたね。凄く。そりゃあもう凄く。
女の方は意識を取り戻して俺を見た瞬間に泣き叫ぶわ、男は途中でぶっ倒れるわ、おっさんは自分の腕を見て驚いているわ、もうね。本当に疲れました。
おっさんは納得していない様子だったが、腕と穴の開いた胸が治っているんだから夢だとしか思えないだろう。治療魔法を使えるのは二人だと神本立ち読みしてたら書いてあったし。
女はすっかり怯えてしまってこちらに近づいて来なかった。大歓迎ですけどね。
「では自分はこれで。今度から気を付けて下さいね?」
「……えぇ。この度は本当にお世話になりました。今持ち合わせはこれしか無いですが、また今度お礼しに参ります」
おっさんから銀の塊を貰い、門の目の前で降ろして別れを告げる。女は俺を怖がっているのか近くにいない。俺がいなくなると思って緊張が解けたのか、少し肩が下がり気味の男にはすれ違いざまに軽く耳元で囁いておく。
「喋ったら殺すから」
笑顔でそう告げると男は引きつった笑みを浮かべながらコクコクと頷いた。まぁ喋られても証拠無いだろうしね。うん。大丈夫大丈夫。
いつもの街並みを見ながら深呼吸。もう今日は精神的に疲れたし魔物狩りは良いかなぁ。次はインカを預ける場所、アグネスについて調べるか。
腕を上に伸ばし、貰った銀塊らしき物を手で弄びながら宿に向かって歩き出す。夕日に照らされて浮かび上がった自分の影が今日はやけに細長く、真っ黒に見えた。
詠唱を考えるスキルが欲しい今日この頃。
それと疑問に感じたことや批評などの感想待ってます。wktkしながら正座して待ってます。