三十一章
今まで戦ってきたリザードマンとは何処か違う雰囲気を持つリザードマン。奴は低姿勢のまま不規則な動きをしながらこちらに向かって走ってきた。迎え撃とうとこっちも剣を構えて奴が間合いに入ってくるのを待つ。
あと一歩ほどで剣の間合い。そのギリギリの距離で奴は足を止めて、三本指の足で地面の砂を蹴り上げた。細かい砂が目に入って思わず目を瞑ってしまう。
……どうやら神様の呪いが発動したようだ。砂で目眩しするとか明らかにただのリザードマンじゃねぇ!
左手で目を覆いながらも大きく後ろに飛んで奴の攻撃範囲から外れる。少し距離が離れたので一息つこうとしたら、錆色の鉈が顔面目掛けて飛んできた。
反射的に盾にした剣で弾くも鉈は自分の頬を浅く裂いて後ろへ飛んでいった。自分の反射神経に感謝しながらも痛む頬を抑える。
(結構強いねあのトカゲ。戦闘技術はシュウトよりも上だ)
(お前と談話してる暇もないくらいになっ!)
頬を抑えている間に奴はもう目と鼻の先に迫ってきていて、銀色の短剣で俺の首を引き裂こうとしてくる。剣で応戦しようにもこの剣はロングソード。距離が近すぎて剣が思うように振れないのでただ斬撃を避けることしか出来ない。
首元への攻撃を剣で防ごうとするが首元への攻撃はフェイク――奴は素早く体制を変えて脇腹狙いの突きを放ってきた。無理矢理体を捻って反撃に移ろうとすると奴は持っていた短剣を素早く逆手に持ち替えて、本命はこっちだと言わんばかりに短剣で顎を貫こうとしてきた。
「く…そっ!」
二重のフェイク。そんなもんわかるかと心の中で叫びながら顔を横に反らすも間に合わず、銀の短剣は下から自分の顔を切り裂いた。顎への直撃は避けたものの口元辺りをバッサリと斬られたっぽい。痛ぇ。
普通のリザードマンはこんな動きはしない。素人から見ても隙が多い一撃ばっか繰り出してくるはずなんだ。なのにコイツは別格すぎる。少なくとも近接戦の読み合いでは勝てそうもない。
魔法を使うにもまずは一旦離れてこの剣戟から外れなければ満足に想像することさえ出来なさそうだ。つーか上の炎球を維持してるだけでも褒めてもらいたいくらいだよ! 斬られた時は少し揺らいだけどな!
そんな愚痴を零しながらも口元を抑えて距離を離そうと後ろに飛ぶが、奴はまるで影みたいにピッタリと俺に付いてくる。両手で剣を振り回すも奴はダンスでも踊ってるみたいにひらひらとした動きで避けた。
……付け入る隙があるとすれば奴が仲間の惨状を見て剣を短剣で受け止めないところだろうか。それに今治った口元を見て奴は少し動揺したようで、若干短剣の振りが揺らいでいる。
このままナイフの攻撃を避け続けて隙をついて戦うのも特訓になるからいいんだが、生憎俺には時間が無い。近くに冒険者の明かりが灯っていないことを横目で確認しながら、両手に持っていた剣を右手に持ち替えて強く握り直す。
――仕方ない。……やるか。
そう心の中で覚悟を決めた瞬間、奴は左胸を狙った鋭い突きを繰り出した。今までと比べて少し遅かったのでそれをゆっくりと確実に――左手で防ぐ。
奴の手首を掴んで防ぐなんて器用なことはしていない。俺はただ手の平で迫り来るナイフを受け止めた。
予想外だったのは奴のナイフが中々の業物の様で軽々と俺の左手を貫き、手の甲からその切っ先がこちらを睨みつけてきているところだろうか。それに思ったよりも大きかった激痛に声が漏れそうだったが、歯が砕けるくらい食い縛って痛みに耐える。
奴は俺が捨て身の作戦に出るとは思ってなかったのか縦長の瞳を大きく見開いて距離を離そうとしたが、そんなことを俺が許すわけがない。ナイフの持ち手ごと奴の手をしっかりと掴み、思わず叫び散らした。
「死ねっ!」
右手の予め引き気味に持っていた剣を奴の胸辺りに突き刺す。肉を裂く感触が手元に残って奴の顔を見ると知性の宿っていた瞳は大きく見開き、口の端からは赤い血が漏れ出している。
しかし奴はまだ負けてないと言わんばかりにナイフを自分の左手に捩じ込み、どうだと言わんばかりに口元を微かに釣り上げた。
「……やってくれるなオイ」
死に際にさえも抵抗を見せた奴に少しだけ尊敬を覚えながらも剣を引き抜くと、奴は魂を抜かれたように地面に崩れ落ちてナイフから手を離した。
左手からナイフを引き抜くと三秒ほどで左手の痛みは無くなって動かせるようになった。まだ再生する様を見るのは慣れないが……まぁ幾分かはマシになった方だろう。
「ナイフ、貰っていくぞ」
地面に落とした鮮血に染まった銀色のナイフを拾ってそんな台詞を奴に投げかける。人間の言葉なんてわからないと思うが、何故かそんな台詞が自然と出ていた。
(気障ったらしい台詞を言うね。シュウトなのに)
(……忘れてくれ。自分でもびっくりしたくらいだから)
少しだけ顔が赤くなるのを自覚しながらも他二体の死体を解体する。リザードマンの皮を剥ぐのはもう慣れました。慣れって怖いね。
奴の死体はそのまま放置することに。まぁナイフ貰ったから損はしていないし。別にいいだろ。
――▽▽――
あの後は特にこれといったトラブルも無く、ただ淡々と格下の魔物を狩り続けた。リザードマン、スコーピオン系辺りの魔物は見飽きてきたぜ……。
スコーピオンを解体して鋏の部分を切り落としていたら太陽が地平線から上がってきていた。少し肌寒かったのでかなり有難かった。
「あれ? あいつお手伝いのシュウトじゃね?」
太陽ありがたやーなんて思いながら布で剣を巻きつけていたら、そんな小さな声が聞こえてきた。その声の方を見ると四人組のPTの一人がこっちを指差していた。
男女二人づつの前衛二人と魔術師二人PTか。魔術師一人のPTが多いから少し珍しいな。まぁ夜に明かり役がいるから妥当なのかな? でも前衛二人だと足止め出来るか不安があるけどなぁ。
(やたらPTの構成に詳しいね。自分がPT組めないから?)
(うっせぇバカボケハゲ)
(図星なんだ……。というか僕はハゲじゃないし!)
(ほう? このツルツルの刀身の何処がフサフサなんだよ!)
そんな下らない言い合いをしていたら四人組のPTは何故かこちらに向かってきていた。いや、何故こっちに来たし。マジ勘弁して下さい。
「あ、モノホンだよコイツ。あの時お前見てたんだっけか?」
「えぇ。争ってた二人の中に割って入っていって最後にはくっつけちゃったあのお手伝いさん、凄かったよ」
あぁ。あのギルドでの騒動のことか。……あの二人がくっついた? マジで? 何その展開凄いムカつく! 俺の苦労は何処にいったんだよ!
「でも何でPT組まないんだろうね。誘いは結構受けてたと思うけど」
「全部無視したらしいぜ。余程の人見知りなんだろうなアイツ!」
「……勝手に人の性格判断しないでくれるかな? 金髪君?」
チャラ男みたいな喋り方をする金髪は俺が喋ったことに驚いたのか、周りのPTにそのことを言い散らしている。こいつはアレだな。ウザキャラってやつだな。
「おいお手伝いが喋ったぜ! 俺が初めて話しかけられたんじゃね!? 凄くね俺!?」
「わかったからあんたは黙ってて。本当面倒くさい奴ね」
「ちぇー。相変わらず冷たいなお前は。いいじゃんこんぐらいよー」
もう一人の冷静そうな青髪の女がため息をつきながら金髪を言いくるめた。いいぞー。もっとやれー、なんて思ってたらそれが顔に出ていたのか大剣を背負っている紫色の長髪の男がこちらに近づいてきた。ちょ。お金取られる感じかこれ? お前ジャンプしろよとか言われるのか?
ジロリとこちらを睨んでくる紫髪。目に髪がかかって何か怖いぞオイ。
「この前は助かった。……ありがとう」
「へ? あ、お金は無いですよ?」
「……? あぁ。あの薬高かったんだろう。いくら渡せばいい?」
この人は何の話してるんだ? そんな俺の様子を見かねたのか青髪の女がこちらに近づいてきた。
「覚えてませんか? 私達貴方に砂漠で助けられたんですけど……」
「砂漠――あぁ、アクアにやられてた人とあの時の……」
「あの時は本当に助かりました。彼がやられるとは思ってなくて……高価な薬も塗ってもらっていたようですし」
少し前に砂漠で酸液にやられてた男とオロオロしてた女のPTか。あんまり記憶に無かったな。
「あー、薬の代金とかはいらないですよ。別に大した薬じゃないですし」
「……アレは大した薬だろう。なんせ医者に見せる頃には傷が治ってたんだからな」
「そうですよ。普通だったらこんな綺麗な顔には戻れないって医者にも言われたんですから」
あれってそんな凄い薬だったんだ。まぁドラゴンやら妖精やらわけわからん物が入ってた薬だからなぁ。別に自腹で買ったわけじゃないからどうでもいいけど。
「……それじゃあ後ろの人達のキラキラした瞳を自分に向けさせるのを止めさせて下さい。それでチャラです」
「……おい。お前ら」
「な、何だよ! そんなマジな目で見んなよ!」
「別に私達悪いことしてないのに……」
彼のヤクザ顔負けの視線を受けて金髪とクリーム色の長い髪を後ろに流している女は、申し訳程度に視線を下げた。いや、動物園に初めてきた子供みたいな目で見られてたら居心地悪いし。
「え、と。あの時何も出来なかった私を引っ張ってくれて本当にありがとうございました」
「……あー、どうもです」
そんな手をもじもじされながら言われても俺が困るわ青髪。せっかく止んだあの鬱陶しい視線がまた降りかかってきたぞ。つーかあの二人波長合いすぎだろ。軽くウゼぇ。
「ヒューヒュー。顔赤くしちゃってやんのー」
「お似合いのカップルです!」
「うるさいんだよアンタ達はー!」
青髪はそう言うや否や足並みを揃えて楽しそうに逃げる二人を追いかけていった。……何というかおめでたいPTだな。勿論良い意味で。
「……すまない。こんなお礼の仕方になってしまって」
「賑やかでいいんじゃないですか。ほら、追うの大変になっちゃうでしょう? 早く行った方がいいんじゃないですか?」
「……この借りは必ず返させてもらう」
そう言い残して彼も三人組を追うために走り去っていった。つーか最後の台詞あの人が言うと怖く聞こえるから止めて欲しいなぁ。そんな仏頂面で言われてもって感じだし。
俺もぼちぼち帰ろうかなぁ、なんて思いながら輝く太陽に向かって大きく欠伸。ずっと起きてたのに案外眠くはないなー。
題名何か考えようか検討中。毎日編集なんて夢のまた夢です。