第二十八章
何となく書いていた日記紛いのノートと神本を見ながらこの三日でやることを別の紙に纏め終わった頃、部屋はもう薄暗くなってきていた。発光する虫が入った容器が揺れる奇妙な音を聴きながら、纏めたノートを見てため息が自然と漏れた。
やることは大きく分けると二つ。インカの引き取り先を探すことと、ギルドで依頼を受注して資金稼ぎすること。
あとギルドで資金を稼ぐついでにシロさんと少し話してみて、出来ればインカの引き取り先を見つけてもらう。神本でこの街の公共施設なんかを調べたところ、孤児院や学校はこの街には無いからインカを養子として引き取ってくれる家庭を探すしかない。あまり期待は持てそうにないが……。
こういう時本当に神本は便利だ。本当に世界の隅々まで調べ尽くしたような情報量。でも俺がここに来た時間までの情報しか載っていないのと、目次に書いてある情報しか乗っていないのが欠点か。
……国の裏事情や亜人方面の情報も見れるから頭良い人が神本上手く使えば戦争も今すぐに防げそうな気がするが、生憎自分は国を相手に取引出来る自信が無いのでそんなことは出来ない。今のところはノープラン。脳筋野郎かっての。
話を戻そう。それと依頼で稼いだお金でバイクと灰色のローブの代わりになりそうな防具を買う。三日でそこまで稼げるかはわからないが出来る限りやるつもりだ。せめて防具を買えるくらいにはお金が欲しい。
夕飯食ってから行動しようかと思ったが、結局ダラダラして寝てしまいそうだったからすぐにギルドへ向かうことにした。いきなりシロさんと話させろなんて訪問したら関係が悪化しかねないので、明日話せる時間が無いかだけでも今日聞いておきたい。
ちゃぶ台などを異次元袋にしまって洗面所に向かう。途中インカが無言で飛びかかってきたが、脇の間を手で支えて難なくキャッチ。最近俺はインカの気配を察知出来るようになったらしい。とうとう俺も暗殺者の仲間入りだぜ……。
まぁ気配を感じるなんてことは出来ないが、警戒心は前よりも格段に上がった気がする。砂漠では魔物を警戒。街ではトラブルを防ぐために周りを警戒。宿屋ではインカの警戒。そりゃあ警戒心が鍛えられるはずだ。
目の前でにへらっと笑っている赤黒い前髪で目元が見えないインカ。何故かイラッときたのでダークネスで衝撃を吸収するクッションを作り、そこへインカを投げ飛ばして洗面所に入る。
水垢が付いているような濁った鏡を見ながら黒色のTシャツに付いているゴミを払い、伸び放題になっている髪を掻き分け顔を洗ってダルそうな目元を目覚めさせる。まだ髪はこっちに来てから一回も切っていないので前髪が少し邪魔になってきた。今度床屋にでも行くか。
「どこか、行く?」
「ちょっとやることあってな。お金は置いてくから心配するなよ」
少しくたびれた黒皮の財布をポケットから取り出して、黒色のクッションからひょっこり顔を出しているインカに投げ渡す。多分一週間贅沢に食っていけるようなお金は入ってるだろう。宿代は既に一ヶ月分払っているし食堂では朝夜は食べ放題だし。使うにしても昼飯くらいだろうし。
「……わかった」
「夕飯の時はサラが受付に……ってお前の方が詳しいか。それじゃ」
大事そうに財布を持っているインカにそう言い残して俺は宿を出た。まずはお金稼ぎ。暗い中歩くのはトラブルが起きそうで気が引けるが、早速ギルドへ向かうとしましょうか。
――▽▽――
今までギルドの門を出入りするのがむさい男ばかりだったが、今では可憐な女性を見てもあまり違和感を感じなくなってきた。そんなに冒険者へ志願する女性がいるのが少し不思議だ。他にいくらでも安全な職がありそうだけどな。
ギルドに入ると甘ったるい香水の匂いを振り撒きながら、二人席に何か書かれた紙を机に立てて座っている女性を多く見かけた。紙を見ると火の魔術師ですと書かれている。
夜に依頼を受けるには明かりが必要だから魔法の使える女性の比率が多いのかな? 辺りを照らす道具も高額で使い捨てな物が多いしなぁ。今見ていた彼女も男の冒険者に話しかけられているところを見ると需要はあるようだ。
しかしそんな光景とは裏腹にギルドの端っこではPT編成から弾き出された小さい女の子や、生気が感じられない女性達がチラホラと見える。確かに冒険者として背中を預けるのに信用出来なさそうな奴を連れていく義理はないしなぁ。
自分は不死身だから別にいいけど、冒険者は常にリスクを背負って毎日を生きている。自分は怪我をしてもすぐに再生するからいいけど。普通は怪我をすれば高い治療代がかかるし、装備が壊れれば修理代がかかる。再生能力のおかげで高い治療の出費を抑えられてるのが自分の強みでもあるし。
だけど他の冒険者がそんなリスクを背負ってまで欲しいのが魔法の力。毒のある魔物を接近せずに倒せるのは魅力だし、武器が弾かれてしまうような外殻が固い魔物も魔法でならすぐに倒せるかもしれない。自分は魔物を攻撃せずにただ相手の攻撃を避けたり防いだりすればいいだけだから、死のリスクもグッと減る。
だが魔法の詠唱に手間取ったり砂漠を歩いただけで音をあげてしまうような奴であれば、ただのお荷物でしかない。それで同じ報酬を貰うのは命を張っている壁役の冒険者はたまったもんじゃないだろう。だから出来るだけ良い魔術師をPTに入れたい。
だから余り者が出るのは必然なわけで、こんな見たくもない結果を招くわけだ。勇者みたいな人が颯爽と現れて拾ってくれるような幸運を願いながらも受付の前まで歩く。
三つある受付の内、二つ空いていた。一つには見覚えのある顔の受付娘。こっちには気づいてないようなので、すかさずもう片方の受付に早歩きで向かう。
「すみません。シロさんに出来るだけ早く会いたいんですけれど」
「シロ……さんですか。少しお持ちください」
そう言って奥に引っ込んでいく受付娘。待っている間一人の俺が珍しいのか周りからの視線が鬱陶しく感じた。好奇心で見ている奴、いい寄生相手がいると思ってこちらをじっと見つめている奴と様々だ。
「こんばんは。どうしましたシュウトさん? 私に何かご用ですか?」
そんな視線に目を合わせないように俯いていたらシロさんの声が聞こえた。前を向くとにっこりと笑顔のシロさん。あんな別れ方をしておいてこの憎めない笑顔を作れるのは才能か何かなのか。
「少し相談したいことがあって来ました。時間が空いてる時を指定して貰えればその時に来ますけど」
「……そうですね。今で良ければお話を伺いますよ。少しお待ち下さい」
そう言ってシロさんは奥へ消えていき、それから十分ほど待たされた。その間ヒステリックな女性の勧誘を断りつづけ、新手の嫌がらせなのかと勘違いしそうになる頃にシロさんに四人席に案内された。異次元袋を横に下ろしてシロさんと向かい合うように席に座る。
「それでご相談とは?」
「自分は孤児を預かっているんですけど、何処か引き取れるような所はありませんかね? ここに孤児院などがないことは知ってます。でもシロさんなら自分よりは人脈があるなと思ったので」
「……その孤児の性別と年齢を教えて貰えますか?」
「男で年は……見た目十一歳くらいですかね」
「無理ですね。大体この街の孤児は奴隷になるか犯罪者になるかのどちらか、そんな孤児を引き取る人も場所もこの街にはありません」
やはり期待出来るような言葉は返ってこなかった。どうすっかなぁ。旅に連れていくなんて選択肢は最終手段だし、出来る限り自分に負担が無くて尚且つインカが普通の人生を送れる方法。
「やっぱり厳しいですかね……。出来る限り安全な所で暮らして欲しいんですけれど」
「……この街では無理ですが、アグネスという子供の教育を主眼としている教育都市には学校があります。かなりの費用がかかる上にここから遠いですが色々な設備がありますし、そこなら安全に暮らせると思いますよ。一つの手段として考えてみては如何ですか?」
教育都市アグネスねぇ……。確かにそこに行かせるのがいいかもしれないが、どう連れていくのかが問題なんだよな。電車みたいな乗り物はないわけだし俺が連れていくしかないか……。
となるとインカを連れて旅をするだけの実力をつけなきゃいけない。それじゃあさっさと強くならなきゃいけないな。旅するための知識もつけなきゃいけない。
その教育都市とやらを頭の隅に置き、席を立ちあがる。この街ではインカを預ける場所はない。それがわかっただけで良しとしよう。面倒見てやるなんて大口叩いたんだしそのくらいはしてやらないとな。
「今日はありがとうございましたシロさん。それとこの前は偉そうな態度を取ってしまってすみませんでした」
「……いえ。彼女を許してくれただけでもこちらがお礼を言う立場です。あのくらいの態度をとられるのが普通ですから。それと、私の名前はシロエアですよ?」
少し苦笑いしながらシロさんは頭を掻いていた。血の気が引いていって冷や汗が背中を伝うのがわかるくらい焦った。口が滑ったぁぁー! ヤバいヤバい! 折角いい感じにお別れ出来そうだったのに何やってるんだ俺はー!
何か言い訳しないと不味い。えっと……最近ペットを飼い始めてその名前がシロでしたー、とか。よしこれで行こう。まだ何とかなる範囲だよな! うん!
「最近自分ペットを飼ってまして。その名前がシロって言うんですよー。……あ、えーと」
……ペットと名前間違えたって結構失礼じゃね?
「あー、えっと。はい」
「シロで構いませんよ。私は本当に貴方には感謝しているんです。また困ったことがあればいつでも訪ねて下さい。ペットのようにいつでも付き添えは出来ませんけど、ね?」
そう言って可笑しそうに笑いながらシロさんはギルドの出口まで見送ってくれた。笑いながら皮肉っていたし気にしてないように見えたけど、更に関係が悪化した気がする……。明日からギルドを定期的に使うのにこの様か……。
ギルドを出てランタンのような明かりをぶら下げた屋台を見回しながら、ゆっくりと腕を上へ伸ばす。明日から資金稼ぎに出るわけだがどうするか。
ギルドで依頼を受けずに砂漠で魔物を狩って素材を売るのもありだが、やっぱりギルドで依頼受けた方が効率的なんだよなぁ。何か元の世界の知識を活かして商売ってのも出来るんだろうけど、うろ覚えな知識しかないから無理だろう。
やっぱり魔物の依頼が無難かなぁ。何かの素材を十匹分とかそんな感じの依頼がわかりやすくて成功率も高い。捕獲依頼はもっと稼げるけど受けたことはない。一回スコーピオン系の魔物を縄で縛って背に担いでる猛者を見たことあるが、あんな豪快な真似は俺に出来そうもない。
となるとやっぱり魔物関連の依頼を消化するしかないか。雑務で百万稼げたのは簡単な依頼が山ほどあったからだし、明日からスコーピオンを見たくない程狩る三日間が始まるぜー。
(明日から多忙だぞ、剣)
(大変だねぇ。ま、頑張って)
(久々に喋ったと思ったら随分と他人行儀だなおい。一応お前も使うつもりなんだがな)
(他人行儀って親しい仲なのによそよそしいって意味だよね? あれ? 僕達仲良かったっけ? 最近剣を研ぎもしないし、あまつさえ話しかけてさえしてこないシュウトと僕は仲良かったっけ?)
剣は大変御立腹な様子だった。最近荒瀬さんの特訓にインカの世話で俺も話す余裕が無かったからなぁ。そういや剣研いでなかったな。最近は拭いたりするだけで置きっぱだったっけ。そもそもあまり使ってないし。
(すまん)
(言葉だけじゃなくて行動で示して欲しいな!)
よしよしと持ち手を撫でてあげたら冬のドアノブを触ったような痛みが走った。どうやら剣は雷魔法を持ち手に纏わせたようだ。というか俺がやらなくても出来るのかよ。
(悪かったって。本当、ごめんって)
(ふん! どうせまた忘れるんでしょ! 知らない!)
どうやら剣は怒りを表そうとしてるのかピカピカと白く点滅していた。いや、マジで止めてくれ。もう夜だから結構目立つぞこれ。いや本当に止めて下さいお願いします。
通行人に変な目線を向けられたが子供には人気だったようで、親の影に隠れながら不思議そうに俺の剣を見ていた。それに剣は気を良くしたのか線香花火のような火花を辺りに散らし始めた。
止めろと言っても止めない気がしたので自分の下半身にウォーターを薄く張り、火花が通行人に当たらないように風の初級魔法、ウインドを使って俺の周りの風を操る。
自分に風を向けるようにすれば火花は周りに飛ばないかな? ここは体が当たるほど狭い場所では無いし、夜だし食事に出歩く時間でもないから人もあまり居ないし大丈夫だろう。
その火花におぉ、と目を輝かせる子供達。その綺麗な光景には興味を示したのか周りの通行人も目を丸めながら見ていた。剣は偉そうな口調でそのことを俺に自慢してきたが適当に受け流した。
そんな大道芸人紛いのことをしながら俺は宿まで帰った。自分の部屋に入って飛びかかってきたインカを適当にあしらって明日に備えてすぐに寝た。明日は適当な依頼を受注して魔物を狩るつもりだ。いっぱい狩って依頼こなしてバイク買うぞー。