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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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第二十七章

 翌日。昨日は退院手続き面倒くさかったなぁと思いながらもまた空が暗い内に目を覚ました。何故かベッドから落ちているインカを元に戻しておいて、寝間着からコートに着替えて外に出る。


 物凄く怖いけど自分は荒瀬さんの修行を選ぶことにした。楽な方を選ぶとサボり癖がつくのは身を持って経験済みだし、自分が死ぬ修行なんてよく考えれば荒瀬さんしか出来ないわけだし。そんな修行他人がやったら化け物扱いですよ。しかも自分では死ねないチキンですし。


 酒好きな門番に挨拶して肌寒い風が吹く砂漠を進み、少し歩くと薄暗く砂しか見えない景色に黒点がポツンと浮かんでいた。何かを吐き出すように息を吐き、震える足を無理矢理動かして黒点に向かい砂原を走り抜ける。荒瀬さんの目の前に立った時に身震いが走ったのは寒さのせいじゃないだろう。


 そんな自分の心境など露知らず、荒瀬さんは退屈そうに本を読んでいるんですけれども。そりゃ棒立ちして待ってろなんて言わないけどさ! そんなに退屈ですオーラ出さなくてもいいじゃないか!



「……ん? 来たのか。少し意外だな。あれこれ自分に言い訳して来ないと思ってたんだが」

「確かに自分はチキンですけれども。というか言ってることが的確すぎるんですけど!」

「俺も経験あるから大体わかるんだよ。ま、そんなことはいい。それじゃあちょっと待ってろ」



 荒瀬さんが本を閉じると昨日と同じように魔方陣を地面に描き、青い光が上空に打ち上がったと共に線のような傷が無数に付いている赤黒い大剣を異次元袋から取り出した。傷の中に血が入り込んでいるその大剣はさながら妖刀のように見えた。



「そういえばあの青いのは何なんです?」

「端的に言うと蜃気楼みたいな結界魔法だ。確かギルドの女が使えたよな? それと同じだよ」



 荒瀬さんは砂を蹴り飛ばして魔方陣を消しながら気だるそうに答えた。見るからに不機嫌オーラが滲み出ている。何か怖いぞ。その鬱憤を俺にぶつけるとか……そんなことないよな?


 魔方陣消したら結界魔法消えるんじゃないかと思ったけどそんなことはなかった。まぁ自分は魔方陣使わないから詳しいことは知らないんだけど。



「それじゃあ始めようか。覚悟は決まってるみたいだし、手加減は無しだ」

「……昨日は本気を出してないと?」

「魔法使ってないんだから当たり前だろうが。ショック死しないようにはしてやるから安心しろよぉ!」



 その言葉と共に大剣が自分の左胸を貫いた。瞬間、激痛と共に息が出来なくなる。相変わらず無茶苦茶すぎる。まず動きが見えないし足音さえも聞こえない。スナイパーが撃った銃弾を箸で挟めと言われてるようなもんだろこれ。


 勢い良く大剣が引き抜かれてそこから見慣れた鮮やかな赤い血がドクドクと溢れ出す。血が足りないのか目眩がするし呼吸もしずらいが、三秒くらいで気分は良くなり傷も塞がった。



「最初はソフトにしてやったんだ。今日は逃げんなよ? もし一回も俺に攻撃しなかったら臓器引きずり出すからな」

「……心臓潰しといてよくそんなことが言えますね」



 またローブの穴が広がった。というかこのローブ丈夫とか言ってたおじさんは今すぐ出てこい。それこそ布切れみたいに斬られるぞ。やっぱり鎧とか買った方がいいのかな。



「ほら、剣なり魔法なり使ってこの大剣を壊してみろよ。そうすりゃ百回殺されずに済むぞ?」



 そう、あの傷だらけで血だらけの大剣さえ壊せば。ファイヤーボールを一発でも当てれば壊れてしまいそうなあの大剣を壊せれば俺の勝ち。


 それに俺の腰にある喋る剣は結構な切れ味を持っているし、鍔競り合いに持ち込めば折れるかもしれない。剣の打ち合いに持ち込めれば折れるかもしれない。


 ただ荒瀬さんの動きは目で追えないから何かで足止めしなきゃいけない。……魔法だな。戦闘に使えそうな道具は残念ながら持ってきていない。便利そうだから買ったけど高いから財布が寂しくなるし、あれは大体魔物用だし。


 そうだな。まずはダークネスを地面に広げて荒瀬さんの動きを封じてそれから剣を壊そう。そう作戦を決めて腰から剣を抜いて布を払って前に構える。荒瀬さんが動きそうになった時に持ち手を強く握りながら詠唱する。



「ダークネス。地面を侵食しろ」

「っと。聖なる光よ、闇を照らせ。光明ライト



 闇の魔法を詠唱すると俺の足元から黒い液体みたいなのが地面を広がっていくが、荒瀬さんは何処からか紙を取り出してそう詠唱した。光と闇はお互いが弱点だったよな……。なら闇をもっと色濃くしてやる!



「津波になって飲み込めぇ!」

「聖なる光よ、全てを拒絶し我を守れ。防御聖陣シャインバリア



 映画で見たような大津波をイメージして前に向かって思いっきり放つ。イメージは上手くいったらしく五メートルほどの黒い津波が荒瀬さんに向かう。そして荒瀬さんを飲み込んだ。


 津波を荒瀬さんの周りに留まらせて様子を見る。動きは無いけど何かを結界魔法のような詠唱してたから防がれているんだろう。



「行けっ!」



 あのくらいじゃ荒瀬さんは絶対倒せないので追撃に炎の槍と雷の槍を一本ずつイメージして、黒い塊に向かって飛ばす。その瞬間に黒い塊が四散して何か丸い物が目に映った。


 荒瀬さんを囲うように鎮座しているクリーム色の結界。二つの槍が結界に当たるが甲高い音と共に弾き飛ばされ、しかも傷一つ付いていない。……光魔法の結界か。



「彼の視界を白く染めろ、閃光フラッシュ



 いきなり結界がヒビが入ったと思ったらそこから眩い光が漏れ出してきた。詠唱から予測は出来たもののあまりの眩しさに手で目を覆ってしまう。そんな大きな隙を荒瀬さんが見逃すはずもなく。



「はい。二回目」



 荒瀬さんは目の前で大剣を抜刀するように切り払い、自分の体を切り裂いた。目を瞑ってしまったのでどうなったかわからないが、顔には砂の感触がする。立ち上がろうとしたが……足の感覚がない。ない。


 何が起こったか見たくないと言う自分の意思を無理矢理捻じ曲げて目を開けると、人生最悪の惨状が広がっていた。痛みが吹っ飛ぶほどの衝撃的な光景だった。


 まず薄暗い空があった。星は無いが月はある変な空。右を見てみると――自分の下半身が臓器をさらけ出しながら横たわっていた。自分のじゃないと現実逃避してみても灰色の見慣れた服が無情を告げる。あぁ。駄目だ。


 まさか自分の下半身の断面図を見ることになるとは思わなかった。嘔吐感が込み上げてくるが吐く物が入っている胃があるかもわからない。もう見るモノを見てしまったので覚悟を決めて首を上げ、自分の腹を見てみると――


 臓器が溢れ出していた。胃は破れているのかぐちゃぐちゃの物が血と混じって漏れだし、細長いモノに丸っこいモノ。ああぁあぁ。駄目だ駄目だ。


 しかしそんな臓器鑑賞もすぐに終わりを告げた。瞬時に再生されていく自分の体。まずは腹から足まで骨が構築された。次に肉やら筋肉やら臓器が粘土の工作みたいに肉付けされていく。そしてその筋肉を肌色の皮が包み込んでおわり。その間十秒くらい。



 自分の上半身と下半身が別れた。それで腹から何か出てきた。何か細長い管みたいなやつ。それと丸っこい変な赤いやつ。そしたらいきなり腹から骨が生えてきた。いきなり肉が付いていった。


 ――気持ち悪い気持ち悪い! 俺は人間だろ! まるで、まるで……化け物じゃないか!


 湧き上がってくる嘔吐感に身を任せ、吐きまくった。やはり胃は再生したてなのか黄色っぽい液体しか出てこない。なのにまだ嘔吐感は続く。喉が焼けるように痛い。だがそれもすぐに消えていく。気持ち悪い、気持ち悪い!


 気持ち悪い。きっと吐きすぎて胃がイかれたんだ。腹に違和感がある。あぁ。丁度良い棒切れがあるじゃないか。


 その棒切れで腹を軽く叩いて違和感を取り除こうとするが取れない。違和感は取れない。全然取れない。何で取れない? 何でだよ糞がっ!! あぁぁあああぁぁ取れろよぉぉっ!!


 棒切れを強く腹へ叩きつける。だけど違和感は取れない。何かが俺に呼びかけてくる。これが違和感の原因か? 俺の体を化け物にした奴か? そうだ。そうに違いない。俺をこんなにしやがって! 俺の体から出て行けよ化け物ぉぉおォぉ!! 


 棒切れをひたすら腹に打ち付けて辺りを転がりまわって地面に腹を擦りつける。砂を腹に擦り込んで違和感を取ろうとする。声は止まない。俺を嘲笑うように声は止まない。


 そうだ。こんな声が聞こえるってことは頭に化け物がいるんだ。頭の中から聞こえてくるんだ。俺を惑わそうとしてるんだ。そうに違いない。殺してやる殺してやる!


 棒切れを頭に振り下ろすと何かに止められた。やっぱりそうだ! 頭の中に化け物がいる。俺じゃないんだ! 化け物は俺じゃない! ひひ。俺じゃない! ひひゃひゃぁああ! あははあはあああはあはああああああ!! 


 俺の手首を掴んでいる化け物を振り払う。死ね化け物! 殺してやるコロしてやるぅウぅ!! 死ね死ねしねしねぇええぇ!!



「もう、止めたらどうだ?」

「うるせぇぇんだよぉぉ!! お前! お前がコレか! てめぇがあぁぁあ!!」



 前の黒い化け物に飛びかかる。いきなり頭が重くなった。奴が何かの紙を持っている。化け物がぁあぁあ!! 今すぐ殺してやる死ね死ね死ね!! 



「クソ…化け物がっ! 俺の中から出て行けよぉ!」

「……はぁ。ほんとポルナレフ状態ですわ。まぁまだマシな方か」



 頭がまた重くなり、視界が失せた。次第に意識も消えていく。もう駄目だ。俺は……。




――▽▽――



「特訓は三日後の四時だ。別に来なくても責めはしないし呆れもしない」

「……今からやりますよ。荒瀬さんだって忙しいでしょう?」

「敢えて言うけどな。三十分嘔吐して収まったと思ったら自分の剣で腹切り裂いて砂擦り込んで、挙句の果てに頭まで斬ろうとしたから止めた俺に寄生発しながら襲いかかってきた奴が言うセリフか? 今は心の整理をしろ。異論は認めない」



 そう強制的に荒瀬さんは会話を打ち切り、部屋から出ていった。また、昨日の病室。今日は入院手続きをしていないから余計な手間が省けたのを喜ぶべきなのか。やったー。


 そんな空元気が続くわけもなく虚しさと恐怖が心を支配する。昨日は意識が無かったから良かった。今までも再生はしてたが詳しくは見たことなかったし……あぁ駄目だ。思い出しただけで……。


 荒瀬さんの配慮なのか丁度いい場所に黒い袋があったのでそこに胃液をぶちまけた。しばらく吐き続けていたら声が聞こえたのかマスクをした看護婦らしき人が背中を摩ってくれた。ありがたいと思いつつも吐き気が留まることは無かった。



「落ち着きましたか?」

「ありがとう……ございます。もう、大丈夫ですので」



 そう言って異次元袋と剣を持ち、病院を後にした。心配そうに見送ってくれた看護婦に感謝しながらも宿屋への道程を歩いていく。太陽は少し地平線へ傾いている。そういえば灰色のローブは何処にいったんだ? いつの間にか黒色のTシャツと半ズボンに着替えてたけど。


 道行く人を見ていたら喧嘩を売られたことぐらいしかトラブルが無かったのは幸いなのか不幸なのか。宿屋につくと受付のサラが安否を確認してきたので、大丈夫とだけ答えて部屋に戻った。



「てーい」



 部屋に入るなりインカが膝を立てて飛びかかってきた。鳩尾に膝がめり込んで倒れ込みそうになるが、すぐに気分は回復した。そのことにまた嫌悪しながらインカをベッドに放り投げていつものようにグルグル巻きにしておく。



「甘い、シュウト甘い」



 何故かインカが布団を振りほどいて胸を張りながら立っていた。……きっと疲れで光の糸が脆かったんだろう。深く考えずにベッドに寝転んで毛布を被る。ギャギャーとうるさいインカ。


 毛布を深く被って考える。インカを引き取ってくれる人も探さなきゃいけない。流石にそこは適当に選んで金渡して終わり、なんてことも出来ないので慎重に選ぶべきだと思うけど。……明日シロさんに聞いてこよう。このままじゃ絶対駄目だ。インカにとっても駄目だし俺にとっても駄目だ。


 俺がこんなに頑張っているのにインカはそれも知らずに遊ぼうと強請ねだってくる。そんなことを思ってインカに苛立つ俺は最低な奴だな俺は、と深く自己嫌悪。


 そうだ。この三日で体制を立て直そう。シロさんとも苦々しい別れ方をしてしまったしそれも謝らなければいけない。他にもやることは一杯ある。自分で書いたノートを読み返せば忘れてる何かも思い出せるかもしれない。そうだ。いつまでも吐いてる場合じゃないんだ。


 本を読み返そう、そう思った俺は上に乗ってるであろうインカを振り落として毛布から這い出て、異次元袋を探った。

書いてて主人公の自己嫌悪に苛立ちを隠せない、そんな毎日です

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