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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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第二十六章

 まだ空が暗いうちに俺は布団から起き上がり、また毛布を蹴っ飛ばしているインカの寝相に呆れながらも砂漠へ行く準備を進める。寝間着から穴の開いたコートに着替えて剣を腰に括りつけ、異次元袋を背負っていざ砂漠へ。


 ダメージジーンズなんてファッションもあるんだしコートもまさか……なんてことはなく、周囲の人からは異質な目で見られたことが何度かあった。直そうと思って暑苦しい武器屋に行ったけど直せないと言われ、結局このままです。


 所々明かりが点いている建物をぼんやりと見ながら門まで歩き、欠伸を堪えながら五分くらい歩いたら門に到着した。門番にはスキンヘッドの厳ついおじさんに全身鎧に包まれた人がいた。べ、別に怖気付いたりとかはしていないぞ。


 内心ビビりながらも厳つい門番にご苦労様です、と落花生みたいなおつまみを渡したら思いのほか喜ばれた。隣の全身銀鎧の門番が軽くシュンとしてるのを見て少し笑ってしまったけど。


 ハッと気づいてすぐに謝ろうと思ったが、門番達は見た目と違って気さくな人達だったようで豪胆に笑いながら許してくれた。外見で人を判断したのはよくなかったな。うん。


 そんなこんなで少し肌寒い砂漠へ足を踏み入れた。砂漠は昼は暑く夜は寒い。風邪引きそうだな、と思いながら歩を進めるとだだっ広い砂漠の景色にポツンと黒点が見えた。わかりやすいなと思いながらも黒点に向かって走る。



「やけに早いな修斗。まだ四時だぞ」

「やっぱり女性は時間に早いもんなんですね?」

「……? まぁいい。それじゃあ始めるぞ」



 あれー? やけに昨日との温度差がある。昨日のオカマ口調を皮肉ってみたんだが荒瀬さんは不思議そうに首を傾げるだけだし、でもここに居るってことは昨日の人は荒瀬さんなんだよな? 声も同じだったし。



「……昨日来たのは荒瀬さんじゃないんですか?」

「……あー、成程ね。うん。俺はちょっと仕事の後処理してたから昨日のは俺の部下だよ」

「でも声が多分一緒だったと思うんですけど」

「氷と風の上級魔法で声帯変えさせてたんだ。氷で喉笛作って風で俺の息を……端的に言うとそんな魔法」



 そう言って荒瀬さんは頭をかいて乾いた笑い声を漏らしながらも地面を蹴っていた。やっぱり違う人だったからあんなツッコミどころ満載だったのか。



「それじゃ修行始めましょうかね。鬼畜コースと残虐コースどっちがいい?」

「……えーっと。剣術の基礎とかそういうのでは無いんですか?」

「あ、剣術とか教えて貰う気だったの? 修斗は魔法を交えて戦うと思うし、剣術とか型を覚えても役にたたないと思うけどね。そりゃあ、やっておくに越したことはないけどさ」



 そう言いながら荒瀬さんは魔方陣を地面に書いていた。砂漠の砂で書けるのかと思う頃には魔方陣が輝きだし、青い何かが空に打ち上がって消えていった。一体何の魔法だろうか?



「……それで鬼畜コースと残虐コースって言うのは何ですか?」

「まぁどっちもキツさは変わらないと思うかからじゃんけんで決めよっか。俺グー出すからな。じゃあ行くぞ、じゃーんけーん……」



 ぽんっ。荒瀬さんはチョキ。自分はパー。



「……ずるいですね」

「知らんがな。それじゃあ残虐コースに決まり。ルールは簡単。俺が修斗を百回殺すまでに修斗が俺から武器を奪うか壊すかすれば修斗の勝ち。百回殺されれば修斗の負け。それじゃスタート!」



 そう言いながら荒瀬さんは異次元袋から鉄の大剣を取り出して肩に担ぎ、片手でかかってこいと言わんばかりに挑発してきた。いや、何故挑発されたし。


 いきなりかかってこいと言われてもどうすればいいかわからない。それに荒瀬さんが強いのはわかってるけどもし攻撃が当たったらどうするのか。何か怪我をしない結界とかそんな保険は無いのか。



「あー、やっぱりそんな感じだよな。そうだな。それじゃあ……」



 いきなり大剣を前に構えたと思ったら、荒瀬さんが砂埃を残して消えた。そしたらいきなり視界が反転して回転して――止まった。



「取り敢えず一回死んでみようか?」



 一体何が起きたのかわからなかった。



――▽▽――




 気づいたら砂漠に仰向けになっていた。寝違えたような痛みが走る首に違和感を覚えながら起き上がると、鉄の大剣を持った荒瀬さんが立っていた。変わったところは……大剣にべっとりと血が付着し、俺の周りが赤いくらいか。



「修斗は首を大剣に撥ねられて死にました。はい。死亡数一回な」



 荒瀬さんは鉄の剣に針のような物で傷を付け、そしてまた大剣を前に構えた。



「何ですか? これ?」

「修行だよ? はい。二回目な」



 今度は視界がガクンといきなり下に落とされ、最後に黒い靴が見えた。




――▽▽――





 痛む首を抑えながら起き上がると、また鮮血に濡れた大剣を肩に担いでいる荒瀬さんがいた。


 …………。



「修斗は首を切り落とされて死にました。死亡数二回目です」



 またガリっと剣に傷をつけて荒瀬さんは大剣を前に構えた。成程。言いたいことは大体わかった。



「……拒否権は無いと?」

「不死身の修斗にはピッタリな訓練方法だろう? それと死亡二回目にして理解が早いのは褒めてやるが、そんなんで大丈夫か? まるで兎みたいに見えるけど」



 結構強がってみたつもりだったけど、本能は正直だった。ここから逃げろと頭の中は警報を鳴らし続けている。足は今にも崩れそうで息は自然と乱れ、歯がカチカチと音を鳴らしていた。


 情けないな、と思いつつも自分はへっぴり腰で剣を構えた。腕が震えているせいかやけに剣が重く感じる。落ち着こうと深呼吸しようとしても過呼吸になっていて出来ない。



「体が不死身だったらまずは死ぬことに慣れなきゃなぁ? 修斗?」



 口元を歪めさせて語りかけてくる荒瀬さんは、黒い悪魔に見えた。いや、悪魔だった。




――▽▽――





「死亡五十三回目か。もうそろそろ首飛ばすのも飽きてきたなぁ? 次は臓器でも引きずり出してみるか?」



 その言葉聞いて俺は出来るだけ多くの魔法の壁を自分の周りに張って、街に向かって走り出していた。もう何度過去の自分を恨んだか数え切れない。何で今日ここに来てしまったのかと、過去の自分に叫んでやりたい。


 荒瀬さんは自分の強さに合わせて手加減してくれると勝手に想像していたが、そんなことは一切なかった。繰り返される一方的な虐殺。首が落とされる時の激痛。ゲームのコンティニューボタンを押すみたいに簡単に復活する自分の命。


 これは修行じゃない。荒瀬さんが自分を殺して楽しんでいるんだと、そんな考えが浮かんでくる。そう考えたら怒りを感じると思っていたが、感じたのは純粋な恐怖。このまま荒瀬さんに何回も首を落とされ、命を散らし続ける自分の姿を想像してゾッとした。


 そんな考えをグルグルと頭の中で回しながらひたすら砂漠を走り、湿っているズボンを鬱陶しく思いながらも後ろを振り返ると遠くに黒点が一つ。諦めたのかとホッとしていたらいきなり頭上が暗くなって、見上げる前に顔が地面についていた。


 恐ろしいほど冷たい砂の感触を顔に感じながらも首を出来るだけ後ろに回すと。



「おいおい、逃げるなよ」



 愉快そうに口元を歪めた荒瀬さんが自分の背中に乗っていた。暴れようとしてもがっしりと両腕を後ろ手に掴まれているので抜け出すことは出来そうにない。


 逃げられない。そう考えたら自分は驚くほどの声を上げながら涙を流していた。怖かった。恐ろしかった。自分の背中の上で笑顔を浮かべている人間がただ恐ろしかった。



「嫌だぁ! もう死にたくないぃぃ! 痛いんだよ! 凄い痛いんだよぉ! もう嫌だぁぁぁ!!」

「もう少し頑張る気はないのか? さっきから俺に背を向けるばかりで俺に触れてさえいないしさ?」

「お願いします……。もう許してください……。痛いんです。凄い痛いんです! もう止めて下さい!」



 はぁ、とため息が聞こえた。次にバキリと耳にもしたくないような音。次には凄まじい鈍痛が自分の中を駆け巡った。



「逃げようとしたペナルティで腕をこれから十回折りまーす」

「痛い痛い痛いぃぃィい!! もう嫌だぁ! 誰か助けてくれぇ! 誰か……助けてくれよぉ!」

「五秒すれば痛みは引くだろう。ほら、もう治ってる」



 またバキリという音と共に鈍痛が走る。こんな目に合うなら不死身なんかにならなくてよかった。もう嫌だ。死にたい……。


 そこで自分の意識は薄れ、途切れた。薄れる間際にこのまま目が覚めないといいなと思いながらも。





――▽▽――






「シロエア遅いなぁ……」



 その言葉を聞いて一気に脳が覚醒した。即座に立ち上がって逃げようとしたが、目眩がしてすぐに柔らかい何かに倒れ込んでしまった。ここは何処だ? それに今の声は……。



「どうやら起きたみたいだな」



 荒瀬さんが木製の椅子に座りながらフルーツナイフのような物を弄っていた。その光景に自然と小さい悲鳴が漏れる。あのナイフで滅多刺しにされる自分の姿が鮮明に脳裏へ浮かんだ。


 そんな自分に荒瀬さんは苦笑いを浮かべながらナイフを机に放り捨てた。そして敵意は無いと言わんばかりに手をヒラヒラと上へ挙げた。



「ここは病院。もう特訓は終わりだ。少し修斗には早すぎた……いや、元々いらない修行だったのかもしれない。もう俺と修行やりたくないと思ったらそこの手紙を見て自分で修行するんだな。それじゃ俺は失礼するよ」



 そう荒瀬さんは言って椅子から立ち上がると、手をヒラヒラさせながら扉を開けて出ていった。そのことに安堵しながらも周りを見渡すと、白を基調とした綺麗な部屋だった。自分が寝ているベッドと横には机と椅子。机の上には黄色い花が飾ってある花瓶と封筒が置いてある。


 すると扉からコンコンとノックが二回。どうぞ、と言う前に扉が開いて茶髪の女の子が何かのかごを持ってこっちに歩み寄ってきた。


 短髪で少し男っぽい髪型をした案内娘だった。そういや最近見てなかったな。何か用事でもあったのかな?



「……案内娘か? 何か久々な気がするが」

「実家に帰省してたんだよ。それで帰ってきたらサラがいきなり病院に行くなんて言い出すから問いただしてみたら、お兄さんが砂漠で倒れて搬送されたなんて言うもんだからさー。代わりに私が来たわけ。帰った直後にお兄さんのお見舞いとか憂鬱になっちゃうわー」

「俺が砂漠で倒れた……? 誰に俺は運ばれたんだ?」

「知らないわよ。大した怪我も無いみたいだし私は帰るわ。あ、これサラがお兄さんにだって」



 案内娘は籠をこっちに投げ渡すとそのまま帰ってしまった。素っ気ないなと思いつつも籠の中身を見てみると、クッキーらしき物と手紙が入っていた。クッキーには所々焦げ目がついている。


 心配してくれたらしいサラに感謝しながらもクッキーを口に入れる。少し香ばしさが強いが、クッキーは中々美味しかった。手紙には馬鹿と書いてあった。わけわからん。



「はぁ……」



 クッキーを口の中で味わいながら少し考える。あの修行内容だ。正直地獄に行ったような気分だった。ひたすらに首を飛ばされていく修行、というより虐殺。


 あれはどうなんだろうか。正直二度と体験したくない。それに思い出したくもない。


 机の上の手紙に目を向ける。あの手紙を読んで自分で修行した方がいいんだろうか。あの手紙の内容によるけど、あの地獄のような修行よりはマシかもしれない。


 そんなに急いで強くならなくても俺は良いと思ってる。あと九年半は時間がある。



(……まぁ答えは決まってるんですけどね。うじうじしてんなぁ俺は)



 クッキーはもう食べ尽くしてしまったのでベッドから起きて、籠を机の上にある封筒の上に置いた。そして振り切るようにベッドへ身を投げた。

場面変更の多さについては勘弁して下さい

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