第二十五章
ヘルスコーピオン十匹を切り伏せて一息ついていると少し遠くの方でアクアスコーピオンと戦っている二人組みの冒険者PTを見つけた。
一人は身の丈程ある大剣を盾変わりにしてアクアスコーピオンの体当たりを防ぎ、もう一人は魔術師なのか腕を突き出して何かの塊を連射している。前衛後衛に別れたバランスの良いPT。もう魔術が使えるらしい女性達は冒険者と馴染めたのか。俺も誰でもいいからPT組みたいなぁ、と実現出来そうにない空想を思い描く。
そりゃあ俺もPTを編成して依頼を達成したいけれど、色々問題があるから多分PTを組むことは無いだろう。もし怪我を負って再生するところを見られたら化け物扱いされるのは目に見えてるし、もっと怖いのは神が俺に落とす不幸でPTの誰かが死んだりすること。
今でも若干憂鬱なのにそんなことが起きたら立ち直れない。だからしばらくは一人の旅路になると思う。寂しさは否めないが剣もいるんだし孤独死することは無いだろう。兎みたいに俺は寂しがり屋じゃないぞ。
そんな思考に耽りながらヘルスコーピオンをナイフで解体していたら、ゾンビみたいな呻き声が聞こえた。何かの魔物かと顔を上げて辺りを見回すと遠くで戦っていた男女二人の内、大剣を担いでいた男がうずくまっていて女の方は後ろでうろたえていた。
これも神が落とした不幸なのかと内心ため息をつきながら冒険者の元へ走る。何というか、俺に起こる全ての出来事は神が仕組んだことって思うと何かムカつく。神の髪も不幸と一緒に落としてしまえ。
(わー、オモシロイナー)
(……悪かったな)
そんな罰当たりなことを考えながら走っていたら冒険者達の所へ到着。真新しいバッグをあさりながら酷く錯乱している青髪の彼女の肩を叩いて尋ねる。
スパァンと小気味いい音が響き渡った。視界が横に少しぶれる。
「……どうしました?」
「えっ? あっ! ごめんなさい!」
混乱していたからか彼女は振り向きざまに俺の頬を思いっきりピンタした。切実に泣きたいし怒りも感じたが、最近は理不尽なことに慣れたせいかこの程度なら全く気にしなくなってきた。何か人間として駄目な気がするけどな!
それにかなり苦しそうにしている男の前で女に謝罪を求める図太さも持ち合わせていないので、痛む頬を摩りながらもさっさと話を進める。
「このくらい慣れてます。それでどうしたんですか?」
「青いサソリに何か吐かれたんです! そしたら彼がいきなり苦しみ出して……それでっ! えと!」
不思議な踊りでもしてるのかと言いたくなるようなジェスチャーを混じえた彼女の言葉を聞いた後、異次元袋を覗き込んで赤い容器に入った塗り薬を取り出す。どうやら彼はアクアスコーピオンの酸液を浴びたらしい。
奴は滅多にここ一帯には現れないからあの男はその特徴を知らなかったんだろう。奴は命の危機を感じると石をも溶かす胃液と水を混ぜた酸液を口から吐き出す。まぁその時奴の口の中もとんでもないことになるので滅多に使わないんだけれど。
「顔から手を離して下さい。大丈夫です。痛くないですから」
男はその声が聞こえていないようで砂漠でのたうち回っている。早めに処置しなきゃ間に合わないかもしれないので、遠慮している暇はない。と言うわけで無理矢理拘束することにした。
土魔法のソルトで男の足首を固めて動けなくしたところで胴体に乗ってマウントポジションを取り、手を退けさせて手首をソルトで固める。後ろの女は慌てて何か言ってきたが知らんぷりした。
彼の顔は肌が溶け筋肉は露出していて、理科室の人体模型を彷彿とさせた。あまりにもグロテスクすぎて吐き気がするが、そんなこと言ってられないと自分に言い聞かせて男の顔を観察する。
目は溶けてなく酷いところは頬辺りなのが幸いか。目が溶けてたら応急処置なんて出来ないしなぁ。その分鼻や口元が酷いことになっている。鼻からは骨がこんにちわしているし、口元も見るに耐えないような感じだ。
「君、何属性の魔法が使えるの?」
「えっと!? 氷です!」
「……そう。じゃあ氷をこの中に入れといてくれる?」
異次元袋から桶を取り出して彼女に手渡してそう告げた後に男へ目を向ける。取り敢えず外傷に良く効くと評判の不気味な赤い塗り薬を顔に塗ったら、男は凄い勢いで悲鳴を上げた。まさに大絶叫。耳が痛い。
今塗った薬は外傷に凄い効き目のある薬らしいが、その分死んだ方がマシってくらいの痛みが襲ってくる塗り薬らしい。やっぱり死ぬほど痛いのだろうか? しかも顔から赤い気泡が出始めたど大丈夫なのかこれ?
もの凄く高いらしい薬(って言っても依頼の報酬で手に入れた物なんだけど)は使う機会が無かったので今使ってあげたらこの有様。いや、赤い塗り薬なんて不気味だし使いたくなかったってのが本音だけど。
薬を塗ってる間男が凄いうるさかったので適当な布を噛ませておいた。後ろの彼女は必死に氷を作っている。取り敢えず作らせてるだけなんだけど何に使えばいいんだろう。
グチャグチャの顔から色んな汁を出している男を励ましながら薬を塗りたくり、やっと塗り終わったので包帯を巻いておく。何かミイラみたいになってしまったが問題無いだろう。息は出来るようにしてあるし。というか気絶しちゃったし。
死んじゃいないだろうな……と訝しげに思いながらも薬をしまって後ろを見ると、俺の身長を越す勢いで積み重なってる氷があった。この女は限度を知らないのかと思った。
「急いで街に運びましょう。貴方は……そうですね。彼の顔を氷で冷やしてあげて下さい。布越しで包帯が濡れないようにした方がいいかもしれませんね」
「は、はいっ! わかりました!」
男を背負って彼女に布を渡してもう踏みなれた砂漠を走る。後ろの彼女は男の顔を冷やすどころか、着いてくるのに必死なようで物凄い息切れしている。速度を落とすことも出来ないので頑張って下さいと励ましながらも門に到着。
事情を話した後の門番の対応は迅速だった。すぐに医者が呼ばれて男は担架で運ばれていって、彼女も息を切らして慌てながらもそれに着いていった。こういうことはやっぱ頻繁に起こるのかね。
それと応急処置していたことを門番に何故か褒められた。普通は怪我をした他人の冒険者を助けて更に応急処置までする奴はいないらしい。俺も勝手に傷が治るなんてことがなかったら見捨てはしないと思うが、薬は使わなかったかもしれない。
冷徹野郎と後ろ指を指されそうだが弁解させてもらう。だってプリンカップくらいの容器に入った小さい塗り薬で五十万だよ? 効果は一番高いらしいけどまさかゲームみたいに体力全回復! ってことも無いだろうしぼったくりだろこれは。塗るだけで傷口が再生するような薬をこの世界で作れるなんて有り得ないだろうし。
そう思って薬の運搬……元の世界じゃ怪しい仕事に見えるけど。まぁ薬を貰った店に訪ねてみた。薬の説明は何というか……うん。わけがわからなかった。
俺が貰った薬は妖精の心臓とドラゴンの血を混ぜて作った塗り薬らしい。いや、本当にわけわからん。何か使ってる材料からして凄い薬に見えるが、俺は薬運んだだけで貰ったんだけど?
……ヤバい仕事だったのかー? あれー? ヤバい仕事だったのかー? 渡した人は感じの良い青年だったけどなー? 俺何かの組織を敵に回したとかそんなオチは求めてないぞー?
冷や汗を流しながらも薬屋を出てその後も雑貨屋などを周り、日が落ちてきたら宿に戻って一息つく。インカとサラと夕食を食べて、部屋に帰ったら神本を読みながら飛びついてくるインカを軽くあしらう。
インカが寝た後に平和だなぁと爺さん臭いことを思いながら夜景を眺めていたら、いきなり荒瀬さんが窓から侵入してきた。完璧な不法侵入です。びっくりして俺のおつまみ達が床に落ちたわ!
「何処から入って来てるんですか!」
「窓から颯爽と入るのって格好よくない?」
「荒瀬さんだけですよそれは」
手厳しいねぇ、と口元をニヤケさせながらも荒瀬さんは床に腰を下ろした。枝豆は貰った!何て言って枝豆を拾ってる姿には少し笑ってしまった。
「今日はどうしてここに?」
「理由も無く来ちゃいけないのかい? ハッ! また新しい女を引っ掛けたのね!? この優男!」
「いや、何ですかそのオカマ口調は。気持ち悪いです」
「最近修斗君僕に冷たい! 私への愛は嘘だったのね!」
(最近僕にも冷たいよね。最近話しかけてもくれないし。ワ、私への愛はウソダッタノネー)
うわぁ。凄い疲れる。こいつ凄い面倒臭い。そして地味に会話に混じってくるなよ剣。しかも棒読み感抜群すぎるだろ。
「とまぁ冗談は置いといて。確か修斗君特訓してたよね?」
「え? 荒瀬さんストーカーですか?」
「修斗君がいつの間にSに成り代わっている…だと…? いや、まぁそれは置いといて。魔法は何とかなりそうだったけど体術とか剣術に苦戦してたよね? 憶測なんで間違ってるかもしれないけど」
「そうですねー。剣道とかやったことないですし、今は適当に振り回してるだけですねー」
そう言うと荒瀬さんはクックックと含み笑いをしながらこっちの反応を伺っている。あれ? 荒瀬さんこんな面倒臭いキャラだっけ? 何か無性に殴ってやりたいぞ?
偽物かと少し疑ってみるもののSなんて言葉使うのは荒瀬さんぐらいだし……大丈夫か。
「今日やっと仕事が終わったわけで、修斗君強化期間を設けようと思ったわけですよ!」
「仕事終わったんだったら休んだ方がいいんじゃないんですか? お金払って剣術習うってことも出来るわけですし」
「今日徹夜で特訓内容考えてきたんです! その努力を無駄にしないためにも特訓を受けて下さいお願いします!」
「いや、お願いするのはこっちの方なんですけど……」
特訓出来るのが嬉しいのかよっしゃー、とか言ってはしゃいでる荒瀬さん。アルコールでも入っているのか? いつもよりやけにテンションが高い。
「それじゃあ明日朝五時に門の前で! 待ってるからねー!」
そう言って窓から飛び降りていった荒瀬さん。その後に続くドンガラガッシャン。
「一体何だっていうんだ……」
きっと酔っていたんだろうと勝手に思考を完結させ、窓を閉めてベッドに入る。毛布を蹴っ飛ばしているインカに毛布を掛けなおし、俺は目を閉じた。