第二十四章
灰色のローブに着替えてフードを深く被りながらギルドに入ると、いつもと違って珍しい光景が広がっていた。若い女性達が他愛も無い話に花を咲かせ、幼い女の子は周りの雰囲気に戸惑っている光景。
「は?」
そんな声が自然と漏れてしまうくらいこの光景は異質だった。まず女性なんて受付娘しかギルドでは見ないし、まだランドセルを背負っていそうな子供がここにいるのもかなりおかしい。
こんなことになっている理由を四人席のテーブルに座りながら、居心地悪そうにちびちびと酒を飲んでいる冒険者達から盗み聞きしてみる。
「おい、何でこんなに女がいるんだ。居心地悪いなんて騒ぎじゃねぇぞ」
「情報が遅いなお前。昨日黒の旅人が夜中に孤児の女を集めて魔法を教えたらしい。噂では死者も出たとか」
「黒の旅人って確か……魔術開放運動の代表者だったよな? 他にも色々やってた……って、何で死者が出るんだよ。それに孤児にしちゃ服が綺麗じゃねぇか」
「初級魔法を教えた女共を砂漠に放り出したらしい。命懸けで魔法を使った方が効率がいいだの言ってたそうだ。服や髪が綺麗なのは黒の旅人が用意でもしたんじゃないか?」
「……そうか。でもよ、そしたら貴族やこの街の警備隊も黙っちゃいないだろ。いくら有名な黒の旅人でもよ」
「だが現に貴族も警備隊も動いていないんだ。まぁ俺は魔法使える奴と組めて黒の旅人万々歳なんだがな。小さい餓鬼と組むのは御免だが」
そう言って酒を飲み干した冒険者から目線を離して改めてギルドを見渡す。今までギルドで女性冒険者を見たことなんて一、二回しか無いし、全員質の良さそうな装備をした貴族だった。
基本女性は冒険者に向いていない。男性の方が力が強いから当然と言えば当然なんだが、そのために女性冒険者は魔法を使えなきゃ話にならない。しかしお金が無いと魔法を覚えられないので貴族しか魔法は覚えられない。だから冒険者の女性と言えば貴族か金持ちだけだった。とは言っても冒険者を希望する貴族なんて稀なんだけど。
それはそうと普通に考えたら魔法は貴族や金持ちの独占している場所だと思うんだが……黒の旅人はそこを荒らしてしまって大丈夫なんだろうか? 魔法が普通の人も使える国はあるらしいが、少なくともこの砂漠の国サンドラは違う。貴族側からしたら黒の旅人はかなり邪魔な存在になってそうだが。
まぁ黒の旅人……多分荒瀬さんのせいで朝っぱらから随分とギルドが騒がしくなっているし、周りの冒険者も困惑している様子だった。パーティを組もうだの何でこんな餓鬼が、何て言葉が飛び交っている。
「何よ! Dランクが贅沢言ってるんじゃないわよ!」
「あぁ!? 何だとてめぇ!」
PT契約で意見が食い違ったのか激しく口論している男女が遠目に見える。受付娘達が慌ただしそうに止めようとしているが、止まる気配が感じられるどころか男は背負っている重厚な盾を取り出して槍に手をかけ、女は胸ポケットから魔方陣っぽいものが描かれた紙を取り出している。おいおい。ヤバいんじゃないかこれ?
こんな時にシロさんは何をやってるんだ。中に割って入るなんて俺はごめんだぞ。誰か助けてーとギルド職員を見回してみるが、モヤシ体型の男一人と兎耳と受付娘三人。しかもこういった物騒な騒動は初めてなのか縮こまっている。た、頼りねぇ……。兎耳は一応頑張っているけれども肝心の男女は何を言っても聞かないだろ、あの様子じゃ。
誰か助けないかなーって他人ずらしていたら遂に女の方が紙を持ちながら詠唱を始めた。男の方は距離を詰めればいいのに何故かどっしりと盾を構えている。おいおい。相手が雷属性だったら感電しちゃうぞ。
「清らかなる水よ! 水の弾と成り、敵を貫け! ウォーターボール!」
彼女の手の平にある紙から人の頭ほどの水球が作り出され、弾丸のような勢いで発射された。一発、二発目は弾いてみせたものの、その内男の表情は苦々しいものに変わっていくだろう。
腰を低くして水球を弾いているその姿は勇姿そのものだけども、初級と言えどDランクの人間が魔法に勝てるはずもないのでもう少しすれば水弾に盾を弾き飛ばされそうだ。
このまま男が弾き飛ばされたらあの女は絶対調子乗るだろうなぁ。少し息を切らしているがまだあの水球は飛ばせるだろうし、ここは男の方に助太刀しておくべきなのか。余計な手出しをするなとか言われるのが目に浮かぶけどな!
結局他人ずらして立ち去ろうと思ったけど、モヤシな男性職員が思いのほか騒動を止める意思を見せているので助太刀することにした。今は野次馬に弾かれて目の前に突っ伏しているけど。
女性職員は魔法使うと亜人の特徴出るから手出し出来ないのか慌ててるだけだし。周りの冒険者は面白がって止めないし。何この好き勝手なお祭り状態、と毒づきながら男性職員を手当している兎耳の元へと走る。
「えっと、お姉さーん。シロさんは何やってるんですか?」
「……出かけています」
前のことを根に持ってるのか兎耳は随分と冷ややかだった。女性の冷たい視線などこの二ヶ月ちょっとの間だけで何十回と経験したので痛くも痒くもない。いや、ちょっとだけ痒いかも……。
「用心棒みたいなのはいないんですか?」
「三人いたんですが一人はキングスコーピオンの塔の視察に駆り出されて、二人目は腹痛。三人目は外の対応に追われています」
「そうですか。……若干二人目がおかしな気もするんだけれども」
「ギルドに来た瞬間からトイレに篭ったっきりで出てこないんです……」
「何そのトイレの用心棒! がっかりだよ!」
つい何処かのノリでツッコんでしまったせいか、はぁと若干引き気味な兎耳。そんな茶番を演じている間に水球を受けていた男が苦しげに声を上げていた。あ、ヤバいヤバい。
後ろから彼の盾を支えて水球を弾き飛ばし、そのまま水球を連発しながら息を切らしてる女に盾の後ろから止めろと意思を込めて一睨みしてやるが効果は無し。俺の眼力は女一人も怯ませられませんよ。えぇ。
周りから流石お手伝いやら野次が飛んでくるが気にせずに盾から出て剣を構える。安心の布付き。流石にいきなり間に現れた乱入者に水球を打つほど彼女も切羽詰ってはいなかったらしく、水球が飛んでくることはなかった。
「余計な真似をするな餓鬼ッ!」
「……別にアンタの負けってわけじゃないさ。ほら、あの女も息を切らしてるし」
魔力を消費すると倦怠感が体を襲い、次に極度の疲れと眠気。それを無視して魔力を酷使すると視覚や聴覚が失われたり体組織が分解したりする。息切れしているってことは魔力はあまり残っていないだろう。せいぜいあと一、二発打てるぐらいか?今にもあの女は倒れそうだし。
「私はまだ……やれるわっ!」
「そう意気込むのは勝手だけれどもあと二発くらい発動したら失明すると思うよ? それでもいいならご自由にどうぞ」
そう言うと女の方は大人しくなった。男の方はその様子をみてご満悦のようだが、さっきから盾がピクリとも動いていないから盾を持っている手は痺れてるんだろう。目で追うのがやっとな勢いの水球を何ども片手で止めてたんだし。
「というわけで引き分けって結果で文句ないかな?」
「そんな結果で納得出来るわけないだろ!」
威勢のいい男の盾をガツンと剣で殴りつけてやると、男は呻きながら盾を床に落とした。
「引き分けだよね?」
「……あぁ」
その言葉を聞いて安心の息を吐きながらも、男に肩を貸して四人席に座らせてあげた。女も同様にして同じ席に横にしておく。困惑している男に笑みを返して兎耳の方へ小走りで向かう。
これで女が息を整えて喋れるようになった時に男は絶対気まずくなるだろう。ククク……。ざまぁみやがれってんだ。
「……今日はありがとうございました」
相変わらず冷ややかな視線な兎耳に嬉しくもないお礼を言われ、何故か仲良さげにPTを組んでいる男女二人組に苛立ちながらもギルドを後にした。依頼を受けようと思ったが周りのPTの勧誘の声や子供の視線が鬱陶しかったので、街を適当にぶらついた後に砂漠で狩りでもすることにした。
「お、新しい物仕入れたんですか? 随分と大きいですけど」
「こいつは凄いぜ。魔力を流せば砂漠の荒野も走り抜けられるパワーバイクだ。魔力消費が激しいのが厳しいがそれさえ乗り越えれば頼もしい砂漠のお共になるぜ」
雑貨屋に寄ると何やら凄い物があった。赤い装甲に黒く光る二輪のバイク。これで走ったら楽そうでいいなー。砂漠を徒歩で走破なんてしたくもないしこれは買いたいなー。百万越える値段がネックすぎるけど。
そうそう。魔法を使うのは習わなきゃ出来ないけど、魔力を使うのは誰でも出来る。現に料理人が火を使うのも火が出るコンロみたいなのに魔力を流して使っているし。
実際のところ魔方陣に魔力を流すだけで魔法は使えるが、魔方陣を書くのが難しい。なら他の人が書いた物を使えばいいと思うかもしれないがそうもいかない。
自分の魔力を使った魔文字を使って書いた魔方陣じゃないと魔法は発動しないからだ。自分専用の魔方陣じゃないと魔力は反応してくれない。何という我侭な魔力だ。贅沢言うなと言ってやりたい。
まぁ結局今はパワーバイクなんて代物買えないので予約という形を取った。これで一層働く意欲が湧くというものだ。目的なしに金集めなんてやってられるかってんだい。
「また寄ってきなよ」
「気張ってお金貯めてきますね」
そう言って雑貨屋を離れて砂漠へ向かう。流しそうめんの門番は相変わらず俺のことが嫌いなようで、軽いジョークを言っても苦笑いしか浮かべない。凄い悲しい。何? 俺親父になっちゃったの? 俺のジョークは親父ギャグ並みに寒いの?
そうこう思いながら砂漠を歩いていたらヘルスコーピオンを発見。憂さ晴らしの感情が入っている剣を振りかざしながら、俺は砂地を蹴ってヘルスコーピオンへ向かっていった。