第二十二章
宿屋に着いた。すぐに食堂に行って魚を料理人に渡し、夕食に出して欲しいと頼み込む。料理長からすんなり了承を得れたのは意外だったが、どうやら魚を調理することがあまりないらしいのでこちらからお願いしたいぐらいなんだそうだ。夕食が楽しみすぎる。
心の中をお花畑にしながら自分の部屋に入ると、インカが何やら黒い袋をいじくっていた。あれは確か……荒瀬さんに貰った異次元袋か。そういや中身確認してなかったな。
「ここから美味しい匂いするっ!」
「ん? そうなのか? ちょっと貸して」
案の定インカは離さなかったので折れてしまいそうな足を持って盛大にジャイアントスイング開始。自分が気持ち悪くなってきて動きを止めた頃には、インカは力なさげに床へ倒れ伏せていた。馬鹿な奴め。
遠慮も手加減もしない自分は大人げないかもしれないが、インカには地味にイラついていたので手加減なんか微塵もするつもりはない。根暗と思わせてサラにべったりして俺には我儘とか、軽くイラッときている。
何やら文句を垂れているインカをベッドに放り投げた後に袋の中を覗き込んでみると、見やすいように大きさが統一されている色んな物が目に映った。食べ物らしき物に武器らしきものも見える。しかしそれを差し置いて目立つものが一つ。取ってと言わんばかりに赤くチカチカと点滅している手紙らしき物。まずはそれを取り出してみた。
手紙の封を開けると赤色に光る玉が部屋中を縦横無尽に駆け巡り、その光は段々鳥に変化して空いていた窓から飛び出していった。インカが目を丸くしていたが気にせずに手紙の内容を黙読する。何というか気にしたら負けな気がする。
少し失礼かもしれないが荒瀬さんの手紙は前置きが結構長いので、前半部分は流し読みして後半部分だけ真面目に読んだ方が楽だ。少しわからない単語もよく見かけるしな。メンヘラだのDQNだの、わけわからん。友人がそういったことを日常会話で振ってくるので覚えた単語もチラホラあるが。
要約するとこの異次元袋には便利なアイテムがいっぱい入っているけど、ある一定の条件を満たさないと取り出せない。理由は遊び心。袋の中の物に触れるとそのアイテムの詳細と開放条件が頭に浮かぶ。
何かのゲームっぽくて中々面白そうなので試しにピンク色の香水らしき物に触れてみると、視界がゲームウィンドウみたいなものに切り替わった。
[惚れ薬]
これを対象の人物に飲ませると一番最初に体が接触した相手に惚れやすくなる。効果は一ヶ月。これで気になるあの子のハートをガッチャしよう! ただし二度飲ませると高熱で相手は死ぬ。
開放条件:第一条件、異性との交流を深める。
うーん。思春期の男の子が夢みてそうなアイテムだな。それに開放条件も大雑把でわかりにくい。他のもこんなんばっかだろうな。荒瀬さんだし。
その後も黒い異次元袋を適当に見ていたらいい暇潰しになった。とんでもなく名前が長い銃やふざけた名前の物が多かったが、いずれ使う時が来るのだろうか。開放条件が意味不明だったり無理難題なものが多かったので今は無理そうだが、今後は少し楽しみだ。お腹も空いてきたしサラとインカを呼んで食堂にいきますか。
朝早く起きたからか自然と出た欠伸を噛み殺しながらインカを連れて食堂に向かう。インカがおんぶしなきゃいかないなんて言い出したから、足を肩にしょって逆さまにおんぶしてあげた。最初の遠慮するインカはどこにいってしまったんだろうか。あとでサラに聞いてみるか。
サラに飛びつくインカを横目に食堂で魚の塩焼き?と刺身を食べた。どうやらここの住人は魚が苦手な人が多いらしく、サラとインカもそれに含まれていたため俺の独り占めとなった。美味かったけどやっぱり醤油が欲しい。味噌汁も飲みたいなぁ。醤油って豆を発酵とかさせるんだっけ?
そんな空想を頭から追い出して仕事が終わったサラにインカを預け、荷物をまとめて夕日に彩られている街に出た。目指すはギルド。あの受付娘はどうしてるのやら。やっぱり無意識に神に操られていて自分の無実を証明しようとするのか、それとも……。
(別に何を言われようが今は手がすぐ出てしまうほど怒ってはいないし、大丈夫だろ)
(ならいいけどね。まずは僕の言葉に耳を傾けてよ。また暴力に身を任せる馬鹿だったら僕はもう知らないからね。もし危ないと思ったら僕に話しかけるんだよ。約束だからね)
剣から手厳しい言葉を頂いた。くそ。これが黒歴史というやつなのか? まぁそんなことはいい。もうギルドは目の前だ。緊張してきたぞ。
一回扉の前で深呼吸をしてから、ゆっくりと扉を開いた。様々な服装と武器を持っている冒険者達の間をすり抜けて奥に進むと、四人席のテーブルにシロさんに兎耳受付に、釣り目の彼女が座っていた。
受付二人はは自分と同じく緊張しているのか何処か挙動不審だった。そのことに若干緊張が溶けるのを感じながらも三人が座っている反対側へ腰を下ろす。時刻は五時四十五分くらい。
「時間にはまだなっていませんがシュウトさんも来ましたし、始めましょうか」
「えぇ。そうしましょうか。じゃあ結界お願い出来ますか?」
兎耳さんがコクリと頷いて目を閉じるとすぐに周りに結界が張られた。さぁ、ここからだ。目の前の釣り目は神に操られていたのか見極めなければ。もし操られていなかったら……問答無用で地獄に叩き落としてやる。
「まずは貴方の名前を教えてくれませんか?」
そう言うと釣り目の少女はビクッと肩を震わせて、おずおずと上目遣いでこちらを窺っている。ここで名前教えないなんて言われたら操られてるの確定だったんだが、少し残念だ。シロさんの気迫すら見えそうな視線から今すぐにでも逃れたいからか、膝に置いている拳に嫌な汗が滲む。
しかしアドレナリンやら出ているのか怖いとは思わなかった。あっちがやる気ならとことんやってやるつもりはある。操られてなかったらこの女殺す自信がありますし。
「ら、ラミと言います」
「……ではラミさん。貴方はどうして自分にあんな嫌がらせを? 動機を教えて頂きますか?」
あわあわしている姿は素にも見えるし演技にも見える。自分にあれだけの態度を取っていた人間が知らん顔で困惑している姿は見てて思わず舌打ちが出そうになった。すぐにその猫被りをひっぺかしてやるから覚悟してろ、なんてらしくもない言葉が浮かんでくる。
「自分でもよくわからないんです。あの時は無性に……その、苛立っていた?」
「では貴方は苛立っていたら、初対面の人にあのような態度を取るのですか?」
「そんなことはありません。彼女は少し抜けている所はありますが、今まで一度もこのような問題を起こしていませんから」
会話に割って入ってくるシロさんに苛立ちながらも話を進めることにした。現段階じゃ演技の可能性も否めないしな。何も聞かずに許すことが出来ない自分は心が狭いんだろう。ただ意地悪をされただけでこんなに怒ってるのは小学生以来だ。餓鬼すぎるな俺は。
「動機は苛立っていたから、本当にそれだけですか?」
「自分でもわかりません……」
「では自分にミニゴーレムを勧めた時は何を考えていました? ヘルスコーピオンの尻尾じゃ討伐の証にならないと言った時は、何を考えていた!? 言ってみろよ!」
「ひっ! わからないんです……ボーッとしてたというか、うぅ……。ごめんなさい」
彼女は頭を抑えながら泣き出してしまった。苛立つ心を抑えながらも話を進めようとしても彼女はそのまま伏せてしまって動かない。自然と彼女に向かって伸びていった手にハッと気づいて素早く引っ込める。髪の毛を引っ張りあげるなんてしたら俺が悪者になってしまう。
(その調子だよシュウト。苛立ったら僕にそれを吐き出して解消しなよ。僕そういうので興奮するし)
そんな剣の気遣いなのかツッコミ待ちなのかわからない言葉をスルーして彼女に向き直る。シロさんに慰められながらも彼女は話そうとする意識は見られる。よし、さっきより俺は落ち着いてる。これなら切り札となる言葉を言っても感情的にはならない……はず。
自分が許さないと言ったら彼女はどうするのか。ここが見極めるための分かれ目だろう。伏せている彼女が起きるのを待つのも考えたが、正直どうでもよかった。
「動機が苛立ったからなんて聞いたら許す気にもなりませんね。この後貴方はどうなるんでしょうね?」
「そんな……」
シロさんがこちらに淀んでいるような瞳を向けてくるが、目線は合わせない。もし操られていなかったら……彼女は何をする?猫被りを辞めて暴言を吐いてくるのか、そのまま演技を続けるか。どちらかだろう。
彼女の方を見ると……何て言えばいいんだろうか。魂を抜かれたような、人形のような目をしていた。演技……なのか?
「貴方はまたあの場所に逆戻りです。残念だったな。あーマジ笑えるわー。ハハハッ! ざまぁみやがれクソ野郎っ!」
「……最低っ!」
兎耳が今にも自分を殺しそうな勢いで睨んできて、暴言も吐かれたが別に怖くも何ともない。シロさんも自分の物言いに苛立ちを隠せずに拳を握っているが、殴れるんだったら殴ってみろよ? クククッ。
彼女は何も言わずに俯いているだけだった。まだ演技を続けているのか? 五分くらい何もアクションを起こさないので何か言おうと口を開こうとした時だった。
彼女がいきなり口を抑えたと思ったら、机の上に嘔吐し始めた。ベビーフードみたいな嘔吐物が手の隙間から漏れ出して机を支配していき、酸っぱい臭いが目の前に広がる。
その光景を見て急激に高ぶっていた心が冷えていく。何でいきなり吐いたんだこの人?
演技で嘔吐するなんて出来る……はずがないよな。そこまでの演技派なら一本取られても清々しいだろう。彼女が神に操られていたという推測は多分あってるだろう。同時に彼女の深いトラウマをほじくり返したことに罪悪感を覚えたが、心の中では何処か笑ってた。ざまぁみろなんて思ってたりする。
取り敢えず嘔吐物を創造した水で洗い流して闇で吸引する。そしてもう一回机に水を流した後に、若干火を混ぜたドライヤーくらいの風で机を乾かす。
そして涙やら鼻水やら嘔吐物やらで汚れている顔は見ていたくはなかったので、頭一つ分くらいの水球を机の上に並べた後に、眉間にシワを寄せているシロさんに向き直る。
「自分は彼女を許します。証拠がいるなら契約書でも持って来て下さい」
「……貴方はおかしい。では何故彼女を突き落とすようなことを? 貴方こそ行動に動機がない」
「じゃあシロ…エアさんは見ず知らずの人に暴言を吐かれたらどうします? 動機が苛立ったから。そんな人を心の底から許せるんですか? 自分は許せなかった。それだけですよ」
そう言って席を立ち上がり、結界から出てギルドを後にする。俺がギルドで喚き散らさない限りは彼女は大丈夫だろう。何というか微妙な感じになってしまった。俺絶対嫌われたなこれ。最後に余計なこと言わなきゃよかったなぁ。
夕日が沈みかけている空を見上げながら一つため息。ギルドの仕事で危ない依頼とか回されないだろうか。産卵期のことは知ってるからまだいいけれど、もし酷かったら早めに街を出ることを考えるべきか。
取り敢えず今日の夕食を思い浮かべて嫌な気持ちをシャットアウト。明日は何をするかな。