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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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第二十一章

 今日の朝は最悪だった。早めに起きてギルドに行く午後六時まで何をしようかゴロゴロ転がりながら計画していたら、いきなり前の扉から拳が突き出てきて嵌め込みタイプの鍵を外して引っ込んでいった。


 突然の出来事に驚きながらも扉から離れて様子を確認。しかし扉を開けて出てきたのはいつしか見た顔だった。女性にしては背が高く眼光の鋭い従業員と、食堂のウエイトレスが数名。何故扉を破ってまで来たのか。それは拍子抜けするような理由だった。


 宿屋内では深夜にサラが行方不明になったと騒がれていたらしい。それでこの人は一目散に俺の部屋を蹴破ろうとしたが、深夜にあまり騒がしくは出来ないので朝早くにこっちへ来たと。いや、俺の評判落ちすぎやしてませんかね?


 まぁ自分は床で寝てたから無罪放免だったからいいけどさ。扉の修理費は俺が払うことになった。今回は自主的にだ。一応自分の責任でもあるんだし。まぁ張り手の人に払えと言われてイラッとしたんだけど、流石に剣に手をかけるなんてことはなかった。


 朝からそんな騒がしいことがあって落ち着かないまま食堂の席に座る。同席しているサラはしょんぼりしていてインカも何故か縮こまっている。キッチンから聞こえる食欲をそそる豪快な音とは裏腹に、こっちは鬱蒼とした空気が漂っていた。いや、凄い扱いずらいんだが。



「別に俺は気にしてないから元気出してくれ。朝からそんな空気醸しかもし出されても俺が困るわ」

「でもシュウトみんなから変態って呼ばれてるよ? いいの?」

「よ、よくないけれども……。まぁ水に流せよ、サラだけにサラっと」

「…………」



 ふ、二人揃ってクスリとも笑わなかったぞ。凄い気まずいんだが。というか最近俺がボケると空気が凍ることが多くなった気がするぞ。何でだ。



「よ、よーし。今日はいっぱい頼んじゃうぞー」



 いつもの三倍料理を頼んで全部食べきった。やけ食いじゃない。断じてやけ食いじゃない。サラとインカの嫌な視線なんか感じていないし、料理を運んでくるウエイトレスの視線も普通だった。まぁ、朝食は最悪だった。


 その後インカと今後のお話をしようと思ったら逃げられた。そしてインカは磁石みたいにべったりとサラにくっついている。勝手にしやがれってんだバーカ!


 って言って外に放り出すわけにもいかないので、インカをどうするかも考えなければいけない。シロさんに少し知恵を借りようかな。自分もここにいつまでも留まっているわけにはいかないんだし。


 インカに今何を言っても聞かなさそうなので、無理矢理サラから引き剥がして自分の部屋に肩で担いで持っていく。あのままにしてたらサラが仕事できないだろうし。


 インカはさっきからブツブツ言いながら二の腕辺りを地味に抓ってくる。いつからそんなにアグレッシブになったんだよ。昨日サラが何か吹き込んだのか?


 そんなインカをお姫様抱っこして柔らかくて広いベッドに投げ捨てた後に、異次元袋からちゃぶ台くらいの机を出して筆箱とノートを出し、神から貰った資料本を横に少し今後について考えながら本の内容をまとめることにした。


 ここを出るのは……そうだな。ギルドランクがBランクになったらこの街を出るか。他の場所ではランクがリセットされるのが少し面倒だが、まずはこの世界の情勢を知らなきゃいけない。そのためにはBランク辺りの実力があれば問題は無いはずだ。世界の情勢は本にも一応書いてあるが大雑把にしか書いてないから判断しずらいし、ここ最近のことは載ってないしな。


 こういう時にインターネットがあれば便利だったろうなとしみじみと思う。検索すればパッと出てくるしなぁ。まぁ本当は亜人の文化なんてわかるはずもないんだからこの本には感謝してるけれど。


 それと魔物がいるから魔王もいるのだとばかり思ってたがどうやら違うらしい。魔物は亜人と人間が戦争していく度に生まれる血肉や魔力、魂などが入り交じって偶然生まれた生物と記されている。ただ人間は魔物は亜人が作った生物と子供に伝え、亜人も魔物は人間が作った生物と子供に伝えているらしい。意見の食い違いって怖いね。


 魔物による被害はかなり多いらしいが、もし魔物が生まれなかったらこの世界の文明レベルはとんでもなく低かったかもしれない。前の世界で言えばエジソン辺りかな? いや、もっと技術的に言えばもっと低いだろうな。


 魔物は大体特殊な習性や能力を持っている。今は火を起こしたりするのにも竜系統に属する魔物の発火器官を組み込んだ道具を使っているし、最近開発されたらしい豆電球を動かす電気も魔物の発電器官を使用している。魔物による被害もあるが魔物による恩賜もそれと比較してあまりある価値があるようだ。


 読み取った本の内容を適当に自分の中でまとめてノートに書き記していく。一年早い大学受験勉強といったところか。落ちたら世界が阿鼻叫喚ですけどな!


 それとこの世界のペンはやたらペン先が太くて書きずらいからシャーペンやボールペンは貴重だ。そろそろボールペンが一つ潰れそうで焦っている。ノートもあと五冊。この世界にも紙はあるが安価なものはでこぼこしていて書きにくいし、最高級の紙でも少し書きずらい。


 まぁ無い物ねだりしても変わらないのでひたすら本の内容をまとめてノートに書く。こんな所で友人の手伝いでやってたことが役に立つとは思わなかった。



――▽▽――



 ひたすらに書き進めて亜人の種類のページに来たところで息を吐きながら腕を上へ伸ばす。二時間はやったか。前の世界では考えられない集中力だな。これも能力のおかげかな?なんて思いながら異次元袋にちゃぶ台を放り込むと、ちゃぶ台はみるみる内に小さくなって異次元袋に吸い込まれていく。理屈はわからんが何かの魔法を使っているんだろう。


 少し休憩に何処か散歩でもしてこようかな? インカは布団にくるまって退屈そうにしてるし。こんな暑い中そんなことして何が楽しいのか俺には理解出来ないけれども。



「ちょっと外に出かけるけど一緒に行く?」

「サラ、いないならやだ」

「ならここで留守番しててね。夜になったらサラに会えるからそれまで我慢して」



 そう言い残して軽い黄土色の異次元袋を肩にしょって、受付のサラに鍵を預けて外に出た。相変わらずの日差しの強さに目を細めながらも昼から騒がしい商店街へ足を運ぶ。


 そういえば砂漠から見た最初の街の景色に紛れていたあの馬鹿デカイ塔。あれはこの街の名所と思っていたがむしろ逆らしい。というか街の中じゃなくて街から少し離れた場所に塔はただずんでいたわけだが、まぁその塔はこの街にとって驚異になっているそうだ。


 俺の倒したヘルスコーピオンの親玉に当たる魔物、キングスコーピオンとクイーンスコーピオンが三年前にここらに一帯しているサソリを率いてあの塔を築き上げ、ずっと住み着いているらしい。ここからでもよく見える塔をあのサソリが築くなんて凄いとは思うが。


 そして一年に一回あるクイーンの産卵期になるとキングは食料の蓄えに動き出す。しかしここ一帯は砂漠地帯なので食料となる生物はあまりいないから、人間が絶好の獲物というわけだ。だから産卵期には街を出る商人や冒険者が多数行方不明になることも度々あるらしい。


 ギルドが冒険者を止めない理由は単純だ。ギルドはただ仕事を紹介するだけの組織なので、その仕事を受注した後のトラブルは冒険者の自己責任。だからギルドは冒険者を止めない。それが表立った理由だが、どうせキングに捕らわれる人が少なくなったら街が襲撃されるかも、なんて考えてるんだろう。


 冒険者の新人は産卵期のことを知らないとまず死ぬ。依頼を受けて砂漠に出てみれば俺が見たような赤い景色が待っている。装備も整っていない新人なんかにサソリの大群なんて対処できるはずも無く、クイーンの餌になってしまうわけだ。


 でもここ最近は情報が出回ってきたのか犠牲は減ってきているが、もし本当にサソリが街を襲ってきたらどうなるやら。それまでにはこの街を出たいもんだ。


 そんなことを思いながら商店街に立ち並ぶ食料品を立ち見してると、軽い人だかりを見つけたので少し覗いてみた。汗臭い衣服の合間を縫って覗いてみると、小振りのカラフルな魚が氷で出来た水槽の中で泳いでいた。氷の中で泳いでるカラフルな魚達は幻想的で周りのギャラリーも目を奪われてるみたいだ。



 商店街には暇な時によく来ているが、生きている魚が売られているのは少し珍しかった。買おうかなと迷いながら財布を見ると二万円。魚の値段は一万円。明日依頼をこなすにしても少し厳しいか? く、くそう買いたい。魚は食堂でも一回しか食べたことがないからな。刺身にして食べたい。あのプリプリした食感をもう一度体験したい! でもお金がない。いやいやでも……。



(買っちゃいなよ)

(いやでもな……)

(最近はマシになったけどシュウトは毎日精神すり減らしてるんだし、少し贅沢したっていいじゃない)



 そんな甘い言葉に俺は簡単に屈してしまった。一万円を握り締めながら魚屋のおじさんの元へふらふらと向かっていく。



「おじさん。一匹頂戴」

「はいよ。袋に水入れるからそれに入れて持っていきな。だがお前さんにこの袋は持てるかな?」



 手渡された袋はサンタさんが担いでる夢が詰まった袋くらい大きかった。取手がない白い袋は持ちにくかったので異次元袋に入れようと思ったが、おじさんの試すようなニヤケ顔にムカついたので堂々と持ってやった。


 周りから少し関心したような声が響いて若干調子に乗っていたら、前から子供が突っ込んできて袋はあえなく破裂。魚は地面をピチピチと跳ねていて、俺は全身びしょ濡れ。何故だ。そして子供の後を追うように現れた母親らしき人物。


 嫌な予感しかしない。いちゃもんつけられるんだろうなぁ。こんな時にすみませんという発音を頭の中で即座に準備出来るようになった俺は、将来立派な商業マンになれるに違いない。そう信じたい。



「すみません!」

「……? いえ、大丈夫です。そちらの子供に怪我はないですか?」



 先にすみませんと言ったのは母親の方だった。思わずずっこけそうになった。しかも肝心の子供は跳ねている魚をおっかなびっくりつついていた。こ、この子供め。どんだけ魚が好きなんだよ。



「本当にすみません。代金はお支払いしますので……」

「べ、別に子供がしたことですし、代金は結構です。別に死んだってわけでもないですし。はい」



 そう挙動不審に答えながらもおじさんから急いで水の入った袋を貰って魚を放り入れる。うん。少し衰弱してるけど生きてるみたいだな。まぁ死んでても食えるから問題ないんだけどね。



「おい兄ちゃん。一匹サービスしてやるよ」

「いえ、別にそういうつもりじゃなかったので……」

「その子供の父親があげたいと言っているんだ。素直に受け取ってくれ。それとさっきは何だ、すまなかった」



 そう言われて頭を下げられながら魚を差し出されたので受け取らないわけにもいかなかった。何だ。今日は何か運がいいぞ。ラッキーデーか何かが設定されているのか? いつもだったら母親に「家の子供に何するの!」と怒鳴られるはずなんだが。


 そんな出来事を不気味に思いながらも魚が二匹入った袋を異次元袋にしまってぶらぶらする。通行人と肩がぶつかってしまい、すぐに謝ったらすんなり許してくれた。他にもたまたま見つけたスリの犯人を捕まえて持ち主に返してあげたらすんなりお礼を言われた。


 何かおかしい。いや……これが普通なのか? とにかく今日はトラブルはいつも通りの頻度だがすんなり解決するような気がする。気のせいなのか? 俺が対処に慣れてきただけなのか?


 そんな普通の出来事に警戒しながらもドアの修理を依頼して宿屋に戻った。時刻は夕方四時過ぎ。そろそろギルドに行く準備をした方がよさそうだ。



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