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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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第二十章

 目を覚まして辺りを見回すと馴染みのある我が家みたいな風景だった。父親と母親はどうしているだろうか、なんて飽きるほど考えたことを考える俺は物わかりの悪い人なのかもしれない。


 起きようとすると右腕に違和感。見るとあの子供が腕を抱き枕みたいにして寝ていた。しかも涎をたっぷりと垂らしながら。安心しているようで嬉しい。嬉しいんだが……。


 そんな子供を起こさないように剥がして、机に置いておったタオルで腕を拭きながらその隣にある置き手紙に目を通す。多分荒瀬さんが書いた物だろう。前もあったよなこんなの。直接説明してくれてもいいと思うんだけどなぁ。


 手紙の内容を要約するとこんな感じだった。明日受付娘のこと忘れるな。サラが夕食誘ってたから後で誘ってやれ。こっちも出来る限りはサポートするが出来ない時もあるから体と魔法を鍛えろ、体術は合間を縫って教えてやる。子供の面倒を見なかったら生きてることを後悔させるぞ。爆発しろ。


 最後辺りが意味わからない。子供の面倒を見るのはまだいいとして、爆発なんて出来るのか? 火の魔法で自爆技でもあるのかな? 確かに俺は不死身だし有効かもしれないけど。相手に心臓刺されて油断している時に爆発とか、なんて凶悪な不意打ちなんだ。


 それと子供の着替えも置いてあった。些か地味な色合いではあるが別に文句はない。荒瀬さん準備がいいな。自分も心臓部分に穴の空いている灰色のローブを脱いで白いTシャツに着替えておく。


 うーん。どうするか。子供を起こして食事して寝たいってのが本音だけど、サラが夕食誘ってくれてたんだよな。最近一緒に夕食なんてしてなかったしな。いや、全面的に俺が悪いんだけど。


 気持ちよさそうに寝てるところ悪いと思いつつ子供の肩を揺らす。すると子供は可愛く欠伸をしながら起きて周りをキョロキョロした後、俺の方をじっと見た。



「えっと、おはよう」

「……ここどこ?」

「宿屋。あぁ。あの怖い人達なら大丈夫だよ。あの人が追っ払ってくれたからね」



 子供は落ち着かなそうにソワソワしている。まぁ起きて知らない宿屋だったらこうなるのも当たり前か。俺は起きたら知らない世界にいたんだけれども。



「君の名前はなんて言うの? 僕の名前は修斗。まだ駆け出しの旅人ってとこかな?」

「インカってよばれてた」

「それじゃインカ君。まずはご飯食べに行こうか。僕もお腹すいたしね」



 インカは何か引け目を感じているのか随分と遠慮がちで受身なので半ば無理矢理連れていくことにした。後を付いてくるし大丈夫だよね?


 食堂についてインカに何を食べたいか聞いても答えないので適当に注文することに。肉に野菜にパン。好き嫌いがあっても多分大丈夫だろう。


 しかし料理が運ばれてきてもインカは食べる素振りを見せない。こういう時はどうするんだ? 年下の子供なんて面倒みたことないからどうすればいいのかわからない。



「ちょっとトイレ行ってくるね。先に食べてて構わないから」



 そう言って席を外す。取り敢えずサラを呼んでくることにした。サラは明るいし女の子だし。うろ覚えだけどカウンセリングなんかは女性の方が安心するらしいしね。


 受付に向かうとサラは何処か拗ねているような表情だった。暇そうにペンで机を叩きながら欠伸をしている。いやいや、アイツオーナーだよな!? 本当に大丈夫かあんなんで!?



「少しは真面目にやれよ」

「あ……シュウトか」



 サラはボーッとしているような感じでこっちを見ていた。羊を十匹数えたらそのまま眠ってしまいそうだ。



「眠そうだな。今日は止めとくか?」

「昨日徹夜だからねー……って何を止めるのさ?」

「いや、今日夕食一緒に食べようと思ったんだけど」



 そう言うとサラは石像みたいに固まった。いや、何してるのサラ? こっちはお腹ペコペコだから無理なら無理と言って欲しいわけですが。



「やっぱ徹夜じゃきつ」

「行く!」



 声が大きくてびっくりした。さっきまでの眠そうな顔は何処にいったのか、何か急に太陽みたいな笑顔になった。どんだけ食いしん坊なんだコイツは。食べ物でこんなに食いつく女の子も珍しいぞ。


 サラは受付を飛び出して遊園地に入った子供みたいにはしゃぎながら食堂へ走っていった。受付どうするのと思っていたら、遠くの若い男性従業員が頭を項垂れさせながらこちらに向かってきているのが見える。


 ……あの男性に謝っておくか。俺が誘ったからサラは飛んでいってしまったんだし。



「……ごめんなさい。自分のせいでこんなことになってしまって」

「え? あ、あぁ。別に構わないよ。いや、本当にいいですから」



 少しシャイな人らしい。顔を俯かせて手を振りながら急ぎ目に受付へ潜り込んでしまった。俺も人見知りはする方だがここまでの人は少し珍しい気がする。


 まぁ話しかけてほしくなさそうなので軽く頭を下げた後に食堂へ向かう。遠くから見てもわかるくらいにブンブンと手を振っているサラに苦笑いしながらもそこに向かう。



「あー、サラ。席は取ってあるから移動するぞ」

「うん。ほら、早く早く!」



 ぐいぐいと前に押してくるサラ。いや、前じゃないから。右斜め横の席だから、と言う前にお茶を運んでいるウエイトレスにぶつかってお茶を被る羽目になった。



――▽▽――



 結果から言うとサラを連れてきたのは正解だった。命を助けた俺よりインカは三十分前に来たサラの方がお気に召したようで、凄い楽しそうに喋っていた。いや、子供に好かれたいから助けたのかと言われたらそうじゃないんだけどさ。


 そんな下らない嫉妬に蝕まれてるのに気づかれるのは嫌だったので、お代を置いて服を着替えてくると言って外に飛び出してしまった。自分で自分が情けないなんて何回も感じた自己嫌悪にため息を吐きながら、東京と比べると少し薄暗い商店街を歩く。



「はぁ……」



 もう一度ため息。この世界に来てからため息が多くなったのは気のせいでは無いだろう。友人に助けられたあの時から自分は変わったと思っていたが、そんなことはなかったみたいだ。次々と沸き上がる嫉妬、自己嫌悪、憎しみ。


 自分の目的は十年後に起こる戦争を止めて元の世界に帰ること。別に帰れれば俺はどうでもいい。知らぬところで子供が野垂れ死にしようが、自分がよければどうでもいいんだ。



「……はぁ」



 また、ため息。ボーッとしてたら買い物途中のおばさんと肩がぶつかってしまった。別に転んだわけでもなかったしそのまま歩こうとしたらいちゃもんをつけられた。



「あんた! 一体何処を見て歩いてるのさ!」



 俺が悪いんだろうか? 神様がトラブルを起こしてるんだから神様が悪いんだろう。別に俺はぶつかりたくてぶつかったわけじゃない。



「ほら! 何か言ってみたらどうなんだい!」

「……すみませんでした」

「はっ! 最初から謝ればいいんだよ謝れば!」



 そう言って不機嫌そうに背を向けるおばさん。今なら剣で頭を一突きすればおばさんの頭は真っ二つになるだろうか? 手足を切り飛ばして魔法で焼け焦がすことが出来るだろうか? 自然と右手が剣にかかる。魔法の詠唱が自然と頭に浮かび上がる。


 待て、と言う自分がいる。前より頭は利口になってたみたいだ。深呼吸して頭を落ち着ける。大丈夫。大丈夫だ。そんな簡単に人殺しになってたまるか。



「ふぅ……」

「我慢出来たみたいだな、修斗君? にしては賢者タイムみたいなセリフしてますけど」



 聞き覚えのある声に振り返ると黒ずくめの怪しい人が口元を歪めさせながら立っていた。賢者タイムってどういう意味だ?



「これくらい、我慢出来ずにどうするんですか」

「そうか。今からお兄さんのカウンセリングでも開講しようと思ってたが、必要ないみたいだな。安心したよ」

「あー、はい。でも結構相談したいことはあるんですけど」

「甘えんな。あの嫌味ったらしいババァを殺さずに済んだんだから、大丈夫だろう。後は自分でなんとかしろよ。俺もそろそろ忙しくなるしな」



 そうなのか。まぁそうだよな。荒瀬さんも異世界人だから元の世界に帰る条件を達成したいだろうし、そんなに暇人でもないだろう。今まで助けてくれただけでもありがたいし。



「というか派手に動きすぎると俺もヤバいしな。もし困ったらシロエアに頼ってくれ。あいつなら多分何とかしてくれるだろう。あ、これ手土産な。それじゃ頑張れよ」



 荒瀬さんはそう言って黒い異次元袋を俺に手渡すと、人混みに紛れて消えてしまった。相変わらず消えるように去っていくなぁ。本当に何なんだろあの人。


 そろそろ宿屋に戻らないとな。服を着替えるだけにしては遅いとサラが騒いでそうだ。インカの面倒もどうするかな。シロエアさんに頼み込めば面倒みてくれるかな?


 インカをこれからどうするか考えながら宿屋に帰って食堂へ向かうと、サラとインカはいなかった。あれ? 何処行ったんだ?伝票が無くなってるから会計は済んでるみたいだけど。


 ――トラブルに巻き込まれたのか? その言葉が頭に浮かび上がって自然と手が汗ばむ。まずは自分の部屋に帰って準備をしてから聞き込みしなきゃいけない。


 駆け足で自分の部屋に戻って勢い良くドアを開ける。荒瀬さんから貰った異次元袋を置いて灰色のローブに着替えようとした時、ふとベッドを見てみると。



「……はぁ」



 サラとインカが姉妹みたいに抱き合ってベッドで寝ていた。焦っていた自分が馬鹿みたいだ。本日何度目かわからないため息が自然と漏れ出す。ベッドのシーツを引きはがしてやりたいが気持ちよさそうに寝てるので止めておく。



 川の字で寝るなんて考えは浮かばなかったので固い床で寝ることになった。うわ、頭が痛い。枕欲しい。

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