外伝 もう一人の異世界人
荒瀬さん視点です
肩の上ですやすやと寝ている修斗と子供を置いてどっかに高飛びしてしまおうか、何て考えを捨てて黙々と蒸し暑い路地裏を歩く。今度奴隷でも虐めにでも行こうかな、なんて思いながらも欠伸を噛み殺す。
しかもフードを被っているから更に蒸れて不快指数は増すばかり。修斗の服みたいに冷却魔法なんてかけられていないから今すぐにでも脱いでしまいたい。女の子の蒸れたスパッツとかなら何時までも被れるような気がするんだけれどもー。
つーか何で雨は一年に数回しか降らないのに裏路地がなんでこんなに湿ってるんだっけ。……あー、水魔法を練習している魔術師が作りすぎた水を路地裏に捨ててるからだ。砂漠に捨ててしまうと水を求めて魔物が近づいてくるし、捨てる場所がここしかないもんな。
しかしこの街は水を捨てるほど余裕はない。何故せっかく作った水を捨ててしまうのか。それは水の質が魔術師によって違うからだ。科学的に言うと純水と飲料水と言ったところか。いや、全然科学的じゃないか? フヒヒ。
ほとんどの魔術師が作ってしまう純水はミネラルが入ってないからあまり美味しくはない。だが飲めないほどでもないし身体に何か影響が出るわけでもない。しかし素人魔術師が作った純水を飲むとお腹を壊すとかタチの悪い噂が広まっているために、純水を作って売ってもあまり売れないのだ。マジ魔術師カワイソス。
今のところ人間が美味しく飲める飲料水を作成できるのは一人しかこの街にはいない。サラ・ベントス。簡単に言うと俺の弟子だ。とは言っても一から十まで教えたわけじゃないから弟子にはならないかもしれんが。
今から五年前。魔法のことを適当にまとめといたメモをうっかり宿屋に忘れてしまい、見ちゃらめぇぇと急いで宿屋に戻ってみたらそこにはメモをじーっと手に取って見ている幼きサラ・ベントス。
自意識過剰に聞こえるが俺はこの世界では神さえも殺せるくらいの力を持っている。あと修斗には三年前にこっちに飛ばされたと言ったがアレも嘘。本当は十年前。丁度この大陸が戦争してる頃、だったかなぁ。
まぁそんな自分が適当とはいえど書いた魔法のメモだ。常人に曖昧でも記憶なんてされたらたまったもんじゃないわけで。
殺すことにした。金髪の十歳にも満たない女の子を。どうせなら誘拐して奴隷商人にでも売り払ってしまおうと考えたが、こっちのミスなんだし彼女に地獄を見せてやる必要はない。
案外自分は罪悪感を感じていたのか安楽死の方法をとった。彼女の首に触れて光の魔方陣を展開しようとした時に変化は起きた。
彼女の魔力には光属性を扱う素質があった。現に自分の魔法陣は魔力を彼女から勝手に吸い取っている。お、こりゃ好都合じゃないか?
一般人だと五十年に一度のペースでしか光属性を扱える人は見つからない。殺すのは少し勿体ない。もしかしたら役に立つかもしれない金の卵がいるのだ。
どうするか。いきなり光魔法を教えても周りの期待と嫉妬の重圧に耐えられないだろうし、最初は水魔法でも教えることにした。この街は水不足だし丁度いい。
「あなただーれ?」
「君が持ってる紙の持ち主だよ。返して貰えるかな?」
「あ、ごめんなさい。かえすね!」
こっちに笑顔を振りまきながらメモを返してくる彼女。普通黒ずくめの人に笑顔なんて浮かばないと思うんだがなぁ。ロリコンに目覚めそうだ。
「あぁ、君の名前は?」
「サラ!」
「じゃあサラちゃん。魔法とか覚えてみたりする?」
こうして魔法を教えることになったんだが流石は異世界人。トラブルが起こりまくるのでじっくり教えるわけにもいかず、基本的なことしか教えられなかった。だけど彼女はこの街ほとんどの飲料水を作るまでに成長していた。この結果には流石にニヤニヤした。嬉しすぎる誤算だ。
しかし最近修斗が何かしでかしたみたいで今は少し不安定だ。色々と根回しはしていたが半分諦めていたし、潰れてくれても構わない。まぁでも嫌いではないので今度世話してやるか。あれ、俺いつからツンデレになったんだろうな。
それと今担いでる子供の魔力には闇属性の魔法を扱う素質がある。これは事前に調べていたから修斗の味方にでもしておくかと色々と細工をした。まぁ子供を狙った刺客が来るとは思いもしなかったが。あの時は焦った。すぐに助けにいこうとしても十人くらいに足止めされたし。結界張ってる奴にはフルボッコにされかかったし、修斗の頑張りに救われたわ。
でもこれで光のサラに闇の子供を味方に付けた。更に俺が仕入れた魔剣に防御面はほぼ隙がない灰色のローブ。ギルドリーダーのシロエアとも明日には信頼のパイプを築けるだろう。修斗があの受付を許しさえすればだが。
嫉妬しないのかと言えば嘘になる。俺がココに飛ばされた時は全部一人でやった。だから修斗も一人でやれと言いたいところではあるが、今でさえ修斗は不安定だ。しかも俺は修斗みたいに一般人ではなかったし、そんな無茶を押し付けるほど俺も頭は固くない。
修斗をもし放っておいたら次々と起こるトラブルに心を蝕まれて狂気に支配され、神々から貰った力を使い一人で世界を灰塵に帰す”孤高の塵人”になってしまう。それを止めるのは俺でも少々厄介だ。全魔法使えて身体能力も高く、不死身。更に心は壊れているから言葉も通じない。
修斗を放っておいたら俺の目的は達成できない。まぁ同じ異世界人じゃなかったらとっくに体をバラして監禁してるんだけどね。同じ国の同じ境遇の人間は出来るだけ救いたいんだよ。修斗凄い良い子だし。ただ今はチラホラと狂気に目覚めそうでこっちはヒヤヒヤしながら監視してるんですけれど。
神の考えは未だにわからない。人を異世界に飛ばして何の利益があるのか。ただ飛ばされた奴が神に憎しみを覚えるだけだと思うんだがなぁ。
まぁ人間の俺が神の考えを読むってのが無理なんだろう。そんなことはもう腐るくらい考えた。今は修斗を導くことを考えますか。
そう思考を完結させて裏路地を抜けて騒がしい商店街へ足を運ぶ。シロエアにどう言い訳しようか。花火大会してましたって舌でも出して言ってみるか。だ、駄目だ。俺のキャラが崩れる。
(相変わらず心の中が騒がしい人だね。異世界人ってみんな思慮深いのかな?)
魔剣が喋りかけてきた。が、無視する。適当に話してるとこっちの情報吐かされるからな。相手は数千年生きてきた精霊だ。人間じゃ太刀打ち出来ない。まぁ自分も人間とは言い難いんだけども。
(君は大変だね。色々と、ね)
(黙ってろ)
(おぉ怖い怖い。まぁ退屈しのぎになるから僕はいいんだけどね?)
魔剣はそう言って沈黙した。宿屋のサンへ向かう途中何度か喋りかけてきたが、今度こそ何も言わずに放置した。むぅとか色々と可愛い反応をしているが全部計算がかってるに違いない。
宿を取ろうと受付に行くと、幼い頃と全然変わっていないサラ・ベントスを発見。肩に人間を担いでる怪しい格好の人間の対処はまだ慣れていないらしく、ツインテールを揺らしながら目を泳がせている。
彼女は俺のことは覚えていない。闇の魔法で記憶を吸引したからな。多分綺麗さっぱり忘れているはずだ。少し寂しい気がしないでもないが覚えられてたら色々と面倒だし。
代わりに修斗に好意を持つように魅了魔法をかけておいた。そんな魔法あったら不細工でもハーレムウハウハじゃないですかー、ヤダーなんて思うだろうが、大きな欠点があるから皆使わない。まぁ自分の魅了魔法はほぼ欠点ないんですけどねー。
「ほ、本日はどのようなご要件でしょか!?」
「宿を取りたい。三人部屋。一週間分先払いしておく」
「わかりました! えっと、ひぃふぅみぃ……」
お。俺が教えた数え方だ。まだ覚えてんのかと関心しつつ金を数え終わるまでしばし待つ。
「丁度頂きました。ではお部屋にご案内しますね」
「貴方が案内するのか?」
「案内娘は今ちょっと外出してるんです。ですので私がご案内しますね」
そう言ってスタスタと歩いていくサラ・ベントス。受付どうするんだよと思ったら遠くにいた男性従業員がため息をつきながら受付へ歩いていった。おいおい。オーナーがこんなんで大丈夫なのか?
案内されたのは割と広い部屋だった。川の字で寝れそうなベッドに柔道でも出来そうなスペース。こんなクソ暑い中柔道なんて俺はまっぴらですけど。女の子と柔道なら大歓迎です。
「案内ご苦労様」
「いえいえ。では失礼します」
そう言って彼女はニッコリと笑って扉を閉めた。まだすやすやと寝てる子供と修斗にイラッときたのでベッドに放り投げてやる。あ、やべ。子供の二の腕に針刺さってるんだっけ。サクッと治療しとかないと
「あのー」
声の方に目をやると扉の隙間からサラ・ベントスがひょっこり顔を出していた。うわぁ。小動物みたいで凄い可愛い。あっちは凄い怖がってるけど。
「何だ? シャワー室の説明なら知ってるからいいぞ」
「えっとー、何処かで……お会いしたことはありますか?」
「無いよ。ついさっき会ったばかりだ」
「そうですか……。失礼しましたっ!」
そう言い残して彼女は逃げるように立ち去っていった。クソッ。滅茶苦茶可愛いじゃないかこの野郎! 実は俺が魔法教えたんだよーって言いそうになったわ!
やはり光の素質があるから闇魔法の効力が軽減されたんだろうか。それとも自分が彼女の記憶に残りたくて無意識に……って流石にそれは無いか。そこまで飢えてないだろ俺。
あぁ。これから修斗に手紙書いてシロエアに事情説明しにいかなきゃ。裏方は忙しいったらありゃしない。そろそろトラブルが起きそうだ。