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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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第二章

「…かな? …きて…さい」



 そんな朧気おぼろげに聞こえる声と共に肩を揺すられる。思わず二度寝の誘惑に負けそうになったがここがバスだということを思い出す。


 重い瞳を開けるとバスの運転手っぽい男の人が俺の肩を揺すっていた。やけに首が痛い。寝違えたか?


 バスを降りて少し歩けばすぐ家に着くはずだ。半分寝てるような状態でポケットを漁り、財布に一年以上住み着いているペンギンを運賃箱のセンサーに押し当てる。ピンポーンと間抜けな音を確認して俺はバスを降りた。




「……眠い」



 口に出るほど眠かった。休日に寝すぎたような感覚のまま眉間を指で揉みながら歩こうとすると、パキッと何か小気味いい音が響く。どうやら枝を踏んだようだ。何だ枝か、と気にせずに歩き続ける。


 すると何かにつまずいてコケてしまった。膝を擦りむいたようで足からはズキズキとした痛みが伝わってくる。ついてないなと思いつつも立ち上がる。一体何に躓いたのかと後ろを見てみると。


 太い木の根が後ろにあった。あれに躓いたのか。


 あれ?


 変な違和感。俺はバスを降りて家の近くのバス停に降りたはず……。少なくとも富士の樹海には迷い込んでないはずだ、徐々に眠気を覚ましてきた目で周りを見回すと樹齢じゅれいが長そうな太い木ばかりで、見慣れた建物なんかは一件も見当たらない。足元も踏みなれたコンクリートではなく、整備されていない土や草で覆われていた。


 ――ここ、何処だ?


 待て落ち着け。夢?にしてはリアルすぎる。夢の中だとこんな自由に動けないし、緑の香りも感じられない。これはエッチな夢を見たときによくわかる。動こうとしても自由に動けないよなあの時。そんなことはどうでもいい。


 夢じゃないなら異世界? それは無い。政府の実験? 日本にそんな余裕があるはずない。


 わからない。さっぱりわからない。とりあえずバスに戻ろうと後ろを振り返ってみたけど後ろにはバスどころか、そこに何かあった形式すらないただの生い茂った林しか見えない。


 何で跡形もなく無くなっているんだと愚痴をこぼしながらバスを少し探してみるも、やはり何も見つからない。それにバスが通ってきた道跡すら見つからなかった。しかもここは相当山奥らしく、太い木がずらっと立ち並んでいるからバスがここまで来れるとも思えない。


 色々と考えたがここで何か行動しないと気が狂いそうだったので、ザクザクと草木が邪魔な道を歩いていく。整備された道もなければ獣道のようなものもないので、草木が凄い邪魔で中々思うように進めない。何処なんだー!と叫んでも視界一面木と草ばかり。って何叫んでんだ俺は。


 それにバスに乗る前は夜だったのに今は太陽が出てきている。しかも真夏のような暑さ。日差しは上の木々が日陰になってるから当たらないが、それでも充分気温は高いので俺のワイシャツと黒ズボンば汗で蒸れてきた。


 その気持ち悪さに思わず服を脱ぎたくなるが、こんな草木溢れる場所で服を脱いで歩いたら傷だらけになってしまう。あ、そういえば荷物確認してなかったな。


 教科書ノート、筆箱、空の水筒、空の弁当箱、携帯、財布。


 携帯は電波無し。財布には小銭が少々。八方塞がりってやつですか?


 とりあえず……川を探そう。水が飲めないと人間すぐ死んじゃうし。次は食料。都合良く果物でも生えていないだろうか。毒入ってたらアウトか。よし俺落ち着いてる。どっかのテレビで大声とか出したら駄目とか言ってたしな。俺天才!


 無駄に伸びている邪魔な草や枝を掻き分けながら進むと開けた所に出た。眩しい太陽がお出迎えしてくれたせいか思わず目が痛くなる。



 だけどそんな太陽も今は歓迎したくなるような光景がそこには広がっていた。学校のプールくらいの広さはある澄んだ空色の湖、それを囲うように黄緑色の草が綺麗に生え揃っている、何かパワースポットっぽい所。神秘的だなぁ。どっかのファンタジー映画の中に入ったみたいだ。


 湖を覗き込むと鏡でも見てるみたいに自分の顔が見える。相変わらずパッとしない顔だ。友人にはいつも寝ぼけてる阿保みたいな顔、なんて言われたっけ。……止めよう。凄い悲しくなってきた。


 喉の渇きはここでうるおせるだろう。こんだけ澄んでる水なんだから寄生虫とかはいないだろうし。これだけ神秘的な湖に寄生虫いたらもう絶望しか湧かない。いやでも湖っぽいから危ないか?


 色々と悩んでシャツでろ過することも考えつき、水筒にろ過した水を入れる。まぁあんまり意味は無かったと思うが。


水筒の水を一気に飲み干すと体中の疲れが取れた、気がした。汗を一杯かいていたので一層美味しく感じる。



「貴様何をやっている!」



 その後も何口か飲んで喉の乾きを潤して草原に寝っ転がっていたら、いきなりドスの効いた声が後ろから聞こえた。何事かと恐る恐る振り返ると、馬鹿でかい狼が立っていた。え、あの狼が喋ったの? でも周りにはその狼くらいしか見当たらないし。


 体長は自分よりも大きく軽トラックくらいで、毛は宝石みたいに薄く輝く銀色。狼なんて生で見たのは初めてなので怖くて動けない。しかも俺より体長が大きい上に喋るっぽいし。



「ひぁ?」



 俺のいきなり出た奇声を無視して狼は前足で何もない空中を薙いだ。何やってるんだと思うのも束の間、自分の体がゴミみたいに吹っ飛んだ。苦しい。込み上げる嘔吐感。視界もノイズがかかったように見えにくい。一体何が……。


 考える間もなく何か重いものがのしかかってきて、身動きが取れない。生臭い吐息が顔にかかって気持ち悪い。


 耳元でおぞましい音がした。今まで聞いたことがない何か。右腕が熱い。ボトリと顔の横に何かが落ちた。





 指。





 指が俺の真横に見える。指。誰の?


 俺の、だろうな。痛みは感じない。ただ熱い。熱い。そういえば人間規格外の痛みを受けるとショック死しないように痛覚が無くなるなんて話。うわぁ。何これ。何これ。


 わけがわからない。状況がわからない。俺は今狼にのしかかられているのか? それで腕を喰いちぎられた? 理解したくもない。夢、なのか?


 それにどうやら狼は俺で遊んでいるらしい。蟻をバラして遊ぶ子供。そんな感じだ。左腕もグチャ、って音と共に熱くなった。痛覚がなくてよかったと思う。というか痛みがあったらこんなこと思えないだろうな。両腕喰いちぎられるなんて想像出来る痛みじゃないし。


 俺このまま死ぬのかな。死ぬなら肌にしわを刻んで家族に看取られながら死にたかった。友人は……許してくれるだろうか。きっと許さないって言って突撃されるだろうな。あーあ。


 俺は友人のこと好き……だったのかなぁ。あいつとは小学校からの付き合いだし、よくわからない。


 銀の狼が俺を見下ろしてくる。ギラギラとした金色の捕食者の目で。


 自分の頬に暖かい物が伝ったのを情けなく思いながら、スイッチを切ったテレビのようにプツンと、意識が途切れた。

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