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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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第十八章

「くそっ。どうすりゃいいんだよ……」



 回想も終わったが奴らの狙いはわからない。この子供が目当てなのはわかっているが一体何のために狙っているんだ?



「おらおら! いつまでそれが保てるかなぁ!? ヒィヤァァハァぁぁああ!!」



 後ろを追いかけてくる頭のイカれた女は単三電池サイズの針のような物を雨のように投げてくる。他の二人は途中で何処かに消えた、と思ったら俺の目指す出口付近に必ずいいタイミングで出現して通せんぼしてくる。攻撃してこないのは助かるが精神的に厳しい。ご飯の前で待てを言われる犬にでもなったみたいだ。


 しかもこの女は裏路地からでも表に聞こえるような大音量で叫び散らしているのに人が来る気配がしない。周りに結界魔法でも張ってるのか? ギルドの兎耳お姉さんと同じようなモノだろうか。


 このまま相手が諦めるのを待てるほど俺も余裕はない。背中に針を付けて僕はハリネズミの生まれ変わりなのさ!って言うわけにもいかないから、今は光の初級魔法ライトを壁に変化させて針を凌げてはいる。流石に他の六属性よりレアで成功率も低いだけあってか、光の魔法は強く感じる。針は刺さるどころか弾かれているし。


 しかし魔力がこのまま続くかが心配だ。湖の水を飲んだから魔力が無尽蔵になったらしいがいくら何でも無限ってことはないだろう。しかも俺は一回死んでいるし胸に穴も開いた。体の再生にどのくらい魔力を使ったかわからないし、自分の魔力の残量の確認なんてまだ出来るはずもないからいつ魔力切れを起こすかが不安で仕方ない。


 それにこの女は遊んでいる。さっき胸を刺された時は動きが全く見えなかった。今それを使って俺に追いついて直接攻撃してくればいいのにそれはしない。俺は子供も抱えているし魔法も防御しか出来ないから近づけばもう詰みのはずなのに。


 攻撃しようとも思ったが魔法は完璧にイメージを確立しなければ発動しない。手の平ならまだしも、俺は背中から炎の玉を飛ばして相手を攻撃するなんてイメージは完璧には出来ない。子供を地面に投げ捨てるなんてことも出来ない。結局選択肢は逃げるか諦めて立ち止まるかの二択しか用意されていないのだ。



「ほらほらぁ! そろそろ諦めたらどうだい? 命乞いすれば助けてあげるかもしれないよぉ?」



 後ろを見ると肉食獣のような目を痛いくらいに見開きながらこちらに迫ってくる彼女。命乞いしたところで絶対に助けてくれないだろう。手に持ったナイフで俺の体を汚らしく喰い散らかすに違いない。



「……僕を捨てて」

「うるせぇ! 俺が面倒みるって言っただろうが!」



 抱えている子供がそうささやいてくるのを一蹴する。さっきから捨てろだの言って暴れるからたまったもんじゃない。もう自分は底なし沼に両足を突っ込んでいるのだ。出来れば自分で走ってもらいたいが子供の足じゃ無理だろうし。


 流石に走りすぎたのか息も切れてきた。もうかれこれ十分は走りっぱなしな気がする。頭もクラクラしてきた。脇腹も痛い。棒みたいになってる足を休ませたい。休みたい。そう思ったのが間違いだった。


 背中の光魔法がフッと消えた。その瞬間に女の楽しそうな叫び声が聞こえてくる。



「やっと解けたぁぁぁあ! ここからがお楽しみだよぉ? そぉらぁぁ!」



 背中にドッと衝撃が走る。針が一本。二本。三本。四本。ダーツの的にでもなった感じだ。


 針が刺さったままじゃ再生しても無駄だろう。両手も塞がってるから抜けもしない。このままじゃ本当に不味い。また光の壁を張らないと!


 しかし駄目だった。魔力切れかイメージが足りないかはわからないが光の壁は自分の背中を守ってはくれなかった。こうしている間にも針は順調に自分の背中に刺さり続けている。もう一桁は超えたんじゃないだろうか。生まれ変わったらハリネズミにでもなるかもな。


 背中に走る鋭い痛みを堪えながら走り続ける自信は俺には無かった。迎え撃つなんて馬鹿な考えまで浮かんでくる始末だ。何か方法は無いか?裏路地に役に立つものは何か。


 しかし辺りにめぼしい物は見当たらない。薄汚れた木のゴミ箱に虫がたかっているだけ。何か。何かないか。



「……お兄さんは充分頑張ったよ」



 子供から聞こえたその言葉で走る速度が急に落ちた。一旦遅くなってしまったらもう加速することなんて出来ない。段々と遅くなって遂には足を止めてしまった。いざ動かそうとしても足裏から地面に根でも張り付いたみたいに動かない。


 後ろを見るとナイフを持った女がニタァと口裂け女みたいに笑っていた。



「やっと止まったかい坊や。今はどんな気分だい? 絶望? 悲しみ? 痛い? キャキャキィ!」



 狂った女はナイフを持ちながらこちらに向かって歩いてくる。しかし足元は動かない。逃げることを諦めたのかピクリとも動かない。



「やめて。この人殺さないで。貴方達の狙い僕だ。この人関係ない」



 子供がするりと自分の腕を抜けて彼女の前に立ってそう言った。怖いはずだ。こんな狂ったナイフを持った女の前に立つなんて怖いはずだ。子供なんだから。


 だけど目の前の子供は怖がる素振りさえ見せなかった。子供の一言に甘えて足を止めてしまった自分が情けなく思える。



「こっちにもメンツってもんがあるんだよ餓鬼。まぁそいつをゆっくり殺してる間に餓鬼は他の奴らに捕まってるだろうし、私にはそれを受け入れる義理は無いわけ。わかるぅ?」

「言うこときかないと僕死ぬ。舌噛む」

「……クキィキャキャキャ! 餓鬼が私相手に交渉なんて生意気だ、ねぇ!!」



 彼女は目も眩むような速さで子供に向かって針を投げた。当然避けられるはずもなく針は吸い込まれるように子供の二の腕に刺さった。くっ、と小さい悲鳴を漏らす子供。



「即効性の痺れ薬が塗ってある針さ。これで餓鬼は動けないよ。さぁ、次は坊やの番だよ? 簡単には殺さない。ここで四枝の骨を砕いてからアジトに持って帰って拷問してあげる。貴重な魔術師様だからねぇ。最後は私の奴隷にしてあげるわ。キヒャヒャヒャヒャ!」



 こてん、と子供は固まった石像みたいになって地面に倒れた。そして不気味で狂気のにじみ出た笑みを浮かべる彼女。



「じゃあ……足から壊していくよ」



 彼女はまたナイフを投げ捨てた。来ると思う頃にはもう遅い。彼女はもう目と鼻の先にいた。胸を容易く引き裂く凶器とも言える手刀が振りかざされる。



 怖くて反射的に俺は目を瞑ってしまった。もう、終わりだ。






「ギッ! あぁあぁぁァアアぁあぁああ!!」



 大きい悲鳴が裏路地に反響した。……俺は悲鳴なんか上げてない。恐る恐る目を開けてみる。



「また何か小細工をしたのか餓鬼ぃぃぃいィィぃィ!!」



 彼女の右腕が有り得ない方向に曲がっていた。俺は魔法なんて使ってないし道具も使っていない。一体何が起きたんだ?


 周りを見回しても特に変化はなかった。目を瞑る前に変わっているところは……目の前に布に包まれた剣が落ちていることぐらいだった。


 ……助かった。というか剣は自分の意思で動けるんだな。


 今前で腕を抑えながら苦しんでいる彼女に魔法を打ち込めば勝機はあったかもしれないが、背中のジクジクとした痛みと酸欠の脳で魔法が成功する自信がなかった。まずは背中に刺さっている針を出来るだけ早く抜き、その後に動けない子供と剣を持って出来るだけ早く前へと歩く。



(ありがとな剣。本当に助かった)

(シュウトが捕まったら僕も身動きとれないからね。それより歩いてないでさっさと走ってよ)



 心の中でお礼を言ったが剣は素っ気なかった。まぁ危険だって言ってるのにそれを押し通って子供を助けたんだし怒ってて当たり前か。もし宿屋に帰ったらお礼を込めて研いでやるとしよう。


 再生が終わったのか背中の痛みも消えて少し落ち着いてきた時、彼女の笑い声と共に骨を砕いているような音が聞こえた。どうやら折れた腕を強制的に直しているようだ。B級ホラーどころか一種の心霊体験を目の当たりにしている気分だ。


 後ろを見ると彼女の仲間が腕を応急処置しているようだ。荒い治療だと思いながらも子供を抱え直して急いで走り出す。ここからどう彼女を撒こうか。答えは……。


 先の曲がり角を曲がって少し離れた後に詠唱を始める。やたら長いがまだ彼女が来るには一分くらいはあるだろうし、ゆっくりと慎重に詠唱を続ける。



「また追いかけっこかいぃぃ!? 私もう飽きちゃったなぁぁああァアあァ!?」

「そうかよ。俺も逃げるのはもう飽き飽きだ」



 曲がり角を曲がってきた彼女にそう言葉を返した。子供はライトで作った球体の中に入れて地面に置いて、更にモヤッとボールの形状を想像して棘を追加。次に闇の初級魔法、ダークネスを地面にカーペットを敷くように広げる。大体自分を中心にして半径五メートルくらいだろうか。



「光と闇を同時に使ったぁ? アッヒャヒャヒィひゃ! 餓鬼は貴族の御子孫なんかなのかい?」

「うるさい。黙って俺を殺すことも出来ないのか? 御託はいいから早く俺を殺してみろよ」



 軽い挑発に彼女はすぐに乗ってきた。ナイフを持ってこちらに猪突猛進。こんな挑発に乗ってくれるなら勝率はぐんと上がる、と言っても分の悪い賭けに近いが。


 しかしあのまま逃げてもジリ貧になるだけだと思ったから思い切って対峙することにした。剣にまたとやかく言われそうだな。


 闇の効果は侵食。吸引。破壊の三つだ。他にも効果はあるが代表的なのはこの三つ。初級魔法のダークネスはこの三つの効果全てを持っている。そしてある程度自分が好きな効果を選べる。俺が今地面に敷いたダークネスには吸引の効果が強めに設定してある。


 吸引は相手の体力を吸収したり動きを制限出来る。つまり彼女は俺の陣地に入ったら動きがかなり悪くなる。相手が冷静なら様子を見ると思うんだが、ここまで単純だと少し不安さえ覚えてくる。まぁこのままなら上手くいくだろう。


 途中で急激に走るスピードが遅くなる彼女。そこに一気に近づいていって、顔面に向かって拳を唸らせる。女性だから顔は殴らないとか、そんなフェミニストなことは頭から除去されている。今はこの女を倒す。どんな手を使ってでも。


 しかし流石は暗殺者と言ったところか。闇の効果で動きが制限されているはずなのに彼女は横に飛び退いてそれを避けた。だがそんなことはお見通しだ。すぐさまファイヤーボールを右手から連射する。これも忍者みたいに人間離れした跳躍で彼女は回避していく。



「チッ! 魔術ばっかで面倒だねぇ!」

「おいおい。こんなに弱いんだったら最初から戦っとけばよかったなぁ」



 見え見えの挑発にまたも乗ったのか、彼女はクスクスと不気味に笑いながら下を向いて、ナイフを横へ投げ捨てた。



「ヒィヒャヒャヒャヒャ!! そんなに早く死にたいならぁすぐに殺してやるよぉぉォォおお!!」



 来る、そう思った瞬間に彼女は目の前に現れた。奇声を上げて唾を撒き散らしながら、彼女は指を尖らせて自分の心臓を一突きしようと腕を鞭のように振るった。



「死ねぇぇェえぇエぇぇ!!」



 彼女がナイフを投げ捨てたら目の前に来る。そう心の中で念じていたから自分は早く動けたし、準備は出来ていたから問題はなかった。



 ソルトで胸と右手をコーティング。更にライトで分厚い壁を目の前に作成。そして水の初級魔法、ウォーターを壁にして腕の勢いを弱める。


 ここまでしたにも関わらず彼女の手は自分の胸に穴を開けたのは流石といったところか。だが心臓にまでは届いていない。彼女はまさか自分が耐えられるとは思わなかったのだろう。その確かな自信を崩された彼女に生まれた隙を見逃すほど俺も馬鹿じゃない。


 すぐにサンダーを右手に纏わせてずぶ濡れの彼女の手を掴む。――水は電気をよく通す。


 断末魔を言う暇もなく彼女はこっちを恨めしげに睨みながら地面に倒れた。今度は絶対に気絶したはずだ。もしかしたら死んだかもしれない。


 でも勝った。今は猛烈に湧き上がってくる達成感に身を任せたかった。声を出すのは流石に危ないので心の中で盛大に喜んでおく。興奮したせいか胸から血が溢れてきたが痛みはあまり感じなかった。


 しかし勝利の余韻にいつまでも浸っている場合じゃないと自分を戒めて、二の腕に刺さっている針を動かさないように子供を抱える。早くここから離れないと不味い。まだ仲間が二人もいるんだ。



「まさかとは思うが、逃げられると思っていたのか?」



 走り出そうとした瞬間にいきなりガスマスクを付けた二人が何処からともなく現れた。来るとは思ったが早すぎる。自分は彼女に任せっきりにされていたのだと都合のいい解釈をしていたが、やっぱり見張っていたのか。



「まさかゲレスがやられるとはね。しかも死なないように加減されてだ。なぁリーダー。こいつスカウトしよう。闇と光を使える奴なんて滅多にいないよ?」

「黙れジェス。ゲレスは狂気に身を任せすぎるからこんな小僧の策にハマるんだ。今回はいい教訓になっただろう。だが小僧は処分決定だ。確かに才能はありそうだがリーダーとゲレスが許さないだろう」

「リーダーもゲレスもお堅いこって。年寄りじゃあるまいし、おっと。わかりましたよ。黙ります黙ります」



 ナイフを首元に当てられてジェスは手をヒラヒラと上げて降参のポーズを取っている。あのリーダーはかなり部下に厳しいようだ。



「それじゃ俺にやらせて下さいよ。流石に彼も満身創痍でしょうし」

「いいだろう。ならさっさと殺れ。アイツの結界魔法が完璧だとしてもそろそろ誰かに察知されるかもしれない」



 どうやら俺は殺されるらしい。肺に穴でも空いたのか息がしづらい。それにあのジェスは俺の戦闘を見てたらしいから魔法も効かないだろう。



「くそっ……」

「あ、素顔見せてやるよ。死ぬ間際には美人が見えた方が悔いも残りにくいだろうしね?」



 ジェスがガスマスクを脱ぎ捨てた。青い坊っちゃまみたいな髪型でボーイッシュな感じの……女の子。また、女性。暗殺者には普通男性ばかりだと思うんだが……。



「男女平等か。出来れば他の所で知りたかったよ」

「むさ苦しい男に殺されたかったの? あ、貴方ってそっちの人?」

「違うわ!」



 親しげに話しかけてくるのに凄い違和感を覚える。普通すぐに心臓を串刺しとかにするだろ。



「一応俺……じゃない。私の中では貴方は結構評価してるのよ? ゲレスが狂気に飲まれてたとはいえ貴方の体術は素人丸出しだったし、魔法もあまり使い慣れていなかった。それでゲレスに勝ったっていうのは凄いと思うわね。違う場所で会ってたら惚れちゃいそうだったよ?」

「そりゃどうも。もう、さっさと殺せよ」

「出来るだけ楽に殺してあげるね。痛いのは嫌でしょ?」



 別にどうせ死なないから関係ねーよと言いたかったがそんな暇はなくて、首に少し痛みが走ったと思ったら地面に倒れていた。そして何故かジェスに首を腕で抱えられている。目の前にはジェスの青い目が真っ直ぐとこちらを射抜いていた。



「毎回こんな面倒なことしてるのか?」

「ご褒美よ。ご・ほ・う・び! 私の腕の中で安らかに眠りなさい」



 反撃のチャンスは死んだと思われた時。そこで光と闇の魔法を無詠唱で発動して子供を抱えて逃げる、が妥当かな。と言っても二人相手じゃ流石に効かないか。詰んだ。ゲームオーバー。


 不死身と知られたら何をされるんだろうか不安が襲う。一生カプセルの中で暮らすのかな……。嫌だ。だけどもうどうしようもない。



(シュウト。諦めるの?)

(……あぁ。完全にゲームオーバー。詰みだよ。お前は自分で動けるんだから今の内にどっか飛んでいけよ)

(さっきのは僕の魔力を半分使ったからね。もう無理だよ)

(そうかよ。……悪かったな。お前の言うこと聞いてたらこんなことにならなかっただろうし)

(後悔してる?)

(してない)

(ならいいよ。シュウトが永遠に閉じ込められても僕が居るから。暇つぶしに喋ってあげてもいいよ?)

(……サンキューな)



 ジェスが長細い針みたいなのを取り出した。あれで心臓突き刺して俺は死ぬんだろう。呆気ない最後だったな俺の人生。








「修斗。お前はそこで諦めるのか? 女の腕の中で、ぬるま湯なんかに浸かってんじゃねーよ!」



 聞き覚えのある誰かの声が聞こえた。いや、一筋の光明が差し込んだとでも言うべきか。

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