第十四章
翌日。もう慣れてしまった強い直射日光に目を細めながらも俺は朝早くからギルドに向かっていた。正直眠い。本日三度目の欠伸を堪えながらギルドの扉を開ける。
何故朝早くに起きてギルドに来ているのかというと、昨日ポケットを探ったらギルドに朝早く行けと書かれたメモが入っていたからだ。他には白い封筒に荒瀬さんの手紙も入っていた。
手紙に書かれていることを要約するとこんな感じだった。トラブルに慣れない内は自暴自棄になるかもしれないが頑張って耐えろ。俺以外は信用するな、だけど信じてもいいかもしれない。強くなれ。
他にも聞きたいことがあったのだがいなくなってしまったのでそれはもう叶わない。いつかまた会えるかもしれないがそんな簡単には会えないだろう。
「お待ちしてました。どうぞこちらへお座りください」
扉を開けるとシロさんが受付に姿勢正しく立っていて、その受付の席を勧めてきた。やっぱり朝早く来たせいかあまり冒険者の姿は見当たらない。片手で数えられるくらいだ。
シロさんと向かい合うように席に座るとお姉さんが冷たそうなお茶を運んできた。何も飲み食いせずに来たのでこれは助かる。お礼を言って一口飲むと氷も入ってないのにかなり冷たくてびっくりした。お茶を持ってそのまま動かないところを見ると彼女はシロさんの横に付くようだ。
「今日はお早い時間にお呼びしてすいません」
「いいえ。でも今日はどんなご要件ですか?」
「昨日の貴方を担当した受付のことです」
やっぱり、と肩をすくませる。俺がギルドに呼ばれる理由がこれしか見当たらなかった。だが肝心のその受付の姿は見当たらない。謝るなりなんなりするとは思っていたが。
「昨日は本当に申し訳ありませんでした。しかしご無礼を承知で聞かせて頂きたい。貴方は彼女の嫌がる何かをしていたりはしませんでしたか?」
「え? ……してないですよ。まず彼女を知った理由が自分の悪い噂を流しているってことでしたから」
「……そうですか」
シロさんは俺を値踏みするかのような細目でしばらく見た後、何かを諦めたように目線を外した。料理の中に髪の毛が入っていて店員に文句を言ったら”自分の髪の毛では?”と言われたみたいな感じ。胸糞悪いったらありゃしない。
「重ねて謝罪します。ご無礼を失礼しました」
「……シロエアさんのことを少し嫌いになったかもしれません」
言った後から自己嫌悪する。シロさんはただ確認をしただけじゃないか。何て器が小さいんだ自分は。馬鹿だ。荒瀬さんの手紙にも書いてあったじゃないか。耐えろと。
「大変失礼しました。ただ私には少々信じられないのです。彼女がそんなことをするはずがないんです」
「……何故そう言えるんですか? それほど自分の部下に自信があるんですか? 実際にされていたんですよ。自分は。貴方は見ていなかったかもしれませんけどね!」
「しかし私は信じたい。彼女は何もしていないと。しかし――」
何かを叩くような強い音が響きわたった。
俺が反射的に机を叩いてシロさんの言葉を遮っていた。後ろにいたお姉さんが怖そうに肩を揺らしているが、俺が悪いのか?イライラする。何なんだこの人は?俺にただ謝るならまだしも俺を疑っているのか?意味がわからない。意味がわからない。俺が自己嫌悪する必要は無かったのか?何でこんな理不尽に耐えなきゃいけないんだよ!耐える必要なんて――
(シュウト)
(わかってる! だけどおかしいだろこんなの! そうだろ!?)
(神様がそうなるように仕組んでいるんでしょ? とりあえず話を最後まで聞いてみようよ)
(わかったよ……。聞けばいいんだろ聞けば!)
今すぐにでもギルドを出ていこうとする足をむしゃくしゃする頭で無理矢理押さえ込む。今にも爆発しそうな脳はいくら落ち着けと言っても落ち着かない。そしてこんなことで簡単に怒ってる自分に自己嫌悪する。自分らしくない。こんなに怒りやすくは無いはずだ俺は。
俺のことをじっと見つめた後にシロさんは後ろのお姉さんに目配せした。すると何か青い膜のような物が受付のテーブルを囲うように現れた。何だよこれ。まさか――
(この円の範囲の音と景色を遮断する魔法だね。別に危険性はないよ)
それを剣から聞いて少し安心する。俺は攻撃魔法かなんかと思ってた。ということは周りには漏れてはいけないことを話すのか?
「彼女は、亜人なんです」
「は?」
「彼女は人間ではなく亜人なんです。彼が貴方は亜人に対して偏見を持っていないと言っていたので言わせて頂きました」
「……亜人の大陸は壁があるからいけないんじゃないですか?」
「戦争の時に捕虜として捕まった亜人は数え切れないほどいます。それは奴隷扱い……いえ、それより酷いかもしれません。私はその亜人を買い取ってここで人として働かせています」
なるほど。戦争で捕虜になった亜人は奴隷となる。それをシロさんはここで身分を隠させて働かせている。だがそれが何だ?亜人だからって俺に嫌がらせをしていいのか?
「一度地獄を見てきた彼女達だからこそ、そういう騒ぎは起こさないと思うんです。女性の方が奴隷になったら……わかるでしょう? ですから彼女達は些細なミスはありますが、昨日のようなことは絶対にやらないと思うんです。大きい問題を起こしたら地獄に逆戻りですから」
理解は出来る。女性の奴隷と言えば性欲の捌け口に辿り着くだろう。だから絶対にそこに戻りたくはないからミスは絶対にしない。でも彼女は俺に陰険な嫌がらせをした。……確かにおかしい。シロさんが俺を疑ったのも理解は出来た。
「でも亜人を見る目は周りを見た限り酷い物でしたよ。シロさんだけならまだ理解出来ますけど、他の働いてる人は何か言わないんですか?」
「それはありません。私以外全員亜人ですから。結界を張ってる彼女もそうですよ? 今は魔法を使ってるのでその特徴が出てきてると思います」
後ろの彼女をよく見ると頭から白くて細長い兎耳が生えてきていた。彼女はそれを見られて俺が何か言うと思ったのか顔を強ばらせていたが、俺は珍しいくらいにしか思わない。亜人の特徴を目にしたら周りの亜人死ね、みたいな気持ちが芽生えるなんてこともなかった。
「彼女が貴方に嫌がらせをしていたのは周りの職員も目撃しています。私には信じられなかった。しかし貴方が彼女に何かをしているわけでもない。彼女を私は理解していたつもりでいたのでしょうか……。私は何て愚かだったのでしょうか……」
シロさんの頬には一粒の涙が伝っていた。この人は……なんなんだ? 百年戦争を繰り返してきた種族なのに、何でそんな種族のために涙を流せるんだ?まさか本当に天使だとかじゃないよな。
天使……ねぇ。
待てよ?”神様”は俺にトラブルが付き纏うように設定したんだよな?
例えば俺から脅して金を取ろうとした男がいたとする。神様はどうやってその男を俺に絡もうとさせるのだろうか?
その男の目から見て俺を貧弱そうに見させるのか?それとも強盗するまでにその男を追い詰めてその前に自分を通らせるのか?それとも――
ただ”何の理由もつけずに”自分に絡ませるのか?
人間の行動には必ず動機がある。動機も付けずに俺に絡ませたらどうなるだろうか?
ただの強盗ならそれでもいいかもしれない。ただ今回はそれじゃあ駄目だった。彼女は問題を絶対に起こしてはいけなかった。
神の力によって無意識に俺へ嫌がらせをしていて気がついたら地獄に行き着いていて、弁解しようにも嫌がらせの証拠は完璧に揃っていたら……不幸だ。それは俺よりも不幸かもしれない。
俺は選択出来る。だが俺へ不幸を持ってくる人は選択が出来ないとしたら?俺が怒るのはその人にじゃなくて神様に怒るべきなんじゃないか?と俺は思った。
……自分で言ってて馬鹿らしい理論だ。自分に降りかかる火の粉は太陽から降ってくるから太陽を壊せばいい、こんな感じの暴論だ。それにこれは予想でしか無いし、もしかしたら彼女に悪意があったかもしれない。
だけど一度くらいは確認したかった。もし理論が当たってたらそれは大変なことだから。
とりあえずお姉さんに貰ったハンカチで涙を拭いているシロさんに聞いておきたいことがあった。
「彼女はこれからどうなるんですか?」
「……貴方は彼女に何も手を出していない。それに彼女の立場を覆せるような物もありませんし、残念ですが……」
「自分が彼女を許すと言えば大丈夫なんじゃないですか?」
途端にシロさんと後ろのお姉さんが目を丸くした。そりゃあそうだろう。机を叩きながら顔を真っ赤にして怒っていた人がいきなりそんな提案をしてくるなんて思いもしなかっただろうから。
「それなら彼女の罪は帳消しには出来ますが……よろしいのですか?」
「一つ条件があります。彼女と話をさせて下さい。ただ自分から見て彼女が反省などをしていなかった場合は彼女を許しません。自分が信用出来ないのであれば彼女が今発動している遮断魔法の中で話しても構いませんよ? 話の内容を聞いても構いません。どうでしょうか?」
「……わかりました。では明日の午後六時にここに彼女に遮断魔法をかけさせるので、そこでお話し下さい」
シロさんはその提案に一瞬迷った後に食いついた。余程彼女のことが大切なのか二の次も言ってられないのだろう。
「それじゃあ今日はこれで失礼しますね。明日また伺います」
「……本当にありがとうございました。まさかこんな良い結果になるとは思いもしなかった。貴方を疑った自分を殴りたい気分です」
「私からもお礼を言わせて頂きます。彼女にチャンスを与えてくれてありがとうございます」
二人とも深々と腰を折って謝ってきたが俺はそれを返さずにギルドを出た。彼女が悪意を持ってやった場合も充分に考えられるのだ。そうだったら多分許せない。今の自分は自分であって自分じゃない。異世界に飛ばされてたった一ヶ月そこらで前の世界と同じように平静になれるほど、俺は器も大きくなかったようだ。
元の世界では絶対に怒らないとまでは言わないが、自分で抑えられないくらい怒ったことは滅多にない。バイト先で嫌味ったらしいパートさんに鍛えられたこともあるせいか、基本は怒らない人って自分で思ってたつもりだ。
それがこっちの世界に飛ばされてからは酷い。目も当てられない。自分でも驚くくらい思考が単純になって顔も真っ赤になっていただろう。十年のタイムリミットのこともあるし自分は焦りすぎていたのかもしれない。一回焦らずに落ち着いた方がいいかな。
そんなことを考えながら寄り道もせずに宿屋に戻って部屋の鍵をお姉さんに貰って部屋に直行。まだ日が昇ったばかりの時刻だがベッドに身を投げた。
最初はおちゃらけたことを考えていたが、現実を思い知らされていくとそうはいかなくなってきた。思ってるほど簡単に物事は進んでいかない。頭の中では冷静に話そうとしても心が単純な言葉を口走ってしまう。
だけどこんなにも辛いとは思いもしなかった。荒瀬さんもこんな感じだったのだろうか。まぁ俺みたいに単純な挑発に乗ってしまったりはせず、ちゃんと冷静に物事を解決していたんだろうな。かなり羨ましい。
とりあえずこれからのことは寝てから考えることにしよう。意識を手放そうと目を瞑ると簡単に手放すことが出来た。ふぅ。引き篭りたい。