第十二章
ギルドを出ると黒い人が外で待っていた。こっちに手招きしている。正直不審者にしか見えない。
でもまぁ一応助けられた身だし付いていくことにした。警戒はしておくが。
「別に助けたから金よこせなんて言わないからそんな警戒すんなよ。同業者だったから助けただけなんだからよ」
「はぁ。そうですか」
「まぁ積もる話は君の宿でしようか。そっちは服洗ってきた方がいいだろうし、んじゃ六時になったらそっちに行くよ。宿の名前は?」
「えっと、サンって名前です」
「あぁ、あの宿か。了解。じゃあ食堂に六時な。忘れんなよ」
早口で彼はそう告げるとさっさと人混みの中に紛れて消えてしまった。本当に何だったんだあの人は。
(まぁ頑張ってね)
(他人事かよお前。どうすりゃいいんだろこれ)
とりあえず周りの通行人が顔を歪めながら俺を避けてるのに気づいたので、宿でさっさと服を洗うことにする。正直まだ混乱している。あ、結局依頼完了してないや。
灰色の服を洗って干して昼飯を適当に済ましたらもう夕方になっていた。汚れが全然落ちなくて涙目になったが、気合入れて洗ったら何とか落ちた。手間取らせやがって……。
時刻は四時半。どうせ暇だし食堂に行って何かつまみながら本でも読もうと思い、乾いた灰色のローブとズボンを着て食堂へ。実は制服を着てるより暑くないっていうね。何か涼しくなる魔法でも刻まれているのかこの服には。
初めて調理場の近くに座ることが出来た。時刻が時刻なだけにあまり人がいないせいだろう。ちょっとした優越感に浸りながらおつまみを頼んだ。枝豆みたいなものと煮卵がすぐに運ばれてくる。
調理場を見せ物にするのは元の世界にもあったが、自分はテレビでしか見たことないので少し興奮気味。野菜を刻む小気味いい音に、フライパンの上で踊ってるみたいに跳ねる油にステーキサイズの肉を入れるを光景。食をそそるには絶好の場所だ。
それにガスコンロや冷蔵庫も無いのに料理をしていることに少し驚いた。科学の代わりに魔法を使っているせいか科学はあまり発展しておらず、ここの最先端の技術を駆使して出来たものが豆電球らしい。火や光る生き物などで夜を過ごしてきた人達にとってはそれこそ魔法みたいな物だろうが、俺から見るとなんかね。火より光もしょぼいし何とも言えない。
ここの店は刺激を与えると発光する虫を白い入れ物に入れて光を出している。十分に一回は入れ物を揺らさないといけないので面倒くさそうだが、一番光の強さが大きくて更に寿命も長いから高額らしい。サラが自慢気に言っていた。
本の魔物のページを開いて適当に流し読みしながら、片手で枝豆をにゅるんと皿に飛ばして遊んでいたら何やら外が騒がしいことに気づく。もうトラブルはゴメンだぞ。絶対に野次馬気取りで見にいかないからな!
しかし遠くから見るくらいはいいだろうと騒ぎの方に目を向けると、何やら入口の方に人溜まりが出来ていた。凄い騒がしい。止めろ!とかなんて聞こえてくる。喧嘩か何かか?
すると人溜まりの中心が道を譲るようにぽっかりと空いて誰か出てきた。鬼みたいな表情のウエイトレスがずんずんと聞こえてきそうな足音でこちらに近づいてきている。服装が黒い服に黒いバンダナ、バンダナは首にかかっているが間違いなくウエイトレスだ。
しかしこちらに向かって不良もビビりそうなガンさえも飛ばしてきていた。もう少し頑張ればビームでも出そうな勢いだ。
近くに来るほどそのウエイトレスの身長が高いことがわかる。少なくとも俺より少し高い。180センチくらいだろうか?だがそれにしてはすらっとした体つきで顔もまぁ悪くはなかった。ただ赤く長い髪がゆらゆらと揺れているのが少し怖かった。何かオーラかなんか出てそうだ。
まるでプロレスラーが前にいるような感覚に、俺はその場から尻尾を巻く暇も無くして逃げ出したかった。
だがそんなくだらないことを考えている内にもう目の前まできてしまった。平静を装っているつもりだが気を抜けば足が震えそうだ。そこらの不良よりよっぽど怖い。
「お前がシュウトか?」
そう彼女は言うと共にいきなりピンタ、じゃなくて張り手が飛んできた。避ける、なんて考える暇もなくそのまま張り手を頬に受けて綺麗に椅子から吹っ飛んだ。しかし大した痛みはなかった。友人の張り手に比べればまだマシな方だ。
倒れている俺の胸ぐらを掴んで真っ赤な顔を近づけてくるウエイトレス。怖い、とは思わなかった。照れてるのか?と思えるくらいなら余裕はある。どうせこいつが来た目的は大体予想はついているし、正直モンスターと比べたら人間の方が戦いやすい。元の世界でもこういう展開がなかったわけではないからなぁ。
まぁ何処かの受付にボロボロにされて勢いに任せて殺そうとした奴が言える台詞ではないが。
「サラの知り合いか。これで気が済んだか?」
「済むわけがないでしょう!」
更に飛んでくる張り手。だがあまり痛くはない。
一方的な暴力、と周りは思っているだろう。だけどこっちは痛くもなんともない。別に不死身だから痛覚が麻痺してる、なんてことはない。だとすれば……ねぇ?
「Aランクの冒険者には俺じゃ勝てない。そして君も――」
「うるさいっ!」
また放たれる鋭い張り手に言葉を遮られる。今回は少し痛かった上に勢いで後ろの机にぶつかってしまい、誰かの食べかけのグラタンとお茶が床に落ちてしまった。勿体ない。あのグラタン美味しいのに。
「かと言って他にAランクに挑むような知り合いはいない。雇うにしてもあっちは魔法を習得している金持ちだ。どうせ買収され――」
「黙れっ!」
こいつは言葉を遮るのがよっぽど好きなようだ。もう加減なんてありゃしない。思いっきり吹っ飛ばされた。凄い痛いんだけど。絶対俺のほっぺた赤くなってるよ。紅葉出来てますよこれ。
そして吹っ飛ばされた先には椅子。しかも角に頭をぶつけたせいか流血してしまった。あっちは血を見たせいかパニック状態に。いや、ヒステリックにもなってるか?
ヒステリックに陥っている彼女のピンタを止めるのは赤ちゃんをあやすくらいのものだった、なんて言えたら格好良かったのに。普通に手こずりました。力は強いわ体はデカイわ胸は小さいわ。結局足を引っ掛けて転ばしてマウントポジションをとって止めました。
しかし未だに暴れてる彼女はどうすればいいのか。男ならこのまま殴ってやるのだが、流石に女の子を殴るのはちょっと引け目を感じる。耳を甘噛みしてやろうかなんて考えが浮かぶところ俺はまだまだ余裕があるようだ。
「そこのウエイトレス……ってお前隠れるな! 早くコイツを止めてくれ!」
「えー嫌ですよシュウトさん。私は可憐で儚い案内娘ですよ? そんな大きい人止められませんよ」
「てめぇ案内娘! てかマジでヤバいって! お前殺気にも動じてなかっただろうが!」
「はいはいわかりましたよ……。ほら行くよみんな。あのままじゃシュウトさんにあの子が犯されちゃう」
「何か聞こえたんですけれども!? 何か怪しいワードが聞こえたんですけれども!?」
案内娘が女のウエイトレスを引き連れて俺を突き飛ばすと、すぐに巨漢の彼女をウエイトレス数人が押さえつけた。手間取ると思ったが多勢に無勢だったようだ。ただ俺を見るウエイトレスの目が冷たい。新手のイジメですか?
「この子は責任を持って私がきつーく言っておくのでシュウトさんは口出し無用です」
「……いや、いいんだけど。何かこう釈然としないというか」
「シュウトさんはこの子に謝罪しろと言って夜伽をさせるのですね……」
「そんなこと言ってないだろうが! みるみるとウエイトレスの視線が冷たくなってるんですけど!? 俺はそんなことで釈然って言ったんじゃなくてだな……」
「とりあえず君達は乱れた椅子を直しといて。シュウトさん、詳しくは後で。そろそろ夕食を食べに来る方がいるから早急に片づけなきゃいけないからさ」
「……わかったよ。ウエイトレスには後で説明するからなっ」
ごめんねと舌を出して謝る案内娘。反省してねぇ。軽く殴ろうとしたがそんな暇もあっちにはなさそうなので止めておく。机は倒れて食べかけの料理が落ちているし、椅子には血痕。今はもう五時半だしそろそろ夕飯を食べる人も増えるだろう。
あ、枝豆が吹っ飛んでる。煮卵も食べときゃよかった。さよなら俺のおつまみ。
「なーんかとんでもない騒ぎになってるねぇ、シュウト君?」
振り返ると室内なのに黒いフードを被ってる怪しい人がいた。お前に俺の気持ちがわかるまい……。最近結構仲良くなっていたウエイトレス達に冷たい視線を向けられた俺の気持ちが……。
「そんな目でみるなシュウト君。とりあえず散らかった物の片付け手伝おうか」
肩を回しながらウエイトレスの元へ歩いていく怪しい人。絶対俺だったら怖がるな。怪しいし。
(僕もアレがいきなり話しかけてきたらちょっと怖いなぁ)
……案の上怖がられているようだ。ウエイトレスにも剣にも怖がられてるとか、可哀想な怪しい人。