第十一章
改めて周りを見渡すと酷い光景だった。真っ黒になって足を丸めているサソリ。胴体を真っ二つに両断されて臓器がはみ出ているサソリ。中には形を留めていない肉塊まであった。全部自分がやったのだ。
気持ち悪かった。だけど吐くまでではない。ゴキブリを潰したら中身が飛び出した時の心情とあまり変わらない。最後の体液のシャワーに関しては逆に吹っ切れてしまった。まぁ最後に真っ二つにしたサソリの死体を蹴り飛ばしてやったが。
とりあえず手の平に頭一つ分くらいの水球を浮かべてその中に顔を突っ込み、片方の手でわしゃわしゃと髪を洗い流す。灰色の服もペンキをぶちまけられたみたいになってるのですぐに洗いたい。シミになったりしないだろうか。
そういえば討伐の際その魔物の一部を持ってこなきゃいけないんだっけ。普通初めての狩猟依頼の時受付が説明してくれるはずだが、俺は何でも載ってる本があるので困りはしなかった。あの受付本当に仕事しないな。
サソリの尻尾を討伐の証拠として剣でちょんと切り離して異次元袋に放り込む。たまにピクピク動くので凄い気持ち悪い。こういう時のために異次元袋を二個買っておいてよかった。普段使う物が体液まみれとか想像したくもない。
ヘルスコーピオンの討伐の証としては尻尾が無難だそうだ。根元は柔らかいので切りやすいし毒も手に傷がなければ安全。本当にあの本は便利だ。何でも載ってるし今までガセネタだったことは一度もない。しかも魔法がかかってるのか厚みもあまりないから持ち運びに便利。この世界では俺の常識を司っていると言ってもいい気がする。無かったら街にも入れなかったかもしれないし。
余った死骸は放置して大丈夫だよな。他の生き物が勝手に処理してくれるだろう。今は汗まみれ体液まみれの体を洗いたい。剣を布でグルグル巻きにしながら俺は砂漠を後にした。
「ちょっと髪を緑色にしてみました。似合ってるでしょう?」
「ハハハ……。そうですね」
水で洗うだけじゃ体液はちっとも落ちなかったので冗談かましてみたら、門番は気を使ってるのか苦笑いしてくれた。本気で傷ついた。部活の後輩を相手にしてるみたいだ。気まずいからさっさと帰れって心境がひしひしと伝わってくる。
そんな後輩門番にハートをズタボロにされながらもギルドに向かう。正直行きたくない。足取りが大変重い。精神的にも物理的にも。今更になってサソリの毒が効いてきたらしい。何で俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ。解毒薬今から飲んでも間に合わないよこれは。
サソリの毒のせいだし今日はギルドに行かなくてもよくない?と思ってたら剣に論された。仮病はいけないと。お前に何がわかるっていうんだ!もうちょっと俺にご都合主義なイベント起こしてくれてもいいじゃん神様!
(シュウトは頑張ってるよ。ぱちぱち)
(剣に励まされる主人って何なんだろうね。そしてやる気のない拍手だな!? 生徒集会で知らない誰かが表彰された時に聞こえるような拍手だな!?)
(僕にはシュウトの言ってる意味がわからないな。ちゃんとした言葉で話してね)
(剣に日本語で喋れって言われる主人って何なんだろうな!)
(ほら、今ギルド通り過ぎたよ。さっさと行こうよ)
ちゃっかり見てやがりましたよこの剣。そういや何処に目が付いてるんだよコイツ。布にいっぱいあるなんか言われたら俺は布を投げ捨ててやる。全力で砂漠に投げ捨ててやる。
地獄の門に見えるギルドの入口。何か禍々しいオーラが見えそうだよあれ。あの受付がいませんようにと神様にお願いしながら俺はギルドの扉を開いた。
……どうやら俺の髪の色が面白かったらしい。近くにいた冒険者は大袈裟に口元を隠していた。どうせならあの門番に笑ってほしかったよ!
結局受付は釣り目のあの子だった。背が低いくせに見下したような視線を送ってくる。さっさと用を済ませてここを出たい。異次元袋からヘルスコーピオンの尻尾を十個カウンターに置く。もう触りたくないなサソリの尻尾。
「ヘルスコーピオン十匹分です。これで依頼は達成できますよね?」
「出来るかもしれませんね。ただ私達ギルドが認めない限りは依頼は完了になりませんけど」
「……はぁ。でも尻尾ちゃんと持ってきましたよ?」
「貴方は”尻尾だけ”を切って持ってきたかもしれないでしょう。ちゃんと討伐の証を持ってこないと私としても依頼を達成にすることは出来ません。”お仕事”ですので」
……いくら何でも暴論すぎる。ほら、隣の受付もポカンとした顔してるよ。なぁ。何これ?周りの冒険者は笑いを堪えきれてないようで、嘲笑うかのような小さな声が聞こえてくる。
自分の足場が崩れ落ちていくみたいな錯覚。視界も定まらない。グルグルして気持ち悪い。気持ち悪い。周りの音も不快だ。不愉快だ。剣が何か言っている。うるさい。うるさい。
なぁ。なんだよ。なんだよこれ。俺悪いことしてないよな?こいつら何なんだ?本当にさ。わけがわからない。わけが、わからない。
化け物。
「……おい」
自然と剣に手がかかる。
「――お嬢さん。そりぁ流石にあんまりすぎないかい?」
後ろから突然黒い服を着た変な奴がきた。何だコイツ。関係ない。こいつら全員――
「ほら、お前も少し落ち着けよ。冷静になれよ。な?」
変な奴が笑顔で……フードで口元しか見えないが、俺の手を抑えてきた。素早くではなくゆっくりと、押さえつけるように。何だよコイツ。でも振り払おうとしても手は外れない。自分の腕が鉛にでもなったみたいに動かない。
「何ですか貴方は。依頼確認に介入しないでください。貴方には関係ないでしょう」
「大ありだねぇ。俺もヘルスコーピオン討伐してるしね。その時は尻尾でも討伐の証としては十分と言われたけど、何かそちらの認識でも変わったのかい?」
「この人はまだ討伐依頼を一件も受けてはいませんでした。そんな”無能”な彼が群れを成すヘルスコーピオンに勝てるわけがないでしょう? どうせちまちまと尻尾だけを切って逃げ帰ってきたのでしょう」
いきなり不気味に笑う変な奴、本当に何なんだコイツは?
「ヘルスコーピオンは尻尾が切れるとバランスが取れなくなって巣穴に帰れなくなるって知ってるか? 体の後ろ部分の大半を占める尻尾を切られたらそりゃそうだよなぁ。それでバランス感覚も失った生き物が砂漠で生きられる筈がないよな。お前新入りか? 肩の力抜けよ」
変な奴はさぞ嬉しそうに笑いながら釣り目の彼女の返事を待っている。どうやら論破したようだ。証拠に彼女は俯きながらそこを動かないし何も言い返さない。
「黙っちゃいましたよこの受付? ほぉら謝罪は? この旅人さんに謝罪はないのかなぁ? 流石に謝るくらいはヘルスコーピオンのこと知らずにハッタリかましてた”無能”でも出来るよなぁ?」
いやに無能の部分を強調している怪しい人。あそこまで追い詰められたら俺だったら泣く。多分。
(シュウト酷いよ、僕のこと無視して。もう大丈夫なの?)
(あ、悪い。うん。大丈夫っぽい)
(思いっきり狂ってたよシュウト。あのままじゃ絶対……)
(うん。まぁ殺してただろうね。今はもう大丈夫だよ?)
剣の布を払って受付の顔に一突き。眼球を潰し脳天を剣が貫通するビジョンが鮮明に浮かぶ。危ない。何で俺はあんなことを思ってしまったんだ。いつもならあんくらい笑って受け流せる……と思う。
(まぁ僕はよくわからないけど、いきなり異世界に飛ばされたんでしょ? シュウトは最初は頑張ってたけど、やっぱり不安定だったんじゃない?)
(そうなのかな)
(環境がいきなり変わったら誰だって怖くはなるって。しかもシュウトいきなり不死身になっちゃったんでしょ? それにあのくらいの虫も殺したことないとか言ってたよね)
(うん)
(……まぁ今回は大丈夫だったしいいじゃん! 今度から僕の言うことも聞くんだよ!)
(わかったよ。何か迷惑かけたな)
(じゃあこれから毎日僕を研いで洗ってご飯も食べさせてね)
(調子乗んな)
コツンと剣を叩く。そういえば俺が剣を小突けるってことは怪しい人はもう俺の手を離していたのか。この人は一体何者なんだろうか。
「謝罪早くしてくれないとこっちにも考えがあるぞ? さっさと謝れよ受付娘」
「……ッ! 今日は」
「今日はこの辺で勘弁してくれませんかねぇ」
釣り目の彼女が何か言おうとした時に、タイミングよく受付の後ろからシロさんがため息をつきながら出てきた。相変わらず白い。服も髪も肌も。私は天使ですと言われても納得してしまいそうな白さ。でも相変わらず暑そうだ。長袖長ズボン。いや、人のこと言えるような服装じゃないんだけどさこっちも。
「……シロエアさんですか。流石にギルドマスターに楯突くことは出来ないので、今回はこの辺で引きましょうかね」
「ご理解が早くて大変助かります。これを渡しておくのでまた後日お越しください」
シロさんが怪しい人に何か封筒みたいのを渡すと、俺を見て何故か微笑みながら釣り目の受付娘を連れて奥に戻っていった。何か含みのある笑顔だったが俺には察することが出来なかった。
「さぁ新人の旅人君。帰ろうか」
「え、あ。ハイ」
怪しい人はそう言って先にギルドを出ていった。……本当に何なんだあの人?
ちょいと物語が脱線しはじめた。いやーヤバい。別に修正しなくても面白そうだからいいんですけど。
毎日更新無理ですごめんなさい。あ、ポイントとお気に入り登録ありがとです。俺のやる気スイッチがオンになるんでバンバン登録してください。
主人公狂いました。が、修正されました。狂いの描写は初めてなんで勘弁してください。あと15禁にしてますがエロはあまり無いですよ?一応やってあるだけです。