第十章
宿屋を出てしばらくぶらぶらした後、武器も防具も手に入れたのでギルドへ向かうことにした。後でサラに怒られそうだがまぁいい。
もうすっかり見慣れてしまった露店を見回りながら裏路地をチラリと見る。この前助けたショートカットの男の子が丸っこい目でじっとこちらを見ている。ここ最近自分はストーキングされていた。男の子に。
しかし目が合うと裏路地に引っ込んでしまう。本当に何がしたいのかわからない。
それに裏路地に引っ込んでいくということは彼も裏路地の住人っぽい。じゃあ何故誘拐されたのかはあまり深くは考えない。考えるだけ無駄だ。俺はあの子を救う気なんて無いんだから。
何も出来ないお荷物を抱えて旅が出来るほど俺は旅慣れていないし余裕もない。だから見捨てる。頑張ればこの街で平和に暮らせるよう配慮は出来るが面倒なのでしない。
(シュウトって結構冷酷なんだね)
(うるせーよ剣。俺はさっさと世界平和にして元の世界に帰りたいんだ。困ってる人は出来る限り助けるが、自分が困っちゃったら元も子もないだろ)
そんな愚痴をぼやきながらギルドの扉を開く。冒険者達が珍獣でも見るような視線を投げかけてくるが全部スルーして受付へ。
ここで少し問題発生。受付は三つある。二つは他の冒険者が使っている。じゃあ残り一つを使えって話だが、受付してる子がね……。
釣り目が若干強いが可愛らしい短髪の女の子。しかし性格は最悪。俺にだけかもしれないがな!
そもそも俺が雑用系の依頼を受けてるのを最初にバラしたのはあの子で更に弱虫とか言い出したのもあの子。裏は他の受付から取れている。何この悪質ないじめ。恨みを買った覚えはないんだが。
五日前くらい前から避けてはいたのだが遂に出くわしてしまった。まだ直接話したことはないが絶対性格悪いってあれ。
他の受付に並ぶか悩んでいたらいつの間にか釣り目の少女は俺の目の前に立っていた。瞬間移動でもしたのかコイツは。
「そんな所に立っていたら邪魔です。本日はどのようなご要件でしょうか。雑用依頼は残念ですがありませんよ?」
周りの冒険者が笑いを耐えてるのか口を抑えている。俺は今どんな顔してるだろうか?まさかこんな堂々と挑発してくるとは思わなかったから、鳩に鉄砲を向けられたような表情をしてるだろう。いや、どんな顔だ。まぁ、何か知らんがどうやらあっちはやる気満々のようだ。
「今日は狩猟依頼を受けるので大丈夫ですよ」
彼女はその言葉に不機嫌そうに眉を動かすと受付に戻った。俺もそれに付いていって椅子に腰を下ろす。隣の受付娘がこっちを見てそわそわしている。そわそわするなら助けてくれ。
「それではこちらからお選び下さい。私のお薦めはミニゴーレムですね。初心者にピッタリの魔物ですよ」
魔物に大して知識がなかったら親切な受付だな、くらいは思っただろう。ただしミニゴーレムは魔物というよりただの岩だ。真ん中にあるビー玉みたいなのが核でそれに軽い衝撃を与えると即死するし、しかも唯一動けない魔物としてよく知られている。普通は岩が欲しい岩加工の職人しか用のない魔物だ。どうせ皮肉のつもりだろう。
近くにいた冒険者数人はその皮肉が面白かったのかニヤニヤしているし、受付の少女も煽っているような汚らしい笑みを浮かべている。青髪にも煽られて若干イラついていたので目の前にいる少女をぶん殴ってやろうと思ったが、何とか思いとどまった。このままじゃ俺が悪役になってしまう。あくまで彼女はミニゴーレムをお薦めしたしただけで別に俺を馬鹿にしたわけではない。
それに味方もいないこの状況では暴力に走ったら間違いなく俺が悪者になる。今は耐えろと沸騰しかけてる頭に言い聞かせる。カルシウムが足りないのか俺は。よし落ち着け俺。
「ヘルスコーピオンを十匹討伐の依頼を受けますね」
「……貴方では少し荷が重いのではないのでしょうか?」
「そうだとしたら砂漠で野垂れ死ぬだけですよ。お手伝い君がいなくなったって貴方には関係ないでしょう?」
これまた不機嫌そうに依頼書を渡してくる彼女。手渡しではなく机に滑らせるように渡してきた。ちょっとシロさんへの信頼度が下がった。教育してませんよねこれ?俺が何かしたならまだしもこれは流石に酷いぞ。
(流石に失礼だねこの女の子。ズッタズタにしてあげよっか)
(怖いこと言うな剣。俺だってズッタズタのベキャベキャにしたいんだ、我慢しろ)
カタカタと震える剣をコツンと叩く。少し間が空いて気まずかったので、依頼書を取って俺はさっさとギルドを出た。
ヘルスコーピオンは街を出て百メートルも歩けばすぐ出てくるらしい。十匹単位で巣穴を持って行動していて、その赤黒い甲殻と獲物を巣穴に引きずり込む習性から地獄のサソリと名付けられたらしい。後ろにある尻尾には神経を麻痺させる毒がたっぷり詰まっている。
砂漠の乾燥した砂でどう巣穴を作っているかというと、唾液で砂を固めているらしい。十匹いれば巣穴が出来るから大体十匹の群れになっているんだとか。
まぁ囲まれたりしたら厄介だが赤ちゃん程度の大きさだし、焦ったりしなければ苦戦はしないだろう。本にも初心者向けのモンスターって書いてあったし、剣に関しては素人だが魔法もあるし不死身だし。まぁ魔法を実践で使うのは初めてなんですけれども。
ただ不死身でも毒は効くのだろうか。もし効くんだったら最悪だ。巣に連れてかれたら食べられては再生してまた食べられて、とかになりかねない。そしたら本当の地獄だ。もしもの時のために解毒薬は買ってあるので大丈夫だとは思うけど。
(剣の素人でも僕がいるなら大丈夫だよ! 相手に当ててさえしてくれればね)
(そりゃ頼もしいですこと)
俺を流しそうめんの如くスルッと通してくれた門番に挨拶して砂漠へと旅立つ。相変わらず歩きにくい地面だが最初の時よりは全然疲れない。身体能力上げとけよなんて言ってた頃が地味に懐かしい。というかあの時よく魔物出なかったな。一キロは街まで歩いたと思うんだが。
大きい砂岡を登っては降りを繰り返しているとやっとサソリの巣穴を見つけた。不自然に砂が盛り上がっている所を剣でつつくとわらわらと蟻のように出てきた。
ざっと五十匹くらい。
(わらわらと沸いてくるんですけれども。これが温泉だったらどんなに嬉しいことか)
(温泉って何さ?)
(剣からすると砥石みたいなもん)
(それは凄い嬉しいなぁ。実際はヘルスコーピオンだけどね)
俺の視界がびっしり赤色に染まってしまった。悪夢だ。キチキチと甲殻が擦れ合う音を立てながらゆっくりと赤いサソリが近づいてくる。
とりあえず先頭に突き出ていたサソリに剣を振り下ろしてみると、キシャャと悲鳴を上げながらサソリの胴体が綺麗に別れた。中からは緑色の体液が吹き出てきてピンク色の臓器らしきものも伺える。これは気持ち悪い。思ったよりグロテスクで少し吐き気が込み上げてきた。
それにしても肉を斬ったという感触が全く感じられなかった。空気でも斬るような感覚。流石に大口を叩くだけはあるようだ。ただ切れ味が良すぎるってのも嫌だな。手入れしてたら指を落としましたとか全然笑えねぇよ。
ここで肝心の魔法を使ってみることにした。燃やしてしまった方がグロテスクな断面図を見ないで済むと思い、俺は一匹のサソリに手を向けた。
「燃えろ」
すると俺の手から野球ボールくらいの火球がサソリ目掛けて飛んで行き、着弾。おぞましい断末魔を残してサソリは燃え上がって黒い塊になった。こっちの方が気持ち悪かった。やらなきゃ良かったと軽く後悔。
本当は魔方陣を作ってそこに魔力を流し込まなきゃ魔法は使えないが、俺はイメージするだけで魔法が使える。魔方陣を通して魔法を放つとその分タイムラグが発生して、魔法を放つのは自分が思ったよりは遅れる。
だけど俺はイメージしたらそのまま魔法が発動するからタイムラグ無しで魔法を発動できる。それだけでも凄いメリットなんだが結構重大なデメリットがある。
まずその魔術を完璧にイメージしないと魔法は発動しない。さっき打った初級のファイヤーボールは本で説明を見たしイメージも簡単だから出せるが、上級魔法の全方位爆破する魔法なんてイメージがかなり難しい。出来たとしても自分も巻き込まれてしまうだろう。
だから簡単な魔法しか出せない。魔方陣を通せばイメージが固まるようになるのだが、練習したり実物をみたりすれば無しでも出来るだろう。今はとにかく魔法のバリエーションが少ない。だからあまり頼ることは出来ない。今出せるのは全種類の初級魔法だけ。それに光と闇はイメージが固まらなくてたまに失敗するし。
(そんなことを考えてる間に囲まれたけど、どうするのシュウト)
(それをもっと先に言ってくれよ!)
気づけば今まで前にいたサソリが俺を中心に円を書くように囲んでいた。これは本気で死ぬ可能性が出てきた。いやいやふざけてる場合じゃない。この状況をどう打開するか。
一点突破。囲まれてじりじりと滲み寄られるよりは自分で一点目指して突撃した方がマシだろう。しかし見た目がグロテスクな相手に突撃するのはかなり勇気がいるな。気持ち悪い。怖い。それにこんな猪突猛進みたいな作戦で大丈夫なのか?もっと他にいい手があるかもしれない。どうする。どうする?
(情けないよシュウト。僕も多分一点突破がいいと思うよ)
(うるせー。こんな気持ち悪い虫なんかと戦う機会なんて元の世界にはないんだよ。ちっちゃいのでも気持ち悪いのに赤ちゃんサイズとか何の嫌がらせだよ)
所詮は虫なのか統率が取れていないのが幸いだ。壁が少し薄い所があるのでそこに向かってファイヤーボールを連発。先頭の二匹が足を丸めた死体になったのを確認して更に走るスピードを上げる。剣で斬るには対象が低すぎて薙ぎ払えそうもなかったので、そのまま足で無理矢理蹴散らしていく。
案外脚力だけで蹴散らせるものだと慢心していたら足首にチクッとサソリに刺された。しまったと思った頃にはもう遅い。
不味い。早く倒さないと痺れ毒が回る。ヤバい。これはヤバい。ヤバい。
剣を振り回して目の前のサソリを斬って斬って斬りまくる。当たってくれさえすれば簡単に斬ることが出来るので随分と適当に振り回しているが何とかなっている。
剣がサソリに触れる度に緑色の体液が飛び散り、赤い肉片が地面に転がる。また後ろから足首を刺された。焦りながらも後ろのサソリの蹴り飛ばす。
クソッ!こんなはずじゃなかった。もっとサクサク魔物を倒していくつもりだった。クソクソクソっ!何でこんな状況になったんだよ!こんなところで死ぬのはゴメンだ!
(シュウト落ち着いて。敵はあと三十体前後いるけどもう囲まれてはいないから焦る必要はないよ。それに不死身なんでしょ? それに解毒薬もあるんだし)
(……わかってる。わかってるよ)
深呼吸を一回して剣を構える。構えているというよりただ前に突き出しているだけだが、サソリは仲間の惨状を目にしているせいか少し臆しているように見える。今が多分チャンスだ。
まずは端っこから攻めていく。ファイヤーボールを当てて近づいてきたら剣を振り回す。最初は大振りすぎたのか当たらないこともあったが、段々と当たるようになってきた。
気づけば数は十五匹程度になっていた。少し余裕が出てきたが油断はしない。剣を握る手が汗ばんできた。手から滑ってしまいそうで少し不安になったので、しっかりと握り締めておく。剣が変なことを言ってきたが頭に入らなかった。
そのままじりじりと近づいていくと我慢出来なかったのか一匹のサソリが飛びかかってきた。慌てて剣を縦に振り下ろすとサソリは俺の目の前で真っ二つになり、緑色の体液を撒き散らしながら地面に落ちた。俺の顔に体液をぶちまけるという置土産を残して。
俺が袖で体液を拭っている間に他のサソリが攻撃してくると思ったが、どうやら勝てない相手と思われたらしい。巣穴に身を隠してしまった。五分くらい待ったが出てくる気配はない。
「はぁ……」
深くため息。まさかこんなに手こずるとは思ってもみなかった。心の何処かで魔物を甘く見てたらしい。もし剣が焦らないように言ってくれなかったらもしかすると死んでいたかもしれない。
(感謝してね)
うるせぇと返す気力も無かった。口の中で鉄の味がする。生モノの溜まり場みたいな臭いもするが深く考えないことにする。