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検死官は人形の輪郭を夢に見るか

検死官は人形の輪郭を夢に見るか 3

作者: うたた寧々
掲載日:2026/08/19

「それで、灰崎さん。未公開機体――スーパーノバはいつ連れてくるの?」


 勤務先、検死局支局の第一会議室に私は呼び出されていた。


 長方形の机に椅子が6脚。目の前には支局長の暗藤(あんどう)、腰巾着の支局専務・瀬川が座っている。


 SupernovaⅠ型――突然我が家に押しかけてきたイグニス・ロボティクス社の未公開機体。型番SN-01は、現在自宅で待機中だ。多分今頃、食材の買い出しにでも出かけている。


「半分行政機関という立場だけど、うちは『セカンダリー就労制度』も整ってるし、大歓迎だよ」


 普段は下っ端の検死官が支局長と直接話す機会などあまりない。暗藤はそもそも出社することすら数少ないのだ。


「失礼ながら、お話が見えません。なぜ、私が私的に導入したアンドロイドをご存知なのですか?」


 暗藤と瀬川は目を合わせた。


「あれ、聞いてないの。イグニスの御堂さんから、職務利用時の注意事項について説明があったんだけど……」


 御堂。SN-01が押しかけてきた時に随行していた、イグニスの法務担当か。


 注意事項について尋ねると、あの時説明された職務利用時の注意事項と同じ内容だった。既に根回しが終わっていた。確かに、私は職務利用するつもりはないとは言ったが、支局に言うなとは言わなかった。つくづく私は詰めが甘い。


 困ったことになった。私は『セカンダリー就労制度』を利用するつもりはなかった。男性機体を職場に連れていったら、絶対「パートナーアンドロイドお迎えしたんだ!」といったことを言われるに違いない。恋人の意味で。それは私の認識と異なるし、うまく対応できる気がしない。好きな芸能人とかで誤魔化せないし。


 ――かといって、イグニスのハイエンドモデル以上の能力を秘めた、未公開機体。支局長としては是が非でも即戦力として迎えたいはず。壊れたアンドロイドと対峙しつづける上、派手さに欠ける検死官。不人気職なのに、仕事は多岐にわたる。手は常に不足している。断れば、非協力的だと白い目で見られることになる。


「SN-01の登用は、家の雑事に慣れてもらってからと考えておりました。申請書は本日提出させていただき、今週中には出勤させます」


 アンドロイドに慣れも何もないが、私は『セカンダリー就労制度』の利用について了承した。内心は渋々とだが、顔に出ていないことを祈った。


 暗藤はにこりと微笑んだ。やはり、「いつ連れてくるの?」は、質問ではなく要請だった。回答は満足してもらえたようだ――。



◇



「検死局に、私がですか!?」


 帰宅後、SN-01に『セカンダリー就労』について打診した。SN-01はどうやら音量調整ユニットに不具合があるようだ。断ってくれと、いもしない神に祈った。セカンダリー就労への了承は、アンドロイドにとってほぼ義務だ。断る機能があるわけないのに。


「喜んでお供させていただきます。お仕事中の律が見られるの、楽しみです」


 SN-01はやや目を細めた。いつもは私の言外の意図まで汲むのに、今は無視されている気がする。


「仕事が楽しみ、ではなく?」


「……ええ、お仕事ももちろん楽しみです。アンドロイドの検死業務なら、お役に立てるかと」


 0.2秒程度の返答の遅れ。耳のイエローランプ。『ログ精査中』の表示だ。特にログの提出は求めていないが、SN-01特有の挙動だろうか。


「スーツ、どれがお好みですか?」


 SN-01はどこからともなく上着を並べて見せた。


「……いつの間に3着も」


「フォーマルな場に出ることもあるだろうからと、先日御堂にお願いしました。あと1着、黒もあります」


 御堂、お前はSN-01に何か弱みでも握られているのか。


 スーツは濃紺と、チャコールグレーと、まさかの白――そこは黒を出すべきでは。SN-01は常識に欠陥があるかもしれない。


 仕立ては素人目に見ても良いものだった。排熱処理のため通気性に優れた素材のようだ。


 スーツ文化は廃れて久しい。スーツっぽい服が現在の仕事着の主流だが、アンドロイドの装いとしては未だに根強い人気がある。


「白はやめて……濃紺で」


「承知しました。濃紺がお好きなんですね」


「そうは言ってない」


 夕食の煮魚が美味しかったせいか、少しの不満と疑念は、就寝する頃にはすっかり溶けていった。



◇



 案の定、SN-01を連れて行くと、支局内は色めきたった。特に優秀というわけでもない私が、到底手が届くはずのない最新鋭のアンドロイドを連れているせいだ。


 SN-01の容姿は大変整っていると言って良い。ブルーグレーのカメラアイは人間と目が合うたび、男女問わず短い悲鳴を上げさせている――造形がいいアンドロイドがいると本当にこういうことが起きるのか。映画やドラマだけだと思っていた。


 始業まで、何人も私とSN-01に話しかけてきた。


「おはよう律……えっ、パートナーアンドロイドお迎えしたんだ!」


「……おはようございます」


 私の想像と一言一句違わぬ声掛けをしてきたのは、隣の席の田淵(たぶち)ましろ。


 私がパートナーをどう否定したものかと言い淀んでいると、SN-01が割り込んできた。


「……彼女には、イグニスの未公開機体の長期テストをお願いしているだけですよ」


 ね? と、SN-01がこちらにウインクする。廉価版の機体では片目だけ閉じる機能はない。ハイエンドモデルともなると、『嘘も方便』を理解しているのは当然だろう。


「かのじょ……」


 アンドロイドが、やや不適切な三人称を利用することはよくあること。なのに田淵は変な悲鳴を上げている。


「うお、イケメンアンドロイド連れてる。灰崎の彼氏さん?」


「違います。プライマリーなら私です」


 そこに近づいてきたのは同僚の黒谷薫(くろやかおる)。何かと気にかけてくれるが、デリカシーがたまにない。本日何度目かの訂正を行うと、へえと言いながらニヤニヤしている。正直、一番遭遇したくなかった男だ。SN-01が苦笑しながら先ほどと同様の、少し異なる言い回しで黒谷をいなしている。



◇



 そうこうしているうちに朝礼の時間となった。いつもの全体業務報告のあと、支局長がSN-01に挨拶を求めた。


「はじめまして。イグニス・ロボティクス社製アンドロイド・SupernovaⅠ型、型番SN-01の、和名は白波澪(しらなみれい)と申します。灰崎律さんのセカンダリーです。検死局の皆様とお会いできて光栄です。早く仕事に慣れるよう尽力して参りますので、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


 SN-01は、万人に好かれる涼やかな声をいかんなく発揮し、完璧な挨拶を終えた。全員の拍手の中、支局長の暗藤が並び立ち、説明を加える。


「えー、白波くんは今日から灰崎さんの部下として、お仕事してもらいます。彼、イグニスの未公開機体という扱いなので、社外では社名とシリーズ名、型番、名前のみ公開可能です。細かい仕様とかは言わないように気をつけてね。SNSもダメ、写真の投稿もNGだから」


 周囲の視線が私に突き刺さる。私は内心すさまじい居心地の悪さを感じながら、無心をよそおった。これも皆がSN-01に慣れるまでの辛抱だ……。


 朝会を終えて間もなく、ある大事故の対応依頼の連絡が入った。

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