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レクサス転生――ローン付きSUVで始める異世界物流革命  作者: しばたろう


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09物流商会、始動

 ベルクス標準箱の浸透は、最初はゆっくりだった。


 揺れを消したタカセ式懸架馬車のように、見た目でわかる革命ではない。


 箱は、ただの箱だ。


 同じ寸法。

 同じ焼印。

 同じ形。


 地味だ。

 あまりにも、地味だ。


 だからこそ、その効果を言葉で説明するのは難しかった。


 積み替えが速い。

 隙間が出ない。

 破損が減る。


 それらは「小さな改善」の積み重ねだ。


 だが――

 物流とは、その小さな積み重ねでしか前に進まない。


 俺は何度も荷捌き場に立ち、実演を繰り返した。


「三分です」


 そう言って、従来方式との差を見せる。


 地道な啓蒙活動の日々だった。



 ドミニクも協力してくれた。


 まずはなじみの馬車組合の男たちに試験導入してもらう。


 もちろん、最初は無料だ。


「よくわからんが、タカセが考えたことだ。きっといいものなんだろう」


「いいよ。ためしてみよう」


 そう言ってくれたのは、古参の御者だった。


 信頼。


 それが何よりの資本だ。


 俺はレクサスに乗る。

 速さも、力もある。


 だが、馬車組合の敵ではない。


 奪うのではなく、並ぶ。


 それを、俺は選び続けてきた。


 だからこそ、彼らは受け入れてくれる。



 そして――


 使ってもらえれば、効果は実感できる。


「積み替えが楽だ」


「荷崩れしない」


「帰りの空箱も、きれいに積めるな」


 評判は、酒場から厩舎へ。

 市場から街道へ。


 ゆっくり。

 だが確実に。


 ベルクス標準箱は、街の景色になっていった。


 やがて、周辺の町にも広がる。


 それに要した時間――約二年。


 だが二年後。


 荷馬車に当たり前のようにベルクス標準箱が積まれている光景を見たとき、

 俺は確信した。


 基盤は、整った。



 そして、俺は決めた。


「物流商会」を設立する。


 これは、俺の物流革命の礎になる。



 この世界では、荷主と荷馬車の関係は、あくまで個人対個人だ。


 顔なじみ。

 信用。

 口約束。


 それで回っている。


 悪くない。

 だが、不安定だ。


 馬車組合は存在する。


 だが、その役割は相互扶助。

 事故のときの助け合い。

 価格の調整。


 積極的に「流れを作る」組織ではない。


 ならば――


 流れそのものを作る場所が必要だ。



 物流商会は、倉庫を保有する。


 荷主は、荷物を商会へ持ち込む。


 商会は、それを標準箱に収め、倉庫で保管する。


 行き先ごとに集約する。


 量がまとまった段階で、最適な荷馬車に積む。


 馬車は、空荷で客を探す必要がない。


 倉庫へ来れば、仕事がある。


 荷主は、出発時間を気にせず預けられる。


 荷馬車は、積載率を上げられる。


 商会は、仲介手数料を得る。


 三方良し。


 いや――


 四方良しだ。


 街全体の物流効率が上がる。



 俺は、ベルクスの南通りにある中古倉庫を見上げた。


 石造り。

 屋根はやや古い。

 だが立地は悪くない。


 市場にも、街道にも近い。


 今まで貯めた金を元手にすれば、ひととおりの改修は可能だ。


 床を補強し、

 箱の棚を作り、

 番号管理の帳簿を整える。


 標準箱がある。

 懸架馬車がある。

 信頼がある。


 足りないものは、もうない。

 あとは、踏み出すだけだ。

 ――覚悟は、とっくに決まっている。


 俺は倉庫を見上げ、深く息を吸った。


 翌日。

 馬車組合へ向かう。


 次の革命を、正式に動かすために。

 


 朝露の残る牧場。


 俺は革鞄に収めた資料を抱え、レクサスに乗り込もうとする。


 物流商会設立計画書。

 昨夜、何度も読み返した。


 理屈は通っている。

 だが――


 一歩間違えれば、

 これは馬車組合の利益を吸い上げるだけの“中抜き”に見える。

 荷主と荷馬車の間に割って入り、手数料を取るだけの組織だと。


 その誤解が生まれた瞬間、信頼は崩れる。

 そして、箱も、懸架馬車も、今まで積み上げたもの全部が止まる。


 だからこそ、今日の説明は慎重でなければならない。

 数字だけじゃない。

 目的と線引き――「奪わずに回す仕組み」だと、

 腹の底から伝える必要がある。


「いってらっしゃい。タクミ。がんばってね」


 アンナが微笑む。


 その腕の中で、息子のハヤトが声を上げた。


「あうあうあー」


 小さな拳をぶんぶん振っている。


 思わず頬が緩む。


「だいじょうぶ、タクミなら皆を説得できるわよ」


「あうあうあー」


 ハヤトも、もう一度。


 まるで背中を押されるみたいだ。


「ありがとう。いってくる」


 俺は運転席に乗り込む。


 エンジンが静かに目を覚ます。


 朝日が差し込む中、レクサスはゆっくりと走り出した。


 守りたいものがある。


 だから、前に進む。


 ベルクスの街へ向かいながら、俺はハンドルを握り直した。

 


 馬車組合の応接室。


 重い樫の扉を開けると、すでに空気が張りつめていた。


 長机の向こうに、ドミニク。

 その両脇には、組合の幹部たちが並んでいる。


 そして壁際には、腕を組んだグレイン。


「なにか、面白そうじゃないか」


 にやりと笑う。


「今度はどんな、話を持ってきたんだ。タカセ?」


 警戒よりも、好奇心。

 それが救いだった。


 俺は椅子に座り、ゆっくりと切り出す。


「荷馬車の仕事で、皆が一番困っていることは何か――そう考えました」


 視線が集まる。


「組合に属しているとはいえ、基本は個人商売です。

 荷を運ぶだけでなく、

 荷主を見つけるのも、価格交渉も、

 すべて一人でやらなければならない」


 幹部の一人が小さくうなずく。


「時には荷主が見つからず、仕事が無い日もある」


「そうだな。不安定なもんだ」


 ドミニクが低く言う。


「荷主の側も同じです。

 荷を預ける馬車を探し、条件をすり合わせ、交渉する。

 それが負担になっている」


「まあ、そうだな」


 話の導入は悪くない。

 反発はない。


 俺は慎重に続ける。


「そこで、荷馬車と荷主、双方の問題をまとめて解決する仕組みを考えました」


「ほう」


 ドミニクの目が細くなる。


「まず、倉庫を用意します。

 荷主はそこへ荷を持ち込み、届け先を伝える」


 俺は指で空中に流れを描く。


「倉庫では、荷を仕分け、行き先ごとに集約する。

 荷馬車は倉庫に来れば、すでにまとめられた荷を受け取り、運ぶだけでいい」


 一拍置く。


「それを担う――物流商会を設立したいと考えています」


 室内が静まる。


「ふむ……」


 ドミニクが顎に手を当てた。


 反対ではない。

 利益と危険を、同時に計算している顔だ。

 

 ここで、安心材料を投じる。


「荷馬車への報酬は、現状の相場どおり。

 いや、

 集約が進めば、

 積載効率が上がる分、それ以上にできる可能性があります」


 幹部たちがざわつく。


「荷主の運賃も、当面は現状通り。

 効率が安定すれば、引き下げも検討できます」


「さらに、一定の保証制度を設けたい」


「保証だと?」


 ドミニクが眉を上げる。


「荷の破損や未着に対する、一定の補償です」


「そんなことができるのか?」


 半信半疑。

 当然だ。


「はい。こちらを見てください」


 俺は鞄から書類を取り出し、机に広げた。


 物流商会設立計画書。


 標準箱回転率。

 倉庫保管容量。

 日次処理件数予測。

 手数料率。

 収支試算。


 元の世界で積み上げた知識を、この世界に合わせて落とし込んだものだ。


「くわしく聞こう」


 ドミニクの声が低くなる。


 掴んだ。


「はい」


 俺は一枚目を指で押さえた。


「まずは、倉庫の立地と処理能力から説明します」


 言葉に、自然と熱がこもる。


 これは中抜きではない。


 流れを作る仕組みだ。


 この街の物流を、偶然から計画へ変える。


 俺はドミニクの目をまっすぐ見据え、説明を続けた。

 


 ドミニクたちへの説明は、最後まで滞りなく終わった。


 反応は、おおむね良好。


「馬車組合やこの街にとっても、悪い話ではなさそうだ」


「いいだろう。タカセ。この計画、進めればいい」


 ドミニクの言葉は重い。


 第一関門は突破だ。


 だが――ここからが本番。


 倉庫の取得。

 人員の確保。

 制度設計。

 細かな調整。


 山ほどある。


 それでも、今日は。


 今日は、家族と喜びを分かち合いたい。


 俺はレクサスを走らせ、牧場へ向かった。



 夕暮れの牧場。


 エンジン音に気づき、アンナが家から出てくる。


 腕の中には、ハヤト。


 西日が二人を橙色に染めていた。


 レクサスのドアを開ける。


「おかえり。どうだった?」


 アンナの目が輝いている。


「ただいま。おおむね、うまくいったよ」


「そうか。よかった」


 その瞬間、


「あうあう」


 ハヤトが俺に向かって手を伸ばした。


「ハヤト、レクサスに乗りたいみたいね」


 俺は笑いながら、ハヤトを抱き上げ、運転席に座る。


 膝の上に乗せると――


「あうー」


 小さな手が、ハンドルをぎゅっと掴んだ。


「お、ハヤトも運転したいのかー?」


 そういえば。


 ハヤトがハンドルを握るのは、これが初めてだ。


 ふと、思いつく。


 俺は何気なく、エンジンスイッチを押した。


 ――ぶるる。


 静かな振動。


 エンジンが目を覚ます。


 そして。


 燃料メーターが、すっと一目盛りを指した。


「……えっ?」


 俺とアンナが、同時に声を上げる。


 今まで。


 俺以外がハンドルを握っても、燃料はゼロのまま。

 レクサスは、沈黙を守っていた。


 魔術の心得のあるアンナでさえ、動かせなかった。


 だが。


 ハヤトは――


 動かした。


 小さな手で、当然のように。


「これは……?」


 俺はアンナを見る。


 アンナは、しばらく黙ってハヤトを見つめていた。


 やがて、静かに言う。


「血、ね」


「血が、レクサスを動かすのかもしれない」


 そして、俺を見つめる。


 その瞳は、わずかに潤んでいた。


「レクサスの運転手が、ひとり増えたわね」


 声が、少し震えている。


 ハヤトは無邪気にハンドルを叩き、


「あう!」


 と誇らしげに声を上げた。


 夕陽の中で、メーターの一目盛りが静かに光る。


 物流商会。


 ベルクスの未来。


 そして――


 俺たちの、次の世代。


 レクサスは、もう俺一人のものではないのかもしれない。


 胸の奥が、じんわりと熱くなった。

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