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レクサス転生――ローン付きSUVで始める異世界物流革命  作者: しばたろう


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07物流革命前夜

 貿易都市ヴァルテッサからの帰還後。


 ベルクスの街には、レクサスの活躍が瞬く間に広まった。


 二十台の荷馬車を率い、無事に送り届けたこと。


 野獣を寄せつけず。


 山賊をも蹴散らしたこと。


 噂は尾ひれをつけながら、酒場から市場へ、ギルドから厩舎へと広がっていった。


 珍しい。

 速い。

 そして――頼もしい。


 評判は、まるで階段を上るように一段ずつ変わっていく。


 街道を走れば、子どもが手を振る。


 商人が道をあける。


「タカセ、調子はどうだ?」


 声をかけてくるのは、ギルドの冒険者だけではない。


 かつて警戒していた馬車業者の男たちまで、気さくに笑う。


「今度、また頼むぞ」


 その言葉に、わずかな誇りが混じる。


 レクサスはもう“よそ者の鉄の馬”ではない。


 ベルクスの街を走る、ひとつの足だ。


 俺はハンドルを握りながら、街並みを見渡す。


 石畳。


 市場の匂い。


 遠くで鳴る鐘の音。


 この世界。


 この街。


 その一員になれた。


 そんな気がした。


 

 レクサスへの依頼は絶え間なく続いた。


 報酬は荷馬車の最低二倍。


 それは単に利便性が優れているからではない。

 同じ金額にしてしまえば、結果として荷馬車の仕事を奪うことになる。


 街の物流は、俺一人で回すものじゃない。


 レクサスは“補完”であり、“切り札”だ。


 馬車組合との話し合いの末に決めた、正式な取り決めだ。


 とはいえ、報酬は多いほうがありがたい。

 貯金は着実に増えていく。


 皆に必要とされている実感もあった。


 充実していた。


 俺は夢中で働いた。


 そんなある日。


 どうしても断れない大口の依頼が入り、牧場の商品配達を手伝えなかった。


「レクサスは、皆に必要とされているんだから、良いよ」


 アンナはそう言ってくれたが、胸の奥がちくりと痛む。


 アンナとマルタばあさんは、昔のように荷車に商品を積み、街へ向かっていった。


 ぎし、ぎし、と軋む木輪の音。


 その後ろ姿を見送りながら、俺は思う。


 レクサスがある限り、

 俺一人なら、この世界で生きていくことはできる。


 だが――


 それでいいのか?


 俺だけが速くなって。

 俺だけが豊かになって。


 アンナは?

 マルタばあさんは?

 この街の皆は?


 物流は、街の血流だ。

 一部だけが速くなっても、他が滞れば、やがて壊死する。


 レクサス一台でできることは小さい。


 だが、技術を。

 考え方を。

 仕組みを広めれば――


 この世界そのものを、変えられるんじゃないか?


 目が覚めたようだった。



 まずは、身近な大切な人からだ。


 俺は貯めた金で、新しい馬車を一台買った。


 それを、アンナとマルタばあさんに差し出す。


「ほんとうにいいのかい?」


 マルタばあさんは目を丸くした。


 一方でアンナは、じっと俺を見る。


「もしかして、この馬車を手切れに、

 この牧場を出ていくつもりじゃないでしょうね?」


 ――そうくるか。


 思いもよらない言葉に、一瞬言葉を失う。


 そんな発想は、これっぽっちもなかった。


 俺は、慌てて首を振る。

 

 正直に言えば、街で部屋を借りる余裕はある。


 だが――


 俺は、牧場での暮らしが好きだった。


 朝の草の匂い。

 夕焼けに染まる柵。

 アンナと二人で商品を積み込み、街へ走る時間。


「そのつもりはない。ずっと、いさせてもらいたいと思っている」


 それは、本心だった。


 ――アンナともずっと一緒にいたい。


 そこまでは、言えなかったが。


「なら、いいわ」


 アンナはニッと笑った。


「タカセ、ありがとう。この恩は一生忘れないわ」


 馬のたてがみを撫でながら、


「これからよろしくね。あなたの名前、考えないと」


 無邪気に笑う。


 その横顔を見て、胸の奥が少し熱くなる。


 物流革命だなんて、大げさなことを考えていたけれど。


 まず守りたいのは、この笑顔だ。


 そう思った。



「サスペンション?」


 馬車組合の応接室。


 分厚い樫の机を挟み、ドミニクが眉をひそめた。


 初めて聞く単語だ。


 だが、警戒よりも好奇心のほうが勝っている顔だった。


 俺はゆっくりとうなずく。


「はい、サスペンション。簡単に言えば、クッションです」


 窓から差し込む午後の日差しの中で、俺は紙に簡単な図を描く。


 車輪。

 車軸。

 その上に荷台。


「レクサスに乗っていても揺れを感じないのは、

 車体と車輪の間に、衝撃を受け止める仕組みがあるからです」


 線と線の間に、弓なりの形を描き足す。


「これを、馬車にも取り付ける。すると――荷台の揺れを大きく軽減できます」


 ドミニクの目が細くなる。


「なるほど……そうすると、搭載品の破損が大きく減る」


 声が一段大きくなった。


 さすが馬車組合の長だ。

 まず“損失”に目が向く。


「陶器、ガラス、薬品。割れ物の輸送が現実的になります」


「……高級酒もか」


「ええ」


 横で腕を組んでいたグレインが、にやりと笑う。


「乗り心地もよくなるってわけか。

 となれば、金持ちや貴族がこぞって乗ってくるぞ」


「はい。長距離移動が“苦行”ではなくなります」


 応接室の空気が、わずかに変わった。


 金の匂いがする話だ。


 だが、俺は首を振る。


「サスペンションの効果は、それだけではありません」


 二人の視線が、同時に俺へ向く。


「揺れが減れば、馬の疲労も減る。御者の負担も減る。事故も減る」


 ドミニクが無言でうなずく。


「平均速度が安定します。無理に急がなくても、結果的に到着が早くなる」


「……街道の滞留が減るな」


 さすがだ。


「さらに、負傷者の輸送。妊婦や高齢者の移動。軍の伝令。全部が安全になります」


 しん、と室内が静まった。


 これは単なる“儲け話”ではない。


 街の血流を変える話だ。


 ドミニクが、ゆっくり椅子に背を預ける。


「つまり、お前は――」


 低い声。


「馬車そのものを、変えようとしているのか」


 俺は、正面からその視線を受け止めた。


「これを、馬車組合と一緒にやりたい。ドミニクさん、どうでしょう?」


 一瞬の沈黙。


 だが、ドミニクは迷わなかった。


「おもしろい。」


 即答だった。


 その目は、挑戦を前にした男の目だ。



 後日。


 組合の作業場に、木の匂いと鉄の匂いが混じる。


 ドミニクは、腕利きの馬車大工を連れてきた。

 グレインは、無口だが腕は確かな鍛冶職人を連れてきた。


 俺は板の上に羊皮紙を広げる。


 サスペンション。


 レクサスのようなコイルスプリングは、この世界の鍛冶技術では難しい。


 だが――板バネならいける。


 昔読んだ本の断片的な記憶をたぐり寄せながら、俺は弓なりの線を描く。


 車軸。

 その上に半楕円の鉄板。

 その上に荷台。


 何枚か重ねる。


 しなる鉄。


「なるほど……」


 大工が図面をのぞき込む。


「荷台を直接車軸に乗せず、この板で受けるのか」


 鍛冶職人が腕を組む。


「鉄を薄く延ばし、何枚か重ねる……。単純だが、理にかなっている」


「簡単な仕組みだ。なぜ、こんな単純なことを誰も思いつかなかったのか!」


 大工が興奮気味に声を上げる。


 議論が始まった。


 鉄の厚みは?

 何枚重ねる?

 固定はどうする?

 荷重は何百キロを想定する?


 専門用語が飛び交う。


 俺は口を出さない。


 ここからは、彼らの領域だ。


 技術は、俺のものではない。

 この街の職人の手で形になる。



 作業場の隅で、俺とドミニクは向き合った。


「まずは一台、試作だ」


「公開試験にしましょう。商人にも見せたい」


「導入は段階的にいく」


 短いやり取りで、大枠は決まった。


 技術は組合の管理下で広める。

 導入は急がず、確実に。


 そして、利益の分配も、互いに納得できる形で。


 俺は大きくうなずく。


 なにも、ぜいたくをしたいわけじゃない。


 だが、次の一歩を踏み出すには、資金がいる。


 これは、始まりにすぎない。

 


 試験走行の日。


 組合の広場には、人だかりができていた。


「本当に揺れが減るのか?」


 試作馬車は、見た目は普通だ。

 だが車軸の上に、弓なりの鉄板――板バネが仕込まれている。


 まずは空荷で走る。


 石畳を越え、わざと轍へ。


 ごとん、と衝撃。


 だが荷台は跳ねない。


「……揺れが、柔らかい」


 ざわめきが広がる。


「次だ」


 卵百個を積む。


 最小限の梱包。


 馬車は再び走った。


 戻ってくるまでの時間が、妙に長く感じる。


 箱を開ける。


 一つ。無傷。

 二つ。無傷。

 三つ。無傷。


 数え終わる。


 割れは、二個だけ。


 広場がどよめいた。


 ドミニクが言う。


「成功だ」


 歓声が上がる。


 俺は静かに拳をほどいた。


 レクサスは速い。


 だが、この馬車は――広がる。


 ここからだ。

  


『タカセ式懸架馬車。』


 ドミニクが、そう命名した。


「発案者に敬意を表して、だ」


 正直、はずかしい。


 自分の名が技術につくなんて、むずがゆいにもほどがある。


 だが、この名が信用になり、背中を押してくれるなら ――悪くない。


 その名を背負う覚悟で、うなずいた。



 そして、組合正式仕様の第一号車。


 磨き上げられた車体。

 弓なりの板バネが、誇らしく光っている。


 俺は、それをアンナの牧場へと運んだ。

 牧場への贈り物だ。


 柵の前で止めると、アンナが目を見開いた。


「ああ、タカセ。本当にいいの!」


「この前、馬車をもらったばかりなのに!」


「ああ」


 俺は笑う。


「一番最初に、アンナたちに乗ってもらいたかったんだ」


 一瞬、アンナは言葉を失った。


 そして――


「ありがとう」


 そう言って、俺に抱きついた。


 これは!


 頑張った甲斐があった!


 胸がどきどきする。

 板バネよりも俺の心臓のほうがよく弾んでいる。


 アンナはぱっと離れ、今度は馬へ駆け寄った。


「ヴァルディア。あなた、楽になるわよ」


 愛馬の名を呼び、額を撫でる。


 ヴァルディアは、ひひん、と嬉しそうに鳴いた。


 その光景を見ているだけで、胸が温かくなる。


 アンナはヴァルディアの頭を撫でながら、ふと振り返った。


「どうして、私たちにこんなによくしてくれるの?」


 俺は、言葉に詰まる。


 ――一番大事な人だから。


 それは、まだ言えない。


「俺は、この世界をもっと豊かにしたいんだ」


「その一歩一歩を、アンナに見てほしいんだ」


 アンナは、ゆっくりと俺を見る。


 目が、少し潤んでいる。


「ふふっ」


「ずいぶん、かっこよくなったじゃない?」


 その言葉に、どきりとする。


「タカセらしくないわね」


 いたずらっぽく笑う。


 夕陽が牧場を染める。


 新しい馬車と、誇らしげなヴァルディア。

 そして、笑うアンナ。


 おれはこの夕暮れのひと時を、

 ずっと忘れないだろう。

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