06レクサス、商隊を率いる
貿易都市ヴァルテッサへ続く道を、
二十台の荷馬車が進んでいた。
隊列は縦に長い。
中央と最後尾には護衛の冒険者が同乗している。
そして――
先頭をゆくのは、俺のレクサスだ。
黒い車体が、街道を滑るように走る。
助手席にはアンナ。
初めての遠出がよほど楽しいのか、鼻歌を歌っている。
げんきんなものだ。
だが、俺も人のことは言えない。
アンナとふたり、ロングドライブ。
言い方次第では、デートと言えなくもない。
だが。
アンナのいで立ちは、まったく色気がない。
しっかりとした冒険者装束。
頭には矢避けの額あて。
腰には剣。
手には杖。
完全に戦闘モードだ。
残念ながら、甘い空気とは程遠い。
◇
出発してから一日が経過していた。
レクサスが先頭を走る効果は、確実に感じられている。
獣に遭遇することはあった。
だが、見慣れない黒い塊に警戒しているのか、近づいてこない。
夜間は特に顕著だった。
ヘッドライトが森を切り裂く。
闇の奥で光る獣の目が、すぐに遠ざかっていく。
馬は怯えず、隊列は乱れない。
それだけで、十分な抑止力だ。
ドミニクの読みは正しかった。
◇
そして、二日目。
荷馬車隊は森の中の路に入った。
これを抜ければ、ヴァルテッサは近い。
日は高い。
だが左右から迫る木々が、空を細く切り取っている。
道幅は狭い。
見通しも悪い。
俺は無意識にアクセルをゆるめた。
「静かすぎるわね」
アンナがつぶやく。
鳥の声がない。
風も弱い。
妙な圧迫感がある。
だが――
ここまで順調だった。
このまま無事に到着できる。
そう思った、次の瞬間。
雄たけび。
同時に、前方左右の森から人影が飛び出してきた。
十人……いや、それ以上。
手に武器。
弓を構える者。
斧を振り上げる者。
「盗賊だ!」
アンナが叫ぶ。
ヒュン、と風を裂く音。
矢が飛ぶ。
荷馬車の馬がいななく。
隊列が揺れる。
「くそ……!」
俺はハンドルを切った。
レクサスを前方へ出す。
ガン、と鈍い衝撃。
一本の矢がフロントガラスに弾かれる。
傷ひとつ付かない。
「この馬車……!」
盗賊の一人が目を見開く。
レクサスは止まらない。
むしろ加速する。
エンジン音が森に響く。
黒い塊が突進する。
正面に立っていた盗賊が、慌てて横へ飛び退いた。
「ば、化け物か!」
その隙に、荷馬車隊は隊列を整える。
中央と後方の冒険者が剣を抜き、応戦を開始した。
「アンナ!」
「まかせて!」
窓を半分下げる。
アンナが杖を振りかざす。
その先端に、赤い光が集束する。
空気が震える。
轟、と唸りを上げ、拳大の火球が一直線に飛んだ。
盗賊の足元で炸裂する。
爆ぜる衝撃。
地面が抉れ、土煙が舞い上がる。
悲鳴。
吹き飛ばされる盗賊たち。
俺はすぐさまハンドルを切り、レクサスを盗賊の正面へ向けた。
エンジンが唸る。
黒い車体が森の中を駆け回る。
質量と速度。
盗賊たちは近づけない。
怯え、距離を取る。
その隙を、アンナは逃さない。
窓越しに次々と火球を放つ。
炎が弧を描き、炸裂する。
的確だ。
無駄がない。
次々と地面に沈む。
残った連中は、完全に浮足立っていた。
だが――
森の奥から、ゆっくりと現れた影があった。
他より一回り大きい男。
重装備。
手には長弓。
目は冷静。
ただの雑魚ではない。
男が静かに狙いを定める。
俺ではない。
後方の荷馬車。
「させるか!」
咄嗟にアクセルを踏み込む。
レクサスを急発進させ、大男へ一直線に突っ込む。
一気に間合いが縮まる。
男は横へ跳び、かわす。
だが、即座に背から大剣を引き抜いた。
重い鉄が陽光を反射する。
同時に、アンナがドアから飛び出した。
地面に着地。
剣を抜き、大男へ一直線に踏み込む。
大剣が振り下ろされる。
重い一撃。
アンナは紙一重でかわし、太刀を浴びせる。
火花が散る。
だが男も手練れ。
受け、流し、反撃。
重い斬撃が地面を抉る。
拮抗。
勝負がつかない。
ふと、脳裏によぎる。
ハインツとの稽古。
あのときの、張り詰めた空気。
この男――
ハインツと同等か、それ以上。
そう思った瞬間、背筋が冷えた。
アンナの分が悪い。
だが。
焦りはない。
事前に申し合わせていた。
ひとつの作戦。
レクサスが、『隙』を作る。
アンナの指先が、ほんのわずかに動く。
――今だ。
俺はハンドル中央のクラクションを、思いきり押し込んだ。
ブゥゥゥゥ――――ッ!!
森を震わせる大音量。
空気を裂く重低音。
鳥が一斉に飛び立つ。
大男の動きが、一瞬止まった。
わずかな硬直。
その一瞬を、アンナは逃さない。
踏み込み。
閃光のような一太刀。
剣先が男の喉元を突き抜ける。
大男の目が見開かれる。
次の瞬間、巨体が崩れ落ちた。
地面が揺れる。
勝負はついた。
残党たちは統率を失い、一斉に森へ逃げ出す。
追う必要はない。
俺は深く息を吐いた。
乗り切った。
後方から、仲間たちの歓声が上がる。
こちらは全員無事だ。
軽傷者の治療を済ませ、隊列を整える。
再び先頭へ。
レクサスが森の道を進む。
◇
森を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
どこまでも続く平原。
黄金色に揺れる麦畑。
その先に――
白い石壁に囲まれた巨大都市が広がっていた。
塔がいくつも立ち上がり、
中央にはひときわ高い時計塔。
街道はまっすぐ都市へ伸び、
荷馬車、旅人、商隊がひっきりなしに行き交っている。
貿易都市ヴァルテッサ。
四方の街道が交わる交易の要衝だという。
二十台の荷馬車が列をなして門へ向かう。
門前は混雑していた。
荷を積んだ馬車が列をなし、
商人たちが声を張り上げ、
門兵が入市税を確認している。
喧騒。
だが――
黒いレクサスが先頭に現れた瞬間。
ざわり、と空気が変わった。
人々の視線が、一斉にこちらへ向く。
さざ波のようなざわめきが広がる。
「きいたことがある……」
誰かがつぶやく。
「ベルクスの鉄の馬か!」
その一言で、ざわめきが爆ぜた。
「噂のやつだ!」
「馬なしで走るって本当か?」
あっという間に、荷馬車隊の周囲に人だかりができる。
子どもが駆け寄り、目を輝かせる。
商人が腕を組み、値踏みする。
冒険者が興味深げに車体を見上げる。
門兵でさえ、槍を持ったまま目を奪われている。
レクサスは何もしていない。
ただそこにあるだけで、場を支配している。
アンナは窓から身を乗り出し、得意げに手を振った。
「レクサスっていうのよ! すごいでしょ?」
歓声が上がる。
俺はハンドルを握りながら、ふと記憶をたどる。
ベルクスの街を、初めてレクサスで走った日。
あのときも、人々は足を止めた。
だが、今は違う。
噂が先に走り、
期待が積み上がり、
物語になっている。
俺はただ運転しているだけだ。
それなのに。
まるで凱旋の主人公のような気分になる。
悪くない。
むしろ――
かなり気分がいい。
アンナが横で小さく笑う。
「タカセ、あなた、まるで、英雄みたいね」
英雄か。
ただの運転手なのだがな。
◇
その夜。
宿屋の食堂では、無事に食糧輸送を成し遂げた祝いの宴が催された。
長テーブルには肉料理とパンが並び、
大きな樽からは酒が次々と注がれていく。
昼間の緊張が嘘のように、笑い声が響いていた。
俺とアンナは、荷馬車隊の商人たちや護衛の冒険者に囲まれている。
肩を叩かれ、杯を差し出され、話しかけられる。
完全に主役だ。
特にアンナは――
モテモテだった。
「見事な火球呪文だった!」
「あの大男相手にあの大立ち回り、すごかったぞ!」
「さすが、ハインツの娘だ!」
男たちが口々に昼間の戦いを語る。
アンナは鼻を鳴らす。
「いやあ、それほどでも~」
そう言いながら、ジョッキをぐびぐびと空けている。
一方で――
「レクサスといったか、お前の馬、すごいな」
「どうやって動いているんだ?」
「今度、乗せてくれよ」
レクサスもまた、完全に人気者だった。
出発前、彼らはどこかよそよそしかった。
得体のしれない“鉄の馬”。
同業を脅かす存在。
警戒されていたのは間違いない。
だが。
先頭を走り続けたレクサス。
夜の闇を裂いたヘッドライト。
盗賊の矢を弾いたボディ。
そして最後の一戦。
あの瞬間から、空気が変わった。
競合ではない。
脅威でもない。
仲間だと。
同じ隊列を守る者だと。
そう認められた。
俺も、できることなら仲良くやっていきたい。
奪うのではなく、並んで走る。
そのほうが、ずっといい。
この仕事を受けて、本当によかった。
心から、そう思った。
◇
翌朝、俺たちは帰路に着いた。
レクサスのハンドルを握り、何気なくメーターを見る。
四目盛。
出発前より、一つ増えている。
俺は思わず笑った。
きっと、この旅の成果だ。
それに気づいたアンナが、身を乗り出す。
「やったじゃない!」
差し出された手に、俺は応えた。
パン、と軽い音が車内に響く。
俺も少しずつ成長している。
レクサスに頼るだけじゃない。
アンナに守られるだけでもない。
いつか、肩を並べて走れる。
そんな気がした。




