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レクサス転生――ローン付きSUVで始める異世界物流革命  作者: しばたろう


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05レクサス、馬車組合に睨まれる

 夜半すぎ。


 ようやく、薬師の処置がひと段落した。


 広場に出てきた薬師は、額の汗をぬぐいながら深く息を吐く。


「峠は越えた。あとは数日、安静にすれば大丈夫だ」


 その瞬間。


 広場にいた村人たちが、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。


 押し殺していた嗚咽が、あちこちから漏れる。


 安堵の涙だった。


 子どもを抱えた母親が、俺とアンナの前まで歩いてくる。


「ありがとう……本当に、ありがとう」


 深く頭を下げる。


 俺は思わず手を振った。


「いや、俺は運んだだけで――」


「その“だけ”が、どれだけ大きいか」


 村長らしき老人が、静かに言う。


「馬車なら、明日の朝になっていたと聞いた。

 そうなれば……何人かは、持たなかっただろう」


 言葉の先が、かすれる。


 俺は何も言えなかった。


 アンナが俺の横で、小さく胸を張る。


「レクサス、すごいでしょ?」


 その声は、いつもより少しだけ誇らしげだった。



 翌朝。


 帰りの道は、昨日の緊張が嘘のように静かだった。


 燃料メーターを見る。


 三目盛。


 夜のあいだに、魔力はきちんと回復している。


 燃料は十分。

 そして、胸の内も軽い。


 ベルクスの街へ戻り、そのままギルドへ向かう。


 受付で名乗るとグレインが飛び出してきた。


「やり遂げたか」


 短い問い。


 後ろから薬師が歩み出る。


「ノルデンの子どもたち、助かりました」

「本当に二時間で着いたのです」

「魔法の馬車は、本物です」


 ギルド内がざわめく。


 グレインはゆっくりとうなずいた。


「今日から、レクサスは“珍しい馬車”ではない」


 一拍置く。


「“命を運ぶ馬車”だ」


 その言葉が、静かに、しかし確実に広がっていく。


 冒険者たちの視線が変わる。


 値踏みではない。


 評価だ。


 アンナが小声で言う。


「ちゃんと認められたわね」


 俺は静かにうなずいた。


 レクサスは、この世界で初めて“必要とされた”。


 その事実が、小さな誇りとなって、

 俺の胸の奥に静かに灯った。

 

 

 ノルデンの一件から、数日。


 ギルドの空気が、どこか変わっていた。


 最初に来たのは、小さな依頼だった。


「急ぎで薬草を運んでほしい」


 次は商人。


「傷みやすい果実を、日が落ちる前に届けられないか」


 そして――


「魔物被害が出た村へ、救援物資を」


 気づけば、グレインの机の上には

 “レクサス指定”の依頼が積まれていた。


 グレインは腕を組み、低くうなる。


「……想定より早いな」


「何がです?」


「需要だ」


 グレインは依頼書を一枚、俺に差し出した。


「お前の馬車は“速い”だけじゃない。

 “確実だ”と認識された」


 確実。


 その言葉は重い。


 急ぎの荷、傷みやすい荷、

 時間に価値がある荷。


 それらが、次々とレクサスへ向けられていった。

 

 レクサスは、もう珍しい存在ではない。


 必要とされる存在になった。


 そして――必要とされる存在は、

 必ず誰かの利害に触れる。


 それは、想定より早くやってきた。

 


 ある日、俺は、ギルドに呼び出された。

 俺とアンナはギルドへと向かう。


 通されたのは、ギルド長室。

 

 部屋に入った瞬間、空気が違うとわかった。


 ソファーに腰掛けているのはグレイン。


 その向かいに、ひとりの男。


 背筋を伸ばし、静かに座っている。


 後ろには屈強な男が三人。腕を組み、無言で立っていた。


 物々しい。


「タカセ。こちらは馬車組合のドミニクだ」


 馬車組合。


 やはり来たか。


 レクサスは、明らかに既存の馬車と競合している。


 俺は勧められるまま、ソファーに腰を下ろす。


 アンナは俺の後ろに立ったまま、杖を握っている。


 警戒している。


 後ろの男たちが俺をにらむ。


 威嚇だ。


 だが、目を逸らす理由はない。


「馬車組合で組合長をしている、ドミニクだ」


 低い声。

 怒鳴らない。


 だが、圧がある。


「はじめまして。タカセです」


 ドミニクを見据え、挨拶を返す。



「単刀直入に言おう」


 ドミニクはゆっくりと前かがみになる。


「お前の馬車の活躍は耳にしている」

「それが街の人々の助けになっていることは、喜ばしいことだとも思っている」


 一拍。


「だが――」


 低く落ちる声。


「俺たちの中では、お前の活躍に対して、不安の声も多くなってきてな」


 部屋の空気が、わずかに張りつめる。


「レクサスが、あなた方の仕事を奪うのでは、と?」


 俺は先に切り出した。


 ドミニクは目を細める。


「話が早い。その通りだ」


 否定も飾りもない。


 そこで、グレインが口を開いた。


「ドミニクはその件について、俺たち冒険者ギルド側と話をしたいと言ってな」


 ドミニクが続ける。


「なに、ギルドと馬車組合は今までうまくやっている。

 ことを荒立てるつもりはない。ただ、ギルドの考えを聞いておきたいと思ってな」


 なるほど。


 よくある話だ。


 元の世界で俺が働いていた物流業界でも、幾度となく見てきた。


 新しい技術が現れるたびに起こる、既存勢力との摩擦。


 この場合、行く末は三つ。


 撤退するか。

 既存勢力にとって代わるか。

 あるいは――すみ分け・共存。


 俺は息を整える。


「俺は、馬車とレクサスは、すみ分けできると考えています」


 まず、はっきりと。


「あなたたちから仕事を奪うつもりは、毛頭ない」


「ほう」


 ドミニクがわずかに目を細める。


 俺は続ける。


「たしかにレクサスは速い。しかし、この世に一台しかありません」

「さらに、魔力の都合で一日に動ける距離も限られている」

「とてもではないが、あなたたちに取って代わる規模ではない」


 グレインが補足する。


「世間では、冒険者ギルドが大量のレクサスを投入する準備をしているという噂が流れているが――」


 首を振る。


「それはデマだ」


 ……そんな噂が流れていたのか。


 噂話とはおそろしいものだ。


 ドミニクはしばらく黙っていた。


 やがて、表情をわずかにやわらげる。


「それを聞いて安心した」


 低い声。


「タカセ、若いのに、話せるやつだ」


 背後の男たちの肩から、わずかに力が抜ける。


 場の空気が、ゆっくりと和らいでいくのを感じた。


 それから俺たちは、

 馬車とレクサスのすみ分けについて、具体的な事柄を詰めていった。


 長距離の緊急輸送はレクサス。

 通常輸送や日常の定期便は馬車。


 話してみて、わかった。


 ドミニクは、単に仕事を守ろうとしているのではない。


 馬車事業に誇りを持ち、仲間や家族の生活を背負っている男だ。


 守るべきものがあるからこそ、ここに来たのだ。


 俺は思う。


 これは敵ではない。


 同じ街で生きる者同士の、話し合いなのだ。



 ドミニクとの話し合いから、しばらくして。


 俺はまたギルドに呼び出された。


 ――馬車組合から話がある。


「おもしろそう」


 アンナがそう言って、当然のようについてくる。


 俺たちはレクサスに乗り込み、ギルドへ向かった。



 ギルド長室。


 待っていたのは、

 グレイン

 と

 ドミニク

 だった。


「久しぶりだな、タカセ」


 ドミニクが言う。


 前回とは、空気が違う。


 敵意ではない。


 決断の気配だ。


 グレインが切り出す。


「今日は、馬車組合からお前に依頼があってな」


「依頼?」


「ああ。実は――」


 ドミニクがゆっくりと話し出した。


「西の貿易都市ヴァルテッサへ、大規模な食糧輸送がある」


 荷馬車二十台。


 ここから西へ、馬車で二日の距離。


 この時期としては異例の規模だ。


「街道の情勢が少し荒れていてな」


 グレインが補足する。


「盗賊の動きが活発だ。魔物も増えている」


 二十台の馬車は、恰好の獲物だ。


 ドミニクは俺をまっすぐ見る。


「荷馬車隊の先頭を、お前のレクサスに走ってほしい」


「先頭を?」


「そうだ」


 低く、はっきりと。


「お前の馬車は頑丈だ。

 そして、馬のように威嚇におびえることもない」


 さらに続ける。


「それに――目立つ」


 黒い車体。

 異様な速度。

 噂の馬車。


「先頭にいれば、襲う側は計算する。

 本気の護衛がいる、と」


 心理的抑止。


 なるほど。


「つまり、先陣を切るにはちょうどいい、というわけですね」


 そう答えたものの。


 二十台の先頭。


 標的にもなりやすい。


 危険ではないか――そんな不安が頭をよぎる。


 少し考えさせてくれ、と言おうとした矢先。


 黙って聞いていたアンナが口を開いた。


「いいわ。受けましょう」


 なぜか、俺より先に返事をする。


 俺は口を開きかけて、やめた。


 アンナの目は、もう決まっている。


 ドミニクが立ち上がる。


「では、よろしく頼む。出発は明後日だ」


 差し出された手。


 ……まあ、いいか。


「わかりました」


 俺はその手をしっかりと握り返した。

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