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レクサス転生――ローン付きSUVで始める異世界物流革命  作者: しばたろう


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04レクサス、ギルドにお披露目される

 翌朝、俺はレクサスでハインツとエルザをベルクスの街まで送った。

 次の依頼が入ったらしい。

 話を聞くかぎり、なかなか骨が折れそうな内容だ。


 助手席にはハインツ。

 後部座席にはエルザと、なぜか当然のようにアンナも乗り込んでいる。


 石造りの街門をくぐった瞬間、通りの空気がざわりと揺れた。

 黒光りする車体を見て、人々の視線が一斉にこちらへ集まる。


 やはり目立つ。


 アンナは窓を開け、笑顔で手を振った。

 どこか誇らしげだ。


 わっと街の人が近づいてくる。

 だが、ハインツが鋭く周囲をにらむと、

 近寄ろうとしていた人々はすっと距離を取った。

 無邪気な野次馬も、彼の威圧感には勝てないらしい。


 俺はそのまま冒険者ギルドの前にレクサスを停めた。


 エンジンを切ると、異様なほどの静けさが戻る。


「ギルドのメンバーに紹介しておこう。」


 俺はハインツに連れられ、ギルドの中へ入った。


 アンナはレクサスのそばに残り、

 杖を抱えながら車体にもたれている。

 いたずらされないよう見張ってくれているのだ。

 頼もしい。


「みんな、うちのタカセタクミを紹介する。

 転移者にして、魔法の馬車“レクサス”の乗り手だ!」


 ――いつの間にか“うちのタカセ”になっているが、まあいい。


「例の黒い馬車か」


 ざわめきが広がる。


 奥から一人の男が歩み出てきた。

 ギルド長の

 グレイン。

 五十代ほど。

 無駄のない体つきに、戦場も商談もくぐってきたような鋭い目をしている。


「噂には聞いている。レクサスか。実に興味深いな」


 その視線が、俺を静かに測る。

 まるで人ではなく、“可能性”を見ているようだった。


 ハインツが俺の肩を軽く叩く。


「グレイン。こいつがタカセタクミだ。よろしく頼む。」


「レクサスの乗り手か? ……若いな。」


「よろしくお願いします。」


 俺は軽く頭を下げた。


 グレインは短くうなずいた。


「若さは武器にも弱点にもなる。

 せいぜい、この街でうまく立ち回ることだ。」

 

 ――忠告か、試しか。

  

 ひととおり挨拶を終え、外へ出ると――


 レクサスの周囲には、すでに人だかりができていた。


「これはタイヤと言ってね。ゴムという素材でできてて……」


 アンナがやじ馬たちに向け、得意そうにレクサス談義を繰り広げている。


 完全に広報担当だ。


 俺は苦笑しながら運転席に戻った。


 ハインツとエルザに別れを告げ、街を後にする。


 バックミラーの向こうで、ベルクスの街並みがゆっくりと遠ざかっていく。


 ――この世界で、レクサスは確実に名を広めつつある。



「父さんと母さんは、あの街では、そこそこ名の知れた冒険者なの」


 牧場に戻る途中、助手席に座るアンナが誇らしげにそう語った。


 ギルドでの皆のハインツやエルザの扱いを思い出す。

 あれは単なる顔見知りではない。

 はっきりと尊敬と、長年築いた信頼があった。


 さもありなん、と納得する。


 レクサスは土の道を滑るように進む。

 静かなエンジン音の中、俺はちらりとアンナの横顔を見る。


 両親を誇るその表情は、どこかまぶしかった。


 そして、ふと一つの疑問が浮かぶ。


「アンナは、ご両親みたいに冒険者にはならないのか?」


 アンナは少しだけ視線を空へ向け、うーん、と小さく唸った。


「そうね……剣術や魔術は好きなんだけど」


 一拍、間を置く。


「でも、正直、冒険者そのものにはあまり興味がないのよ。

 牧場で暮らしてるほうが、性に合ってるの」


 穏やかな声だった。


 なるほど。


 好きなことと、仕事にしたいことは別。

 そういうことか。


 だが、俺の頭には今朝の光景が焼きついている。

 

 牧場の庭で、

 アンナはハインツに稽古をつけてもらっていた。

 

 ハインツの重い一撃を、紙一重でかわすアンナ。

 体勢を崩さず、そのまま鋭い剣技を連続で繰り出す。


 …かっこいい。


 あまりの迫力に、俺は見入ってしまった。


 昨晩、エルザが言っていた。


 ――アンナは並みの冒険者より強い。


 その言葉に、重みが宿る。


 これだけの腕前を、

 街への商品搬送時の護衛程度にしか使っていないのは、

 正直もったいない気もする。


 アンナは窓の外を眺めながら、静かに続ける。


「父さんも母さんも、冒険者の仕事が好きなの。

 でもね、私は……あのふたりが帰ってくる場所を守るほうが、好きなのよ」


 その言葉に、少しだけ胸を突かれる。


 戦うことより、帰る場所を守ること。


 強さの使い道は、一つじゃない。



 それから、しばらくのあいだ。


 俺はレクサスで牧場の荷を街へ運び、

 時には、ハインツとエルザの送り迎えをしながら日々を過ごした。

 

 最初は物珍しさで人だかりができたレクサスも、

 今ではベルクスの街にすっかり馴染んでいる。


「ああ、例の魔法の馬車だ」


 そんな声が聞こえることはあっても、

 かつてのように視線を独占することはなくなった。


 少し寂しい気もするが、

 それだけこの世界の一部になれたということだろう。


 そして。


 この世界での運転にも、だいぶ慣れてきた。


 ぬかるみの避け方、石の転がりやすい場所、

 魔物が出やすい時間帯。


 経験が、少しずつ積み重なっていく。


 はたまた、毎日欠かさず続けている魔力の基本練習のおかげか。


 ある朝、燃料メーターを確認して、俺は思わず息をのんだ。


 ――三目盛。


 以前は二目盛が限界だったのに。


 わずか一目盛。

 だが、その一目盛は確かな成長の証だった。


「やったな」


 ハンドルを軽く叩く。


 俺の魔力は、確実に伸びている。


 一方。


 アンナのほうはというと――


 いまだに、レクサスを動かすことができない。


 スタートボタンに手を置き、目を閉じ、集中する。


 だが、エンジンは沈黙したままだ。


「もう少しで、なにか掴めそうなんだけどなあ」


 そう言って悔しそうに唇を尖らせる。


 けれど、その目はきらきらと楽しげだ。


 失敗しているはずなのに、どこか嬉しそうでもある。



 そんな、穏やかな日々のある日。


 街から一台の馬車が、砂煙を上げながら牧場に駆け込んできた。


 御者席から飛び降りたのは――

 ギルド長の

 グレイン。


 いつもの落ち着いた表情はない。

 明らかに切羽詰まっている。


 その日は、ハインツとエルザはギルドの依頼のため不在だった。

 牧場にいるのは、俺とアンナ、そして、マルタばあさんだけだ。


 グレインはまっすぐ俺の前に立つ。


「タカセ。急ぎの依頼がある。」


 低く、重い声。


「北の村――ノルデンで疫病が出た。」


 その一言で、空気が張り詰める。


「子どもから高熱が出始めている。

 薬師と治療薬を今すぐ届けたい。だが……」


 グレインは短く息を吐いた。


「馬車では一日はかかる。

 その一日が、命取りになるかもしれん」


 俺の頭の中で、距離と時間が瞬時に組み上がる。


 馬車の巡航は時速五キロ前後。

 休憩を含めれば丸一日。


 レクサスなら――未舗装を考慮しても二時間弱。


 魔力は三目盛。


 往復も、理屈の上では可能だ。


 余裕はない。

 だが、足りる。


「やります」


 答えは自然に出た。


 グレインは小さくうなずく。


「薬師も連れてきている。すぐ出発してくれ」


 馬車の中から中年の薬師が顔を出した。

 腕には木箱。治療薬だろう。


 横でアンナが一歩前に出る。


「私も行く」

「道中、なにが出るかわからないでしょう?

 護衛は必要よ」


 迷いのない目だった。


 俺はうなずく。


 準備にかかった時間は数分。


 薬箱を後部座席に固定し、薬師を乗せる。

 アンナは助手席で杖を握る。


 エンジンをかける。

 俺はアクセルを踏み込んだ。

 レクサスは北へ向かって加速する。


 

 北へ向かう道は、街道といっても未舗装だ。

 左右は森。見通しは悪い。


 レクサスは時速三十キロほどで進んでいる。


 後部座席の薬師は、レクサスに乗るのは初めてだ。

 揺れの少なさと速度に目を丸くし、感嘆の声を上げる。


「す、すごい……これが噂の……」


「すごいでしょ、レクサス」


 アンナは軽く笑って応じる。

 だが、その視線はずっと森の縁をなぞっている。


 そのときだった。


 ガサリ、と森の奥で枝が折れる音。


 嫌な音だ。


「なにか……来る」


 アンナの声が低くなる。


 次の瞬間、茂みを割って飛び出してきたのは――三ツ目狼。


 さらにその後ろから、もう二体。


 三体一組。

 いや、後方にも影が揺れている。


 群れだ。


「ひっ」


 薬師が短く息を呑む。


 先頭の一匹が、道の中央に飛び出す。


 ブレーキを踏めば時間を失う。

 だが、真正面からぶつかれば衝撃は避けられない。


 一瞬。


 迷う暇はない。


 俺はアクセルを踏み込んだ。


「捕まってろ!」


 狼が跳躍する。


 その瞬間、アンナが窓を開ける。


「右、寄せて!」


 ハンドルをわずかに切る。


 火球が放たれる。


 轟音。


 跳びかかった狼が横に吹き飛ぶ。


 だが終わらない。


 左右から二体が並走してくる。

 速度はレクサスとほぼ同じ。


「速いな……!」


 三ツ目の中央の目が、不気味にこちらを見据えている。


 後方からも一体が迫る。

 完全に包囲する気だ。


「このまま走らせて!」


 アンナは窓枠に体を固定し、杖を構える。


 連続詠唱。


 火花が走る。


 二発目の火球が左の狼を直撃。

 炎に包まれ、転がる。


 右側の一体がタイヤを狙い、跳躍する。


 その瞬間、俺はハンドルを鋭く切った。


 車体が横滑りする。


 タイヤが土を噛む。


 狼は空振りし、地面に叩きつけられた。


 アクセル全開。


 エンジンが唸る。


 振り返れば、残った狼たちは追ってこない。


 縄張りの外まで来たのだろう。


 アンナが深く息を吐く。


「……いけたわね」


「す、すごい……」


 薬師は震えた声でつぶやく。


 俺は視線を前方に戻す。


 まだ終わりじゃない。


 レクサスは再び速度を上げる。

 

 

 森を抜けた瞬間、視界が開けた。


 小さな集落が見える。


 木造の家々。

 煙は上がっているが、人の気配が薄い。


「あれがノルデン村か……」


 俺は速度を落とし、広場へ滑り込むように停車した。


 エンジンを切る。


 静寂。


 さっきまでのエンジン音と戦闘の熱が嘘のようだ。


 数秒の沈黙のあと、家の扉がそっと開く。


 やせた男がこちらを見た。


「……来てくれたのか?」


 その声は、すがるようだった。


 薬師が飛び出す。


「患者はどこだ!」


 村人が一斉に動き出す。


 家の中から、うめき声。


 子どもの泣き声。


 さっきまでの戦闘とは別種の緊張が、胸に広がる。


 アンナが小さくつぶやく。


「……間に合った?」


 俺は燃料メーターを見る。


 二目盛、少し下。


 計算通りだ。


「間に合った」


 自分に言い聞かせるように、そう言った。


 薬師は家の中へ消え、

 村人たちは必死に薬箱を運び込む。


 広場の片隅で、ひとりの母親が子どもを抱きしめている。

 真っ赤な顔。荒い呼吸。


 アンナが近づき、そっと額に手を当てる。


「……熱いわね」


 俺はただ、立ち尽くす。


 戦いよりも、

 この光景のほうが重い。


 やがて、家の中から薬師の声が響いた。


「解熱剤を! 水をもっと!」


 村人たちが走る。


 時間が、動き出す。


 俺はレクサスに背を預け、空を見上げた。


 ここまで運べた。


 あとは、医者の仕事だ。


 アンナが戻ってくる。


「タカセ」


「ん?」


「あなた、ちゃんと“運べた”わよ」


 その言葉が、胸にすとんと落ちる。


 俺は剣を振るわない。


 魔法も使えない。


 でも――


 命を運ぶことはできる。


 それでいい。


 それでいいのだと、初めてはっきり思えた。


 遠くで、子どもの泣き声が少しだけ弱まった。


 夕陽が、ノルデン村を赤く染めていた。

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