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レクサス転生――ローン付きSUVで始める異世界物流革命  作者: しばたろう


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02この世界のこと、レクサスのこと、俺のこと

 牧場へ向かう車内で、俺はハンドルを握ったまま、恐る恐るアンナに聞いた。


「さっきの炎……あれは、なんだ? 魔法、なのか?」


 アンナはきょとんとした。


「もちろん、魔法よ?」


 当たり前でしょう、という顔だ。


「もしかして、タカセ……魔法を見るの、はじめて?」


 珍しい動物でも見るような目で俺を見つめる。


 アンナの説明によると、

 彼女は父親から剣術を、母親から魔術を教わっているらしい。


 父は戦士。

 母は魔術師。


 そういえば、今朝会ったとき、彼女は俺に杖を向けていた。


 もしあのとき、俺が不審な動きをしていたら――


 俺もあの三ツ目狼のように、丸焦げになっていたわけか。


 背筋が、ひやりと冷える。


 戦士。

 魔術師。

 魔法。

 

 見慣れない人々。

 聞いたことのない街。


 俺は、ひとつの結論に至る。


 ここは、おそらく――


 俺の住んでいた世界とは、別の世界だ。


 いまだに信じがたい。


 だが、そう考えなければ説明がつかない。


 レクサスの静かなエンジン音だけが、俺をかろうじて現実につなぎ止めている。



 ほどなくして、牧場に到着した。


 日はすでに沈み、空は群青色に変わっている。


 家の前にレクサスを止め、俺は深く息を吐いた。


 あわただしい一日だった。


 いや、とてつもなく長い一日だった。


 ふと、視線がメーターに落ちる。


 ガソリン残量計。


 今まで気にする余裕がなかったが、改めて見て、凍りついた。


 ――ほぼ、ゼロ。


「……は?」


 おかしい。


 満タンだったはずだ。


 体感的に、そこまで走っていない。


 草原を走った時間も、街までの往復も、せいぜい数十キロのはず。


 なのに。


 メーターは、空。


 そこで、恐ろしい事実が頭をよぎる。


 この世界に、ガソリンスタンドはあるのか?


 いや、ないだろう。


 そもそも、車が存在しない。


 ガソリンが尽きるということは――


 レクサスが、ただの鉄の塊になるということだ。


 さっと血の気が引いた。


 俺の“城”が、終わる。


「どうしよう……」


 だがそのとき、別の異変に気づく。


 体が、妙に重い。


 いや、違う。


 何かが、抜けている。


 腹が減ったような、脱力感。


 だがそれは、空腹とは違う。


 もっと内側の、芯の部分が空になったような感覚。


 アンナが助手席で、じっと俺を見ている。


「……どうしたの?」


 俺はできるだけ平静を装って言った。


「レクサスのエネルギーが、ほぼなくなった」


 アンナは一瞬、目を細める。


「そうでしょうね」


 あまりにあっさりしている。


「あなたの魔力が、ほとんどゼロになっているのを感じるもの」


「……魔力?」


「このレクサスは、あなたの魔力を消費して動いているのでしょう?」


 魔力。


 また知らない単語が増えた。


 俺の、魔力?


 ガソリンではなく?


 確かに、燃料の減り方はおかしい。


 もしかして――


 くわしく聞き返そうとした、そのとき。


 コン、コン。


 窓を叩く音がした。


 振り向くと、マルタばあさんが立っている。


「夕食ができているよ。さあ、入っておいで」



 俺は、マルタの家で夕食をごちそうになっていた。


 木のテーブルに並べられた料理から、湯気が立ちのぼる。


 香りをかいだ瞬間、俺の胃袋が盛大に鳴った。


 ぐう、と、はっきり聞こえるほどに。


 そういえば、朝から何も食べていなかった。


 三ツ目狼に追われ、異世界らしき場所を走り回り、街へ行き、牧場へ戻り――


 まともに何かを口にした記憶がない。


 スープにパン、そしてチーズ。


 どれも素朴だが、温かい。


 スープをひと口すすった瞬間、全身に熱が広がった。


 生き返る、というのはこういうことか。


 俺は夢中で食べた。


 そんな俺を見て、マルタが目を細める。


「いっぱいあるからね。ゆっくりお食べ」


 その声は、思ったよりずっと優しかった。



 胃袋が落ち着いたところで、俺は改めてアンナに向き直った。


「さっきの魔力って話、もう少し詳しく教えてくれないか」


 アンナは、はあ、と小さくため息をつく。


「そんなことも知らないの?」


 呆れたように言いながらも、きちんと説明してくれた。


 人にはそれぞれ魔力がある。


 魔力を消費して、魔法を発動させる。


 量は資質によって違い、鍛錬によって増やすこともできる。


 アンナは魔術師としての手ほどきも受けているため、

 人の魔力量をおおよそ感じ取れるらしい。


「タカセにも、ちゃんと魔力はあるわ。普通の魔術師くらいはね」


「俺が……?」


「ええ。レクサスを動かしている間、どんどん減っていくのを感じたもの」


 その言葉に、昼間の違和感がつながる。


 ガソリンの減り方が異常だったこと。


 体の奥が空になるような感覚。


「だから、あれはあなたの魔力を使って動いてるんだと思う」


 魔力で、車が動く?

 

 理屈はわからない。

 

 だが、ガソリンは減っていなかった。

 

 減っていたのは――俺の中身だ。

 

 それなら、辻褄は合う。


「あなた、そんなことも知らずに、あのレクサスを動かしていたの?」


 アンナが本気で呆れた顔をする。


 俺にとっては、青天の霹靂だった。


 しばらく言葉が出ない。


 俺はただ、テーブルの上のパンを見つめていた。


 魔力。


 俺のレクサスは、俺の魔力で動いている。


 つまり――

 

 燃料タンクは、俺自身だ。


「でも安心して。魔力は一晩休めば自然と回復するわよ」


 その一言で、ようやく息が戻る。


 レクサスが、ただの鉄の塊にならなくて済む。


 それだけで、胸の奥が軽くなった。


 だが同時に、別の事実に気づく。


 一日の走行距離には、限度がある。


 しかも、今日の感覚からして、結構しょぼい。


 三時間を三十分に短縮できる。


 だが、無制限ではない。


 魔力が尽きれば、終わり。


 魔力を増やすことを考えなければならないようだ。


 それにしても、

 アンナの説明は、簡潔でわかりやすかった。


 感情的にならず、必要な情報だけを伝える。


 たいしたものだ。


 少し、感心する。


 そして思う。


 この世界は、魔法で動いている。


 なら。


 レクサスも、魔法の理屈で最適化できるのではないか。


 俺はスープの残りを飲み干した。


 胃は満ちた。


 魔力も、少しは回復しているのだろうか。



「タカセの家はどこなの?」


 アンナの、なんでもない一言だった。


 だが、その問いに、俺は答えに詰まる。


 家。


 住所も、最寄り駅も、帰り道も――

 すべて、あの世界のものだ。


 俺は、箸を置いた。


「……信じてもらえないかもしれないけど」


 前置きしてから、正直に話した。


 別の世界に住んでいたこと。

 ローンで買ったレクサスごと、この世界に飛ばされたこと。


 話しながら、自分でも現実味がないと思う。


 だが、隠しても仕方がない。


「ああ」


 マルタが、あっさりと相槌を打った。


 驚きは、ほとんどない。


「そういう人が、たまに現れると聞いたことがあるわねえ」


 アンナも頷く。


「異邦人とか、転移者とかって呼ばれてるよ」


 たまにいるんだ。


 その言葉に、胸が少しだけ軽くなる。


 俺と同じ境遇の人間が、他にもいる。


 なら、いつか会えるかもしれない。


 だが。


「まあ、めったにあることではないしね。私も見るのは初めてだよ」


 マルタのその一言に、ほんの少し、肩が落ちた。


 結局、俺はレアケースらしい。


 頼れる“先輩転移者”が都合よく現れる、なんてことはなさそうだ。


 すると、マルタがふっと表情を和らげた。


「行くところがないのなら、うちにいればいいさ。困ったときはお互いさまだよ」


 思わず顔を上げる。


「部屋がひとつ空いているからねえ」


 アンナも、隣でこくりと頷いた。


 それは、正直ありがたい。


 こんな未知の世界で、夜に放り出されたら――

 いくらレクサスがあっても、さすがに心細い。


「いいんですか?」


 思わず聞き返す。


「ただし」


 マルタが、にやりと笑う。


「また街へ行くときは、手伝ってもらえるかい?」


 そりゃそうですよね。


 タダ飯、タダ宿とはいかない。


 だが、レクサスでの輸送なら、お安い御用だ。


「もちろんです」


 俺は、深く頭を下げた。


 ありがたく、お言葉に甘えることにする。


 だが、ふと冷静になる。


 こんな見ず知らずの男を、簡単に家にあげていいのだろうか。


 今日は、アンナの両親は冒険者の依頼で不在らしい。


 若い女性と、おばあさんだけの家に。


 そこまで考えて――


 夕方の光景が脳裏に浮かぶ。


 三ツ目狼を一撃で焼き払った、あの炎。


 もし俺が妙な真似をしたら。


 俺も、ああなる。


 ……一捻りだな。


 妙に納得した。

 


 夜。


 俺はあてがわれた部屋のベッドに横たわっていた。


 父親のだけど、と貸してもらった部屋着に着替えている。

 少し大きめで、袖が長い。

 ほんのりと乾草のにおいがした。


 牧場の匂いだ。


 今日は疲れているはずなのに、なぜか眠気が来ない。


 興奮しているのだろう。


 目を閉じると、今日一日の出来事が一気に押し寄せる。


 高速道路。

 白く歪んだ視界。

 草原。

 三ツ目狼。

 魔法。

 魔力で動くレクサス。


 とんでもないことになった。


 俺は元の世界に戻れるのだろうか。


 ローンの支払いはどうなる?


 俺が消えたら、会社は?

 親は?


 そんなことを考え出すと、胸の奥がざわつく。


 コンコン。


 不意に、ドアを叩く音がした。


「は、はい」


 少し上ずった声で返事をする。


 ドアがゆっくり開き、アンナがひょっこりと顔を出した。


 寝間着姿だ。


 柔らかな布のワンピースに、ほどけた髪。


 妙に、どきりとする。


「ねえ、タカセ。ちょっといい?」


 少しだけ、はにかんだ声。


 その目は、きらきらと輝いている。


 心なしか、顔も紅潮しているように見える。


「はひっ」


 情けない声が出た。


 アンナは首をかしげる。


「あのね……レクサスのこと、もう少し教えてくれないかしら?」


 目がぎろり、と輝く。


 ああ。


 俺じゃない。


 レクサスだ。


 そっちか。


 なんだろう、この肩透かし。


 ……いや、わかる。


 あれだけの“魔法の馬車”だ。


 興味を持たないほうがおかしい。


「もちろん」


 俺はベッドから起き上がった。


 アンナは遠慮なく部屋に入り、椅子に腰かける。


「どうやって動くの? なんであんなに速いの? あの光る板はなに?」


 質問が矢継ぎ早に飛んでくる。


 俺は思わず笑った。


 その夜遅くまで、俺は愛車レクサスについて熱弁をふるい、

 アンナは目を輝かせて聞いていた。

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