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レクサス転生――ローン付きSUVで始める異世界物流革命  作者: しばたろう


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10/10

10幹線前夜

 タカセ物流商会の産声は、小さかった。


 倉庫の入口に、簡素な木札を掲げただけ。

 それが始まりだった。


 最初に打った施策は、配送料無料キャンペーン。


「どうせなら、ただで試してもらえばいい」


 そう決めた。


 無料と聞いて、荷主たちが少しずつ荷を持ち込んだ。

 倉庫はまだ空いていた。


 中にいるのは、俺と、馬車組合から紹介された青年トール。

 俺より若いが、好奇心が強い。

 新しい仕組みを覚えるのが早かった。


 始めたばかりの頃は、うまく回らなかった。


 荷が集まらない日もある。

 集まっても、荷馬車が足りないこともある。

 時間も積み方も揃っていなかった。


 足りない分は、俺がレクサスで運んだ。

 石畳に、静かなエンジン音だけが残る。


 制度設計だけは、最初から整えていた。


 帳簿の管理。

 荷札の規格。

 積載単位の統一。

 積み替えの手順。

 配送順の整理。


 元の文明社会で何百万という荷をさばいていた設計だ。

 それを基準にすれば、

 この世界の物量は、まだ序章に過ぎない。


 崩れることはなかった。


 やがて、


「タカセのところに預ければ、混乱しない」


 そう言われるようになる。


 荷が増え、

 荷馬車の手配も安定し、

 倉庫の中の動きは揃っていった。


「流れが、できてきましたね」


 トールが言う。


 俺はうなずいた。


 従業員は少しずつ増えた。

 倉庫も手狭になり、隣の区画を買い足した。


 木札は塗り直され、

 正式な看板になった。


 ――タカセ物流商会。


 五年が経つ頃。


 扱う荷は、ベルセスの街を越え、

 近隣の街まで広がっていた。


 規模が大きくなっても、流れは乱れない。


 倉庫は今日も、静かに回っている。

 


 夕方。


「トール倉庫長、あとは頼んだ」


 帳簿を閉じながら声をかける。


「はい。タカセ商会主。お疲れさまでした」


 部下に指示を出していたトールが振り向かずに応える。

 声に迷いはない。


 五年前、倉庫で荷を並べていた青年は、

 今や第一倉庫を任される男になった。


 俺は事務所を出て、レクサスに乗り込む。

 静かなエンジン音が夕暮れの空気を震わせた。


 牧場へ向かう道は、もう舗装されている。

 商会の資金で整えた簡易街道だ。


 日が傾いた頃、牧場に着く。


 広場では、ハヤトがアンナに剣を教わっていた。

 小さな体で、懸命に剣を振っている。


 この牧場も、今では人を雇う規模になった。

 家畜の数も増え、柵も新しくなった。

 アンナの負担は、昔より軽いはずだ。


 空いた時間を、彼女はハヤトの稽古にあてている。

 剣だけでなく、魔術の基礎まで。


 ハインツおじいちゃんもエルザおばあちゃんも、

 孫には甘すぎるらしい。

 師範役は、自然とアンナに落ち着いた。


 レクサスの到着に気づいたハヤトが駆けてくる。


「とうさん、おかえり」


「ただいま」


「とうさん、俺もレクサス運転したい」


「はは、足がアクセルに届くようになったらな」


 毎日同じやり取りだ。

 だが、それがいい。


「タクミ、おかえり」


 汗を拭きながら、アンナが歩いてくる。


「ただいま。ハヤトの調子はどうだ?」


「ふふ、この子、センスあるわよ」


「それは将来が楽しみだ」


 ハヤトの頭を軽く撫でる。

 照れくさそうに顔をしかめた。


「ごはんできたよー」


 家の方から、マルタ大ばあさんの張りのある声が飛んできた。


「あうあうあー」


 その腕の中で、小さな手を振り回しているのは、

 生まれてまだ一年も経たない娘――ミオだ。


「ミオも呼んでるぞ」


「ほんとだ」


「いまいくー」


 ハヤトがそう言って、剣を抱えたまま家へ駆けていく。

 

 穏やかな夕暮れだった。


 タカセ物流商会は、いまや近隣に名を知られる組織になっている。

 街道沿いには商会の倉庫が並び、

 積載規格は周辺都市にも広がった。


 都市間輸送。


 その本格運用に踏み出す準備は整っている。


 最後の仕上げに入る時が、

 近づいていた。

 


 タカセ物流商会は、もちろん今でも都市間の輸送を行っている。

 だが、それは細い。


 主軸はあくまで、ベルセスの街とその近隣だ。

 依頼はある。需要もある。


 だが、体制が追いついていない。


 無理に広げれば、流れは乱れる。

 それだけは避けてきた。


 しかし――


 いよいよ、乗り出す余裕が整いつつある。


 都市間輸送。


 まずは、1対1。

 ベルセスと、貿易都市ヴァルテッサを結ぶ。


 やるべきことは多い。

 だが、優先順位は決めてある。


 ひとつは、道の整備。


 馬車で二日の距離。

 全面舗装はしない。そんな余裕はない。


 やるのは、幹線指定だ。


 ルートを一本に固定する。

 寄り道はさせない。

 道幅は、馬車二台がすれ違える幅に統一する。


 まずは轍を均す。

 溝を埋め、砂利を入れ、踏み固める。


 排水溝も掘る。

 水を逃がせば、それだけで車軸の折損は減る。


 一里ごとに標柱を立てる。

 距離を刻み、次の中継地点までの目安を示す。


 時間を読むためだ。


 そして、中間地点に中継所を設ける。


 馬を交換する。

 御者を交代させる。

 荷は箱単位で横流しする。


 夜間は石壁の内側で待機。

 簡易の物見塔を立て、見張りを置く。


 盗賊対策は三段構え。


 草原の集落と契約し、情報を買う。

 定期便には、冒険者ギルドと契約した護衛を付ける。


 魔物は避ける。

 出没地点を地図に記し、危険区域は固定迂回路にする。


 戦わない。

 勝つ必要はない。

 間に合わせればいい。

 

 それが方針だ。


 もうひとつの優先事項は――


 定時運行。


 荷が少なくても出す。

 時間になれば出る。


 流れは、量ではなく規律で作る。


 資金は、基本的に商会が出す。

 先行投資だ。


 だが、それだけでは足りない。


 幹線整備と中継所建設には、相応の資金が要る。


 この事業の意義を理解する有力者は、必ずいる。

 ベルセスとヴァルテッサを結ぶ、大動脈を築くのだ。


 利益だけでなく、影響力も生まれる。


 出資者を募る。

 口説いて回る。


 忙しくなりそうだ。

 


 都市間幹線の計画を、家族に話した。


 食卓を囲みながら、地図を広げる。

 ベルセスとヴァルテッサを結ぶ一本の線を、指でなぞる。


 ハインツが腕を組む。

 日に焼けた腕は太く、いまも現役そのものだ。


「タクミ、お前は大したものだ」


 低く、頼もしい声だった。


「さすが、アンナの婿殿ね」


 エルザが目を細める。


「うふふ。忙しくなりそうね」


 穏やかな声だが、どこか楽しそうでもある。


「護衛の件、おれたちも協力するぞ。まだまだ盗賊なんぞには負けんからな」


 ハインツの言葉は冗談ではない。


「お義父さん、ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします」


 頭を下げると、ハインツは力強くうなずいた。


 アンナは静かにこちらを見る。


「……危ないことは、しないでね」


「無理もしないで」


 その声は柔らかいが、真剣だ。


 かつて、ヴァルテッサへの輸送中、

 レクサスから飛び降り、盗賊の大男と渡り合った女とは思えない慎重さだ。


 守るものが増えたのだ。


 マルタばあさんが湯呑みを置く。


「たかが、モノを運ぶだけと思っていたがね」


「いまでは、その大切さが身にしみて分かるよ」


 まっすぐ俺を見る。


「タクミ、お前はすごいことをやっている。誇りに思うよ」


 真正面から言われ、少し照れた。


 家族が誇りに思うと言ってくれるなら。


 それだけで、迷いは消える。


 また前に進める。

 


 翌日から動いた。


 倉庫の運営は、トール倉庫長に任せる。

 俺は都市間幹線の計画に集中した。


 資金調達のため、有力者と面会を重ねる。

 幹線整備の意義を説き、出資を募る。


 馬車組合との調整は、ドミニクと詰めた。

 既存路線との棲み分け、御者の配置、収益配分。

 細部まで決めていく。


 警護の件では、グレインと何度も打ち合わせをした。

 冒険者ギルドとの契約条件、護衛枠の確保、危険度の査定。

 定時運行を守るための体制を整える。


 空いた時間には現地へ向かった。


 幹線整備の進捗を確認し、

 中継所建設の状況を見て回る。


 いつの間にか、こう言われるようになった。


 ――タカセは神出鬼没だ。


 それは、レクサスのおかげでもある。


 いまでは燃料メーターは最大十まで増えている。

 日々、ゼロになるまで走り回った。


 止まれば、流れも止まる。


 動き続ける。


 幹線が形になる、その日まで。

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