第39話 「悪役の在庫処分と、解き放たれる最高傑作」
【王都・北区画 時計塔前】
俺は肺が焼き切れるほどの全力疾走で、北区画の要所『古の時計塔』へと駆け上がっていた。
息を整える暇もない。俺が最上階の鐘つき堂に躍り出た、その瞬間だった。
ズドォォォォォン!!
北の城壁が崩れ去り、絶望が雪崩れ込んできた。
◇
【市街地・地上】
そこは、瞬く間に本当の地獄と化した。
破壊された城壁から雪崩れ込んできたのは、巨大な狼型の魔獣『ブラッド・ウルフ』の群れ。
管理された「イベント用」の魔物とは違う。飢え、涎を垂らし、人間を「餌」として認識している捕食者たちだ。
「ぎゃあああああ!!」
「助けて! 騎士様! カイル様ぁぁッ!!」
逃げ惑う市民たちが、次々とその牙にかかり、路地が赤く染まっていく。
駆けつけた騎士団も無惨だった。彼らは「英雄の引き立て役」としての戦い方しか知らない。本気で殺しに来る野生の魔獣に対応できず、鎧ごと食いちぎられていく。
「……ひっ、ひぃぃ……!」
ある騎士が剣を捨てて尻餅をついた。目の前には、三匹のブラッド・ウルフ。
絶望。死。
その時。
ヒュンッ――ドォォォォォン!!
一匹のウルフの頭上で、爆音が弾けた。
閃光と爆音。敏感な聴覚を持つウルフたちが、キャンッ!と悲鳴を上げて怯む。
「……え?」
騎士が空を見上げる。
壊れかけた時計塔の上に、黒いコートの男が立っていた。
手には、昨日の放送機から引き抜いた「拡声の魔石」。
男はニヤリと笑い、戦場全体に響く声で言い放った。
『――よう、こんばんは。平和ボケした家畜の皆さん』
その顔。さっき、放送で流れた手配書の男。
「……あ、あいつは、、悪魔……レイ……!?」
男は魔石を通じて、堂々と宣言した。
『俺が、カイルを壊した「異端の魔術師」だ。……どうだ? 俺が呼び寄せたペット(魔獣)たちの味は?』
嘘だ。だが、今の市民にはそれを疑う余裕はない。恐怖と憎悪が爆発する。
「貴様ぁぁぁ!! お前の仕業かぁぁ!!」
「殺してやる! 白金貨100枚だ!!」
レイは鼻で笑った。
『ハハッ! いい顔だ。さっきまでの泣きっ面よりマシだぜ』
『欲しいか? この首が。金が。……なら、ここまで上がってこいよ。俺を殺せば一生遊んで暮らせるぞ?』
『ただし――俺に辿り着くには、そこのワンちゃんたちをどかさないとなぁ!』
レイは懐から油瓶を取り出し、ウルフの群れのど真ん中に投げ込んだ。
ガシャーン!
松明の火が引火し、魔獣たちが怒り狂って時計塔へ殺到する。
『さあ、開戦だ! 魔物に食われて死ぬか、俺を殺して億万長者になるか! ……好きな方を選びなッ!!』
◇
【時計塔・内部 螺旋階段】
そこは、阿鼻叫喚の地獄から、奇妙な熱狂の狩り場へと変貌していた。
城壁を突き破った数百の魔獣『ブラッド・ウルフ』。それらが、時計塔の上に立つたった一人の男を目指して殺到している。
そして、その後ろから。
「うおおおおッ!! レイだ! あいつを殺せば白金貨100枚だ!!」
「魔物ごときに横取りさせるな! あの首は俺のもんだ!」
恐怖を欲望で塗りつぶされた市民たちが、鍬や斧、安物の剣を手に雪崩れ込んでくる。
魔物は「肉」を求め、人間は「金」を求める。
その二つの波がぶつかり合い、皮肉にも戦線が拮抗していた。
「……計算通りだが、趣味の悪い絵面だな」
俺は階段の手すりから下を見下ろし、鼻を鳴らした。
外では、俺を殺そうとする市民が、結果的に魔物の足止めをしている。
これこそが、英雄不在の街を守るための、俺なりの『防衛システム』だ。
ガァァァッ!!
市民の壁を突破したウルフの群れが、階段を駆け上がってくる。
その数、20体以上。
狭い螺旋階段が、黒い獣で埋め尽くされる。
『レイ! 来るわよ! 魔力障壁、展開……』
「いらねぇよ、ルミナス」
俺は懐から、赤い粉が詰まった樽を取り出した。
ジャックの診療所にあった在庫処分品、『激辛・火吹きパウダー』だ。
「英雄様は聖なる光で浄化するが……悪党はスパイスで味付けするんだよッ!」
俺は樽を蹴り飛ばした。
樽は階段を転がり落ち、魔物の群れの真ん中で砕け散る。
ボフッ!!
充満する真っ赤な粉塵。
ブラッド・ウルフは嗅覚が鋭い。人間の数千倍とも言われるその鼻に、濃縮された辛い匂いが直撃した。
『キャインッ!? クゥゥゥ〜ンッ!!』
さっきまでの獰猛な咆哮が、情けない悲鳴に変わる。
魔物たちが涙と鼻水を垂れ流し、のたうち回って後続の魔物を巻き込んで転げ落ちていく。
「……へっ、ざまぁみろ。呼吸器系を持つ生物なら、唐辛子は平等に効くんだよ」
俺はさらに、階段に『機械油』を流し込んだ。
ツルツルと滑る床。
前が見えず、足元もおぼつかない魔物たちは、次々とドミノ倒しになって下層へ落ちていく。
魔法も剣技も使わない。
ただの「物理」と「悪知恵」による、一方的な虐殺(処理)だ。
◇
だが、小細工だけで凌げるほど、野生の数は甘くなかった。
ズドォォォォン!!
分厚い石壁が外から粉砕され、巨大な影が飛び込んできた。
通常の三倍はある巨体。群れの統率個体、『キング・ブラッドウルフ』だ。
こいつは違う。
俺が撒いた激辛パウダーを浴びても、殺意に満ちた目で、群れを統率する「敵(俺)」だけをロックオンしている。
「……チッ、大物が釣れちまったか」
俺は機械室の中央で、鉄パイプを構えた。
逃げ場はない。
ガァァァァッ!!
キングウルフが飛びかかってくる。速い。
ガキンッ!!
咄嗟に突き出した『ミスリルの鉄パイプ』が、その巨大な牙を受け止めた。
「ぐっ、ぅ……ッ!!」
重い。ダンプカーに衝突されたような衝撃。
奴はパイプごと俺の頭を噛み砕こうと、顎に力を込める。ミシミシと金属が悲鳴を上げ、俺の腕の骨がきしむ。
『……レイ! 離れなさい! 食われるわよ!』
ルミナスの焦った声が響く。
「……いや、離さねぇ。……これ、チャンスだろ」
俺は脂汗を流しながら、ニヤリと笑った。
「なぁルミナス。……俺はずっと、こいつに悪いと思ってたんだ」
『は? 何言ってんの、こんな時に!』
「ガンテツの親父は言ってた。『魔力もねぇのに可変式なんて宝の持ち腐れだ』ってな。……俺のせいで、こいつはずっとただの『硬い棒』扱いだった」
俺はパイプを強く握りしめた。
あの日、怒るガンテツから無理やり奪ってまで持ってきた、俺の相棒。
こいつはポンコツなんかじゃない。使いこなせない俺がポンコツなだけだ。
「待たせたな。……やっと、お前の本当の力を見せてやれる」
俺は叫んだ。
「俺には魔力がねぇ! ……だからルミナス、お前の力を貸してくれ!」
『……え?』
「俺がイメージを描く。お前が魔力(燃料)を流せ。……こいつは『可変式』だ! 魔力さえありゃ化けるんだよ!!」
俺の必死の叫び。
ルミナスが一瞬息を呑み、そして力強く答えた。
『……もう! 任せなさいよ、無茶苦茶な男!』
カッ!!
俺の腕輪が眩い光を放ち、膨大な魔力がパイプへと流し込まれる。
ガンテツの親父が仕込んだ複雑な機構が、始源精霊の魔力によって、初めてその産声を上げる。
目覚めろ、最高傑作。
第一形態。敵を貫き、逃さないための凶悪な「杭」!
ガシャンッ!!
狼が咥えていたパイプの先端が、鋭利な『突撃槍』へと変形し、さらに伸びた。
「ギャンッ!?」
口の中で急激に伸びた金属。
鋭い切っ先が、狼の喉奥へと深々と突き刺さる。狼が驚愕に目を見開き、吐き出そうとするが、貫かれたパイプがアンカーとなって外れない。
「……まだだッ! 第二形態!!」
俺は叫んだ。ここからが本番だ。
ガンテツ、あんたは言ったよな。『槍にもハンマーにもなる』って。
だったら――俺の理屈次第で、なんだって作れるはずだ!
「広がれッ! 『砲身』!!」
ギギギギッ!!
喉に突き刺さったパイプが、内側から強制的に膨張する。
細身だった鉄パイプが、倍以上の太さを持つ「大口径の筒」へと変化した。
狼の喉が限界まで押し広げられ、悲鳴すら上げられない。
そこはもう、狼の胃袋へと直結する、強固なトンネルだ。
「……いい食いつきだ。仕上げだぜ」
俺は懐から、赤い鉱石を取り出した。
鉱山発破用の『高純度発火魔石』。
俺はそれを、太くなったパイプの持ち手側から、中へと放り込んだ。
コロン、コロン……。
乾いた音を立てて、石がパイプの中を転がり落ちていく。
行き着く先は、パイプの先端――つまり、無防備な狼の腹の中だ。
「……腹いっぱい食ってきな」
俺はパイプから手を離し、横へと飛び退いた。
――カッ、ドォォォォォォォォォンッ!!!
狼の体内で、爆炎が炸裂した。
逃げ場のない爆風が、内側から巨体を食い破る。
体内からのゼロ距離爆破。
ドサッ……。
黒焦げになった巨体が、煙を上げて崩れ落ちた。
「……っ、ふぅ……」
俺は煤まみれになりながら、パイプを回収した。
直撃に耐えて無傷だ。魔力の供給が止まり、シュウウ……と蒸気を上げながら元の鉄パイプの太さに戻っていく。
鈍く光る銀色は、あの日、怒り狂うガンテツ親父から無理やり奪い取って、工房を出た時と同じ輝きだ。
だが、今の俺にはそれが、何よりも頼もしい相棒に見えた。
「……サンキューな、ルミナス。……やっと、ガンテツの親父に顔向けできるぜ」
『……フフッ。アンタも、その鉄屑も、しぶといったらありゃしない』
ルミナスが誇らしげに言う。
俺はパイプを肩に担いだ。
俺たちと、頑固オヤジの技術。三人掛かりで勝ち取った、これが俺たちの初勝利だ。




