第34話 「英雄の糧(エサ)と、狂信の子供たち」
【旧王都区画・第3貯水槽(魔導実験施設)】
壁の穴を抜けた先。
そこは、腐臭と薬品の匂いが、清浄な水の匂いを冒涜するように混ざり合う、地獄の生産工場だった。
フロアには無数の巨大なガラス管が並び、その中には白濁した培養液に浸された、ガーゴイルになりかけの肉塊が浮いている。
半分は石、半分は人間。背中から翼を生やす手術の途中なのか、苦悶の表情で固まったその顔は、どれも幼い。
「……ッ、オェェ……」
俺は口元を押さえた。診療所で見た死体と同じだ。ここは、あの廃棄物の生産元なんだ。
「……おい、レイ。あれを見ろ」
ジャックが鋭く囁く。
カプセルの回廊の奥。
白衣を着た数十人の研究員たちが、整列させられた子供たち――スラムの孤児たちを検品していた。
そして、その周囲を固めるのは、漆黒の鎧に身を包んだ兵士たち。
王宮騎士団ではない。あれは特務騎士――国の汚れ仕事を請け負う、処刑部隊だ。
「……警備が厳重だな。魔法使いも混ざってやがる」
「でも、やるしかない」
俺はパイプを握りしめた。
最前列に、金髪の少年――ノアがいるのが見えたからだ。
研究員の一人が、ノアの髪を乱暴に掴み、口の中をチェックしている。まるで家畜扱いだ。
「……行くぞ!」
俺とジャックは飛び出した。
「なっ、何奴!?」
見張りの特務騎士が反応する。だが、ジャックの方が速い。
「邪魔だッ! 『闇縛』!!」
ジャックの足元から漆黒の影が伸び、騎士たちの足を絡め取る。
「今だ、レイ!」
俺は動けない騎士たちの間を縫って走った。
目の前に立ちふさがった研究員が、慌てて警報装置に手を伸ばす。
「させるかよッ!」
俺は全力で鉄パイプを振るった。
ガキンッ!
研究員の腕を叩き折る。悲鳴が上がるが、構っていられない。
「ノア! 無事か! 助けに来たぞ!」
俺は乱戦の中、最前列にいたノアに滑り込み、その細い肩を掴んだ。
よかった。間に合った。
俺は安堵で泣きそうになりながら、彼を抱き寄せようとした。
だが。
バシッ!
俺の手が、強く振り払われた。
「……え?」
俺は硬直した。
ノアは、俺を睨んでいた。その瞳には、洗脳された虚ろさではなく、明確な怒りが宿っていた。
「……邪魔しないでよ、レイお兄ちゃん」
「は……? ノア、何を言って……殺されるんだぞ!? 魔物に改造されるんだぞ!?」
「違うよ! 僕たちは、英雄になれるんだ!」
ノアが叫んだ。周囲の子供たちも、一斉に俺を敵意の目で見つめる。
彼らは騎士から逃げるどころか、俺たちから騎士を守るように立ちはだかったのだ。
「僕たちは弱くて、才能がない孤児だ……。生きてても誰にも迷惑かけるだけのゴミだ!」
「でも、魔物になればカイル様に斬ってもらえる! カイル様の経験値になれるんだ!」
「……は?」
俺の思考が停止する。背後のジャックも絶句している。
怪物にされて、斬り殺されることが、望みだと?
「そうだ! 邪魔するな!」
「カイル様の一部になれるなんて、最高の幸せなんだぞ!」
子供たちが、俺に向かって石を投げ始めた。
コツン、と額に石が当たる。血が流れる。
特務騎士たちが、その光景を見てニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている。
「ククク……聞いたか? お兄ちゃんよぉ」
部隊長らしき特務騎士が、剣を抜いて歩み寄ってくる。
「このガキどもはな、自ら望んで資源になるんだよ。部外者はすっこんでな」
「……ふざけるな」
俺はギリッと奥歯を噛み締めた。
ノアには効かなかった。あの子たちは純粋すぎたからだ。
だが、お前らは違うだろ?
「お前ら……騎士なんだろ? 弱きを助け、国を守る正義の味方なんじゃないのか?」
「ハッ! その通りだ。我々は王国の影となり、秩序を守る忠実な騎士だ」
騎士が嘲笑う。
「だからこそ、国益のためにゴミ(孤児)を有効活用しているのだ!」
――取ったぞ、言質。
俺の視界が赤く染まり、システムウィンドウが展開する。
「その減らず口……自分の脳みそで噛み砕いてみろッ!!」
【 スキル発動:『一般常識』 Lv.3】
【 付与効果:『論理崩壊』 】
対象:特務騎士たち
前提:『我々は正義の騎士である』
現実:『やっていることは子供の誘拐と虐殺である』
キィィィィィィィン!!
不可視の衝撃波が騎士たちを襲う。
「――が、ぁ……!?」
振り下ろされようとしていた剣が止まる。
脳内で正当化していた理屈を剥がされ、彼らの思考がショートする。
「寝言いってんじゃねぇぞッ!!」
ドゴォォォォン!!
俺の渾身のフルスイングが、騎士の脇腹にめり込んだ。
屈強な騎士がゴミのように吹き飛び、実験装置に激突して爆発する。
「な、なんだ!? 隊長が……!?」
いける。こいつらのような自分を正当化しているクズになら、俺のスキルは特効薬になる!
「……やめろ! 騎士様をいじめるな!」
ドスッ。背中に衝撃。
振り返ると、ノアが俺の背中に石を投げつけていた。
「……え?」
「出て行け! 悪魔!」
「僕たちの夢を邪魔するな!」
子供たちが、倒れた騎士をかばうように立ちはだかる。
騎士は悪人だ。俺はそいつを倒した。
なのに、守られるべき子供たちが、俺を拒絶している。
「……クソッ……なんでだよ……!」
物理的には勝てる。だが、状況には勝てない。
この子供たちが洗脳ではなく自分の意志で騎士を求めている限り、俺はただの暴漢だ。
『……レイ、増援が来るわ! それに、ガーゴイルも起動した!』
ルミナスの警告通り、奥の通路からさらなる騎士の足音が響く。
「チッ、ここまでかよ……!」
ジャックが俺の腕を引く。
「レイ、ずらかるぞ! 騎士は倒せても、ガキどもを人質(盾)にされたら手が出せねぇ!」
「……くそッ!! クソッ!!」
俺は唇を噛み切り、踵を返した。
背後から聞こえるのは、子供たちの「万歳!」という歓声と、騎士たちの嘲笑。
俺はまた、逃げ出した。
今度は、自分の無力さだけでなく、この国そのものが腐りきっているという、底なしの絶望を抱えて。
***
【地下施設・上層観察室】
バルコニーで、二つの影がその惨劇を眺めていた。
「……美しいですね。迷いなき献身とは」
仮面の男、ゼクスが赤ワインのグラスを揺らす。
その隣には、歌姫セラが佇んでいた。
「ゼクス様。……あの子たち、痛くありませんか?」
「ええ。精神は『幸福』で満たされています。……貴女の歌と、我々の教育のおかげでね」
ゼクスはクツクツと笑い、逃げ去っていくレイの背中を一瞥した。
「ネズミが一匹、逃げ出したようですが……追いかけますか?」
「いいえ。……絶望を運ぶ伝書鳩になってもらいましょう」
ゼクスは愉快そうに言った。
「誰も救えない無力さを噛み締めながら、地べたを這いずり回るがいい。……それこそが、主役になれなかった『一般人』にお似合いの役割ですから」




