第33話 「深淵からの声と、埋葬された王都」
【王都・最下層 闇診療所】
「……おい、レイ。まだ聞くのか?」
ジャックが呆れたように声をかけた。
机の上には、ジャックが拾ってきた録音魔石が置かれている。
俺はもう、数時間もの間、この不快なノイズを繰り返し再生し続けていた。
『――グォォォォ……! ギャァァァッ……!』
昨夜のガーゴイルの咆哮だ。
耳を塞ぎたくなるような金切り声。だが、俺は充血した目で魔石を睨みつけていた。
「……やっぱり、おかしい」
「あ? 何がだよ。ただの魔獣の叫び声だろ」
「いや、よく聞け。……息継ぎをしてる」
「は?」
ジャックが眉をひそめる。
「ガーゴイルは魔法生物の一種だ。動力は魔力。肺呼吸なんてしねぇ。……なのに、この叫び声の直前、微かにヒュッと息を吸う音が混ざってる」
俺は自分の喉を指差した。
「それに、この震え方……。硬い石が擦れる音じゃない。柔らかい生身の声帯が震える音だ」
俺は意識を集中させた。
レベルアップした俺の「常識」は、今まで見過ごしていた些細な違和感を、致命的な矛盾として可視化する。
【 スキル発動:『一般常識』 Lv.3】
【 警告。「無機物」という定義に対し、「呼吸音」という現象が矛盾しています 】
【 結論:この音声の発生源は「生物」です 】
確信した。
あの路地裏でスキルを弾かれた時……俺は奴らから強烈な拒絶の意思を感じたのだ。
あれは、ただ命令に従うだけのゴーレムの反応じゃなかった。もっと生々しい、必死な人間の感情だった。
「ジャック。この音のピッチ(高さ)を上げて、倍速再生しろ。……それと、低周波のノイズを除去だ」
「おいおい、そんなことしたらただの金切り声に……」
「いいからやれ! ……この皮の下に、何かが隠れてるんだよ!」
俺の剣幕に押され、ジャックが渋々魔力を流し込む。
野太い咆哮が、キュルキュルと早送りされるように甲高い音へと変換されていく。
そして――魔術的な加工(皮)が剥がされた、その瞬間。
『――ママ……! たすけて……!』
『――痛いよぉ……! 熱いよぉ……!』
「……ッ!?」
ジャックが椅子を蹴倒して立ち上がった。顔色が真っ青だ。
「な、なんだ……今のは……!?」
「……やっぱりな」
俺は唇を噛み締め、口の中に鉄の味が広がるのを感じた。
魔物の声じゃなかった。
あれは、ボイスチェンジャーで加工された、恐怖に泣き叫ぶ人間の子供の声だったんだ。
「……英雄たちが斬り殺してたのは、魔物に変えられた子供たちだ」
「な、なんて悪趣味な……! 人間を素材にした合成獣だってのか!?」
ジャックが震える手で机を叩く。
「だが、そんなことが可能なのか? 人間をあんな化け物に変えるなんて、禁忌指定の大魔術だぞ。個人の工房でできるレベルじゃねぇ!」
「ああ。だからこそ、場所を絞れる」
俺は努めて冷静に、もう一度魔石の音声を再生した。
子供の悲鳴の裏で響く、環境音に耳を澄ます。
『……ポチャン、ポチャン……ゴォォォォ……』
「……なあ、ジャック。この音、おかしくないか?」
「あ? 何がだよ」
「水音だ。……ここは下水道だろ? 泥が混じった重い水が流れてるはずだ。でも、この音は真水に近い。透き通った水が、高いところから広い空間に落ちるような音がする」
『――それに、この重低音』
ここで、ルミナスが補足を入れる。
『バックグラウンドで一定のリズムが鳴ってるわ。……これは大型の魔導ポンプの駆動音ね。それも、王宮クラスの出力よ』
「……王宮クラスの設備で、綺麗な水を循環させてる場所?」
俺はジャックを見た。
「この薄汚い最下層の近くに、そんな場所があるのか?」
ジャックは腕を組み、唸った。
「綺麗な水……巨大なポンプ……。それに、ガキを何十人も運び込んでもバレねぇ広さ……」
彼は何かに思い当たったように、壁に貼られた古びた地図へ歩み寄った。
そして、黒く塗りつぶされた一点を指差した。
「一箇所だけ、心当たりがある」
「どこだ?」
「『旧王都・第3貯水槽』だ」
「旧王都……?」
聞き慣れない単語だ。
「50年前、今の王都グラン・ロイヤルができる前に使われてた古い都の跡地さ。今の王都は、そいつを土台にして上に建てられてるんだ」
ジャックが地図の断面図を指す。
「この第3貯水槽は、地下水脈の上に作られてて、今でも水だけは綺麗なんだよ。……だが、妙だな。あそこは廃墟のはずなのに、なぜか入り口に王宮魔導師団の厳重な結界が張られてて、近寄れなくなってる」
「……決まりだな」
俺は確信した。
廃墟に結界。それは「中を見られたくない」という証明だ。
スラムの子供たちが消えても誰も気にしない地下深くで、国は「英雄の敵」を量産しているんだ。
「……行くぞ、レイ。裏ルートを知ってる」
ジャックが吐き捨てるように言い、立ち上がった。
***
【王都地下・旧時代区画への連絡通路】
カン、カン、カン……。
乾いた足音だけが、永遠に続くような縦穴に響く。
「……深いな」
俺はパイプを杖代わりにしながら、荒い息を吐いた。
もう30分は下り続けている。気圧の変化で耳が痛い。
「当たり前だ。俺たちは今、王都の地層を潜ってるんだ」
先を行くジャックが、魔法の灯りを掲げた。
その光が照らし出した壁面を見て、俺は息を呑んだ。
「これ……家の窓か?」
トンネルの壁に、石造りの窓枠や、砕けた看板のようなものが埋まっている。
「ああ。50年前まで、ここは地上の一等地だった場所だ」
ジャックが壁を愛おしそうに撫でた。
「だが、当時の王様(先代)がもっと高い場所に、もっと輝く都を作ろうと言い出した。……結果、古い街は土台にされ、埋め立てられ、新しい王都の下敷きにされたのさ」
「……狂ってやがる」
俺は天井を見上げた。
この遥か頭上で、カイルたちがパレードをし、市民が笑っている。
彼らは知らないのだ。自分たちが踏みつけている地面の下に、かつて生きていた人々の生活と、現在進行形の「闇」が埋まっていることを。
「着いたぞ。……ここが『旧王都』だ」
螺旋階段が終わり、視界が開けた。
そこは、広大な地下空洞だった。
崩れかけた石造りの建物が並び、死んだ街のような静寂が広がっている。
だが、その静寂を侵食するように、不気味な重低音が響いてきた。
ズゥゥゥゥゥゥン……。
「……聞こえるか?」
「ああ。心臓に悪い音だ」
音の発生源は、街の奥。瓦礫の隙間から、青白い魔導光が漏れ出している。
「あれが第3貯水槽への入り口だ。……警備のゴーレムがいるぞ」
ジャックが身を屈め、指差した。
崩れた門の前に、石像のような兵士が2体、赤い目を光らせて立っている。
「正面突破は無理だ。……俺が闇魔法で視界を塞ぐ。その隙に、崩れた壁の穴から侵入するぞ」
「分かった。……行こう」
俺たちは影に紛れ、カビ臭い風に乗って施設の内部へと滑り込んだ。




