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第29話 「仕組まれた惨劇と、凍りついた観客」


【建国記念祭・メインストリート】


 時間が、止まったようだった。

 セラの歌が途切れ、数十万の歓声がピタリと止む。

 広場を支配するのは、耳が痛くなるほどの「静寂」。

 風の音さえしない。舞っていた紙吹雪が、スローモーションのように地面へ落ちていく。


「……なんだ?」


「演出か?」


「すごいな、一瞬で音を消したぞ……」


 市民たちはまだ、誰も危機感を抱いていなかった。


 口々にささやき合い、これから始まる「サプライズ」を期待して、ワクワクした顔でステージを見上げている。


 俺だけが、全身の毛が逆立つような悪寒に震えていた。

(……来る)

 本能が警鐘を乱打する。

 俺は近くにいた老婆の腕を掴み、建物の影へと後ずさった。


 バチュンッ。

 乾いた音が響いた。

 王都の上空を覆っていた半透明の「守護結界」に、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。


 その亀裂から、ドロリとした赤黒い光が滲み出した。


「わあ……綺麗」


 誰かが呟いた。


 確かに、それは毒々しくも幻想的な光景だった。

 だが、次の瞬間。


 ギギギッ、ギギ……!!


 ガラスを爪で引っ掻くような不快な音が響き、亀裂から「白い塊」がボトボトと零れ落ちてきた。


 数十、いや数百。

 石膏のような白い肌。爬虫類の翼。


 『ガーゴイル・モデル・ビアンカ』。


 王都の景観に合わせて白く塗装されたその異形たちは、広場の時計塔や屋根の上に次々と着地した。


 ダンッ! ガシャーンッ!

 瓦が砕け、噴水が破壊される。

 それでも、市民たちは動かない。


「すごい! 本物の魔物みたいだ!」

「召喚魔法か!? 今年の予算はどうなってるんだ!」


 拍手喝采。


 彼らの脳は、目の前の脅威を「アトラクション」だと認識(誤認)してしまっている。

 平和ボケした脳が、現実の恐怖を拒絶しているのだ。

「……逃げろ!!」

 俺は耐えきれずに叫んだ。


 喉が張り裂けんばかりの声で。

「演出なわけあるか! あれは本物の殺意だ! 殺されるぞ!!」


 近くにいた男が、鬱陶しそうに俺を振り返った。


「うるさいな、貧乏人。黙って見てろよ。どうせカイル様が……」


 ヒュッ。


 風切り音。

 男の言葉は、そこで途切れた。

「……え?」

 男の視界がぐらりと傾く。


 自分の体が首から下しかないことに気づく間もなく――鮮血が噴水のように吹き上がった。

 ドサッ。


 首のない死体が、石畳に崩れ落ちる。

 その背後には、白いガーゴイルが笑うように立っていた。

 純白の爪には、べっとりと、湯気を立てるほど温かい「現実」がこびりついている。


「…………あ」


 周囲の市民たちが、自分の顔にかかった液体を拭う。


 赤い。生臭い。

 それがインクではなく、隣にいた男の血だと理解するのに、数秒の空白があった。


 そして、誰かの金切り声が、スイッチを入れた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


「し、死んでる! 本当に死んでるぅぅッ!!」


「助けて! 騎士様! 英雄様ぁぁぁッ!!」


 パニックが弾けた。

 我先にと逃げ惑う人々。転んだ子供を踏みつけ、老人を突き飛ばし、蜘蛛の子を散らすように逃げる。


 さっきまでの「秩序ある美しい国民」の姿はどこにもない。あるのは、剥き出しの生存本能だけだ。


「……クソッ、こっちだ!」


 俺は腰を抜かしかけた老婆を引きずり、路地裏へと飛び込んだ。


「はぁ、はぁ……しっかりしろ! 止まったら死ぬぞ!」


「あ、ああ……ありがとう、兄ちゃん……」


 ガーゴイルの群れは、逃げ遅れた市民を次々と襲っている。


 メインストリートは瞬く間に、血と悲鳴の地獄絵図と化した。


(……カイルたちは何してる!?)


 俺は瓦礫の隙間から、パレードの方角を見た。

 遥か彼方、パレードの最前列。


 そこでは、圧倒的な聖なる光が炸裂していた。

「――『聖剣・ホーリークロス』!!」

 カイルの声が轟く。


 十字の閃光が走り、群がるガーゴイルを一瞬で消し炭に変えた。


 強い。圧倒的だ。

 その輝きを見て、逃げ惑う市民たちが希望を見出した。


「おお! 見ろ! カイル様だ!」


「やっぱり英雄様だ! 助けてくれるんだ!」


「カイル様ー! こっちです! 助けてー!!」


 人々が、光の方へ――カイルの足元へ殺到する。

 彼らの中に逃げ込めば助かる。そう信じて。

 だが、それが「間違い」だった。


 王都全土に、無機質な機械音声アナウンスが響き渡る。

『――緊急警報。緊急警報』


討伐対象ターゲットを確認。……市民の皆様に告げます』


『現在、英雄パーティによる殲滅作戦を開始します。……戦闘エリア確保のため、市民は速やかに「観客席セーフティ」へ退避してください』


「……は?」


 アナウンスと同時に、カイルたちの周囲に巨大な『透明な壁』が出現した。


 それは魔物を閉じ込めるための檻ではない。


 「舞台ステージに一般人を入れないための結界」だ。

 ドンッ! ドンッ!


 助けを求めて駆け寄った市民たちが、見えない壁に弾き飛ばされる。


「な、なんでだ!? 入れてくれ!」


「私たちを守ってくれるんじゃないのか!?」


「カイル様! すぐ後ろに魔物がいるのよ!?」


 壁の向こうで、カイルたちが戦っている。

 だが、彼らは市民を見ない。


 目の前の魔物を倒すことだけに集中している。いや、システムによって「敵しか見えないように」視界をハッキングされているのだ。


「……クソッ、なんてシステムだ……!」

 俺は奥歯を噛み締めた。


 あれは「市民を守る戦い」じゃない。

 「英雄が格好良く魔物を倒すシーン」を撮るための撮影だ。

 だから、絵的に邪魔な「逃げ惑う一般人」は、画面の外(結界の外)へ弾き出された。


「いやぁぁぁ! 来ないでぇぇ!!」


「カイル様ぁぁぁ!!」


 断末魔が響く。


 壁一枚隔てた向こうでは、カイルたちが華麗に魔物を倒し、スコアを稼いでいる。


 こちら側では、一方的な虐殺が行われている。

 あまりにも残酷な対比。


「……おい、兄ちゃん」


 隣の老婆が、絶望した顔で呟いた。


「私たちは……見捨てられたのかい? 邪魔だって、言われたのかい?」


「……違う!」


 俺は即座に否定した。

 そう思いたくない。カイルたちがそんなことをするはずがない。

「あいつらは……今は余裕がないだけだ! システムに目を塞がれてるだけなんだ!」


 俺は自分に言い聞かせるように叫び、パイプを握りしめた。

 こうしている間にも、白い悪魔たちが路地裏にまで雪崩れ込んでくる。


「婆さんはここに隠れてろ。……俺が気を引いて、向こうの通りへ誘導する」


「え? でも兄ちゃん、武器なんて……」


「安心しろ。……俺には『とっておき』がある」


 俺は震える足に力を込め、路地から飛び出した。

 目の前には、血に飢えたガーゴイルが3体。


 口からボタボタと血を垂らし、俺を新たな獲物としてロックオンする。

『……死ぬわよ、レイ』

 ルミナスの冷静な声。


『相手はレベル40相当の魔物よ。レベル1のアンタが勝てるわけない』


「力勝負ならな。……だが、こいつらは『存在』自体がおかしい」


 俺はパイプを構えず、右手を突きつけた。

 ガーゴイル(石像鬼)。


 その名の通り、石でできた体。魔法で動くただの操り人形。


 なら、その前提を崩せばいい。

「――スキル発動:『一般常識コモンセンス』!!」

 俺の視界に、幾何学模様のエフェクトが走る。

 対象:ガーゴイル・モデル・ビアンカ。

 適用するロジック:『石塊は、空を飛ばない』『意思なき物質は、重力に従う』。


「落ちろ! お前らはただの石だ! 地面に這いつくばれ!!」


 バヂィッ!!

 スキルの強制力が、ガーゴイルたちを打つ。

 見えない鎖が翼に絡みつき、地面へと引きずり下ろそうとする。


 これで無力化できるはずだ。

 ――だが。


 ギギッ……?


 (――ヤダ……! オチタク、ナイッ……!!)


 ギャアアアアアアッ!!!


 ガーゴイルが絶叫した。


 それは魔獣の咆哮ではない。

 まるで、駄々をこねる子供のような、悲痛で、切実な拒絶の叫び。


 バキンッ!!

 俺のかけた「理屈の鎖」が、物理的な力ではなく、爆発的な「感情の奔流」によって引きちぎられた。


「……は?」

 俺は呆然とした。

 今、何だ?


 スキルが弾かれた感触が、手に残っている。

 「硬かった」んじゃない。「熱かった」んだ。


 ただの石像に、あんなドロドロとした「必死さ」があるわけがない。


(……意思があるのか?)  


 俺は戦慄した。

 こいつらは、プログラムされただけの魔物じゃない。


 その奥に、もっと生々しくて、人間臭い「何か」が埋め込まれている気がした。


『……レイ! 来るわよ!』

 ルミナスの警告で、俺は我に返った。


 考察している暇はない。ガーゴイルの瞳が、狂ったように赤く明滅し、俺への殺意を膨れ上がらせている。 


「……クソッ、なんて国だ! 魔物までイカれてやがる!」

 俺は踵を返し、脱兎のごとく駆け出した。


 戦うなんて選択肢はない。

 今の俺にできるのは、この気味の悪い「違和感」を抱えたまま、無様に逃げ回ることだけ。


「こ、こっちだ白豚ども!! 追いかけてみろ!!」


 背後から迫る羽音と、悲鳴のような咆哮。


 俺たちの絶望的なかくれんぼが幕を開けた。

 誰も助けてくれない、理不尽な地獄の底で。

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