第28話 「光の祭典、拒絶の影」
【建国記念祭・中央広場】
王都グラン・ロイヤルは、異様なトランス状態(集団催眠)に包まれていた。
空を覆う極彩色の紙吹雪。
そして、広場の中央、巨大な特設ステージには、痩せこけた老齢の国王レグルスと、その横に寄り添う歌姫セラの姿があった。
『――民よ、聞くがいい!』
魔導マイクを通した王の声が、ビリビリと空気を震わせる。
『長きにわたる魔王軍との膠着状態は、今日この日をもって終わりを告げる! 我が国は、偉大なる伝説「暁の5英雄」の意志を継ぐ、新たな希望を手に入れたのだ!』
王が腕を振り上げる。その目はどこか焦点が合っておらず、何かに操られているように熱っぽい。
『今こそ称えよ! 伝説を超え、光の時代を切り拓く者たち! 「新世代の英雄」たちを!!』
王の宣言と共に、歌姫セラが両手を広げた。
彼女の喉から、脳髄を溶かすような甘美なソプラノが響き渡る。
『♪〜 あぁ、光よ、導きたまえ 』
『♪〜 古き殻を脱ぎ捨て、我らは生まれ変わる 』
その歌声は、ただの歌ではなかった。
聞く者の理性を麻痺させ、高揚感だけを抽出する「精神感応」の波動。
市民たちの瞳孔が開き、顔が恍惚に歪む。
「うおおおおおッ!! カイル様バンザイ!!」
「次世代の英雄に栄光あれ!!」
「我らに光を!!」
狂気じみた熱狂。
数十万の市民が、セラの歌に合わせて波のようにうねる。
俺はその異様な光景に吐き気を覚えながら、必死に人波をかき分けていた。
『……ひどい音痴ね』
ルミナスが不機嫌そうに呟く。
『音程は合ってるけど、魔力波形がドロドロよ。……これ、広域洗脳魔法の一種だわ』
「……マジかよ」
俺は寒気を覚えた。
だが、妙に納得もしていた。
(……これが、この国の「在り方」なのか?)
英雄を崇めるために、魔法で国民の感情までチューニングする。
そうまでして熱狂を作り出すのが、この国の「愛国心」であり「正義」なんだろう。
俺たち一般人は、ただその演出に乗っかって叫んでいればいい。
「……気持ち悪い国だ。けど、郷に入ってはなんとやら、か」
俺は吐き気を呑み込んだ。
俺一人がおかしいと叫んだところで、この巨大な空気は変えられない。
今はただ、この狂騒の中でカイルたちを見つけることだけを考えよう。
ドォォォン!!
祝砲が上がり、パレードが始まった。
豪華絢爛なオープン馬車が、ゆっくりと近づいてくる。
歓声が爆発し、鼓膜が破れそうだ。
「……嘘だろ」
俺は息を呑んだ。
馬車の上にいたのは、俺の知っている「あいつら」じゃなかった。
カイルは、王家の紋章が入った純白の鎧を纏い、髪を整え、洗練された笑顔で手を振っている。
リリィは、宝石を散りばめたドレスを着て、聖女のように微笑んでいる。
泥臭くて、喧嘩ばかりしていたノービスの冒険者の面影はどこにもない。
そこにいたのは、王都が作り上げた「完璧な英雄のフィギュア」だった。
「……カイル!」
俺は叫んだ。
熱狂する群衆の中で、俺の声など掻き消されそうだ。だが、叫ばずにはいられなかった。
「カイル!! リリィ!! 俺だ、ここだ!!」
俺は警備の兵士の制止を振り切り、沿道へ飛び出した。
馬車まで、あと5メートル。
その時。
カイルがふと、こちらを見た。
「……ッ!」
目が合った。
カイルの表情が凍りつく。隣にいたリリィも、ルナも、俺に気づいた。
「おい、カイル! お前ら、連絡も寄越さないで……!」
俺が駆け寄ろうとした瞬間。
カイルの口が動いた。
(……来るな)
「え?」
カイルは笑顔を消し、痛みに耐えるような顔で、首を横に振った。
「来るな、レイ! 下がれ!!」
拒絶。
明確な、拒絶の言葉。
「な……なんでだよ! 俺だぞ!? レイだぞ!?」
「分かってる! だから来るなと言ってるんだ!」
カイルが叫ぶ。
その声に、周囲の市民たちが一斉に俺を見た。
その目は、ただの野次馬の目ではない。
「神聖な儀式を汚した異端者」を見る、憎悪に満ちた目だった。
「なんだあいつ? 空気が読めないのか?」
「セラ様の歌を邪魔するな!」
「汚らわしい! 英雄様の視界に入るな!」
罵声と共に、誰かが投げた空き瓶が俺の頭に当たった。
ガツン。
「……っ」
俺はよろめき、無様に地面に転がった。
痛む頭を押さえながら見上げると、カイルたちを乗せた馬車が、止められることなく通り過ぎていく。
ルナが悲しそうに目を伏せた。リリィが顔を背けた。
誰も、俺の手を取ろうとはしない。
(……そうかよ)
カイルは俺を睨んだんじゃない。
俺を、この狂った群衆の悪意から遠ざけるために、あえて拒絶したんだ。
でも、今の俺にはその優しさが、ナイフよりも深く心を抉った。
『……言ったでしょ』
ルミナスの声も、今は遠い。
『光が強ければ強いほど、影は濃くなるって』
俺は立ち上がる気力もなく、泥の上に蹲っていた。
周囲の熱狂は鳴り止まない。俺だけが異物として、ここに転がっている。
……ああ、もういい。これがこの国のやり方なら、従うしかないのか。
その時。
ステージの上で歌い続けていたセラが、ふと歌うのを止めた。
プツリ。
唐突に、音が消えた。
あれだけ響いていた歓声も、波が引くようにシンと静まり返る。
数十万人がいるはずの広場が、墓場のように静かになった。
「……え?」
俺の背筋に、氷柱を突き立てられたような悪寒が走った。
さっきまでの「納得」が、ガラガラと崩れ落ちる。
(……違う)
俺の本能が、遅すぎる警鐘を鳴らした。
これは「文化」でも「儀式」でもない。
この静けさは――屠殺場へ引かれていく家畜が、最後の瞬間に感じる「死の気配」だ。
「……はっ、と」
俺は弾かれたように顔を上げた。
「熱狂」という名の麻酔が切れた。
俺の目にはもう、煌びやかなパレードなんて映っていない。
映っているのは、獲物を前に舌なめずりをする、巨大な「悪意」の塊だけだ。
セラは、泥まみれの俺を一瞥し、そして――妖艶に微笑んだ。
『――さあ。贄は揃いました』
王城のバルコニー。
仮面の男ゼクスが、懐中時計の蓋を閉じる。
「フィナーレの時間だ。……民衆の興奮は最高潮。これなら『最高の餌』になる」
「システム起動。……『英雄覚醒プログラム』を開始します」
バチュンッ!!
乾いた音が響き、俺を現実に引き戻した。
見上げれば、王都の空を覆っていた「白き結界」が、どす黒い血の色へと変色していく。
ウゥゥゥゥゥゥーーーーーン!!
耳をつんざく警報音。
地面が揺れ、綺麗な白壁に亀裂が走る。
「な、なんだ!?」
「演出か!?」
「違う……空を見ろ! 空が割れるぞ!!」
空の裂け目から、無数の『異形の影』が、まるで雨のように降り注いできた。
ガーゴイルの群れだ。
その鋭い爪が、さっきまで英雄を称えていた市民の首を、無慈悲に刈り取る。
「ぎゃあああああああッ!!」
「助けてぇぇぇぇ!! カイル様ぁぁぁ!!」
熱狂は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変わった。
だが、これは事故ではない。
カイルたちを「真の英雄」にするために用意された、観客を犠牲にした最悪の舞台装置だった。




