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第27話 「優しさという名の排除」


 【王都・王立騎士団演習場】

 翌日。


 カイルたちは、建国記念祭のメインイベントである『模擬戦エキシビション』のリハーサルに参加していた。

 相手を務めるのは、王都騎士団のエリートたち。

 だが、そのレベルはノービスの魔物とは桁が違った。

 ズドォォォォン!!

「ぐっ……!?」

 カイルの大剣が弾き飛ばされ、彼は地面を転がった。

 対戦相手の騎士は、涼しい顔で剣を収める。

「……動きがあらいですね。力任せな剣筋だ。それでは『魔王級』の個体には通じませんよ」

 騎士の冷徹な指摘。

 カイルは肩で息をしながら、悔しげに地面を叩いた。

「クソッ……! レベル15の俺が、手も足も出ねぇなんて……!」


 一方、魔法組も苦戦していた。

「展開速度が遅い! それでは詠唱中に首を撥ねられますよ!」

「結界の強度が足りません! 市民を守る気があるのですか!」

 シリウスの矢は結界に防がれ、ルナの魔法は相殺され、リリィの結界は容易く破られる。

 圧倒的な実力差。

 そして何より、求められる「基準」が高すぎるのだ。

「……はぁ、はぁ。……キツすぎるでしょ、これ」

 リリィが乱れた髪を直す余裕もなく座り込む。

 そこに、冷たい水差しを持ったジェイドが現れた。

「お疲れ様です。……王都の『基準』はいかがでしたか?」


 彼は優しくタオルを差し出す。

「……化け物揃いだな。俺たちが井の中の蛙だったってことかよ」

 カイルがタオルを受け取り、汗を拭う。

「いえ、君たちの才能は素晴らしい。ただ、背負うものが違うだけです」

 ジェイドは演習場の観客席を見上げた。そこには誰もいないが、本番では数万人の市民が埋め尽くすことになる。

「英雄とは、ただ強いだけではいけない。……『絶対に負けない』という幻想を、市民に見せ続けなければならないのです。そのプレッシャーは、並大抵の精神では耐えられません」

 ジェイドの言葉が、重くのしかかる。


 「絶対に負けない」。その期待に応え続ける重圧。

「……さて」

 ジェイドは少し声を潜め、カイルたちの顔を覗き込んだ。

「想像してみてください。……もし、この場に『彼』がいたら?」

 ドキリ、とした。


 レイのことだ。

「レベル1、魔力なしの彼が……この殺人的な訓練に混ざり、数万人の視線に晒され、怪物のような敵と戦うことになったら。……どうなっていたと思いますか?」

 カイルの脳裏に、最悪の想像がよぎる。

 騎士の一撃で吹き飛ぶレイ。

 魔法の余波で黒焦げになるレイ。

 そして、観客席から浴びせられる「なんだあの弱虫は」「邪魔だ」という罵声。

「……死ぬな。間違いなく」

 カイルは正直に答えた。

 物理攻撃に弱いレイだ。このレベルの戦闘に巻き込まれたら、ひとたまりもない。

「ええ。肉体的にも死ぬでしょうし……何より、心が死ぬでしょう」


 ジェイドは悲しげに目を伏せた。

「自分だけが何もできない。自分だけが足手まとい。……そんな惨めさを、親友である彼に味わわせたいのですか?」

「そ、それは……!」

「違うわ!」

 リリィが声を荒らげる。

「あいつは……レイは、そんなヤワじゃない! 口は悪いし捻くれてるけど、あいつなりの戦い方が……!」

「戦い方?」

 ジェイドは首を傾げた。

「昨日のワイバーンのことですか? ……ええ、確かに奇策でした。ですが、あれが通用するのは一度きりだ。王都の敵は、あんな子供騙しの理屈では止まりませんよ」


 正論だった。

 理屈が通じない相手、問答無用で物理攻撃をしてくる相手。

 そんな敵が現れた時、レイを守れるのは誰か?

 カイルたちだ。

 だが、今のカイルたちに、自分を守る余裕すらないのに?

「……君たちが彼を思う気持ちは分かります。ですが……」

 ジェイドは決定的な言葉を告げた。

「『一緒にいること』だけが、友情ではありませんよ」

 ズキン、と心臓が痛んだ。

「彼には才能がない。それは罪ではない。ただの事実です。……ならば、彼を安全な一般区画で、普通の幸せな人生を送らせてあげること。それこそが、強者である君たちが彼に与えられる、『本当の優しさ』ではないですか?」

 カイルは言葉を失った。


 ルナが杖を握りしめ、唇を噛む。

(……レイを危険な目に遭わせたくない)

(レイに、惨めな思いをしてほしくない)

 その「純粋な善意」が、ジェイドの言葉によって、「だからレイを遠ざけるべきだ」という結論へと誘導されていく。

「……レイは、あっちにいた方が……幸せ、なのかな」

 ルナがポツリと漏らした。


 その言葉を、誰も否定できなかった。

「……さあ、休憩は終わりです」

 ジェイドが手を叩く。

「立ちなさい、英雄候補たち。君たちは強くならなければならない。……守るべき『弱き友人』のためにもね」

 カイルたちは再び武器を取った。

 その背中には、昨日よりも重い鎖が巻き付いていた。

 「レイのために、レイを捨てる」という、歪んだ正義の鎖が。


          ◇


 【一方、その頃――一般区画・酒場】

「……へっくちっ!」

 俺は盛大にくしゃみをした。

 安宿の一階にある酒場。昼間からエールを飲んでいるおっさんたちに混じり、俺は安いスープをすすっていた。

「……誰かが噂してんのか?」

『どうせロクな噂じゃないわよ。「あの無能を捨ててせいせいした」とかね』

 ルミナスの毒舌が飛んでくる。

 俺は肩をすくめた。

「違いない。……ま、あいつらが元気ならそれでいいさ」

 俺は窓の外を見る。

 遠くに見える王城の尖塔は、今日も眩しいくらいに白く輝いていた。


          ◇


 【騎士団詰め所・隊長室】

 訓練を終えたジェイドは、執務室に戻るなり通信魔道具を起動した。

 空中に浮かび上がるのは、仮面の男――ゼクスの紋章だ。

「……報告します、ゼクス様」


 ジェイドの声から、先ほどまでの「優しさ」が消え、冷徹な軍人のものへと変わる。

「彼らの『教育』は順調です。王都の基準レベルを見せつけ、圧倒的な実力差を理解させました」

『ご苦労ですね、ジェイド。……心の隙間には入り込めましたか?』

「ええ、完璧に」

 ジェイドは薄く笑った。

「彼らは良い子たちです。仲間思いで、責任感が強い。……だからこそ、『レイ・ノームを守るため』と言えば、自ら彼を切り捨ててくれるでしょう」

 善意を利用した分断工作。

 強制的に引き剥がすのではなく、本人たちに「自分たちで選ばせる」ことが重要なのだ。


『素晴らしい。……優しさこそが、最も脱出困難なケージですからね』

「すべては王都の秩序のために。……建国記念祭当日、彼らには『英雄』になってもらいます。その隣に、邪魔な一般人が立つ場所はありません」

 通信が切れる。


 ジェイドは窓の外、レイがいるであろう下町を見下ろした。

「君のためだよ、少年。……身の程を知らないまま死ぬより、凡人として生きる方が幸せだ」

 その言葉は、本心からの慈悲であり、同時に傲慢な宣告だった。


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