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第26話 「黄金の檻と、不通の通信」


 【時間を少し遡り――王都・VIP専用ゲート】


「……おい、待てよ! なんでレイだけ仲間外れなんだ!」

 カイルが足を止め、後ろを振り返った。

 だが、そこにはすでに分厚い鉄格子が下りていた。

 格子の向こう側、砂埃の舞う一般列の最後尾に、小さくなったレイの背中が見える。

 その背中は、どこか寂しそうで――そして、あまりにも遠かった。

「開けろ! あいつは俺たちのリーダーなんだぞ!」

 カイルが大剣の柄に手をかける。

「……ん。レイを置いていけない。戻る」

 ルナもきびすを返そうとした。

 だが、その道を塞いだのは、槍を持った兵士ではなかった。

「キャーッ! 剣聖様こっち向いてー!」

「聖女様、素敵なお召し物ですわ!」

「ようこそ王都へ! 我らが希望よ!」

 圧倒的な「善意」の壁だった。

 色とりどりの紙吹雪が舞い、花束を持った市民たちが押し寄せる。

 笑顔、笑顔、笑顔。

 誰も彼らを「敵」としては見ていない。熱狂的な「ファン」として、彼らの行く手を阻んでいるのだ。

「え、あ、ちょっ……!?」

 カイルが揉みくちゃにされる。

 一般人を大剣で薙ぎ払うわけにはいかない。

「さあさあ英雄候補の皆様! パレード用の馬車が到着しております!」

 メイドたちが現れ、強引にカイルたちを誘導する。

「冷たいお飲み物をどうぞ! 汗をお拭きください!」

「ちょ、ちょっと! 押さないでよ!」

 リリィが悲鳴を上げるが、歓声にかき消される。

「……計算不能。この熱狂は異常です」

 シリウスが眼鏡を押さえる。

「物理的な拘束ではありませんが、心理的な拘束力が強すぎます。……これでは身動きが取れません」

 結局、彼らは濁流に流される小舟のように、豪華なオープン馬車へと押し込まれてしまった。


          ◇


 【王都・メインストリート】

 馬車はゆっくりと、白亜の街並みを進んでいく。

 沿道には隙間なく人々が並び、カイルたちに手を振っている。

「……すげぇ。みんな俺たちを見てやがる」

 カイルが呆然と呟く。


 田舎者の彼にとって、これほどの注目を浴びるのは初めての経験だ。

 悪い気はしない。いや、むしろ高揚感がある。

 だが、胸の奥に棘が刺さったような違和感があった。

(……レイのやつ、今頃どうしてるかな)

 ふと横を見ると、ルナが膝を抱えて俯いていた。

 配られた高級なお菓子には手もつけていない。

「……ん。レイがいない。つまらない」

「まあ、あいつなら何とかするでしょ」

 リリィが紅茶をすすりながら強がる。

「あの手この手で裏口から入ってくるわよ。雑草みたいな男だもの」

「……だといいんですが」

 シリウスが懐から通信用の魔道具を取り出した。

「先ほどから何度もレイさんに通信を試みていますが……繋がりません」

「あ? 故障か?」

「いえ、『圏外』です」

 シリウスが空を見上げる。王都の上空には、薄い膜のような結界が張られている。

「この王都全体が、強力な『情報遮断結界』に覆われています。許可された回線以外、一切の通信が不可能です。……つまり、私たちは完全に分断されました」

 その事実に、車内の空気が重くなる。


 連絡が取れない。居場所も分からない。

 たった数メートル離れただけだと思っていた距離が、急に無限の彼方のように感じられた。

 その時。

 馬車の横を、白馬に跨った騎士ジェイドが並走してきた。

「おや、浮かない顔ですね。体調でも優れませんか?」

 爽やかな笑顔。

 さっきレイを弾いた張本人だ。

「……おいジェイド。レイと連絡が取れねぇぞ。どうなってんだ」

 カイルが食ってかかる。

「ああ、ご心配なく。一般区画の通信網は混雑していますからね」

 ジェイドは悪びれもせずに答えた。

「それに、彼にとってもその方が良いのですよ」

「あ?」

「ここは英雄のステージです。一般の方が紛れ込めば、彼自身が惨めな思いをするだけだ。……身の丈に合った場所で過ごすのが、彼のためなのです」

 ジェイドの言葉は、相変わらず「正論」だった。

 そして、残酷なほどに優しい。

「さあ、もうすぐホテルです。最高級のスイートルームをご用意していますよ。……明日の衣装合わせもありますから、彼のことは忘れて、今はファンの期待に応えてあげてください」

 ジェイドが手を振ると、沿道の歓声が一層大きくなった。

 ワーッ!! という音の波が、思考を塗りつぶしていく。

(……忘れて、楽しめってか?)

 カイルは唇を噛んだ。

 それはまるで、「レイのことなんて考えるな」という甘い洗脳のようだった。


          ◇


 【英雄専用宿泊施設・ロイヤルスイート】

 通された部屋は、ノービスのギルドが丸ごと入るほど広かった。

 シャンデリアが輝き、フカフカの絨毯が敷かれ、テーブルには山盛りの御馳走。

「す、すげぇ……。これが王都の宿かよ……」

 カイルがゴクリと喉を鳴らす。

 長旅で腹は減っている。目の前の肉料理が、強烈に胃袋を刺激する。

「……お風呂! バラのお風呂があるわ!」

 リリィがバスルームを見て歓声を上げた。

「アメニティも全部高級ブランドじゃない! あー、もう最高!」

 彼女たちのテンションが上がる。

 無理もない。今まで馬車での野宿同然の生活だったのだ。

 この圧倒的な「快楽」を前にして、理性を保つのは難しい。

「……計算終了。ベッドのスプリング係数は最高品質。疲労回復効率は野宿の500%です」

 シリウスも、思わず眼鏡の位置を直した。

 だが。

「……いらない」

 ルナだけが、部屋の隅のソファに座り込み、膝を抱えていた。

 目の前に置かれたケーキに見向きもしない。

「……レイがいないご飯なんて、美味しくない」

 その一言が、浮かれていた全員の動きを止めた。

 カイルが伸ばしかけた手を引っ込める。

 リリィがタオルを置く。

 部屋が静まり返った。

 豪華であればあるほど、快適であればあるほど、そこに「いない一人」の存在感が膨れ上がっていく。

「……クソッ、分かってるよ!」

 カイルが乱暴に頭をかいた。

「レイのやつ、今頃ボロ宿で硬いパンでもかじってんだろ! ……なのに俺たちだけ、こんな……!」

 罪悪感。

 それが、この豪華な部屋に仕掛けられた最大の罠だった。

 楽しめば楽しむほど、レイへの後ろめたさが募る。

 かといって、拒否すれば市民の期待を裏切ることになる。

 逃げ場のない「善意の檻」。

 コンコン。

 ドアがノックされ、ジェイドの声が響いた。

「皆様、お着替えの時間です。明日の式典のリハーサルがありますので、ロビーへお集まりください」

 スケジュールすら管理されている。

 考える時間を与えないつもりだ。

「……行くぞ」

 カイルが大剣を背負い直した。

「ここで腐ってても仕方ねぇ。……レイが見てねぇなら、俺たちが代わりにしっかりしねぇとな」

「……そうね。あいつに『お前ら楽しやがって』って文句言われるくらい、完璧にしてやりましょ」

 リリィも強気に笑うが、その目は笑っていない。

「……ん。レイのために、強くなる」

 ルナが杖を握りしめ、立ち上がった。

 彼らは部屋を出て行く。

 豪華な食事は、手つかずのまま残された。


 その背中には、目に見えない「王都」の鎖が、確実に巻き付き始めていた。



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