表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/28

第25話 「白い街の違和感と、歌姫の呪い」


 【王都グラン・ロイヤル・一般区画】

「……なぁ、ルミナス。お前さっき『王都の裏側は吐き気がする』って言ってたよな?」

 一般ゲートを抜け、街の中を歩きながら俺は呟いた。

『ええ。言ったわよ。見た目が白いだけよ。中身は掃き溜め。匂いがしないぶん、余計に腐ってる』

「……どこがだよ」

 俺は周囲を見渡した。

 そこは、驚くほど「白い」世界だった。

 道端にはゴミ一つ落ちていない。

 建物はどれも新築のように白く塗られ、窓ガラスはピカピカに磨かれている。


 行き交う人々も、小綺麗な服を着て、穏やかに微笑み合っている。

「めちゃくちゃ綺麗じゃねぇか。ノービスの路地裏なんて、生ゴミと酔っ払いの死体(みたいに寝てる奴)だらけだぞ」

『……アンタ、目が節穴なの?』

 脳内でルミナスが呆れたように鼻を鳴らす。

『綺麗すぎるのよ。……生活感がない。まるで「汚いものは全て見えない場所に隠しました」って言いたげな白さじゃない』

「潔癖症かよ」

『いいえ、隠蔽よ。この街は、汚れを許容していない。……見てみなさい、あの店主の目を』

 俺はルミナスに言われ、近くの果物屋台に目を向けた。

 人の良さそうな爺さんが、真っ赤なリンゴを磨いている。

「おい、そこの兄ちゃん!」

 爺さんが俺に気づいて声をかけてきた。


「見ない顔だな。田舎から来たのか? 記念祭を見にかい?」

「ええ、まあ。……すごい活気ですね。みんな楽しそうで」

「当たり前さ!あと3日で『建国記念祭』だからな! 新しい英雄様が誕生するんだ、こんなめでたいことはないよ!」

「3日……そんなに近いんですか」

 爺さんは誇らしげに胸を張る。


 俺はリンゴを一つ買いながら、さりげなく聞いてみた。

「でも、入り口でかなり待たされましたよ。なんか『英雄候補』と『一般人』で、扱いが全然違うっていうか……」

「ん? 何を言ってるんだ?」

 爺さんは、きょとんとした顔をした。

「英雄様は、俺たちを守ってくださる尊い方だぞ? 最高の待遇でお迎えするのは、市民の義務だろう?」

「いや、でも俺たちも同じ人間だし……」

「人間?」


 爺さんは少しだけ声を落とし、諭すように言った。

「兄ちゃん。人間には『役割』があるんだ。英雄様は戦う役割。俺たちはそれを支え、感謝する役割。……役割が違うのに、同じ扱いを求めるなんて、それはわがままってもんだよ」

「……わがまま、ですか」

「そうさ。自分の分をわきまえる。

それがこの街の『平和』の秘訣なんだよ」

 爺さんはニッコリと笑った。


 その笑顔には、悪意の一欠片もない。純度100%の善意だ。

(……うわ、話が通じねぇ)

 俺は曖昧に笑ってその場を離れた。

 背筋が薄ら寒くなる。

『分かったでしょ?』

 ルミナスが冷ややかな声を出す。

『ここでは「差別」なんて言葉は存在しない。あるのは「正しい区別」と「感謝」だけ。……反吐が出るほど健全な狂気ね』


          ◇


 街の中央広場に差し掛かると、美しい歌声が聞こえてきた。

 広場の噴水前に、一人の少女が立っている。


 雪のような白い髪に、薄い青のドレス。その瞳は閉ざされている。

『……ふーん。魔力波長が独特ね。歌声に精神干渉系の術式が混じってるわ』

「おいおい、危険な奴か?」

『いいえ、無害よ。ただの「癒やし」の魔法。……でも、歌詞が気に入らないわ』

 少女――歌姫セラは、天を仰いで歌い上げる。

『――英雄は光、我らは影』

『影は光を支え、光は影を導く』

『痛みは喜びに、犠牲は栄光に』

 周囲の市民たちは、うっとりと聞き入っている。

 まるで、その歌声が彼らの「思考」を溶かしているようだ。

「……すごい人気だな」

「当たり前よ。セラ様はこの街の『声』なんだから」

 隣にいたおばさんが教えてくれた。

「彼女の歌を聞くと、自分が何のために生きてるのか分かるの。……『英雄様のために生きる』ってね」

(……完全に宗教じゃねぇか)

 歌が終わり、セラが優雅にお辞儀をする。

 割れんばかりの拍手。


 俺だけが拍手をせず、ポケットに手を突っ込んで立っていた。


 その時。

 ふと、セラの顔がこちらを向いた気がした。

 見えないはずの瞳が、雑踏の中で俺だけを捉えたような――。

『……レイ、行きなさい。あの女、ちょっと勘が鋭いわ』

「……だな。関わると面倒そうだ」

 俺は逃げるように広場を後にした。


          ◇


 夜になり、俺は宿を探して裏通りを歩いていた。

 表通りは高級ホテルばかりで、俺の懐事情じゃとても泊まれない。

 結局、少し薄汚れた(それでもノービスよりはマシな)路地裏に迷い込んだ。

「……えいっ! とおっ! 英雄キック!」

 路地の奥から、子供の声が聞こえた。

 見ると、8歳くらいの金髪の少年が一人で木の枝を振り回している。

「……何やってんだ、あいつ」

『「ごっこ遊び」でしょ。……平和なこと』

 少年は、壁に描かれた落書きの怪獣に向かって、必死に枝を突き出していた。

 俺が通りかかると、少年はハッとして動きを止めた。

「あ……」

 少年が俺を見る。

 そして、俺が背負っている鉄パイプに目が釘付けになった。

「……お兄ちゃん、それ、武器?」

 少年が目を輝かせて駆け寄ってきた。

「すっげー! 銀色だ! 強そう!」

「ん? ああ、まあな。……これでもミスリル製だ」

「ミスリル!? 伝説の金属じゃん!」

 少年――ノアは興奮して鼻息を荒くした。

「ねえねえ、お兄ちゃんも冒険者? もしかして、英雄候補の人?」

「……っ」

 痛いところを突かれた。

 俺は苦笑いして、首を横に振った。

「いや……俺は違うよ。俺はレベル1だ。英雄候補の……なんていうか、荷物持ちみたいなもんだ」

 自虐混じりに言う。

 すると、ノアは「ふーん」と首を傾げ、意外なことを言った。

「そっか! じゃあ、英雄様を支える人なんだね!」

「……は?」

「だって、英雄様は一人じゃ戦えないもん! ご飯作る人も、荷物持つ人も、応援する人も必要なんだよ! お兄ちゃんは『縁の下の力持ち』なんだね! カッコいい!」

 ノアの瞳は、一点の曇りもなく輝いていた。

 純粋な尊敬。純粋な肯定。

 門番のジェイドや、さっきの爺さんと同じだ。

 「支える役割も素晴らしい」と、本気で信じている。

「……お前、いい子だな」

「えへへ。僕もね、大きくなったら英雄になるんだ!」

 ノアは木の枝を高く掲げた。

「強くて、優しくて、絶対に負けない英雄に!」

「……絶対に、か?」

「うん! だって英雄だもん! 負けちゃダメだし、間違っちゃダメなんだ!」

 その無邪気な言葉が、小さな棘のように俺の胸に刺さった。

「……もし、負けたら?」

「え?」

「もし英雄が……辛くて、泣きごとを言ったり、逃げ出したりしたら?」

 俺が意地悪な質問をすると、ノアはきょとんとして、即答した。


「そんなの、英雄じゃないよ」


 残酷なまでの断言。

「英雄は強いから英雄なんでしょ? 弱かったら、ただの人じゃん」

「…………」

 俺は何も言えなくなった。

 この子は悪くない。ただ、この街の「常識」を真っ直ぐに育っただけだ。


 でも、だからこそ怖い。

 この純粋な期待が、いつか誰かを――例えばカイルたちを、追い詰めることになるんじゃないか。

『……行きましょ、レイ。子供相手にムキになっても仕方ないわ』

「……ああ」

 俺はノアの頭をポンと撫でた。

「頑張れよ、未来の英雄様。……挫折すんなよ」

「うん! お兄ちゃんも荷物持ち頑張ってね!」

 ノアの笑顔に見送られ、俺は安宿の看板をくぐった。


          ◇


 【安宿・一室】

 俺は硬いベッドに倒れ込んだ。

 壁は薄く、隣の部屋のいびきが聞こえてくる。

「……あと3日か」

 建国記念祭まで3日。

 それまでにカイルたちと合流して、今後のことを話し合わないといけない。

 だが、通信魔道具は圏外のままだ。完全に遮断されている。

「……ルミナス」

『なによ』

「この街、なんか息苦しいな」

『……ええ。綺麗すぎて、酸素が薄いみたい』

 ルミナスが俺の隣にホログラムで現れ、天井を見上げた。

『誰もが自分の役割を演じてる。……アンタみたいな「台本にないノイズ」が、これからどうなるか見ものね』

「……お手柔らかに頼むぜ」

 俺は目を閉じた。

 明日からは、この白すぎる街で、自分の居場所を探さなきゃならない。


          ◇


 【王都・中枢区画 大神殿】

 深夜。

 ステンドグラスから月光が差し込む礼拝堂に、二つの影があった。

 一人は、仮面の男ゼクス。

 もう一人は、祭壇の前で祈りを捧げる少女、歌姫セラだ。

「……ご苦労でしたね、セラ。今日の歌も素晴らしかった」

 ゼクスが優しく声をかけると、セラはゆっくりと振り返った。

 その瞳は閉じたままだが、彼女には「世界」が見えている。

「ゼクス様。……今日、広場に『ノイズ』が混じっていました」

 セラの声は鈴のように美しいが、感情の色が薄い。

「私の歌が届かない、冷たい心の持ち主。……あれは、危険です。この街の『調和』を乱します」

「おや、気づきましたか」

 ゼクスは愉快そうに笑った。

「ええ、知っていますよ。彼はレイ・ノーム。今回の記念祭の……そうですね、『余興』のようなものです」

「余興……?」

「彼をどう思いますか? 排除しますか?」

 セラは首を横に振った。

「いいえ。……かわいそうな人です。光を知らない、哀れな影。……私が歌で導いてあげなくては。彼が『正しい役割』を理解できるように」

 彼女の言葉には、微塵の悪意もない。


 あるのは、狂気じみた慈愛と、洗脳に近い使命感だけ。

 彼女もまた、このシステムが生み出した「被害者」であり「加害者」なのだ。

「フフッ……そうですか。ならば、放っておきなさい」

 ゼクスは窓の外、レイがいるであろう下町の方角を見下ろした。

「あと3日。……彼にはまだ、何も手出しをしてはいけませんよ」

「なぜですか?」

「苦しみは、これから始まるからです」

 ゼクスの仮面の下で、唇が歪む。

「孤独。疎外感。無力感。……この街の空気が、じわじわと彼の心を腐らせるのを待ちましょう。彼が自ら『自分は不要だ』と認める、その瞬間まで」

 セラは静かに頷き、再び祈りを捧げ始めた。

 

 舞台は整った。

 役者は揃った。

 あとは、残酷な祭りの幕開けを待つだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ