表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/28

第24話 「敗北と、裏口の行列」



 【王都グラン・ロイヤル・正門前】

「……王都の騎士様は『例外』がおっかないのか?」

 俺は精一杯の虚勢を張って、そう言った。

 言葉のナイフで、相手のプライドを突き刺す。いつものやり方だ。

 挑発に乗ってくれれば、議論に持ち込める。言葉の殴り合いなら、俺にも勝機はある。

 だが、ジェイドは眉一つ動かさなかった。

 怒りもしない。焦りもしない。

 ただ、少しだけ残念そうに溜め息をついた。

「……君は、勘違いをしているようだ」


 カツン、と。

 ジェイドがたった一歩、前に踏み出した。

 ドッッッ!!

「――っ!?」

 それだけで、世界が反転した。

 重力が増したかのように、体が地面に縫い付けられる。

 魔力による『威圧プレッシャー』ではない。もっと根源的な、生物としての「格」の違いを、本能に直接叩き込まれる感覚。


 心臓が早鐘を打つ。

 肺が空気を吸うのを拒絶する。

 レベル1の俺の生存本能が、頭の中でサイレンを鳴らして絶叫している。

 『逆らうな。死ぬぞ。首が飛ぶぞ』と。

 俺はパイプを構えようとしたが、指先が震えて力が入らない。


 ジェイドは剣の柄に手をかけてすらいない。ただ立っているだけだ。

 それなのに、俺の首元にはすでに、不可視の刃が突きつけられているような錯覚があった。

「我々は例外を恐れているのではない。『秩序』を守っているのだ」

 ジェイドは静かに、諭すように言った。

「君がワイバーンを倒した? 素晴らしい。だが、それは『個人の武勇』だ。この門を通る資格は『公的な身分』と『厳正な数値』にある。……ルールとは、例外を許さないからこそ美しい。君一人のために門を開けば、秩序は崩壊する」


 正論だ。


 反論できない。いや、口が震えて言葉が出ない。

 これが王都の騎士団長クラス。屁理屈やハッタリが通じる相手じゃない。

 物理的な暴力よりも、その「揺るぎない正しさ」が、俺を圧倒していた。

「……おい! 何しやがる!」

 異変を察知したカイルが、大剣に手をかけて戻ってこようとする。

「……ん。レイをいじめるな」

 ルナも杖を構え、魔力を練り始める。

 一触即発。

 このままでは、カイルたちが騎士団と衝突してしまう。

「……やめろ、カイル!!」

 俺は裏返った声で叫び、震える手で彼らを制した。

「あ!? でもよぉ! コイツ、お前に殺気を……!」

「ここで騒ぎを起こしたら、お前らの『英雄候補』の資格が剥奪されるぞ……。せっかくここまで来たのに、水の泡だ」

 俺は脂汗を拭いながら、力なく笑った。


 これ以上、俺のためにあいつらの足を引っ張るわけにはいかない。

「……俺の負けだ。ジェイドさんの言う通りだよ。ルールはルールだ」

 勝負にすらならなかった。

 俺はパイプを下ろし、両手を上げた。

 完全な敗北宣言だ。

「……賢明な判断です」

 ジェイドが威圧を解く。

 ふわりと空気が軽くなり、彼はまた爽やかな「親切な騎士」の顔に戻った。

「分かっていただけて嬉しいですよ。……さあ、英雄候補の皆様はあちらへ。君は一般列へ。中でまた会えるでしょう」


          ◇



 【VIP専用ゲート】


 ゲートをくぐった瞬間、そこは別世界だった。

 心地よい風が吹き抜け、花の香りが漂う。

 待機していた着飾ったメイドたちが、冷たい果実水を持って駆け寄ってくる。

「ようこそ、英雄候補の皆様! 長旅お疲れ様でした!」

「さあ、こちらへ! 汗をお拭きください!」

「キャーッ! 見て、剣聖候補様よ! 素敵!」

 圧倒的な歓待。

 カイルは渡されたグラスを戸惑いながら受け取る。

「……おい、なんか納得いかねぇぞ。なんでレイだけ仲間外れなんだよ」

 カイルが不満げに振り返る。

 だが、分厚い鉄格子と魔法障壁が、すでに後方の景色を遮断し始めていた。

「仕方ありません。これが王都の『ルール』ですから」

 シリウスが冷たいグラスの水滴を拭いながら言う。その表情は硬い。

「……計算外でした。これほど明確に『選別』されるとは。彼らは私たちを分断し、個別に管理するつもりです」

「……レイ、大丈夫かな」

 ルナが心配そうに呟く。

 遥か後方。

 鉄格子の隙間から、砂埃の舞う一般列の最後尾に、小さくなったレイの背中が一瞬だけ見えた。

 薄汚れた服で、長い列に並び直すその姿は、あまりにも惨めに見えた。

「……心配ないわよ」

 リリィが前を向いたまま言った。

 彼女はメイドから渡された高級なハンカチで、優雅に額を拭っている。

「あいつは雑草みたいに図太いもの。……それに、悔しかったら這い上がってくるでしょ」

 そう強がる彼女の手は、ドレスの裾を強く握りしめていた。

 だが、周囲の歓声と快適な待遇は、確実に彼女たちの心を「英雄側」へと引きずり込んでいく。


          ◇


 【一般入場ゲート・待機列】

「……あー、クソ。暑い」

 俺は深いため息をついた。

 レッドカーペットとは天と地の差だ。

 周りは汗だくの観光客や、大きな荷物を背負った行商人だらけ。土埃と体臭、そして家畜の匂いが充満している。

 太陽がジリジリと照りつける中、列は遅々として進まない。

 もう2時間は待っているだろうか。

『……ねえ、レイ。退屈なんだけど』

 脳内に、気だるげな声が響いた。

 俺の左腕、銀の腕輪が微かに発光している。

 始源精霊ルミナスだ。

「……文句言うなよ。俺だって退屈で死にそうだ」

『景色も最悪ね。汗臭い男、欲にまみれた商人、うるさい子供。……王都の裏側って感じがして吐き気がするわ』

 ルミナスはホログラムとしては姿を現さず、声だけで悪態をつく。

 どうやら人混みが嫌いらしい。

 その時、前の列に並んでいた太った商人たちが、大声で話し始めた。

「おい見たか? さっきのVIPゲート」

「ああ、見た見た! 凄かったなぁ、あのパーティ!」

「特にあの剣士! いい体してたぜぇ。あれぞ英雄って感じだ」

 カイルのことだ。


 俺は少しだけ誇らしい気持ちになる。あいつらはやっぱり、どこに行っても目立つ。

「でもよ、一人だけ変なのがいなかったか?」

「ああ、あの一緒にいた黒髪のガキか?」

 ピクリ、と俺の肩が震えた。

「そうそう。鉄パイプなんか担いでさ。みすぼらしい格好で」

「ありゃ荷物持ちだろ。英雄様の金魚のフンだよ」

「だよなぁ。あそこで弾かれてざまぁねぇよ。勘違いした一般人が、英雄気取りで紛れ込もうなんて」

 ガハハ、と下卑た笑い声が響く。

「…………」

 俺は唇を噛み締め、パイプを握る手に力を込めた。

 反論したい。


 『俺だって戦ったんだ』と叫びたい。

 でも、今の俺にはそれを証明するものが何もない。

 レベル1。実績なし。それが俺の現実だ。

『……ふん。愚かね』

 ルミナスが鼻で笑った。

『目に見える数字と、着飾った服でしか価値を測れない。……人間の目は、いつからあんなに曇ってしまったのかしら』

「……慰めてんのか?」

 俺が小声で返すと、彼女は心外だと言わんばかりに声を尖らせた。

『勘違いしないで。私は事実を言っただけよ。……あのトカゲの口を塞いだ時のアンタの悪知恵、あれは見ものだったわ』

「悪知恵って言うな」

『褒めてるのよ。……少なくとも、力任せに剣を振るうだけの脳筋よりは、見ていて飽きないわ』

 彼女なりのフォローらしい。

 素直じゃないが、こんな状況だとその憎まれ口が少しだけ救いになる。

 ふと、広場に設置された巨大な魔導スクリーンが光った。


 王都のニュース映像だ。

『速報です! ノービスより有望な英雄候補パーティが到着しました!』

 画面に映し出されたのは、煌びやかな応接室で笑顔を見せるカイル、リリィ、ルナ、シリウスの姿。

 彼らはすでに綺麗に身支度を整えられ、王侯貴族のような扱いを受けている。

 そこに、俺の姿はない。

 最初から「いなかったこと」にされている。

『……華やかね。光が強ければ強いほど、影は濃くなる』

 ルミナスの声が、少しだけ優しく――いや、共感を含んだ響きに変わる。

『悔しい? 置いていかれて』

「……そりゃな」

『でも、覚えときなさいレイ。……光の中にいると、足元が見えなくなるものよ』

 彼女の声が、直接心臓に触れるように響く。

『アンタは影に落ちた。……でも、だからこそ「見上げること」ができる。この歪な街の底から、本当の正体を見定めることができるのよ』

「……また随分と哲学的なことで」

『感謝しなさい。私が話し相手になってあげてるんだから』

 ふっ、と俺は小さく笑った。

 独りぼっちかと思ったが、どうやら一番性格の悪い相棒が残っていたようだ。

「……分かってるよ。見てろ、ルミナス」

 俺は砂埃を払い、画面から目を逸らした。

 誰も俺を見ない。誰も俺に期待しない。

 ここは英雄の街。英雄じゃない奴は、ただの背景モブだ。

 なら、背景モブらしく、足元からひっくり返してやる。

「いつか絶対、あの正門を正面から突破してやる」

 負け惜しみのような誓いを胸に、俺は一般人の群れに埋もれながら、一歩ずつ進んだ。

 こうして、俺たちのパーティは分断された。

 輝かしい表舞台を行く4人と。

 薄汚い裏通りを行く俺と。


 この「格差」こそが、王都が仕掛けた最初の罠だとも知らずに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ