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第22話 「空飛ぶトカゲと、不発の火炎」


 【ノービス街道・馬車内】

 ゴトゴトと揺れる馬車の荷台。

 レイは、ガンテツのオヤジから託された『可変式の鉄パイプ』を握りしめ、脂汗を流していた。

「……変形! ……起動! ……動け!」


 シーン。

 銀色の棒は、ただの棒のまま沈黙している。

「……ダメだ。まったく反応しねぇ」

「ぷっ。……レイ、顔が必死すぎてウケるんだけど」

 向かいの席で、リリィが紅茶を飲みながら失笑した。

「無駄よ無駄。貴方の魔力量はゼロ。その魔道具は『魔力を流して形状をイメージする』ことで変形するのよ?」

「……ぐぬぬ。せっかくのミスリル製なのに、ただの鈍器かよ」

「いいじゃない。貴方にはお似合いよ、その無骨な鉄屑」

 リリィは優雅に足を組み替える。


 そのローブは塵一つついていない。馬車全体に『聖域結界サンクチュアリ』を張り、揺れと汚れを完全に遮断しているからだ。


 おかげで御者台のカイルが「馬車が重い! 馬がバテる!」と悲鳴を上げているが、彼女は無視だ。

「……ん。レイ、元気出して」

 隣でルナが、俺の口に干し肉を突っ込んできた。

「……魔力がなくても、レイには『理屈ヘリクツ』がある」

「言い方!」


 俺は干し肉を噛みちぎりながら、窓の外を見た。

 シリウスの計算によれば、あと数時間で王都グラン・ロイヤルに到着するはずだ。

「王都か……。どんなところなんだろうな」

「計算上、大陸で最も人口密度が高く、経済規模はノービスの10倍です」

 地図を見ていたシリウスが眼鏡を光らせる。

「ですが、それ以上に……『英雄信仰』が強い街としても有名です。私たちのような『英雄候補』にとっては、天国か、あるいは――」

 シリウスが言葉を濁した、その時だった。


 キィェェェェェェッ!!

 上空から、鼓膜を引き裂くような咆哮が響いた。

 馬がいななき、急ブレーキがかかる。

「て、敵襲だァァァッ!!」

 カイルの叫び声。

 俺たちが馬車を飛び出すと、空を覆う巨大な影があった。

 翼長10メートルを超える飛竜。

 『ワイバーン』だ。

「で、デカい……! 遺跡のガーディアンより速そうだぞ!」

 俺が身構えるより早く、仲間たちが動いた。

「ヒャハッ! ちょうどいい準備運動だぜぇ!」

 カイルが飛び出す。

 その背中から噴き出す闘気は、以前とは比べ物にならないほど濃密だ。

「――『剛剣・断空ソニック・ブレイク』!」

 カイルが大剣を一閃させる。

 剣圧だけでカマイタチが発生し、ワイバーンの鱗を切り裂いた。

「ギャオッ!?」

「計算終了。右翼の被膜に損傷。バランスが崩れました」

 シリウスが冷静に弓を引く。

 矢の先端が青白く発光している。

「――『穿孔矢ドリル・アロー』」

 ヒュンッ!

 放たれた矢は螺旋を描いて加速し、ワイバーンの翼の関節を正確に射抜いた。

「……ん。トドメ」

 ルナが杖を掲げる。

 詠唱破棄。展開速度0.5秒。

「――『爆轟デトネーションミドル』」

 ドォォォン!!

 空中で爆炎が咲き、ワイバーンが黒煙を上げて墜落してくる。

(……つ、強ぇ)

 俺は呆然とした。

 こいつら、遺跡での戦いを経てレベルが跳ね上がっている。


 これなら俺の出番なんて――。

「――グルルルッ!」

 墜落したワイバーンが、まだ生きていた。

 しかも、落ちた場所が悪い。

 俺の目の前だ。

「うおっ!?」

 怒り狂った飛竜が、俺を睨みつける。

 その喉奥が真っ赤に発光し、強烈な熱波が漂ってきた。

 『火炎のファイアブレス』の予備動作だ。

「危ないレイ! ブレスが来る!」

 リリィの悲鳴。

 カイルたちは距離が遠い。間に合わない。

(……くそっ、またかよ!)

 俺は眉をひそめた。

 目の前で膨れ上がる炎の塊。

 この世界じゃ「魔物が火を吐く」なんてのは常識だ。みんな当たり前のように受け入れている。

 だが、俺にはどうしても理解できない。

 俺はパイプを指揮棒のように突きつけ、叫んだ。

「――おかしいだろ!!」

 スキル発動:『一般常識』 Lv.2

 対象:ワイバーンの発火現象


【効果:『ことわりの強制』】

【 ※対象は「理解可能な現象」に限定されます 】


「生き物の口から火が出る? 燃料は? 点火装置は? そんなもん腹にあるわけねぇだろ! 俺にはサッパリわからん!!」

 俺の言葉が、世界の「ご都合主義ルール」に干渉する。

 魔法的なプロセスなど、俺には理解できない。

 俺が理解できる「常識」はたった一つ。

 『生き物は、口から息しか吐かない』

 その瞬間、ワイバーンの喉奥で輝いていた魔法陣が、俺の「理解不能エラー」によって強制解除された。


 結果――。

 スゥゥゥゥーーーーッ。

 ワイバーンが大きく息を吐き出した。

 ……それだけだ。

 火も、煙すらも出ない。ただの、ちょっと生暖かい吐息。生臭い風が俺の前髪を揺らしただけだった。

「…………あ?」

 ワイバーンが「あれ?」という顔で瞬きをした。

 一生懸命きばったのに、出たのはただの溜め息。

 あまりにもマヌケな空気が流れる。

「……やっぱりな。火なんか出るわけねぇんだよ、トカゲなんだから」

 俺はその隙を見逃さず、パイプをフルスイングした。

 ガンッ!!

 いい音が響き、自分が何をしたのかも分からないまま、ワイバーンは白目を剥いて気絶した。

「……ふぅ。なんとかなったか」

 俺はパイプを肩に担ぎ、大きく息を吐いた。

 振り返ると、仲間たちが得体の知れない化け物を見るような目で俺を見ていた。

「……レイ。今の、何?」

 ルナが杖を握る手に力を込めている。

「ブレスが……消えた? ただの息になった? ……意味がわからない。私の爆裂魔法より、よっぽど怖い」

「……あんな現象、計算できません」

 シリウスが青ざめた顔で眼鏡を直す。

魔法障壁マジックバリアでもなく、相殺カウンターでもなく……『現象そのものの抹消』。……レイ、あなたは一体何をしたんですか?」

「え? いや、ただ『火なんか出るわけない』って思っただけだけど……」

 俺が答えると、全員が「はぁ!?」と声を揃えた。

「それだけの理由で、ドラゴンのブレスを止めたって言うの!?」

 リリィが信じられないという顔で詰め寄ってくる。

「だとしたら貴方、最強じゃない。どんな魔法も効かない、完全無敵の対魔導兵器ってことでしょ?」

 リリィの言葉に、俺は慌てて首を横に振った。


 ここが大事なところだ。勘違いされて無茶振りされたら死んでしまう。

「おいおい、買いかぶりすぎだ。俺のはそんな便利なもんじゃない」

 俺は自分のこめかみを指差した。

「俺のこれは、あくまで『俺が認識して、おかしいと判断できたもの』にしか効かない。つまり、不意打ちされたら死ぬ」

「……え?」

「後ろから無言で魔法を撃たれたり、俺が反応できない速度で撃たれたり、寝てる時に撃たれたら……俺は普通に黒焦げになって死ぬぞ」

 場が静まり返る。

 そう、俺のスキルは常時発動のバリアじゃない。

 いちいち「おかしいだろ!」とツッコミを入れなきゃいけない、マニュアル操作(面倒くさい)能力なのだ。

「それに……」

 俺は気絶しているワイバーンの巨大な牙を指差した。

「こいつがもし、ブレスじゃなくて『ガブッと噛みつき』を選択してたら、俺は今頃ミンチになって死んでた」

「……は?」

「だって、『鋭い牙で噛まれたら死ぬ』のは『常識』だろ?」

 カイルがポカンと口を開けた。

「……つまり、レイは」

「魔法には強いが、石ころ投げられたら死ぬし、気づかなかったら魔法でも死ぬ。……だから俺は、お前らが守ってくれないとすぐ死ぬぞ」

 俺は胸を張って言った。

 そう、俺は最強なんかじゃない。ただの「口が達者な一般人」だ。

『……ふふ。その通りよ』

 その時、俺の腕輪から光が漏れ出し、ふわりとルミナスのホログラムが浮かび上がった。

 彼女は呆れたように俺を見下ろしている。

『レイの力は、ただの「石頭」よ。現実を受け入れられない子供の癇癪かんしゃくと同じ。……だからアンタたち、レイを過信しないことね。目を離したら3秒で死ぬわよ』


「うわっ、出たな毒舌精霊!」

「……計算上、レイの護衛難易度が跳ね上がりました」

 シリウスが頭を抱える。

「魔法使いキラーでありながら、不意打ちと物理攻撃で即死するリーダー……。運用コストが高すぎます」

「……ん。レイ、弱い。手のかかる子」

 ルナが俺の頭をよしよしと撫でてくる。扱いやめろ。

「ガハハ! なんだ、やっぱりレイはレイじゃねぇか!」

 カイルが笑い飛ばし、バシバシと俺の背中を叩く。

「安心しろ! 小難しいことは分からねぇが、『物理』なら俺に任せとけ! 岩でも鉄でも叩き斬ってやる!」


 まったく、頼もしい脳筋たちだ。

「……はぁ。もう何でもいいわ」

 リリィが興味なさそうに髪を払った。

「レイが強くても弱くても、私の『所有物』であることに変わりはないし。……それより早く出して。馬車の揺れで髪が痛むわ」

 彼女は優雅に紅茶を飲み干し、窓の外を指差した。

「ほら、見えてきたじゃない。……さっさと行きましょ。早くお風呂に入りたいもの」


          ◇


 それから数時間後。

 俺たちは、ついにその場所へと辿り着いた。

 平原の向こうに現れたのは、山脈と見紛うほどの巨大な城壁。

 その内側にそびえ立つ、無数の尖塔と白亜の城。

 王都グラン・ロイヤル。

「す、すげぇ……! ノービスが箱庭に見えるぞ……!」

「うひョー! デッケェなおい!」

「……ん。美味しそうな匂いがする」

 俺たちは田舎者丸出しで歓声を上げた。

 これから始まる新しい生活、新しい冒険に、誰もが胸を躍らせている。

 だが、ルミナスだけが、微かに表情を曇らせた。

『……レイ。気をつけなさい』

 脳内に直接、彼女の声が響く。

『この街は……眩しすぎる。影が、濃いわ』

「? どうしたルミナス」

『……なんでもない。行きましょう』

 巨大な城門が開く。

 中から溢れ出してくるのは、圧倒的な歓声と、熱狂的な「善意」の波。

 広場の中心には、赤々と燃え盛る『聖火の炉』が見える。


 その炎は、俺たちを歓迎しているようにも、品定めしているようにも見えた。

 俺たちはまだ知らない。

 この門が、巨大な『炉』への入り口であることを。


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