第20話 「新たな牙と、王都への旅立ち」
【頑鉄工房】
「――受け取りな。俺の最高傑作だ」
ガンテツが作業台に並べたのは、鈍い輝きを放つ新たな武器たちだった。
「うぉぉぉっ! すげぇ! 新品だぁぁぁ!」
カイルが手にしたのは、幅広の『鋼の大剣』。
ミスリルなどの希少金属ではないが、極限まで鍛え上げられたその刃は分厚く、カイルの馬鹿力を受け止めるのに十分な重厚感がある。
「へへっ、重い! これなら全力で振っても折れねぇ!」
「計算通りです。……こちらの弓も素晴らしい」
シリウスが手にしたのは、黒塗りの『複合弓』。
複数の素材を組み合わせたその弓は、軽く引くだけで強烈な張力を生み出す。
「滑車の構造が組み込まれている……。これなら、以前の1.5倍の射程距離が出せます」
「そして……ボウズ。お前の注文の品だ」
ガンテツが俺に渡したのは、一見するとただの『銀色の鉄パイプ』だった。
長さ1メートルほど。グリップ部分には複雑な紋様が刻まれている。
「……軽いな」
「ああ。中身はミスリル合金だ。魔力伝導率は最高。そして、そこにあるグリップに魔力を流せば……」
ガンテツが得意げに説明する。
「瞬時に形状を変える可変式だ。バールにも、槍にも、ハンマーにもなる。お前の理屈に合わせて使い分けな」
「おお、すげぇ! やってみる!」
俺はワクワクしながらパイプを握りしめ、念じた。
変形しろ! 槍になれ!
…………シーン。
パイプは沈黙している。微動だにしない。ただの銀色の棒だ。
「……おいボウズ。何してやがる。もっと魔力を込めるんだよ」
「いや、込めてるつもりなんだけど……」
「つもりじゃねぇ! へっぴり腰なんだよ! 貸してみろ!」
ガンテツがパイプを奪い取り、軽く握る。
カシャッ!
瞬時に先端が鋭利な槍に変形した。
「ほら見ろ! こうやるんだよ!」
「おおっ! すげぇ!」
「感心してねぇでやってみろ!」
俺は再びパイプを受け取り、うーんと唸りながら握りしめる。
……シーン。
やはり反応しない。
そこで、シリウスが眼鏡を光らせて冷静に告げた。
「……ガンテツさん。根本的な設計ミスです」
「あ?」
「レイさんのステータス、ご存知ですか? 彼の魔力値は『0』です。魔力を流すことは物理的に不可能です」
工房に沈黙が流れた。
ガンテツが固まる。俺も冷や汗をかく。
「……は?」
ガンテツのこめかみに青筋が浮かんだ。
「てめぇ……! 魔力がねぇのに可変式なんて注文したのかァァァッ!?」
「いや! 作れるっていうからつい!」
「宝の持ち腐れだろうがァァッ!! ミスリル合金を使って! 複雑な機構を組み込んで! ただの『棒』として使う気かテメェはァァァッ!!」
ガンテツの怒号が響く。俺は必死に言い訳した。
「い、いいじゃないか! めっちゃ頑丈だし! 最高の鉄パイプだよ!」
「ふざけんな! 俺の技術への冒涜だ! 返せ! 溶かして作り直す!」
「やだ! これ気に入った!」
結局、俺は怒り狂うガンテツから逃げるように、その機能不全の可変式パイプ(ただの頑丈な棒)を持って店を出た。
……ま、いつか使えるようになるだろ。多分。
◇
【エルザの魔法店】
次は魔道具の受け取りだ。
店に入ると、エルザが疲れた顔(しかし目は充実感に輝いている)で出迎えた。
「来たわね。……ふふ、私の魔道具師としての集大成よ」
ルナには、先端に赤い宝石が埋め込まれた『深紅のロッド』。
「……ん。魔力が吸い込まれる。これなら全力で撃っても壊れない」
ルナが嬉しそうに杖を抱きしめる。
リリィには、白銀の『聖女のメイス』と、新しい『純白のローブ』。
「素晴らしいです。……このローブ、常時自動清浄と防汚結界の二重構造ですね? これなら返り血を浴びても一瞬でシミ一つなく消え去ります」
リリィがうっとりとローブを撫でる。
「防御力よりも清潔さを優先しましたからね。……感謝します、エルザさん」
そして。
カウンターの中央に、鎮座しているものがあった。
新品のように磨き上げられ、神々しい光を放つ『精霊の腕輪』だ。
「……さあ、嵌めてみなさい。回路は全て繋ぎ直したわ」
俺は緊張しながら、腕輪を右腕に通した。
カチリ。冷たい金属音が響く。
次の瞬間。
ドクンッ!! 全身に温かい光が駆け巡った。
『――あーあ。やっと繋がったわね』
脳内に響く、懐かしい声。
いや、以前よりもクリアで、力強い声だ。
「……ルミナスか?」
『他に誰がいるのよ。……ふん、数日見ない間に少しはマシな顔になったじゃない、レイ』
腕輪から光の粒子が溢れ出し、俺の肩の上に小さな「光の妖精」のシルエットを結んだ。
まだ実体化まではいかないが、姿が見える。
「……お前、姿が出せるようになったのか」
『ええ。あのエルフ、いい腕してたわ。おかげで回路が修復されて、少しだけ外に出られるようになったの。……これで、貴方の無様な戦いぶりを特等席で見物できるわね』
相変わらずの減らず口。だが、その声はどこか嬉しそうだった。
「……へいへい。頼りにしてるぜ、相棒」
『当然よ。……私を誰だと思ってるの? 光の始原精霊よ?』
俺たちが軽口を叩き合っていると、エルザがもう一つ、革製のポーチを差し出した。
「それとレイ、これも持っていきなさい。……餞別よ」
「これは?」
俺はポーチを受け取った。見た目は小さいが、ずっしりと重い魔力を感じる。
「無限収納鞄よ。中級品だけど、馬車一台分くらいの荷物は入るわ」
「えっ!? これめっちゃ高いやつじゃん!」
アイテムバッグは冒険者の憧れだ。これがあれば、重い荷物を背負う必要がなくなる。
「貴方、周りからは『ポーター(荷物持ち)』扱いされてるんでしょう? ……それに、貴方は変な道具ばかり買ってるみたいだから、持ち歩くの大変かと思ってね」
エルザがウィンクする。
「……ありがとな、エルザさん。大事にするよ」
俺はバッグを腰に装着した。
確かに俺は「一般人」だが、パーティでの役割は実質的に荷物持ち兼雑用係だ。これがあれば戦術の幅が一気に広がる。
◇
【冒険者ギルド『海猫の亭』・マスター室】
装備を整えた俺たちを待っていたのは、ギルドマスター・キャサリンからの呼び出しだった。
執務室に入ると、キャサリンは窓際でキセルをふかしていた。
「装備は整ったようね。……それじゃ、単刀直入に言うわ」
彼女は一枚の羊皮紙を俺たちに投げ渡した。
そこには、王家の紋章が押されている。
「『王都グラン・ロイヤル』へ行きなさい」
「王都へ……?」
「あなた達ねぇ……。忘れてないでしょうね?」
キャサリンが呆れたように煙を吐き出す。
「英雄ジョブに選ばれた者は、王都へ行って国に登録する義務があるのよ」
彼女の鋭い指摘に、カイルたちが「あ!」と声を上げた。
「……すっかり忘れてました」
「魔神討伐……そういえば、そんな法律がありましたね」
キャサリンはこめかみを押さえた。
「まったく……。剣聖に大魔導師、弓聖に聖女。こんな一騎当千のジョブを持った連中が、いつまでも田舎で遊んでるわけにはいかないのよ」
彼女は羊皮紙を指差す。
それは国王レグルスの名で出された、正式な招集状だった。
「建前は建国記念祭への招待だけど、実質的な強制招集よ。……アンタたちみたいな規格外、このまま放置しておいたら国益に関わるからね」
キャサリンは紫色の瞳で俺たちを見据え、ニヤリと笑った。
「紹介状は書いておいたわ。……広い世界で暴れてきなさい。そして、その力を魔神討伐のために役立てるのよ」
「……俺は一般人なんだけどな」
「猛獣使いとして同伴しなさい。……それに、王都の大図書館や研究機関なら、その右腕の謎も何か分かるかもしれないわよ?」
「……なるほどな」
俺は頷いた。
始祖神ファネス。空白の歴史。そしてルミナスの記憶。
それを知るには、ここ(ノービス)は狭すぎる。
「わかりました。……行きます、王都へ」
◇
【ノービス・東門】
翌朝。
俺たちは馬車に荷物を積み込み、出発の時を迎えていた。
空は突き抜けるような青空。
「いよいよ出発かぁ! 王都まで馬車で2週間の旅だ!」
カイルが御者台で鞭を構える。
「……ん。旅人用の干し肉、楽しみ」
「干し肉と乾パンは十分用意しています。日数計算も済んでいます」
「この馬車……埃っぽいですね。乗る前に『浄化』をかけておきます」
相変わらずの仲間たち。
俺が最後に門を見上げると、そこには見覚えのある巨体が立っていた。
虎の獣人、門番のガウだ。
「……おう。出立か、ボウズ」
「ああ。世話になったな、ガウさん」
ガウは俺たちの装備と、首から下げた『Dランク』のプレートを見て、太い腕を組んだ。
「へっ。……ついこないだ、最弱装備でここを通ったのが嘘みてぇだな」
「まあな。……中身は相変わらず一般人だけどな」
「違いねぇ」
ガウはニッと牙を見せて笑い、門のレバーに手をかけた。
「行け! ……お前らが『英雄』になって帰ってくるのを、楽しみにしててやるよ!」
ギギギギ……と重い門が開く。
その先には、広大な平原と、遠く霞む山脈――大陸中央へと続く道が伸びていた。
『さあ、行きましょうレイ。……世界の中心が、私たちを呼んでいるわ』
「ああ。行ってやるさ」
俺は御者台のカイルの背中を叩いた。
「出発だ! 目指すは王都グラン・ロイヤル!」
「「「「おー!!」」」」
馬車が動き出す。
住み慣れた(といっても数週間だが)ノービスの街が、背後へと遠ざかっていく。
スライムに追われ、遺跡に落ち、規格外の敵と戦った始まりの街。
俺たちの「第1章」はここで終わりだ。
そして、物語は新たなステージへ。
まだ見ぬ強敵、隠された世界の真実、そして『暁の五英雄』たちが待つ王都へ。
【第1章 古代遺跡編 完】




