第19話 「リリィの休日(管理と執着)
【夕暮れ・大通り】
「……あら。見つかってしまいましたわね。」
街路樹の影から、不機嫌そうに姿を現した一人の少女。
純白のワンピースに身を包み、夕陽に透ける銀髪は天使の輪のように輝いている。
リリィ・ホワイトである。
その名は『純白の百合』を意味し、穢れを知らぬ聖女に相応しい――はずだった。
だが、今の彼女の瞳はドス黒く濁り、やっていることは完全にストーカーのそれだ。
「名前と中身が矛盾しすぎている」と、誰もがツッコミたくなるだろう。
彼女は両手に高級ブティックの紙袋をいくつも提げていたが、その美貌は聖女らしかぬ歪みを浮かべていた。
「……いつから見てた?」
俺が恐る恐る尋ねると、リリィはフンと鼻を鳴らした。
「最初からよ。……あの眼鏡女とイチャついてた時から、ずっとね」
「う……」
「ルナが広場で爆発させた時も、シリウスがカジノで暴れた時も、カイルが木刀と愛を語らってた時も。……ずーっと見てたわ」
完全にクロだ。
だが、リリィは悪びれる様子もなく、俺の前に立った。
甘い香水の匂いが鼻をくすぐる。
「勘違いしないでよね。私は『管理』してただけよ」
「管理?」
「ええ。貴方は私のリーダー(所有物)なんだから。変な虫がつかないように監視するのは当然の権利でしょ?」
リリィは冷ややかな目で、俺の隣にいるカイルたちを一瞥した。
「それにしても……貴方たち、本当に手がかかるわね。爆発にカジノ荒らしに喧嘩騒ぎ? ……不潔。野蛮。最低だわ」
「うぐっ……面目ねぇ」
「計算上、反論の余地はありません……」
「……ん。タルト美味しかったから許す」
三者三様の反応に、リリィは呆れ果てたように深く溜め息をつくと、俺に紙袋を突き出した。
「ほら、持ちなさい」
「あ?」
「私の荷物よ。リーダーなら、部下の買い物の手伝いくらいしなさいよ」
有無を言わせぬ圧力。
俺は渋々、彼女の大量の荷物を受け取った。重い。何が入ってるんだこれ。漬物石か?
「行くわよ、レイ。……今日は貴方、私以外の人と過ごしすぎたわ」
「どこに行くんだよ」
「『浄化』よ。……貴方、薄汚れてるもの」
◇
【高級紳士服店『ベルベット』】
連れてこられたのは、貴族御用達の高級服屋だった。
店内に足を踏み入れるだけで緊張するような空気だが、リリィは我が物顔で奥へと進む。
「店員。このドブネズミを人間に戻してちょうだい」
「お、お客様……ドブネズミとは……?」
「この男よ。サイズは目測で……肩幅48、袖丈62、ウエストは……最近少し痩せたから76ね」
なんで俺のスリーサイズを完璧に把握してるんだよ。怖いよ。
リリィは俺を試着室に押し込むと、次々と服を投げ込んでくる。
「それ着て。……次はこれ。あ、それもいいわね」
「おいリリィ、俺は服なんて……」
「黙って着なさい。口答えは許可してないわ」
カーテンの向こうから、ドSな命令が飛んでくる。
俺は着せ替え人形のように、シャツ、ベスト、コートを着替えさせられた。
数分後。
カーテンを開けると、リリィが腕を組んで俺を品定めした。
「……ふーん」
彼女は俺の襟元を直し、ネクタイをグイッと締めた。
顔が近い。長い睫毛が見える。
「……馬子にも衣装ね。さっきよりはマシになったわ」
「そりゃどうも。……で、これいくらだ?」
「金貨10枚よ」
「高ぇよ! Dランクの報酬何回分だと思ってんだ!」
俺が慌てて脱ごうとすると、リリィが俺の手をピシャリと叩いた。
「そのまま着てなさい。……代金なら、私が払ったわ」
「は? お前が?」
「ええ。言ったでしょ? 貴方は私の所有物だって。……自分の持ち物を綺麗にしておくのは、持ち主の義務よ」
リリィは少し顔を背け、小さく呟いた。
「……それに、貴方が他の女にナメられるのも癪だし」
なんだその屈折した理由は。
だが、鏡に映った自分を見ると、確かに見違えるようだ。
漆黒のロングコートに、動きやすい上質なシャツ。
これなら、どこに出ても恥ずかしくない。
「……ありがとな、リリィ」
「ふん。礼には及ばないわ。……その代わり」
リリィはニヤリと妖艶に笑い、俺の耳元で囁いた。
「これからは、私の許可なく他の女と食事なんて行かないことね。……次やったら、その服ごと『浄化』してあげるわ」
……怖い。
聖女の笑顔が一番怖い。
俺は背筋を正して「善処します」と答えるしかなかった。
◇
【夜・酒場『踊る海老亭』】
買い物を終えた俺たちは、カイルたちと合流して夕食をとることになった。
テーブルの上には山盛りの料理とジョッキ。
それぞれの「休日」を終えたメンバーたちは、妙なテンションで盛り上がっていた。
「聞いてくれよレイ! 俺の『木刀』がさぁ! 最後に奇跡の輝きを見せてくれたんだよ!」
カイルが絆創膏だらけの顔で、唐揚げを頬張りながら熱弁する。
「あの一撃……まさに愛の結晶だった! 折れちまったけど、あいつの魂は俺の中に生きてる!」
「……物理学的に言えば、貴方の過剰な握力と魔力伝導率の不一致による『自壊』です。愛ではありません」
シリウスが冷奴をつつきながら冷静に突っ込む。
だが、彼もまた疲れ切っていた。
「はぁ……。私の計算も、筋肉の前では無力でした。やはり、筋肉係数を変数に組み込むべきか……」
「……ん。シリウス、ドンマイ」
ルナが慰めるように、自分の皿からパセリをシリウスの皿に移した。
「……ルナさん、これは慰めではなく、嫌いなものを押し付けただけでは?」
「……ん。バレた」
ルナは悪びれもせず、特大パフェ(本日二個目)をスプーンで掬う。
「レイ。このパフェ美味しい。……おかわり」
「お前、まだ食うのかよ! 腹壊すぞ!」
俺がツッコミを入れていると、隣に座ったリリィが、俺の口元にハンカチを伸ばしてきた。
「ちょっとレイ、ソースがついてるわよ。……じっとしてて」
「あ、自分で拭くから……」
「いいから。……はい、綺麗になったわ」
リリィは満足げに微笑むと、汚れたハンカチを魔法で一瞬にして洗浄(浄化)した。
そして、テーブルの上の料理を見て眉をひそめる。
「それにしても、この店……油の質が悪いわね。衛生管理はどうなってるのかしら。後で厨房に『指導』に行こうかしら」
「やめろ、店が潰れる」
俺はジョッキを傾けながら、しみじみとこの光景を眺めた。
木刀に愛を語る筋肉バカ。
ギャンブルで負けた計算狂い。
爆発魔法をぶっ放す大食い少女。
そして、俺を着せ替え人形にするドS聖女。
(……改めて見ると、ろくな奴がいねぇな)
こいつら全員、『暁の五英雄』の後継者候補?
冗談だろ。世界の終わりだ。
でも。
「ガハハ! 飲め飲めぇ!」
「……計算上、明日の胃もたれ率は80%です」
「……ん。プリン追加」
「レイ、貴方は野菜も食べなさい」
この騒がしさが、不思議と心地よかった。
スライムに追われていた数週間前には想像もできなかった、騒がしい日常。
これが「仲間」ってやつなのかもしれない。
「……よし! 今日は俺の奢りだ! 飲め!」
俺が調子に乗って叫ぶと、全員がピタリと動きを止めた。
「レイさん、正気ですか? 私の損失補填も?」
「……ん。高い肉頼んでいい?」
「あら、珍しく男らしいじゃない」
「うぉぉ! さすがリーダー! 一生ついていくぜ!」
歓声が上がる。
そして1時間後。
俺は伝票を見て白目を剥くことになった。
「き、金貨5枚……だと……!?」
「ごちそうさまレイ」
「計算通り、レイさんの財布の中身と釣り合いましたね」
「……ん。美味しかった」
「いい服買ったばかりでお金ないのに、馬鹿ねぇ」
結局、財布はだいぶ軽くなった。
中身はまだある。……だが、気分だけは妙にすっからかんだった。
……まあ、いいか。こいつらの笑顔が見れたんだし。
◇
【翌朝・宿屋『銀の月』ロビー】
昨晩のバカ騒ぎから一夜明け。
ロビーに集まった5人は、どこかスッキリした顔をしていた。
二日酔いもなく、ストレスも発散し、全員のコンディションは最高潮だ。
「……ん。全員集合」
「休息完了ですね。計算上、パーティの連携値も30%向上しました」
「俺はまだ筋肉痛だけどな! でも心は晴れやかだぜ!」
カイルがニカっと笑う。
そして、リリィは俺の隣にピタリと寄り添い、新しい服を着た俺を見て満足げに頷いている。
「ええ。昨日の『管理』のおかげで、レイも少しはマシな見た目になったしね」
その時。
宿の入り口に、一羽の使い魔(白いフクロウ)が飛び込んできた。
フクロウは俺の肩に止まると、手紙を落とす。
封蝋には、二つの紋章。
『金槌』と『紫の蝶』。
ガンテツとエルザだ。
「……来たな」
俺は手紙を開き、ニヤリと笑った。
『待たせたな。最高傑作が出来たぞ』
『始原精霊様の調整、完了したわよ。……覚悟してきなさい』
俺たちは顔を見合わせた。
休日モードは終わりだ。
「行くぞ、お前ら。……俺たちの新しい『牙』を受け取りにな」
俺たちは宿を出て、朝日に輝く石畳を走り出した。
新たな装備。
復活した相棒。
そして、その先に待つ王都での冒険へ向けて。
俺たちの足取りは、昨日よりもずっと軽かった。




