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第16話 「ルナの休日(スイーツ・パニック)」


 【数十分前・ノービス商業区『スイーツ広場』】


 そこは、甘い香りの漂う楽園だった。

 クレープ、焼き菓子、色とりどりの果実水。

 屋台がひしめく広場を、一人の少女が歩いていた。

「……ん。天国」

 ルナ・セレスティアは、無表情の中に恍惚の色を浮かべていた。


 懐には、分け前としてもらった金貨の袋。

 これまでは指をくわえて見ているだけだった高級菓子が、今は「全部」買える。

「店主。これとこれ。あと、それも」

「へい! 全部で銀貨3枚だよ!」

「……ん。釣りはいらない」

 ルナは串焼きドーナツを両手に持ち、ハムスターのように頬張る。幸福。


 魔力カロリーが全身を駆け巡る感覚。

 だが、今日の目的はこれではない。

 彼女の視線の先には、長い行列ができていた。

 老舗菓子店『シュガーポット』。

 そこで今日だけ販売される、伝説のスイーツがある。


 『幻の七色ベリータルト』。

 限定50個。


「……ん、今の行列ならギリギリ買える」

 ルナは最後尾に並んだ。

 じりじりと進む列。

 彼女の頭の中は、甘酸っぱいベリーとカスタードクリームのハーモニーで埋め尽くされていた。

 レイがいないのは寂しいが、今はタルトが恋人だ。


 そして、1時間後。


 ついにルナの番が回ってきた。

「いらっしゃいませ! なんと、お嬢ちゃんで最後の一つだよ!」

「……ん。神に感謝」

 ショーケースの中に残った、最後の一つ。

 宝石のように輝くタルト。

 ルナが震える手で金貨を出そうとした、その時だった。


「――おい。そのタルト、俺が買うぜ」

 横合いから、ジャラジャラと金貨の袋が投げ込まれた。

 割り込んできたのは、派手な服を着た太った男と、その取り巻きの冒険者たちだ。

「倍出す。いや、10倍だ。俺によこせ」

「え、えっと……お客様、順番ですので……」

「あぁ? 俺を誰だと思ってる。この街の大商会『ゴールド商会』のドラ息子、ドラン様だぞ!」

 店主が困り果てる中、ルナは静かにドランを見上げた。

「……私の」

「あ? なんだそのチビは」

 ドランはルナを見下ろし、鼻で笑った。

「貧乏人はすっこんでろ。……おい店主、このタルトをよこせ」

 ドランは無理やりショーケースを開け、タルトを鷲掴みにした。


 そして。

「……ん、思ったよりちせぇな。一口サイズか?」

 パクッ。

 彼はルナの目の前で、タルトを一口で飲み込んだ。

「うめぇ! ……けど、10倍の価値はねぇな。ガハハハハ!」


 ルナの時間が止まった。


 1時間並んだ。

 楽しみにしていた。

 最後の一つだった。


 それを、奪われ、味わうこともなく飲み込まれた。

 ルナの中で、何かが「プツン」と切れる音がした。

「……おいチビ。何か文句あんの――」

 ドランが言いかけた時。

 彼は見た。

 目の前の少女の周囲に、陽炎のように揺らめく真紅のオーラを。

「……万死」

 ルナが杖を構える。

 いや、杖ではない。エルザに預けているため、今の彼女は素手だ。

 だが、その手には圧縮された膨大な魔力が渦巻いていた。

「え、おい、なんだその魔力……!?」

「ひぃッ!? ドラン様、逃げましょう!」

 取り巻きたちが逃げ出す。

 だが、遅い。

「……私のタルトを返せ。地獄そこで焼き直してこい」

 『爆轟デトネーション極小ミニ

 極小、と付けたのは、店を吹き飛ばさないための彼女なりの理性の欠片だった。


 だが、その威力は広場を揺るがすのに十分すぎた。

 ドォォォォォンッ!!


          ◇


 【現在・スイーツ広場】

「はぁ、はぁ……!」

 レイが現場に到着した時、そこは地獄絵図だった。

 広場の中央には、黒焦げのアフロヘアーになった男たちが数人、白目を剥いて倒れている。

 周囲の客は逃げ惑い、店主は腰を抜かしている。

 そして、その中心に。

 まだ煙を上げる拳を握りしめ、仁王立ちする少女がいた。

「……ルナ」

「……ん。レイ」

 ルナは俺に気づくと、トテトテと近寄ってきた。

 その顔は、この世の終わりみたいに沈んでいる。

「……タルト、死んだ」

「お前が殺した(爆破した)んじゃなくて?」

「違う。こいつらが……私の『幻の七色ベリータルト』を……」

 ルナは黒焦げのドランを指差し、涙目になった。

「……楽しみにしてたのに。一生の不覚」

「……はぁ」

 事情はなんとなく察した。

 どうせこいつらがルナの食べ物を横取りしたとか、そんなところだろう。

 自業自得とはいえ、街中で極大魔法をぶっ放すのはやりすぎだ。

「おい、そこのテロリスト」

 俺はルナの頭をチョップした。

「痛っ」

「市民に魔法撃つバカがいるか。……ほら、衛兵が来る前にずらかるぞ」

「……でも、タルト」

「タルトは諦めろ。その代わり……」

 俺はため息をつき、ポケットからハンカチを取り出して、煤で汚れたルナの顔を拭いてやった。


「別の店で、もっと高いパフェ奢ってやる。……金ならあるんだろ?」

「……! ん。ある。レイの金もある」

「俺の金は当てにするな。……ほら、行くぞ」

 遠くから衛兵の笛の音が聞こえる。

 俺はルナの手を引き、路地裏へと走った。

 ルナの手は小さくて、少し温かかった。

「……レイ」

「なんだ」


「……来てくれて、ありがと」


「うるさい。デート邪魔しやがって」

 ルナが少しだけ笑った気がした。

 こうして、大魔導師の休日は、爆発と逃走と、その後の特大パフェで幕を閉じた。


 ……ちなみに、黒焦げになったドランからは、後日「迷惑料」としてガッツリ慰謝料をふんだくった。

 (※計算係のシリウスが法外な請求書を作成した)



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