第14話 「魔女の店と頑固オヤジ」
【港湾都市ノービス・裏路地】
懐が温かいというのは、素晴らしいことだ。
金貨500枚。
歩くたびにジャラジャラと鳴るその重みは、俺たちの心を無敵にしてくれる。
「……ねぇレイ。ここ、本当に合っていますか?」
リリィがハンカチで鼻を覆い、軽蔑しきった目で古びた扉を見つめる。
「カビと埃の匂いが充満しています。……不潔です。私の肌が荒れたら責任を取っていただけるのですか?」
相変わらずの潔癖症だが、言葉遣いは丁寧だ。言っている中身は酷いが。
俺たちが立っているのは、薄暗い路地裏。
看板には、蜘蛛の巣が張った文字で『エルザの魔法店』とだけ書かれている。
「計算上、この店構えが『名店』である確率は2%以下。むしろ『闇取引の現場』である確率が98%です」
シリウスが眼鏡の位置を直しながら淡々と告げる。
「……ん。甘い匂いがする。毒?」
ルナが鼻をひくつかせた。
「ビビってんじゃねぇよお前ら! 金ならあるんだ! 正面突破だ!」
カイルが空元気でドアを開けた。
カラン、コロン……。
入った瞬間、視界が紫色の煙に包まれた。
「――いらっしゃい。……珍しいわね、こんな昼間から『客』が来るなんて」
店の奥、薬瓶や骨董品が乱雑に積み上げられたカウンターに、一人の女性が座っていた。
透き通るような白い肌に、長い耳。
金の髪を無造作に束ね、黒いローブを着崩したエルフの女性だ。
年齢不詳。美しくはあるが、その瞳は爬虫類のように冷たく光っている。
「……ん?」
彼女――エルザは、キセルから紫煙を吐き出しながら俺たちをジロリと見た。
「なんだい、そのボロボロの装備は。うちは孤児院への寄付はやってないよ?」
「客だ。……金ならある」
俺はカウンターに、金貨の入った袋を一つ、ドンと置いた。
エルザの眉がピクリと動く。
「……ほう。音だけで分かるわ。金貨500 枚……ボウヤたち、どこの山賊を襲ったんだい?」
「遺跡で稼いできたんだよ。……用があるのはこいつの『調整』と、仲間の装備の新調だ」
俺は右腕をまくり、銀色の腕輪――ルミナスを見せた。
その瞬間。
エルザの気だるげな表情が一変した。
「ッ……!?」
彼女はカウンターを飛び越え、俺の右腕を鷲掴みにした。
凄い力だ。顔が近い。
「あら、なに?」
鈴を転がすような、冷たい声が響いた。
リリィだ。彼女は驚いた顔で、エルザを見据えている。
「レイに、気安く触らないでいただけます? ……その手、浄化しますよ?」
「リ、リリィ!? 相手は店員さんだよ!?」
慌てて止めに入るが、エルザは気にした様子もなく俺の右腕を凝視し続ける。
「……信じられない。これ、ただの白金の腕輪じゃないわ」
エルザの声が震えている。
「『精霊の腕輪』……。エルフの王族にしか伝わっていない伝説の魔道具だよ。滅多にお目にかかれる代物じゃない」
「へぇ、そんなに良い物なのか?」
「ああ。その名の通り、高位の精霊が宿ると言われている。……ねぇ、中にいるんでしょ? 返事をしなさい。アンタ、何属性の精霊よ?」
エルザが腕輪に向かって問いかける。
すると、腕輪がカッと強く輝いた。
『――ふん。生意気なエルフね』
脳内に響く声が、今は明確に部屋全体に響き渡った。
ルミナスの声だ。だが、いつもより威厳に満ちている。
『私をそこらへんの雑魚精霊と一緒にしないで頂戴。……私は光の始原精霊、ルミナスよ』
「な……ッ!?」
エルザが目を見開き、膝から崩れ落ちそうになった。
「し、始原精霊……!? まさか、あの伝承の……!?精霊の腕輪じゃないの!?」
「え!? お前、そんなすごかったのかよ!?」
始原精霊だったのか、そんなわけないと思ってたが、エルフが腰を抜かすほどとは。
「す、すごいなんてものじゃないわよ!」
エルザが青ざめた顔で俺に詰め寄る。
「本来、精霊っていうのはエルフの国にある『世界樹』から生まれ落ちるものなの。そこで最初に生まれたのが『精霊王』、その次に高位、中位と分かれるわ」
彼女は震える手でルミナスを指差した。
「でも、『始原精霊』だけは生まれ方がそもそも違うの。……かつて、大陸が一つだった頃。この世界を創ったとされる『始祖神ファネス』により生み落とされた原初の精霊。……精霊王よりも上位の存在と言われているわ」
「始祖神……ファネス……」
その名前を聞いた瞬間。
ドクン、と心臓が跳ねた。
(……なんだ?)
初めて聞く名前だ。
教会の教えでも聞いたことがない。
なのに、なぜだ。
とても懐かしい響きがした。違和感じゃない。まるで、前から知っているような……。
それは思い出す感覚じゃない。
思い出したことのないものを、
知っていると錯覚する感触だった。
『……ふん。知識だけはあるようね』
ルミナスが鼻を鳴らす。
『でも見ての通り、私はボロボロよ。腕輪のおかげで話すことはできているけど、回路は寸断されているわ』
「そ、そうですわね……! 大変失礼いたしました、始原精霊様!」
エルザはその場で深々と頭を下げた。
さっきまでのふてぶてしい態度は消え失せ、完全な崇拝モードだ。
「始原精霊様を、こんな壊れかけた状態にしてはおけません! 私が修復いたします! もちろん、代金なんて結構です! 私の持てる技術の全てを捧げさせていただきます!」
「え、タダでいいのか?」
「当たり前よ! お金なんて取ったら精霊罰が当たるわ!」
「精霊罰ってなんだよ、……じゃあ、浮いた金でこいつらの装備も頼む」
俺はルナとリリィを前に出した。
「ルナの杖は、魔力出力に耐えきれずに悲鳴を上げてる。リリィの法衣とメイスも、もっと防御性能が高いものに新調したい」
「……ん。魔力伝導率の高いやつがいい。今の杖だと、詰まる感じがする」
「私は、汚れがつかない『自動清浄』の付与がついているものがいいですね。返り血で服が汚れるのは不愉快ですので」
エルザは二人を見て、ニヤリと笑った。
「……へぇ。この子たち、とんでもない魔力量だね。並の杖じゃ破裂するわけだ。……いいわよ、始原精霊様のついでだ。あんたたちにも、私のとっておきを見繕ってあげる」
◇
エルザに女性陣を任せ、俺たち(俺、カイル、シリウス)は次の店へ向かった。
カンッ、カンッ、カンッ……!
工業区の奥。リズミカルな金属音が響く一角。
灼熱の熱気が漏れ出す石造りの工房。
『頑鉄工房』だ。
「うへぇ、あっつ……」
カイルが汗を拭う。
入り口をくぐると、そこには筋肉の塊のようなドワーフの老人が、真っ赤に焼けた鉄を叩いていた。
ガンテツだ。
「……チッ。なんだ、ヒヨッコ共か」
ガンテツは手を止めずに、背中越しに怒鳴った。
「見学なら他所へ行け。俺は忙しいんだ」
「武器を頼みたい。金ならある」
俺が言うと、ガンテツは鼻を鳴らした。
「帰れ。俺は三流冒険者の武器は打たん。弱い奴が俺の剣を持っても、刃こぼれさせて終わりだ」
カイルがムッとして前に出る。
「なんだとオッサン! 俺たちはDランクだぞ! それに……」
「ランクなんぞ飾りだ! 俺が見てんのは『魂』と『素材』だ!」
ガンテツが振り返り、カイルの腰の剣を指差した。
「見ろ、その剣を。使い方が荒いから悲鳴を上げてやがる。そんな奴に新しい剣を売る気はねぇ!」
図星を突かれ、カイルが「うぐっ……」と言葉に詰まる。
それを見て、シリウスが一歩前に出た。
「では、私はどうでしょう。計算上、現在の弓の張力では、私の射程距離の限界値に届きません」
シリウスは愛用の弓を差し出した。
ガンテツは無言でそれを受け取り、じろじろと観察する。
弦の張り、リムのしなり、そして手入れの状態。
「……ほう」
ガンテツの目がわずかに見開かれた。
「……傷一つねぇ。弦の手入れも完璧だ。……面白みのねぇ使い方だが、道具への『敬意』は感じるな」
「道具ではありません。相棒です。メンテナンスを怠れば、計算通りの結果が出ませんので」
シリウスが眼鏡を光らせて答える。
「フン、気に入った。……そこの筋肉バカとは大違いだな」
「なっ、なんだよー!!」
カイルが喚くのを無視して、ガンテツは頷いた。
「いいだろう眼鏡の。お前には、狂いのねぇ『コンポジットボウ』を作ってやる」
「ありがとうございます。……それで、レイさんの分は?」
俺は麻袋から「例のモノ」を取り出した。
「……素材があれば文句ないか?」
ゴトッ。
作業台の上に置かれたのは、鈍く銀色に輝く金属塊。ギルドには全て売らず素材用にとっておいたのだ。
「……あ?」
ガンテツが片目を開ける。
次の瞬間、彼の目がカッと見開かれた。
「こ、これは……『ミスリル合金』!? しかも、この純度は……中層の守護像のか!?」
「ああ。俺たちがへし折ってきた」
ガンテツの手が震えた。
彼は愛おしそうにミスリルの塊を撫で回す。
「なんてこった……。こんな極上の素材、王都でも滅多にお目にかかれねぇ……」
彼は顔を上げ、俺たちをまじまじと見た。
「……ヒヨッコだと思ったが、どうやらただのヒヨッコじゃねぇようだな」
ガンテツはニヤリと笑い、ハンマーを持ち直した。
「いいだろう。打ってやる。……で、何にする? 剣か? 槍か?」
カイルが復活して「ミスリルの大剣!」と叫ぼうとしたが、俺が制した。
「カイルの剣は、普通の鋼でいい。今の実力じゃミスリルは軽すぎて扱いこなせない」
「えぇーっ!? レイ酷くねぇ!?」
「身の丈に合わない武器は死を招くぞ。……まずはガンテツさんの打った鋼の大剣を、刃こぼれさせずに使えるようになれ」
俺はカイルを諭し、腰に差していた、ボコボコに歪んだ鉄パイプを差し出した。
「その代わり、俺の武器を頼みたい。これをベースに、最強の武器を作ってくれ」
「……は?」
ガンテツが目を白黒させる。
「……おい坊主。本気か? ミスリルを使って……『鉄パイプ』を作れってのか?」
「ああ。剣術も槍術も使えない俺には、これが一番しっくりくるんだ」
俺は真顔で答えた。
「ただし、ただの棒じゃ困る。……俺のスキルは『理屈』で戦う。だから、状況に応じて形状や重量を変えられる『可変式』にしてほしい」
「可変式の……鉄パイプ……だと……?」
ガンテツが額を押さえた。
常識外れの注文だ。普通の職人なら激怒して追い返すだろう。
だが。
ガンテツの口元が、次第に吊り上がっていった。
「……カッカッカ! 面白い! 剣でも槍でもねぇ、最強の『棒』か!」
ドワーフの目に、職人魂の火が灯る。
「上等だ! 俺の技術の全てを注ぎ込んで、誰も見たことのねぇバケモノ武器を作ってやるよ!」
ガンテツがハンマーを振り下ろす。
こうして、俺たちの装備強化が始まった。
伝説の始原精霊の修復。
ルナとリリィ、カイル、シリウスの新装備。
そして、最強の鉄パイプの作成。
俺の心に引っかかった「始祖神ファネス」という名前の謎を抱えつつ、俺たちは次なる冒険への牙を研ぎ澄ます。




