第13話 「生還、そして女帝の微笑み」
【地上・遺跡入り口】
「う……うぉ……」
「……出た……! 外だ……!」
カイルの声が、夕暮れの空に溶けた。
重い扉を抜けた先。そこには、オレンジ色に染まるノービスの街並みと、海からの心地よい潮風があった。
「……眩しいな」
俺は目を細め、手で陽射しを遮った。
時間にして十数時間の探索だったはずだが、まるで1週間ぶりに地上に戻ったような気分だ。
「……ん。空気が美味しい。カビ臭くない」
ルナが深呼吸をしている。
「計算終了。全員の生存を確認。……奇跡的な確率です」
シリウスが眼鏡を拭きながら、安堵の息を漏らした。
ボロボロの装備に、泥だらけの服。
だが、俺たちの足取りは軽かった。
「帰らずの遺跡」と呼ばれた場所から、俺たちは自分の足で帰ってきたのだ。
◇
【冒険者ギルド『海猫の亭』】
バンッ!!
カイルが勢いよく両開きの扉を開け放つ。
夕食時で賑わっていたギルド内の喧騒が、一瞬で静まり返った。
数十人の冒険者たちの視線が、入り口の俺たちに集中する。
だが、それは嘲笑ではない。信じられないものを見る目だ。
「おい、あれ……」
「前に、『クレイドルの調査』に向かった連中か?」
「嘘だろ……。あそこは、入ったら二度と戻らない『英雄の墓場』だぞ?」
「生きて帰ってきた奴なんて、ここ数年見たことねぇぞ……」
ざわめきが広がる中、Cランクパーティ『赤紅の牙』のリーダー、ガルトが震える声で声を上げた。
「へっ! 幽霊かと思ったぜヒヨッコ共! 入り口でビビって逃げ帰ってきたかァ?」
だが、その軽口に同調する者はいない。
俺たちの纏う空気が、前とは別人のように鋭くなっていることに、ベテラン勢ほど気づいているからだ。
カイルたちはガルトを無視して堂々とカウンターへ進んだ。
受付の栗色の髪の女性――ミリアが、目を丸くして立ち上がる。
「カ、カイルさんたち!? ご無事だったんですか!?」
ミリアがカウンターから身を乗り出す。
「予定時刻を過ぎても連絡がないから、てっきり……!」
「へへっ、心配かけた!ちょーっと予定外の『大物』と出くわしちまって!」
カイルがニカっと笑い、背負っていた麻袋をカウンターにドスンと置いた。
重量感のある音が響く。
「ギルドマスター指名依頼『クレイドル遺跡の調査』、完了しました!
これが、調査報告です!」
ミリアが袋を開け、中身を取り出した瞬間。
彼女の動きが凍りついた。
「…………え?」
ゴロン、とカウンターに転がったのは、銀色に輝く金属の塊――『ミスリル合金の動力核』。
そして、レイがポケットから取り出した、禍々しい紫色の光を放つ『黒い魔石』だった。
「な……なんですか、これ……?」
ミリアの声が震える。
ガルトたちの軽口がピタリと止む。ベテラン冒険者たちが、その異様な魔力に気づき、一斉に席を立った。
「おい、あの銀色のヤツ……まさか中層の『守護像』の核か?」
「馬鹿な! 調査依頼だぞ!? 中層まで潜ってボスを倒してきたってのか!?」
「それに、あの黒い石……見たことねぇぞ。とんでもねぇ魔力だ」
ギルド内が騒然となる。
ミリアが慌てて鑑定の魔道具をかざすが、針が振り切れて止まらない。
「す、すみません! 私の権限では査定できません! ギルドマスターを呼んで――」
「その必要はないわ」
甘く、鼓膜を溶かすような声が響いた。
騒ぎを切り裂くように、ギルドの2階から一人の女性が降りてくる。
豪奢な着物を着崩し、豊かな胸元を強調した美女。
頭にはピンと立った猫耳、お尻からは長い尻尾が揺れている。
長いキセルを片手に持ち、その紫色の瞳でギルド全体を睥睨する姿は、まさに「女帝」。
「ギ、ギルドマスター……!」
ミリアが道を空ける。
彼女こそが、このノービス海猫の亭ギルドマスターの【キャサリン】だ。
「騒がしいと思ったら……死に損ないのボウヤたちね」
キャサリンは妖艶な仕草で近づいてくると、ふわりと甘い香りを漂わせた。
カイルたちが顔を赤くして直立不動になる。
(……なんだ、この感覚。頭がクラクラする……これが彼女のスキル、『魅了』か)
彼女はカウンターの魔石を手に取り、素手で魔力を感じ取った。
「ミスリルゴーレムの動力核に……こっちは『屍喰らい(コープスイーター)』の変異種ね」
「へ、変異種……!?」
周囲が息を呑む。
「おい、コープスイーターって古代の化け物だろ!?」
「あそこから生きて戻っただけじゃなく、変異種を狩ったのかよ……!」
キャサリンはキセルの煙をふぅーっと吐き出し、ニヤリと笑った。
「通常の個体ならCランク相当だけど……ここまで魔力を溜め込んだ変異種なら話は別よ。こいつは『Aランク』指定の素材だわ」
「え、えぇぇぇっ!?」
カイルたちが素っ頓狂な声を上げる。
「え、Aランク!? レイが倒したの、そんなヤバいやつだったのか!?」
「……知らなかったのかい? ま、無知は罪であり、時には強さね」
キャサリンは魔石をカウンターに戻し、俺たちの前に立った。
「査定完了! 調査報酬の銀貨30枚に加えて、ゴーレムの素材一式と変異種の核! 合わせて……金貨500枚よ!」
ドヨォォォォォン……!
ギルド全体が揺れた。
金貨500枚。普通の冒険者が一生かけて稼ぐような金額だ。ガルトが口を開けたまま固まっている。
「それと、もう一つ」
キャサリンが新しいプレートを5枚、カウンターに並べた。鈍色に輝くプレート。
「今回の功績を認めて、貴方たちのランクをFから『Dランク』へ昇格させるわ」
「えっ!? 飛び級ですか!?」
「文句ある? 中層の主とAランク変異種を狩ったのよ。実力的にはCでもいいくらいだけど、手続き上これが限界ね」
カイルたちが歓喜の声を上げる中、俺は静かにキャサリンを睨みつけた。
「……なぁ、あんた」
「あら? 何かしら、荷物持ちのボウヤ」
キャサリンが紫色の瞳で俺を見下ろす。
「最初から、分かってて俺たちを指名したんだろ」
「……」
「ただの調査依頼にしては報酬が良すぎると思った。……俺たちが廃棄区画に落ちることも、そこに変異種がいることも。全部知ってて、俺たちを『テスト』したんじゃないのか?」
俺の言葉に、場が凍りつく。
ギルドマスターに対する不敬。
だが、キャサリンは怒らなかった。キセルを口から離し、面白そうに目を細めただけだ。
「……ふふ。勘がいいオスは嫌いじゃないわよ」
彼女は俺の耳元に顔を寄せ、誰にも聞こえない声で囁いた。
「そうよ。この街に来る『英雄の卵』は、一度あそこでふるいにかけられる。……大抵は死ぬか、心が折れて終わるけどね」
「……悪趣味だな」
「生き残ったんだから文句ないでしょ? ……合格よ、レイ。貴方達は面白い」
彼女は身体を離すと、ウィンクをしてヒラヒラと手を振った。
「精々、そのお金で装備を整えることね。……次はもっと楽しませてちょうだい」
◇
ギルドの片隅のテーブル。
俺たちは大量の金貨を前に、まだ興奮が冷めやらぬまま座っていた。
「すげぇ……Dランクだぜ……! それに金貨500枚……!」
「……ん。これで美味しいお肉、いっぱい食べられる」
「夢みたいです……!」
そこに、一人の獣人の女性が近づいてきた。
犬耳を生やした、愛嬌のある女性冒険者だ。
「おめでとう、新人ちゃんたち! やるじゃない!」
「あ、ありがとうございます!」
「私はミーナ。さっき喚いてたガルトとは別のパーティ……ゴルグさんの『鉄の戦斧』で斥候をやってるの」
ミーナは興味津々といった様子で俺の鉄パイプを見た。
「それにしても、そんなボロボロの装備であそこを攻略しちゃうなんてねぇ。……特に君、その武器、ただの鉄くずじゃない?」
「ああ、拾ったパイプだからな。……そろそろまともな武器が欲しいところだ」
「カイル君の剣もボロボロだし、ルナちゃんの杖もヒビが入ってるわよ」
ミーナは呆れたように笑うと、声を潜めて教えてくれた。
「あんたたち、お金はあるんでしょ? だったら、この街で一番の店を紹介してあげる」
「一番の店?」
「ああ。普通の店じゃ満足できないなら、ここに行きな」
ミーナは地図を取り出し、二つの場所に丸をつけた。
「一つは、偏屈なドワーフがやってる鍛冶屋、『頑鉄工房』。腕は確かだけど、気に入らない客は追い返されるわよ」
「もう一つは、怪しいエルフのお姉さんがやってる魔道具屋、『エルザの魔法店』。……こっちも別の意味でヤバい店だけどね」
ガンテツとエルザ。
ミーナの紹介なら間違いないだろう。
「ありがとう、ミーナさん。助かります」
「いいってことよ! 有望な後輩には優しくしなきゃね!」
ミーナはカイルの頭をわしゃわしゃと撫でて、去っていった。
俺はニヤリと笑った。
金はある。情報もある。
次は、俺たちの「戦力」を底上げする番だ。
「よし、行くぞお前ら。……明日は買い物だ!」




