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第12話 「完成された英雄」


 【地下遺跡・中層試練の間】


 黄金の覇気が、漆黒の立方体をガラス細工のように砕いていく。

 現れた男を見て、ヴァリウスの無機質な瞳が、初めて明確な「警戒」で細められた。

「……規格外(化け物)が」

 ヴァリウスが低く呻く。

「なぜ、貴方がここにいるのです。……獅子王グレイド・レオンハルト」

 管理者は知っていた。


 この男こそが、かつてこのシステムが導き出した「最高傑作」であり、現代における「完成された英雄」であることを。


「よぉ、ヴァリウス。元気にしてたか?」

 グレイドは、懐かしむように遺跡の天井を見上げた。

 カビ臭い空気。血と鉄錆の匂い。そして、絶望的な圧迫感。

「相変わらず陰気臭ぇ場所だぜ。……俺がここをブチ壊して出ていった20年前と、何一つ変わってねぇな」



「……不愉快です。部外者は退去願いましょう」

 ヴァリウスは右手をかざした。

 即座に、数百個の「黒い立方体」が再生成され、グレイドを取り囲む。


 【 管理者権限:対象の排除 】

 【 対象:グレイド・レオンハルト 】


「消えなさい」

「ハッ! やってみろよ」

 グレイドは腕を組んだまま、不敵に笑う。

 ヴァリウスが指を振るう。


 空間ごと対象を抉り取る、絶対の消去プログラムが発動した――はずだった。

 バヂィィィィィンッ……!!

 激しいスパークと共に、黒い立方体がグレイドの体の表面で弾け飛んだ。


 傷一つついていない。

 魔法障壁でも、防御スキルでもない。ただ、「攻撃が弾かれた」。

「……ッ、な!?」

 ヴァリウスが目を見開く。


 視界には、赤い警告ウィンドウが無数にポップアップしていた。


 【 Error : Target is "Completed Hero" 】

 【 Warning : 削除権限がありません 】



「な、ぜだ……!? 消去プログラムが、通らない……!?」

「分かんねぇか? だからテメェは三流なんだよ」

 グレイドが一歩、踏み出す。


 それだけでヴァリウスが後退る。

「テメェが作ったシステムが言ってんだよ。『こいつは完成品だ』ってな」

「……ッ!」

「自分の手柄を自分で消そうとする馬鹿なプログラムがどこにいる? ……俺はこの遺跡の『正解ゴール』だ。エラー扱いできるわけがねぇだろ」

(……矛盾パラドックス、だと……!?)

 ヴァリウスは戦慄した。


 管理者は、育成過程カイルたちには絶対的な権力を持つ。だが、結果グレイドに対しては攻撃権を持たない。

 完成品を破壊することは、このシステムの存在意義プログラムを自ら否定することになるからだ。


「……よく喋る」

 ヴァリウスの顔が歪む。

 純粋な戦闘力でも勝てない。システム権限も通じない。詰みだ。

「おわりだ、ヴァリウス」

 グレイドが拳を握った。

 ただの拳ではない。空間そのものを歪ませる、圧倒的な暴力の予感。

「――失せろ」

 ドゴォォォォォォォォンッ!!


 拳圧。

 ただの空振りの風圧が、ヴァリウスの展開していた「支配領域」を物理的に消し飛ばした。

 遺跡の壁がごっそりと抉れ、大穴が開く。


「……ッ、く!!」

 ヴァリウスは直前で転移していた。

 遥か後方、通路の奥に再出現するが、その黒いローブは衝撃波でボロボロに裂けている。


(……勝てない。これ以上暴れられれば、遺跡そのものが崩壊する……!)

 ヴァリウスは、憎々しげにグレイドを、そしてその後ろにいるレイたちを睨みつけた。


「……いいでしょう。今日のところは、敬意を表して退きます」

「ですが忘れないことだ。『完成された英雄』よ。……貴方がそうやって『不良品(レイ達)』を庇うことが、新たな災厄を生むと」


 捨て台詞と共に、ヴァリウスの姿がノイズとなって掻き消えた。

 圧倒的な静寂が戻る。

「……ふん。逃げ足だけは一流だな」

 グレイドはつまらなそうに鼻を鳴らすと、くるりと振り返った。


 その視線が、呆然としている俺たちに向けられる。

「あ、あの……!」

 カイルが震える声で話しかけた。

「あ、あんた……! 前に風呂場にいた……!」

 カイルとシリウスは気づいていた。

 前に大浴場で、「スライムと死闘した」とイキっていた自分たちの横にいた、あのがっしりした体格のオッサンだと。


 そして今、その「正体」を理解して、顔面蒼白になっている。

「え? 誰?カイル、知り合い?」

 リリィが不思議そうに聞く。

「し、知り合いどころじゃねぇ……! あいつだ! Sランク最強パーティ『暁の五英雄』のリーダー……【獅子王】グレイド・レオンハルトだぞ!?」

「えぇっ!?」

 ルナとリリィが悲鳴を上げる。


 だが、俺の口から出た言葉は違った。

「あ、銭湯のオッサン」

「……ぶっ」

 シリウスが吹き出した。

 カイルが「ひぃッ!?」と俺の口を塞ごうとする。

 だが、グレイドは怒らなかった。


 凶悪な顔を、ニカっと三日月形に歪めて笑ったのだ。

「おう。また会ったな、坊主」

 グレイドは豪快に笑い、カイルの背中をバシッと叩いた。

「どうだ? 少しはのぼせた頭、冷えたかよ?」

「う、うっす……! ひ、冷えた……いや、凍りついたっす……!」

 カイルが直立不動で敬礼する。


 グレイドは愉快そうに笑い、最後に俺を見下ろした。

「……いい根性してるじゃねぇか、坊主」

「……腰が抜けて動けなかっただけだよ」

「ハッ! 謙遜すんな。……俺の威圧の中で、最後まで目を逸らさなかったのはテメェだけだったぜ」

 グレイドは、ポンと俺の頭に巨大な掌を乗せた。

 重い。でも、温かい手だった。


 かつて彼も、この泥濘ぬかるみのような地獄を這いずり回ったのだと分かる、分厚い手。

「さっさと行け。地上で美味い飯でも食って、今日は寝ろ」

「……アンタは?」

「俺は少し、野暮用だ。……昔の知り合いに挨拶しなきゃならねぇーからな」

 グレイドは出口を指差した。

 俺たちは何度も頭を下げ、ボロボロの体を引きずって、地上への光を目指して歩き出した。


          ***


 誰もいなくなった『試練の間』。

 グレイドは一人、奥にある巨大な石碑の前に立っていた。


『英雄とは、迷わぬ者である』

『英雄とは、立ち止まらぬ者である』

『英雄とは、痛みに屈せぬ者である』


 クレイドルが定義する、英雄の条件。

 かつてグレイド自身も、この言葉に縛られ、血を吐きながら強さを求めた場所。

「……くだらねぇ」

 彼は懐から葉巻を取り出し、指先の火で火をつけた。


 紫煙を吐き出しながら、石碑のさらに奥――虚空に向かって吐き捨てる。

「なぁ、見てるんだろ? 『理の観測者オブザーバーズ』」

 返事はない。ただ、空間が微かに揺らいだ気がした。


「完璧な英雄なんて、クソ喰らえだ。迷って、止まって、痛がって……それでも前に進む奴こそが、本物なんだよ」


 グレイドはニヤリと笑い、石碑に拳を押し当てた。

「あの『坊主』を見てて思ったぜ。……お前らの描くストーリー通りには、ならねぇかもな」

 それは、世界を支配するシステムへの、最強の英雄からの宣戦布告だった。


――その時。

 ふわり、と。

 誰もいないはずの虚空に、「白いローブ」の裾が揺らめいた。


 次元の裂け目のような、不可視の観測窓。

 その向こう側で、美しい紫色の髪をした女性が、愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。

「ふふ。……生意気ね、獅子王」

 彼女こそが、世界の理を管理する『観測者』の一柱。


 かつて、ノービスの街でレイが視線を感じた、白い影の正体。

 彼女は、最強の英雄からの宣戦布告すらも、退屈なシナリオを彩るスパイス程度にしか感じていなかった。


「でも、あの子――レイと言ったかしら」

 彼女の細い指先が、空中に浮かぶモニターをなぞる。


 そこに映し出されているのは、仲間たちと笑いながら地上へ向かう、レベル1の少年の姿。


「ええ。観測を続ける価値は、十分にあるわ」


 観測者は静かに微笑み、その姿を陽炎のように消した。

 彼らの冒険は、まだ始まったばかりだ。


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