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第10話 「最弱の指揮官(コンダクター)」


【地下遺跡・中層 試練の間】


 土煙が晴れる。

 全員の視線が、その一点に釘付けになった。

「……レ、イ?」

 カイルの声が震えた。


 そこに立っていたのは、幽霊でも幻覚でもない。

 全身泥まみれで、右腕を吊り、鉄パイプを杖代わりにした――紛れもない、俺たちの「リーダー」だった。

「なんで……お前、落ちたはずじゃ……」

「馬鹿野郎。勝手に殺すな」

 俺は痛む右腕を庇いながら、カイルを、そして呆然とする仲間たちを睨みつけた。

「安心するのはまだ早いぞ! 前を見ろ、敵は待ってくれない!」


 俺の怒鳴り声で、凍りついていた時間が動き出す。

 ゴーレムが再起動し、巨大な腕を振り上げた。

「ガアアアアアッ!!」

 カイルが反応遅れる。

 ――間に合わない。


 いや、間に合わせる。俺がいるなら!

「シリウス! 『障壁シールド』! 座標、カイルの頭上2メートル、角度30度で逸らせ!」

「――ッ、了解!」

 シリウスが反射的に杖を振る。


 いつもなら「計算上、間に合いません」と躊躇する場面だ。だが、俺の具体的な座標指示が、彼の思考プロセスをショートカットさせた。

 ガギィンッ!!


 展開された光の盾が、ゴーレムの拳を斜めに受け流す。

「ルナ! カイルを回収! リリィはカイルの左足に『加速ヘイスト』!」

「……ん。わかった」

「はいっ!」

 ルナが風魔法でカイルを引き寄せ、同時にリリィの支援魔法がカイルの回避速度を底上げする。


 間一髪、追撃の踏みつけを回避。

「な……?」

 カイルが息を呑む。

 体が軽い。思考に迷いがない。


 レイの声が聞こえるだけで、バラバラだった歯車が、嘘のように噛み合っていく。


「……ルミナス、解析頼む」

 俺は小声で、右手の腕輪に囁いた。

「あいつの装甲、ただのミスリルじゃないな?」

『……ええ。黒鉄くろがねとの合金よ。融点は三千度。生半可な魔法は全て拡散されるわ』

「弱点は?」


『構造上の欠陥はない。……けど、物理法則には逆らえない』

 ルミナスの冷徹な分析が、俺の脳内で戦術に変換される。


 俺はニヤリと笑った。

 魔法が効かない? 硬すぎて斬れない?

 関係ない。

 「物質」である以上、この世界の『ルール』からは逃げられない。


「全員、俺の指示通りに動け! タイミングは俺が合わせる!」


 俺は鉄パイプを指揮棒タクトのように突きつけた。

「ルナ! 最大火力の『獄炎インフェルノ』だ! ゴーレムの胸部一点に集中させろ!」

「……ん。任せて。全部燃やす」

 ルナの杖から、紅蓮の炎が噴出する。


 ゴーレムの胸板が赤熱し、周囲の空気が歪む。

 だが、相手は魔法耐性の塊だ。ダメージは通らない。

「無駄ですレイ! 耐性の上からじゃ溶けません!」

 シリウスが叫ぶ。


「溶かすんじゃない! 『膨張』させるんだよ!」

 俺は叫びと共に、スキルを発動させた。


 ポケットの中のステータスプレートが熱くなる。

 【 スキル発動:『一般常識(Lv2)』 】

 【 対象定義:金属の熱膨張 】


「金属はな、熱せられれば体積が増える! これは世界の『常識』だろッ!!」


 キィィィィン!!

 世界が軋む音。

 俺の言葉が「命令」となり、ゴーレムの装甲に強制力を与える。


 赤熱した胸部の装甲が、ミシミシと音を立てて膨れ上がった。魔法耐性を無視した、純粋な物理現象としての変形。

「今だ! ルナ! 属性反転! 最大火力の『氷結ブリザード』だ!」


「なっ……!?」

 シリウスが目を見開く。

「馬鹿な! 極大魔法の直後に反対属性!? 魔力回路がショートします!」


「関係ねぇ! リリィ、ルナを支えろ! 魔力を流し込め!」

「は、はいっ! 『魔力譲渡マナ・トランスファー』!」

 リリィがルナの背中に手を当てる。聖女の膨大な魔力が、ルナの枯渇しかけた回路を無理やり潤す。


 ルナの瞳が、赤から青へ輝きを変える。

「……ん。いける。凍らせる!」

「シリウス! あいつを動かすな! 膝を狙え!」

「了解! 『拘束矢バインド・アロー』!」

 シリウスの放った矢が、ゴーレムの関節を貫き、縫い止める。


 固定された的へ、ルナの氷結魔法が炸裂した。

「凍りなさいッ!!」

 極大の冷気が、真っ赤に焼けた装甲を包み込む。

 数千度の温度差が一瞬で発生する。


 【 対象定義:熱衝撃による脆性破壊 】


「硬いものほど、急激な温度変化には脆い! これも『常識』だ!!」

 パキィィィィィィィンッ!!!!!

 凄まじい破砕音が響き渡った。


 無敵を誇った黒鉄の装甲に、無数の亀裂が走る。

 魔法防御でも物理防御でも防げない。

 物質そのものの結合が崩壊したのだ。


「カイルッ!!」

 俺は喉が裂けるほど叫んだ。

「そのクラックをぶち抜けぇぇぇぇッ!!」

「おうらぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 カイルが跳んだ。


 迷いなど微塵もない。

 レイが作った「絶対に壊せる場所」への、全幅の信頼を乗せた一撃。

 ズドォォォォォンッ!!

 聖剣が亀裂に深々と突き刺さり、光が溢れ出す。


 ゴーレムの巨体が内側から崩壊し、瓦礫となって崩れ落ちた。


          ***


 土煙が舞う中、静寂が戻った。

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 俺はその場にへたり込んだ。

 右腕の痛みが限界を超え、視界が白む。

 だが、倒れる前に、温かい何かが俺に突撃してきた。

「レェェェェイッ!!」

 カイルだ。


 泥だらけのまま、俺に抱きついてきやがった。

「ぐあッ!? 痛い! 右腕! 折れてるって言ってんだろ馬鹿!!」

「お前ぇぇ! 生きててよかったぁぁぁ!」

 英雄候補が、子供のように鼻水を垂らして泣いている。

 その後ろから、シリウス、ルナ、リリィも集まってきた。


「……計算外です。本当に、貴方はいつも私の論理を壊してくる」

 シリウスが眼鏡を外し、目元を乱暴に拭った。

「……ん。レイ。遅い。……枕がないから眠れなかった」

 ルナが俺の背中に顔を埋めてくる。


「もう……! 心配させないで、この凡人が!」

 リリィが泣き笑いで、俺の傷に回復魔法をかけ始めた。


「……お前らなぁ」

 まったく、世話の焼ける連中だ。

 だが、その温かさに、俺の張り詰めていた糸が切れそうになった。


 ――その時だった。


 パチ、パチ、パチ。

 乾いた拍手の音が、頭上から降ってきた。

 空気が凍りつく。

 カイルたちの動きが止まる。


 全員が、本能的な恐怖に顔を引きつらせて上を見た。

「素晴らしい。……実に素晴らしい『異常バグ』だ」

 中層の吹き抜け。


 そこに、一人の男が浮いていた。

 重力を無視して空中に立ち、黒いローブをはためかせる管理者。


「何者だ、貴様!」

 カイルが叫ぶ。


 ヴァリウスは、虫ケラを見るような目で俺を見下ろした。

「まさか、廃棄区画から這い上がり、私の最高傑作ゴーレムを『理屈』だけで破壊するとは。……レイ、君は私が思っていた以上に、質の悪いウイルスのようだ」

 彼が指先を軽く振るう。


 それだけで、空間がギチギチと悲鳴を上げた。

 無数の黒い立方体ノイズが彼の周囲に展開される。

管理者権限アドミニストレータ:空間掌握 】


「遊びは終わりだ」

 ヴァリウスが、ゆっくりと地面に降り立つ。

 そのプレッシャーだけで、呼吸ができなくなるほどの重圧。


「ここからは、私が直々に『デバッグ』を行う。……跡形もなく消えなさい」


 神にも等しい管理者との、絶望的な戦いが幕を開ける。


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