第9話 悪夢
わたしは裏通りの奥にある、人通りが少なく目立たぬホテルの一室に身を沈めた。
ここは裏社会の常連が立ち寄る“無言の避難所”。誰も干渉せず、ただ眠るためだけの場所。
なにかあれば連絡が来る。コップに水を注ぎ、一気に飲み干す。喉が潤い、冷たさが思考を少しだけ引き戻す。
いまは、ほんの少しでも目を閉じておくしかない。ひと安心したのか疲れがどっと出た。
傷がズキズキとうずき、身体の芯がきしむ。火照るような熱に、頭が重い。
思考がまとまらず、感覚も少しずつ遠のいていく。
毛布の重みがかすかに心地よく、湿った空気が肌にまとわりつく。
それすら、遠ざかっていくようだった。感覚が鈍るたびに、心の輪郭もぼやけていく。
わたしは泥のように、眠りへと沈んだ。
遠くから、水の音が聞こえる。
ぽつ、ぽつ、と。まるで雨音のように、規則的に。
レイカは、どこか湿った廊下を歩いていた。
足元に水が張り、一歩ごとに波紋が広がる。だが、天井も壁もない。
ただ、果てしない“白”。
——ここは、どこ?
見覚えのある制服。軍靴。
向こう側に並ぶ、誰かの背中。こちらを向かない無表情な兵士たち。
その中央に、かつての自分……いや、“レイカに似た誰か”が立っていた。
耳の奥で、低い声が囁く。
「命令を、遂行せよ」
「記憶は、役割に過ぎない」
「汝、問いかけるなかれ」
その声に、視界がぐにゃりと歪む。
兵士の首がこちらを向く。顔が、顔ではなかった。
のっぺらと、粘つくような白い皮膚。
それでも、笑っていた。あの男のように。
人間の形をした、なにか別のものが、笑っていた。
レイカは拳を握る。
夢の中でさえ、拳が震えていた。
「——わたしは、“私”を取り戻す」
その瞬間、白い空間に一筋のひびが走った。
光が差し込む。目の奥が焼けるようにまばゆい。
そして、現実が戻ってくる——




