第6話 フクロウ
情報屋フクロウのアジトに足を踏み入れた。古びた部屋には、機械の残骸や紙束が雑然と積まれ、空気はカビと油のような匂いで満ちていた。狭い部屋に大きな机が置かれていた。
古めかしい机の上、テーブルランプの明かりに照らされて、フクロウの顔がぼんやりと浮かび上がった。
会うなり堰をきったように話しだした。
「奇妙な依頼——お前、何か知っていたのか?」
私の問いにも、頬の痛々しい傷にも、彼は表情ひとつ変えなかった。
「あれは、実験だ」
次の瞬間——背後から何かが襲いかかり、私は床に叩きつけられた。
どれくらい時間が経っただろう?
目を覚ますと、後ろ手に身体が椅子に固定されていた。
ランプの熱が、じわじわと肌を炙る。ときおり蛾がぶつかり、パチリと音を立てた。
眩しさで視界が白く焼け、目の前の男の顔は影に覆われていた。
目を凝らす。
フクロウだ。
ナイフを持っている。
私の二の腕へ、ためらいなく刃を突き立てた。
熱い。焼けるような痛み。
反射的に声が漏れそうになるのを、奥歯で噛み殺す。
肌を注意深く確認する。
「まだ発動してないな」
フクロウはつぶやいた。
私は痛みを感じながらも、ふと“その傷口が塞がらないこと”に安堵していた。
自分は、あの化け物とは違う。そう思いたかった。
……けれど、耳の奥に響いたあの言葉が、消えない。
『あれは、実験だ。』
(……なにが、“発動”してない、だって?)
ぞくりと背中が冷えた。
あのモンスターも、フクロウの言う“アンプル”を投与されていたのなら。
……ならば、自分も……?
(打たれたのは、本当に“ビタミン剤”だったのか?)
フクロウは、グラスの底に残った氷を見つめながら、低く押し殺した声で呟いた。
「……例の“アンプル”、軍から流れてきたらしい。正規のルートじゃない。どっかで横流しされて、裏の連中が麻薬と混ぜてるみたいだ」
レイカは黙ったまま、氷をくちびるに運んだ。酒じゃなくて、情報が喉を焼く。
フクロウは続ける。
「そのせいで“純度”が落ちる。結果、奴らは変異する……身体が、異様なスピードで修復される。細胞が暴走してるんだ。だが代償もある。回復力と引き換えに、寿命が縮む」
沈黙が落ちた。湿った空気の中で、どこか遠くの雷鳴が小さく響いていた。
レイカはゆっくりと目を閉じ、低く呟いた。
「つまり……あれは“人間”じゃない、ってことね」
それと同時に、頭の奥でざわざわと何かが蠢いた。
不完全なアンプル――それは誰が、どこから、なぜ軍から漏れ出したのか?
そして、あの日私に打たれた「ビタミン剤」。本当に、ただの栄養補助だったのか?
命令に従っただけだった。
何も疑わず、疑うという発想すら持たなかったあの頃。
けれど今なら、はっきりわかる。あれは、説明が“良すぎた”。
もしも、私の体の奥にも、あの異形と同じ“因子”が眠っていたら。
「……発動し暴走」したら――どうなる?
冷たい汗が背中を這い、肺が一瞬、うまく膨らまなかった。
雨は止んでいるのに、心だけが濡れていく。




