51話 落下臨界
床下の影が、蠢いている。
今度は、ただ跳ねているのではない。
“下から、まともに突き上げて”きている。
マレーンが、思わず声を上げた。
「……ちっ、KRM-009が——まだ安定してないのか……!」
映写用ガラスにヒビが走る。
カツン。レイカの足音が響いた瞬間、
そのヒビが──
一気に、蜘蛛の巣のように広がった。
バァンッ!!
踏み抜かれる。
床が砕けたのではない。下から“食い破られた”。
ガラスが粉塵を撒き、レイカの足元の空間ごと──
“落ちた”。
下層:培養槽エリア
レイカの視界が、低重力に吸い込まれる。
一瞬の浮遊ののち、床のワイヤーメッシュに叩きつけられるように落ちる。
破片。液体。焼けたケーブルの臭い。
そして暗がりの中、四方から気配。
──KRM体。3体。
床と同化した体表。歪んだ比率。金属神経皮層。
レイカの脈拍が上がる。
「ちっ……ここ、処理区画……?」
一体が、飛ぶ。
刃のような前肢を振りかざし、レイカに叩きつける。
レイカは回避。
跳ねながら、薬液に濡れた床で滑るように姿勢を崩す。
「っぐ……!」
右肩。かすった。
皮膚の内側で、何かがざわつく。
《因子活性化:12%》
《痛覚信号、収束開始》
「やば……このままだと、また“耐えられない側”に──」
呼吸を刻むたび、指の関節が熱い。
視界の縁が、赤黒く染まっていく。
でも斬れないわけにはいかない。
「あんたらが、“失敗の証拠”でも……
ここで“自分ごと止める”なんて、選びたくないんだよ……!!」
刀を逆手に握り直す。
滑る床を踏み込んで、
一体目の首筋に斜め下から刃を入れる。
──音はしない。
ただ、液体と肉体の崩壊音が、
“誰にも記録されない空間”に溶けて消えた。




